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  • 平成16年度|
  • 第4章 国会からの検査要請事項及び特定検査対象に関する検査状況|
  • 第2節 特定検査対象に関する検査状況

租税特別措置(肉用牛売却所得の課税の特例及び農地等についての相続税の納税猶予の特例)の実施状況について


第6 租税特別措置(肉用牛売却所得の課税の特例及び農地等についての相続税の納税猶予の特例)の実施状況について

検査対象
財務省、国税庁、大阪国税局、札幌北税務署ほか90税務署、農林水産省

会計名及び科目 一般会計国税収納金整理資金 (款) 歳入組入資金受入
    (項)各税受入金
租税特別措置(肉用牛売却所得の課税の特例及び農地等についての相続税の納税猶予の特例)の概要 (1) 肉用牛売却所得の課税の特例
  農業を営む個人等が免税対象飼育牛を一定の方法により売却した場合には、その売却により生じた事業所得等に対する所得税等を免除する特別措置
(2) 農地等についての相続税の納税猶予の特例
  農業相続人が相続等により取得した特例農地等の価額のうち農業投資価格を超える部分に対応する相続税について、一定の要件の下に、その納税を猶予する特別措置
上記の各特例に係る免税金額及び納税猶予税額 (1)
96億円
(平成16年分)
(2)
1107億円
(平成15年分)

1 租税特別措置の概要

(租税特別措置の概要)

 租税特別措置(以下「特別措置」という。)は、租税制度上、特定の個人や企業の税負担を軽減等することにより、国による経済政策や社会政策等の特定の政策目的を実現するための特別な政策手段であるとされ、公平・中立・簡素という税制の基本理念の例外措置として設けられているものである。
 税収の減少(以下「減収」という。)をもたらす特別措置には、税額控除や所得計算上の特別控除などの手法を用いて税の軽減又は免除になるもの(以下「税の減免」という。)と、特別償却や準備金などの手法を用いて一時的にその課税を猶予し、課税の延期になるもの(以下「課税の繰延べ」という。)とがある。
 税の減免は、実質的には減免された税額相当額の補助金を交付したことと同様の結果になるものといわれている。また、課税の繰延べは、実質的には繰り延べられた税額相当額を無利息で貸し付けたことと同様の結果になり、利子補給の効果があるといわれている。
 特別措置の適用による平成16年度における租税の減収見込額の総額は3兆5820億円(財務省公表の「租税特別措置による減収額試算」による。)となっている。

(特別措置の策定等)

 特別措置を行政上の政策に導入している省庁(以下「関係省庁」という。)では、毎年行われる税制改正の審議に当たり、各政策の目的に基づき、特別措置の新設、拡充及び延長を希望する旨を記載した要望書等を財務省に提出している。財務省ではそれらの内容について関係省庁と折衝を重ね、政府・与党税制調査会での議論を経て、税制改正要綱の閣議決定が行われ、この要綱に沿った租税特別措置法(昭和32年法律第26号。以下「措置法」という。)等の改正案は、閣議決定を経た上で内閣から国会に提出され、国会で審議・議決されることになる。なお、これとは別に国会議員により改正案が国会に提出される場合(議員立法)もある。
 そして、措置法等に基づく国民(納税義務者)に対する課税は国税庁により執行される。

(関係省庁における政策の検証)

 関係省庁では、特別措置についてその拡充、延長等の改正の要望をする際に、財務省に対して措置法等の適用に伴う減収見込額を提示することなどにより当該特別措置の効果等の検証を行っている。また、14年4月から「行政機関が行う政策の評価に関する法律」(平成13年法律第86号。以下「政策評価法」という。)が施行されたことに伴い、行政機関の長は、政策評価に関する基本計画や事後評価の実施に関する計画を定め、これらに基づき事前評価や事後評価を実施し、その結果について評価書を作成し公表することとなっている。

2 検査の背景

 国民の税に関する関心は高く、少子・高齢化の急速な進展など経済社会の構造が大きく変化している中で、持続的な経済社会の活性化の実現を図る取組としての税制改革に期待が寄せられている。一方で、財政状況の悪化に見舞われていることから、税制について種々の議論が行われており、その中で特別措置についても議論がなされているところであり、特別措置の目的や効果を十分に検証し、公平、中立などの観点から絶えず見直すことが必要とされている。
 このことから、本院では、15年次の検査においては、法人税関係の特別措置について、その適用状況及びその関係省庁である経済産業省における政策の検証状況を検査し、16年次の検査においては、所得税・法人税関係の特別措置のうち社会保険診療報酬の所得計算の特例について、その適用状況及びその関係省庁である厚生労働省における政策の検証状況等を検査し、その結果を「特定検査対象に関する検査状況」としてそれぞれ検査報告に掲記したところである。
 17年次の検査では、農林水産省に係る特別措置が多いこと、創設から長期間が経過していることなどから、「肉用牛売却所得の課税の特例」(以下「肉用牛の特例」という。)及び「農地等についての相続税の納税猶予の特例」(以下「納税猶予の特例」という。)を取り上げることとした。そして、その適用状況、その関係省庁である農林水産省における政策の検証状況等を検査することとした。

3 検査の着眼点、対象及び方法

(検査の着眼点)

