会計名及び科目 | 労働保険特別会計(労災勘定) (項)保険給付費 | |
部局等 | 2労働局 | |
返還請求すべき国の損害の概要 | 職員が労働者災害補償保険給付を不正受給したことによって生じた国の損害 | |
損害額 | 7226万余円 | |
上記のうち適切な返還請求がなされていなかった損害額 | 4702万円 |
厚生労働省は、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号。以下「労災保険法」という。)に基づいて、労働者の業務上の事由又は通勤による負傷、疾病等に対して療養の給付等の保険給付を行っている。そして、偽りその他不正の手段により保険給付を受けた者がある場合には、労災保険法第12条の3の規定に基づき、その保険給付に要した費用に相当する金額の全部又は一部を当該不正受給者から徴収することとしている(以下、労災保険法第12条の3の規定に基づく不正受給者に対する費用徴収の権利を「費用徴収請求権」という。)。
上記の不正受給者に対する費用徴収については、労災保険法制定当初、民法(明治29年法律第89号)の不法行為による損害賠償請求の規定ないし不当利得による返還請求の規定を適用して不正受給者に対する返還請求を行っていたが、昭和40年の労災保険法の改正により、労災保険法上の権利として新設して、国税滞納処分の例により強制徴収するなどとしたものである。
この費用徴収請求権に基づく返還請求等の事務は、各都道府県労働局長が歳入徴収官等として行うこととなっている。
費用徴収請求権の消滅時効は、労災保険法第12条の3の規定により労働保険の保険料の徴収等に関する法律(昭和44年法律第84号)第41条の規定が準用されて不正に受給した日から2年となっており、民法第709条の不法行為の規定に基づく損害賠償請求権(以下「損害賠償請求権」という。)の消滅時効が民法第724条の規定により、不法行為の時から20年を経過したとき又は当該損害等を知った時から3年行使しないときとされていることと比較すると、短期間となっている。
このように費用徴収請求権の消滅時効が短期間とされている理由について、厚生労働本省は、偽りその他不正の手段により保険給付を受けた者があるときは、できる限りそれを早く解消して、確実に取り戻すべきで、そのためには国税徴収法(昭和34年法律第147号)の例により強制徴収等の強力な手段を用いることが適当であり、また、このような強力な手段を有しつつ、それを用いないまま、当事者間の権利関係が不安定な状態に置かれることは、法的安定性という点から好ましくないとしている。
労災保険法に基づく保険給付のうちの給付金(以下「保険給付金」という。)の不正受給は、労働基準監督署等の職員(以下「職員」という。)による不正行為として行われる場合がある。そして、職員は一般に保険給付の要件、手続等に精通していることから、これらの職員によって不正行為が行われた場合、不正行為期間が長期間にわたったり、発覚まで時間を要したりすることも想定される。
そこで、本院は、厚生労働本省等において、平成10年から19年までの間に発覚した職員による不正受給について、合規性等の観点から、返還請求等が適切に行われているかに着眼して会計実地検査を行い、厚生労働本省の担当職員から債権管理の状況等についての説明を聴取するなどして検査した。
検査の結果、10年から19年までの間に発覚した職員による不正受給の件数及び金額は、次表のとおり、大阪、長崎両労働局において計3件、7226万余円となっており、これらの返還請求に当たって、不正受給が発覚した時点において既に2年が経過していたことなどにより費用徴収請求権が時効消滅しているとして、返還請求を行っていなかったものの金額は計4702万余円となっていた。
表 | 職員による不正受給の損害額及び返還請求の状況 | (単位:千円) |
労働局名 | 職員による不正受給が行われた労働基準監督署名 | 不正受給期間 | 発覚時期 | 損害額 | 左のうち返還請求が行われていなかったもの |
長崎 | 諫早、厳原 | 平成7年5月〜13年6月 | 平成13年7月 | 8,580 | 2,432 |
大阪 | 堺、岸和田、泉大津、淀川、羽曳野 | 昭和63年11月〜平成14年11月 | 平成14年11月 | 49,911 | 30,822 |
大阪南 | 平成13年3月〜13年6月 | 平成17年3月 | 13,768 | 13,768 | |
3件(8労働基準監督署) | 72,260 | 47,023 |
上記のように、職員による不正受給について2年の消滅時効を適用している理由として、厚生労働省は、労災保険法において、民法とは異なる取扱いを定めている場合は、費用徴収請求権のみを行使することとして、民法に基づく請求は行わない取扱いとしていたためとしている。
しかし、大阪、長崎両労働局において、職員による不正受給が長期間にわたっていたり、発覚までに相当期間を要したりして、損害金の多くが消滅時効にかかっている事態を考慮すると、職員が不正受給を行い国に損害を生じさせて、費用徴収請求権が時効消滅している場合には、国の損害の適切な補てんのために、損害賠償請求権に基づく返還請求を行うことが適切であったと認められた。
したがって、厚生労働省において、職員による不正受給により国に損害が生じた場合には、費用徴収請求権のみを行使することとして、損害賠償請求権に基づく返還請求を行っていないことは適切とは認められず、国の損害の適切な補てん及び会計経理の適正な規律の確保等の見地から、損害賠償請求権を適切に行使するよう、改善を図る必要があると認められた。
このような事態が生じていたのは、厚生労働省において、職員による不正受給について、労災保険法に基づく返還請求のみを行う取扱いを継続して、損害賠償請求権に基づく返還請求についての検討を十分行っていなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、厚生労働省は、20年7月に都道府県労働局に対して通知を発するなどして、従来の取扱いを変更して、職員による不正受給により生じた保険給付金に係る国の損害の回復を適切に行うために、職員による不正受給により国に損害が生じた場合で、費用徴収請求権が時効により消滅する部分が生じてしまう場合には、損害賠償請求権による債権の管理を行うこととして、国に生じた損害の適切な補てんを図る処置を講じた。