 近年の農業政策の動向についてみると、12年3月に閣議決定された食料・農業・農村基本計画(以下「基本計画」という。)では、効率的かつ安定的な農業経営を育成し、これらの農業経営が農業生産の相当部分を担う「望ましい農業構造」を確立することにより、生産性の高い農業を展開することが必要であるとしている。そして、「望ましい農業構造」の確立のために、農業経営者の意欲や能力を尊重して担い手への農地の利用集積等による農業経営の規模拡大や地域の担い手となるべき農業経営の育成及び確保のための総合的な環境整備などに必要な施策を講ずるとしている。
 また、17年3月に閣議決定された新たな基本計画では、農業の構造改革が十分には進んでいないことから、幅広い農業者を一律的に対象とする施策体系を見直し、地域における「効率的かつ安定的な農業経営及びこれを目指して経営改善に取り組む農業経営」を意味する「担い手」を明確化した上で、これらの者を対象として、農業経営に関する各種施策の更なる集中化・重点化を図ることとしている。
 このような農業政策の動向や、公平・中立・簡素という税制の基本理念の例外として設けられている特別措置の性格などを踏まえて、〔1〕各特例の適用状況はどのようなものとなっているか、〔2〕検証は適切に行われているかという点などに着眼して検査を行った。

(検査の対象及び方法)

 肉用牛の特例については、大阪国税局及び札幌北税務署ほか69税務署(注1) において、肉用牛の特例を適用している個人1,418人、法人117法人を抽出して、確定申告書等により検査した。
 納税猶予の特例については、札幌北税務署ほか71税務署(注2) において、4年、9年及び14年分の相続税で、納税猶予の特例の適用を受けた相続人(以下「農業相続人」という。)のうち、良好な都市環境の形成に資することを目的とした生産緑地(注3) について適用を受けた農業相続人を除いて、各税務署ごとに納税猶予税額の高額なものから、農業相続人4年相続開始分446人(被相続人387人)、9年相続開始分488人(同433人)、14年相続開始分508人(同457人)、計1,442人(同1,277人)を抽出して、申告書等により検査した。
 また、農林水産省及び財務省において関係書類の提出を受けたり、説明を聴取したりして、肉用牛の特例及び納税猶予の特例の検証状況を検査した。

(注1) 札幌北税務署ほか69税務署 札幌北、札幌南、旭川東、釧路、帯広、岩見沢、十和田、一関、二戸、米沢、鶴岡、福島、日立、下館、太田、栃木、本庄、松本、上田、信濃中野、千葉東、千葉西、船橋、平塚、甲府、高岡、三国、岐阜北、岐阜南、関、静岡、浜松西、沼津、三島、島田、藤枝、豊橋、草津、福知山、明石、倉吉、久世、広島北、竹原、山口、徳島、阿南、池田、高松、観音寺、松山、伊予西条、高知、飯塚、佐賀、伊万里、武雄、平戸、熊本西、熊本東、菊池、大分、別府、都城、小林、鹿児島、指宿、大隅、平良、石垣各税務署
(注2) 札幌北税務署ほか71税務署 札幌北、釧路、十和田、一関、二戸、米沢、鶴岡、福島、日立、下館、太田、栃木、川越、浦和、本庄、越谷、松本、上田、信濃中野、千葉東、千葉西、町田、横浜南、神奈川、戸塚、横須賀、平塚、藤沢、小田原、相模原、厚木、大和、高岡、武生、三国、岐阜北、岐阜南、関、静岡、清水、浜松西、沼津、三島、島田、藤枝、豊橋、大津、草津、福知山、明石、加古川、三木、粉河、倉吉、広島東、竹原、山口、阿南、高松、観音寺、松山、伊予西条、高知、福岡、佐賀、伊万里、熊本西、熊本東、菊池、大分、都城、鹿児島各税務署
(注3) 生産緑地 市街化区域内において緑地機能等の優れた農地等を保全し、もって、良好な都市環境の形成に資することを目的として、生産緑地法(昭和49年法律第68号)の規定に基づき生産緑地地区として指定された区域内にある土地等をいう。

4 検査の状況

 検査に当たり、最初に制度の目的、内容、創設の背景など制度の分析を行い、そして、適用状況、検証状況等の分析を行った。

(肉用牛の特例の制度の概要、適用状況等)

(1)制度の概要

ア 制度の目的及び内容

 肉用牛の特例は、肉用牛経営の安定化を図りつつ、国産牛肉を安定供給することを目的とする税制面からの支援措置である。この制度は肉用牛の生産振興対策の一環として設けられた他の農産物にはない肉用牛独自の制度であり、その制度の内容は次のとおりである。

(ア)農業を営む個人が一定の方法により売却した肉用牛がすべて免税対象飼育牛(売却価額が一頭当たり100万円未満である肉用牛など)である場合には、当該個人のその売却した日の属する年分のその売却により生じた事業所得に対する所得税を免除する(措置法第25条第1項)など。

(イ)農業生産法人が一定の方法により売却した肉用牛が免税対象飼育牛である場合には、売却した日を含む事業年度の所得金額の計算上、その売却による利益金額と同額を損金の額に算入する(措置法第67条の3)。

イ 制度創設の背景

 我が国の肉用牛は従来、耕種農業の補助的手段として使役あるいは堆肥生産を主目的に飼養されてきたが、昭和30年代半ば以降、経済の高度成長に伴う耕種農業における急速な機械化の進展等により子牛に対する需要が減少し、30年代後半において子牛価格が低落したことから、肉用牛飼養農家の生産意欲は減退し、飼養戸数、飼養頭数が激減した。
 しかし、当時の肉用牛政策は、機械化の進展等による飼養頭数の激減などに対応したものではなく、増産のための施策は手薄な状況となっていた。
 このような情勢等を踏まえ、肉用牛の増産を税制面から支援するため、新たに肉用牛の売却所得に対する免税制度として肉用牛の特例が42年から5年間の時限措置として設けられた。

ウ 肉用牛に係る施策の拡充

 肉用牛の特例の創設後、肉用牛の生産振興対策として様々な補助事業や融資事業が創設されており、例えば、繁殖農家等の生産者に肉用子牛の市場価格から算出される平均売買価格が一定の水準を下回った場合にその価格差を補てんするために補給金を交付する「肉用子牛生産者補給金制度」、肥育牛に係る推定所得が平均家族労働費を下回った場合に肥育農家に対して助成金を交付する「肉用牛肥育経営安定対策事業」などがあり、肉用牛の特例以外にも、肉用牛の生産振興対策が拡充されている。

エ 統計資料による適用実績

 「国税庁統計年報書」によると、肉用牛の特例(措置法第25条)の適用実績は表1のとおりである。

表1 肉用牛の特例の適用実績
 
昭和42年
50年
60年
平成元年
3年
10年
15年
16年
適用者数(千人)
8
14
19
34
36
21
21
22
特例所得金額(百万円)
780
3,156
14,917
59,327
43,241
34,837
42,494
60,369
免税金額(百万円)
62
268
1,882
8,647
5,453
3,966
5,711
9,691

 適用者数は、平成3年の約3万6000人をピークにその後は減少に転じたが、10年以降はほぼ横ばいで推移している。この肉用牛の特例の対象となる所得金額(この特例を適用する肉用牛の売却価額からこれに係る経費を控除した金額。以下「特例所得金額」という。)及び免税金額は元年まではほぼ一貫して増加傾向にあったが、その後は年により大きな増減がある。

(2)農業を営む個人の適用状況について(措置法第25条)

 15年分申告において肉用牛の特例を適用している1,418人について、確定申告書等により、乳用種(交雑種を含む。以下同じ。)の雄子牛等を生産する酪農家、肉専用種の子牛を生産する繁殖農家及び繁殖農家等が生産する子牛の肥育を行う肥育農家に分類し、それぞれの経営形態別にその適用状況を検査したところ、次のような状況となっていた。

ア 特例所得金額の状況

 適用者1,418人について、15年分の特例所得金額別にみると、表2のとおりである。

表2 特例所得金額別人数
特例所得金額
 
酪農
繁殖
肥育
不明
50万円未満
324
166
128
20
10
50万円以上200万円未満
580
322
179
64
15
200万円以上500万円未満
285
111
64
99
11
500万円以上1000万円未満
140
22
11
103
4
1000万円以上
89
2
2
84
1
合計
1,418
623
384
370
41

 特例所得金額が200万円未満の適用者は酪農家、繁殖農家を中心に904人で全体の63.7%を占めている。一方、1000万円以上の適用者は肥育農家を中心に89人で全体の6.2%を占めており、最も高額な適用者は1億4137万余円となっている。
 上記特例所得金額の総額は44億5220万余円で、全体の平均特例所得金額は313万余円であり、酪農家については144万余円、繁殖農家については135万余円、肥育農家については795万余円となっている。

イ 特例所得金額の増加(減少)率の状況

 10年分及び15年分の特例所得金額を把握できた適用者495人について、10年分と15年分との特例所得金額の増加(減少)率別にみると、表3のとおりである。

表3 特例所得金額の増加(減少)率別人数
増加(減少)率
 
酪農
繁殖
肥育
不明
増加 50%以上
209
97
44
66
2
25%以上50%未満
39
20
10
9
0
0%以上25%未満
51
20
11
19
1
小計
299
137
65
94
3
減少 0%超25%以下
43
23
9
11
0
25%超50%以下
56
22
9
25
0
50%超
97
66
13
18
0
小計
196
111
31
54
0
合計
495
248
96
148
3

 50%以上の増加率となっている適用者は209人で全体の42.2%を占めている。一方、減少している適用者は196人で39.5%を占めており、そのうち50%を超える減少率となっている適用者は97人(19.5%)となっている。

ウ 免税金額の状況

 適用者1,418人について、15年分の免税金額別にみると、表4のとおりである。

表4 免税金額別人数
免税金額
 
酪農
繁殖
肥育
不明
10万円未満
729
347
268
88
26
10万円以上40万円未満
439
224
102
101
12
40万円以上100万円未満
137
42
8
86
1
100万円以上200万円未満
50
7
3
38
2
200万円以上500万円未満
40
2
3
35
0
500万円以上
23
1
0
22
0
合計
1,418
623
384
370
41

 免税金額が10万円未満の適用者は酪農家、繁殖農家を中心に729人で全体の51.4%と多数を占めている。一方、200万円以上の適用者は肥育農家を中心に63人で4.4%を占めており、そのうち500万円以上の適用者も23人(1.6%)おり、最も高額な適用者は5014万余円となっている。このように、免税金額の上限は定められていないため、高額な適用者も見受けられる。
 上記免税金額の総額は6億5120万余円で、全体の平均免税金額は45万余円であり、酪農家は17万余円、繁殖農家は12万余円、肥育農家は131万余円となっている。

エ 農業所得金額の状況

 適用者1,418人について、15年分の農業所得金額(特例所得金額を含めた金額。以下同じ。)別にみると、表5のとおりである。

表5 農業所得金額別人数
農業所得金額
 
酪農
繁殖
肥育
不明
100万円未満
169
15
121
25
8
100万円以上300万円未満
361
121
163
59
18
300万円以上500万円未満
338
203
61
67
7
500万円以上1000万円未満
382
219
35
121
7
1000万円以上
168
65
4
98
1
合計
1,418
623
384
370
41

 農林水産省では、効率的かつ安定的な農業経営を、主たる従事者が他産業従事者と同等の年間労働時間で地域における他産業従事者とそん色ない水準の生涯所得を確保し得る農業経営とし、この生涯所得を確保するための年間所得を530万円(全国平均)(注4) とする試算を行っている。
 15年分の適用者1,418人において、農業所得金額が500万円以上の適用者は550人で38.7%を占めており、そのうち1000万円以上の適用者は肥育農家を中心に168人(11.8%)であり、最も高額な適用者は1億4242万余円となっている。一方、300万円未満の適用者は530人で37.3%を占めており、所得面からでは効率的かつ安定的な農業経営を目指して経営改善に取り組む農業経営がどの程度いるのかは分析できないが、上記の試算値からみると効率的かつ安定的な農業経営にはなっていないような適用者が多く見受けられる。そして、繁殖農家384人のうち、300万円未満の適用者は284人で73.9%を占めていて、農業所得金額が少ない者が多くなっている。

530万円(全国平均)平成15年の厚生労働省の賃金構造基本統計調査等を基に農林水産省において試算したものである。

オ 農業所得金額の増加(減少)の状況

 10年分及び15年分の農業所得金額を把握できた適用者820人について、10年分の農業所得金額が500万円以上と500万円未満の適用者に区分して、15年分の農業所得金額をみると、10年分の農業所得金額が500万円以上の適用者213人のうち、15年分の農業所得金額が500万円未満に減少した適用者は52人(24.4%)となっている。また、10年分の農業所得金額が500万円未満であった適用者607人のうち、15年分の農業所得金額が500万円以上となった適用者は205人(33.8%)で、残りの402人(66.2%)は500万円未満のままとなっている。
 上記の適用者820人について、10年分と15年分との農業所得金額の増加(減少)率別にみると、表6のとおりである。

表6 農業所得金額の増加(減少)率別人数
増加(減少)率
 
酪農
繁殖
肥育
不明
増加
50%以上
450
233
79
133
5
25%以上50%未満
74
51
10
13
0
0%以上25%未満
80
48
9
20
3
小計
604
332
98
166
8
減少
0%超25%以下
83
47
17
19
0
25%超50%以下
79
42
15
21
1
50%超
54
19
18
17
0
小計
216
108
50
57
1
合計
820
440
148
223
9

 50%以上の増加率となっている適用者は450人で全体の54.8%を占めている。一方、減少している適用者は216人で26.3%を占めており、そのうち50%を超える減少率となっている適用者は54人(6.5%)となっている。

(3)農業生産法人の適用状況について(措置法第67条の3)

 直近事業年度分の申告において肉用牛の特例を適用している117法人について、直近事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入された金額(以下「特別控除額」という。)が、1000万円以上の適用者は46法人で全体の39.3%を占めており、肥育を主とする法人についてみると35法人で77.7%を占めている。そして、3000万円を超える高額な適用者も23法人おり、最も高額な法人は3億5612万余円となっている。
 上記の特別控除額の総額は24億3822万余円で、全体の平均特別控除額は2083万余円、肥育を主とする法人の平均特別控除額は4597万余円となっている。

(4)肉用牛の特例に係る課税の執行状況について

 特例所得金額を算出するには、農業所得金額を特例所得金額とその他の所得金額とに適切に区分する必要がある。そのためには、農業所得に係る経費を肉用牛の特例を適用した肉用牛(以下「特例適用牛」という。)に係るものとそれ以外のものとに適切に区分する必要があり、区分が明らかでない経費科目については、合理的な基準によって配賦するなどの要がある。
 しかし、肉用牛の特例に係る課税の執行状況について検査したところ、特例適用牛に係る経費とそれ以外の経費を区分して記載していないため特例適用牛に係る経費の配賦が全く確認できなかったり、特例適用牛に係る経費に一部しかあるいは全く配賦していなかったりする確定申告書等が見受けられ、経費の明細の記載や経費の配賦方法が適切とは認められない適用者がいる状況となっていた。

(納税猶予の特例の制度の概要及び適用状況)

(1)制度の概要

ア 制度の目的及び内容

 納税猶予の特例は、農地等の確保、相続による農地の細分化の防止及び農業後継者の育成を目的とする税制面からの支援措置であり、その制度の内容は次のとおりである。

(ア)相続人が、農業を営んでいた被相続人から相続等により農地等を取得して農業を営む場合には、納付すべき相続税額のうち、納税猶予の特例の適用を受けることを選択した農地等(以下「特例農地等」という。)の価額のうち農業投資価格(注5) を超える部分に対応する相続税は、一定の要件の下に、原則として、次のいずれか早い日まで納税が猶予される(措置法第70条の6)。
〔1〕 農業相続人の死亡の日
〔2〕 その相続税の申告書の提出期限の翌日から20年を経過する日
〔3〕 上記〔1〕又は〔2〕のいずれか早い日前に、その農業相続人が、特例農地等の全部を農業後継者に生前一括贈与した場合には、その贈与の日

(イ)納税猶予の特例の適用を受けた相続税額は、上記(ア)の〔1〕から〔3〕までのいずれかに該当する日に免除される。

(ウ)しかし、上記の免除条件に該当する日前に、農業相続人が特例農地等を譲渡等したり、農業経営を廃止したりなどした場合には、納税猶予の期限が確定し、その納税猶予の特例の適用を受けていた相続税額の全部又は一部を納付しなければならないことになる。

農業投資価格 農地等が恒久的に農業の用に供されるとした場合に通常成立すると認められる取引価格としてその地域の所轄国税局長等が決定した価格

イ 制度創設の背景

 相続税は、相続等によって財産を取得した場合に、その取得した財産を金銭で評価して課税することとなっており、その財産の価額は、相続等によって取得した時における時価で評価するのが原則となっている。したがって、農地を相続等により取得した場合も、その農地の価額は、従来より近傍農地の売買価額等を基として評価することになる。
 しかし、この売買価額は、都市化の進展などにより、本来その土地が農業の継続を前提とすれば到底成立し得ないような高い水準となった。このため、相続人は農業を継続する意思を持ちながら、この高い売買価額を基礎とした価額をもって農地の価額を評価し、相続税が課税されると、その相続税の納付のため農地の売却を余儀なくされ、ひいては農業の継続が困難になることなども考えられた。
 そこで、農業の継続が困難となる事態を回避し、生産手段としての農地を確保するとともに、相続による農地の細分化の防止と農業後継者の育成を税制面から支援するため、昭和50年に相続税の例外措置として、納税猶予の特例が設けられた。

ウ 創設後の主な改正

 納税猶予の特例は、三大都市圏を中心とする都市計画上の市街化区域内にある農地等を中心として地価の高い土地ほど適用されていて、本来住宅地を中心として都市的土地利用が行われるべき土地が農地等として保全され続けるという状況となっていた。そこで、平成3年の税制改正において、三大都市圏の特定市の市街化区域内農地等については、生産緑地を除き、この特例の適用を廃止することとされた。

エ 統計資料による適用実績

 「国税庁統計年報書」によると、納税猶予の特例の適用実績は表7のとおりである。

表7 納税猶予の特例の適用実績
年分
昭和50年
60年
62年
平成3年
4年
9年
14年
15年
農業相続人(人)
3,169
9,482
9,587
7,045
7,220
6,447
4,741
4,104
納税猶予税額
(百万円)
43,657
232,254
246,876
486,878
441,860
258,404
151,156
110,761

 農業相続人は昭和62年の9,587人、納税猶予税額は平成3年の4868億余円をピークにその後は農業相続人の人数、納税猶予税額ともに減少傾向にある。これは、3年の税制改正や地価の下落などによるものと考えられる。

(2)適用状況について

 4年、9年及び14年相続開始分に係る農業相続人1,442人(被相続人1,277人)について、申告書等によりその適用状況を検査したところ、次のような状況となっていた。

ア 納税猶予税額の状況

(ア)4年、9年及び14年相続開始の被相続人1,277人に係る相続税額の合計1471億7510万余円(被相続人1人当たり1億1525万余円)のうち、農業相続人に係る相続税額は1267億5633万余円(農業相続人1人当たり8790万余円)となっている。このうち納税猶予税額は合計772億3243万余円(農業相続人1人当たり5355万余円)であり、農業相続人に係る相続税額の60.9%を占めている。
 農業相続人1,442人について納税猶予税額別にみると、表8のとおりである。

表8 納税猶予税額別人数
納税猶予税額
4年
9年
14年
合計
割合
0円以上2000万円未満
169
194
279
642
%
44.5
2000万円以上5000万円未満
91
137
135
363
25.2
5000万円以上1億円未満
74
86
63
223
15.5
1億円以上
112
71
31
214
14.8
合計
446
488
508
1,442
100.0

 納税猶予税額2000万円以上の者が55.5%で、1億円以上の者をみると、4年分112人、9年分71人、14年分31人と減少している。

(イ)特例農地等について通常の評価により計算した価額と農業投資価格により計算した価額を比較してみると、その割合は、表9のとおり、4年相続開始分2.2%、9年相続開始分2.9%、14年相続開始分4.1%となっている。

表9 特例農地等の価額
  通常の評価により計算した特例農地等の価額(A) 農業投資価格により計算した特例農地等の価額(B)
割合
B/A
4年相続開始分(446人)
百万円
90,368
百万円
1,948
%
2.2
9年相続開始分(488人)
77,391
2,230
2.9
14年相続開始分(508人)
53,805
2,220
4.1

イ 農地等の相続の状況

(ア)4年、9年及び14年に相続した農地等の納税猶予の特例の適用状況は、表10のとおりであり、納税猶予の特例を適用していない農地等は3,929,974m で、相続財産のうち農地等13,238,492m の29.7%を占めている。

表10 相続した農地等の納税猶予の特例の適用状況
  相続財産のうち農地等
農業相続人が相続した農地等
A
左のうち特例農地等
B
農業相続人以外の相続人が相続した農地等
C
特例を適用していない農地等
(A-B)+C
面積の合計
m2
13,238,492
m2
12,050,681
m2
9,308,517
m2
1,187,810
m2
3,929,974
割合
%
91.0
%
77.2
%
9.0
%
29.7

(イ)4年、9年及び14年相続開始の被相続人1,277人に係る1人当たりの農業相続人の数は、1人の事例が1,134人で88.8%、2人から4人の事例が143人で11.2%となっている。また、4年、9年及び14年相続開始の農業相続人のうち続柄の記載のある者1,439人についてその続柄をみると、子が相続している事例は1,335人で92.8%、配偶者、兄弟姉妹及び親が相続している事例は104人で7.2%となっている。さらに、相続時点の農業相続人の平均年齢は51歳(最高年齢87歳)であり、65歳以上の者が170人(11.8%)となっている。
 このように、1人の農業相続人が相続し、また、子が相続しているものが大半とはいえ、複数の農業相続人に農地等が分散されていたり、次世代の農業後継者に相続されていなかったりしているものも見受けられる状況となっている。

ウ 農業経営状況

(ア)農業相続人の収入の有無について、4年相続開始分446人、9年相続開始分488人については13、14及び15年分、14年相続開始分508人については15年分の所得税の確定申告書により検査したところ、表11のとおりとなっている。

表11 農業相続人の申告状況
年分
  4年
相続開始分
9年
相続開始分
14年
相続開始分
割合
13
申告書提出なし
119
120
239
%
25.6
申告書提出あり
(うち農業収入金額なし)
327
(76)
368
(76)
695
(152)
74.4
(16.3)
14
申告書提出なし
108
121
229
24.5
申告書提出あり
(うち農業収入金額なし)
338
(83)
367
(76)
705
(159)
75.5
(17.0)
15
申告書提出なし
110
118
108
336
23.3
申告書提出あり
(うち農業収入金額なし)
336
(82)
370
(72)
400
(89)
1,106
(243)
76.7
(16.9)

 13、14及び15年分の確定申告書の提出のない者が農業相続人のうちそれぞれ239人、229人、336人いて、25.6%、24.5%、23.3%を占めている。このうち、3箇年分とも提出がない者は195人いる。
 また、所得税の確定申告書の提出はあるものの農業収入金額のない者がそれぞれ152人、159人、243人いて16.3%、17.0%、16.9%となっている。このうち、3箇年分とも申告書の提出はあるものの農業収入金額のない者は122人いる。
 さらに、農業収入金額のある者でみても、その収入金額が家事消費(注6) 等のみとしている者がそれぞれ19人、25人、39人見受けられた。

家事消費 棚卸資産を家事のために消費した場合をいい、その消費の時のそれらの資産の価額に相当する金額を収入金額に計上することとなっている。

(イ)農業相続人の農業所得金額について、4年及び9年相続開始分については農業収入金額のある者13年分543人、14年分546人、15年分552人、14年相続開始分については農業収入金額のある者15年分311人の所得税の確定申告書により検査したところ、表12のとおりとなっている。

表12 農業所得金額別人数
農業所得金額
人数
割合
4、9年相続開始分
14年相続開始分
4、9年相続開始分
14年相続開始分
13年分
14年分
15年分
15年分
13年分
14年分
15年分
15年分
0円以下
246
278
279
170
%
45.3
%
50.9
%
50.5
%
54.7
1円以上
100万円未満
207
187
183
92
38.1
34.3
33.2
29.6
100万円以上
300万円未満
54
57
52
29
9.9
10.4
9.4
9.3
300万円以上
500万円未満
28
17
22
8
5.2
3.1
4.0
2.6
500万円以上
8
7
16
12
1.5
1.3
2.9
3.8
合計
543
546
552
311
100.0
100.0
100.0
100.0

 農業所得金額100万円未満の者が453人、465人、724人といずれも8割強を占め、このうち、農業所得のない者(0円以下)は、それぞれ246人、278人、449人と5割強を占めている。そして、3箇年分とも農業所得のない者(0円以下)は195人となっている。
 前記のとおり、農林水産省では、効率的かつ安定的な農業経営を、主たる従事者が他産業従事者と同等の年間労働時間で地域における他産業従事者とそん色ない水準の生涯所得を確保し得る農業経営とし、この生涯所得を確保するための年間所得を530万円(全国平均)とする試算を行っている。
 農業相続人の13、14及び15年分の農業所得金額についてみると、500万円以上の者はそれぞれ8人、7人、28人で1割未満となっている。

エ 農業以外の所得状況

 農業相続人1,442人のうち15年分の所得税の確定申告書の提出があった農業相続人1,106人の農業以外の所得状況についてみると、農業以外の所得金額500万円以上の者が436人で39.4%を占めており、このうち1000万円以上の者が120人となっている。そして、農業以外の所得の主たるものは、不動産所得及び給与所得となっていて、農業以外の所得金額の最高額は5101万余円となっている。

(肉用牛の特例及び納税猶予の特例の検証の状況)

 関係省庁における特別措置の効果等の検証については、税制改正の要望の際に行われるものと政策評価法に基づいて行われる政策評価があり、16年度における肉用牛の特例及び納税猶予の特例の検証の状況は以下のとおりである。

(1)税制改正の要望の際の検証の状況について

 関係省庁が特別措置の新設、拡充及び延長の要望をする際、税制改正の要望書を財務省に提出しているが、その要望書には減税見込額、政策目的、これまでの政策効果、政策の達成目標等を記載することとなっている。
 農林水産省における17年度税制改正要望事項のうち、納税猶予の特例については実現したものはないが、肉用牛の特例については「延長」が認められており、財務省に提出(16年8月)した要望書は表13のとおりである。

表13 肉用牛の特例延長の要望書(抜すい)
制度名 肉用牛売却所得の課税の特例措置
税目 所得税(租税特別措置法第25条第1項及び第2項)、法人税(租税特別措置法第67条の3第1項、第68条の101第1項)
要望の内容 肉用牛の売却による農業所得課税の特例措置の適用期限を5年延長すること
減税見込額(平年度) 5,116百万円
新設・拡充又は延長を必要とする理由 (1) 政策目的
 肉用牛生産については、動物性たんぱく質食料の重要な供給源として、国民の食生活の向上に大きく貢献するとともに、地域農業と肉用牛関連産業の発展、国土資源の有効活用、地力の維持増進等に重要な役割を果たしており、従来から「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」に沿って、その振興・合理化を総合的に推進してきているところである。
 また、「食料・農業・農村基本法」に基づき制定された「食料・農業・農村基本計画」においては、食料自給率の向上及び国際的な食料需給の観点からも、国内の農業生産の増大が必要であり、肉用牛については、生産コストの2割低減や品質の向上により、生産の増大を図ることが課題とされていることから、本政策により肉用牛経営の安定化を図りつつ、自らの国土資源を有効に活用することによって牛肉を安定供給するとともに消費者の視点に立って安全・安心な牛肉を供給していく。
(2) 施策の必要性
 肉用牛生産については、その生産に長い期間を要し、かつ、経営リスクが大きいことに加え、牛肉の輸入自由化以降の国際競争によって、枝肉価格が低下したことから、生産性の向上、経営体質の強化等を図ることが一層重要となり、平成2年度から肉用子牛生産者補給金制度を発足させるとともに、肉用牛の生産・経営・流通等各般の施策を総合的に講じてきた。
 さらに、ウルグアイ・ラウンド農業合意による関税引下げによって国際競争が激化する中、口蹄疫やBSE等の肉用牛経営を直撃する緊急事態が続いたが、肉用牛生産農家の経営の安定及びその生産意欲を確保し、もって国産牛肉の安定供給を図っていく上で、肉用牛売却所得の課税の特例措置は大きな役割を果たしてきた。
(3) 要望の措置の適正性
 肉用牛売却所得の課税の特例措置は、国民に国産牛肉の安定供給を図るための肉用牛生産振興対策の一つとして発足し、我が国の肉用牛の生産振興上、重要な役割を果たしてきている。
 所得税の免除については、平成17年12月31日まで、法人税は平成18年3月31日まで適用を受けているところではあるが、元来経営リスクが高い上に、近年の肉用牛経営を巡る状況が極めて不安定な状況にある。
 その一方で、国産牛肉の安定供給が国内の消費者等から強く求められる状況にあり、肉用牛生産農家の経営の安定を図り、その生産意欲を確保するためには、本特例措置について、その適用期限を延長する必要がある。
これまでの政策効果  平成3年の牛肉輸入自由化に伴い、輸入牛肉との競争が激化し枝肉価格が大幅に低下する中にあって、飼養頭数が減少傾向にあったが、その減少は、平成6年度をピークとして、それ以降は微減に止まっており、国産牛肉の安定供給に貢献してきた。
 また、1戸当たりの飼養頭数については、本措置が実施されて以降、一貫して増加傾向で推移しており、農家の規模拡大が着実に図られている。
政策の達成目標  肉用牛の飼養頭数及び牛肉の生産目標(酪肉基本方針、目標年度平成22年度)
区分
10年度
(A)
22年度(見通し)
(B)
年平均伸び率
(10年度→22年度)
比率
(B)/(A)
肉用牛頭数
(単位:万頭)
284
317
0.9%
112%
牛肉生産量
(単位:枝肉万トン)
53
63
1.5%
119%
前回要望時からの達成度及び目標に達していない場合の理由  肉用牛の飼養頭数及び牛肉の生産目標(酪肉基本方針、目標年度平成17年度)
区分
10年度
(A)
15年度(実績)
(B)
年平均伸び率
(10年度→15年度)
比率
(B)/(A)
肉用牛頭数
(単位:万頭)
284
280
-0.1%
99%
牛肉生産量
(単位:枝肉万トン)
53
50
-0.4%
94%
(注)
農林水産省作成の資料による。

 この要望書における検証を分析したところ、次のような状況であった。

ア 「減税見込額」

 減税見込額については、農林水産省では適用状況を十分把握できていないことから「国税庁統計年報書」の肉用牛の特例の適用実績を利用して、51億1600万円と算出しているが、この適用実績は農業を営む個人分(措置法第25条の適用者)であり、農業生産法人分(措置法第67条の3)は含まれていない。

イ 「これまでの政策効果」

 これまでの政策効果については、当該措置のこれまでの適用実績及び前回要望時における政策の達成目標の実現状況等、その効果について具体的に記載することとなっている。
 要望書では、「飼養頭数の減少は、微減に止まっており」、「1戸当たりの飼養頭数については、一貫して増加傾向で推移しており」としている。しかし、この飼養頭数の傾向及び農家の規模拡大は肉用牛に係る施策全体の効果を反映したものであり、肉用牛の特例の効果については他の政策の効果と区分して評価することは困難であるとして、肉用牛の特例単体の効果の分析等はない。

ウ 「前回要望時からの達成度及び目標に達していない場合の理由」

 前回要望時からの達成度及び目標に達していない場合の理由については、現時点において当該達成目標がどの程度達成されたかを計数的な指標をもって具体的に示すとともに、前回要望時の目標が達成されていない場合には、その理由を必ず記載することになっている。
 しかし、前回要望時からの達成度については、肉用牛頭数の15年度実績値280万頭、牛肉生産量(枝肉)の15年度実績値50万tなどの記載だけで目標値との関係の記載はない。また、前回要望時達成目標から15年度の肉用牛頭数及び牛肉生産量(枝肉)の目標値を推計するとそれぞれ410万頭、76万tと算出され、15年度の実績値280万頭及び50万tはその目標値を大きく下回っているのに、目標に達していない場合の理由の記載はない。

エ 「政策の達成目標」等における達成目標

 要望時における達成目標の達成度などにより政策効果の検証を行うことになっているのに、肉用牛の特例の達成目標を、肉用牛に係る補助金、税制、金融等の施策全体で達成するものとしている基本計画、酪肉基本方針における肉用牛頭数及び牛肉生産量(枝肉)の目標と同じものにしているため、達成目標の達成度により政策効果の検証を行うことは困難となっている。
 財務省では、農林水産省から提出を受けたこの要望書等に基づいて検証を行っていた。

(2)政策評価による検証の状況について

ア 政策評価の種類

 農林水産省では、政策評価法に基づき、政策評価基本計画(計画期間14年度から18年度までの5年間。以下「評価基本計画」という。)及び政策評価実施計画(毎年度)を定め、事前評価及び事後評価を行っている。
 事前評価については、事業評価を実施することとなっている。この事業評価は公共事業及び研究開発を対象としており、特別措置については対象としていない。
 事後評価については、実績評価、期中及び完了後の事業評価等を実施することとなっている。このうち期中及び完了後の事業評価については、公共事業及び研究開発を評価対象としており、特別措置については対象としていない。

イ 実績評価による検証の状況

(ア)実績評価は、農林水産省が行う行政分野全般にわたる主要な政策を対象に、あらかじめ基本計画等に基づく政策目標を設定し定期的(1年ごと)にその政策目標に対する実績を測定するものであり、大目標、中目標、政策分野(政策目標)、政策手段という政策評価体系を構築した上で実施することとなっている。実績評価においては、政策目標に係る政策手段について効果の把握に努めることとなっており、有効性に問題があるとされた政策手段(達成度50%未満である政策目標に係る政策手段)については、十分な要因分析を行った上で、必要性等の観点からの評価も踏まえ、廃止も含めた抜本的な検討を行うこととなっている。そして、実績評価では政策手段は多数あるので個々の効果まで十分に検証することは難しいことから、これを補完するため特定の政策手段について、より詳細な評価である政策手段別評価を行うことになっている。この評価の対象となる政策手段については、評価結果を予算に反映させることが重要であるとして、予算事業を評価の対象としており、適用状況に関するデータの収集が難しい特別措置は対象としていない。

(イ)16年度に実施した実績評価(15年度政策を対象)においては、肉用牛の特例と主に関連する政策分野は、「畜産物の生産対策」であり、ここでは肉類生産量及び牛枝肉生産量を指標とする政策目標が設定されている。しかし、この政策目標に係る政策手段についてみると、肉用牛の生産振興対策として広く浸透している肉用牛の特例を政策手段としていない。

(ウ)納税猶予の特例と主に関連する政策分野は、「耕作放棄の発生の防止等による優良農地の確保」、「認定農業者等意欲ある農業者の育成」などが考えられるが、納税猶予の特例は偶発的な相続を対象とした制度であり、政策評価にはなじまないものであるとの理由から政策手段としていない。

5 本院の所見

 特別措置は、特定の政策目的の実現のための特別な手段として、公平・中立・簡素という税制の基本理念の例外として設けられているものであり、また、厳しい財政状況の下で減収をもたらすものであることから、特に創設から長い期間を経過しているものについては、その政策目的や効果を常に検証し、公平、中立などの観点から絶えず見直すことが必要とされている。
 農林水産省では、コストの低減などにより生産の増大を図るため、今後更に担い手の育成・確保や担い手への農地の利用集積に向けた動きなどを加速化させていくことなどが必要であり、担い手を明確化して、各種施策を更に集中的、重点的に実施するなどとしている。
 上記の特別措置の性格や農業政策の動向などを踏まえ、肉用牛経営の安定化を図りつつ国産牛肉を安定供給することを目的とする肉用牛の特例、及び農地を確保しつつ農地の細分化を防止し農業後継者を育成することを目的とする納税猶予の特例について、その適用状況、検証状況などを本院で検査したところである。

ア 適用状況については次のとおりである。

(ア)肉用牛の特例については、15年分の特例所得金額が200万円未満の適用者は63.7%、農業所得金額が300万円未満の適用者は37.3%、免税金額が10万円未満の適用者は51.4%となっており、また、10年分と比較すると、特例所得金額が減少している適用者は39.5%、農業所得金額が減少している適用者は26.3%となっている。このように、効率的かつ安定的な農業経営にはなっていないような適用者や農業所得が減少している適用者が見受けられる状況となっている。一方、15年分の特例所得金額が1000万円以上の適用者は6.2%で、最も高額な適用者は1億4137万余円、免税金額が200万円以上の適用者は4.4%で、最も高額な適用者は5014万余円となっている。肉用牛の特例は、特例所得金額及び免税金額の上限が定められていないため、肥育農家を中心に高額な適用者が見受けられる状況となっている。

(イ)納税猶予の特例については、被相続人の保有していた農地等のうち、納税猶予の特例を適用していない農地等は29.7%であり、これらの農地等は転用したり譲渡したりすることが可能な状況となっている。そして、農業経営状況についてみると、所得税の確定申告書の提出がない者及び提出があっても農業収入の記載がない者が約40%を占めており、また、農業所得金額が100万円未満となっている者が80%強となっていることから、効率的かつ安定的な農業経営にはなっていないような適用者が見受けられる状況となっている。

イ 検証状況については、農林水産省は17年度税制改正要望時に肉用牛の特例の延長の要望書を提出しており、この要望書では、他の政策の効果と区分して評価することは困難であるとして、肉用牛の特例のみについての効果の分析を行っていないなどの課題等が見受けられた。そして財務省は提出を受けたこの農林水産省の検証による要望書等に基づいて検証を行っていた。
 そして、政策評価による検証では、肉用牛の特例、納税猶予の特例を政策評価体系上の政策手段としておらず、政策評価においては検証を行っていなかった。

ウ 課税の執行状況については、確定申告書等における特例適用牛に係る経費の配賦方法及び経費の明細の記載が適切とは認められない適用者がいる状況となっていた。
 農林水産省においては、特別措置の適用状況に関するデータの収集や個別の特別措置のみの効果の測定には難しい面があるなどするが、肉用牛の特例及び納税猶予の特例の検証について、その内容をより一層充実することにより、政策の実効性を高めていくとともに国民に対する説明責任を果たしていくことが望まれる。財務省においては、農林水産省をはじめ関係省庁に対して要望書における検証等について指導するなどとともに、肉用牛の特例、納税猶予の特例をはじめ特別措置について今後とも十分に検証していくことが望まれる。また、国税庁においては、特例適用牛に係る経費を合理的な方法により配賦するとともに経費の明細を適切に記載するよう指導を徹底するなどして、肉用牛の特例をはじめ特別措置に係る課税の執行について、より適正に行うことが望まれる。
 このような状況を踏まえて、本院としては、今後とも特別措置の実施状況について、その推移を引き続き注視していくこととする。