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  • 平成19年度|
  • 第4章 国会及び内閣に対する報告並びに国会からの検査要請事項に関する報告等|
  • 第4節 特定検査対象に関する検査状況|

第5 ベトナムに対する円借款事業において道路建設中に発生した橋桁の崩落事故について


第5 ベトナムに対する円借款事業において道路建設中に発生した橋桁の崩落事故について

検査対象
国際協力銀行(平成20年10月1日に、株式会社日本政策金融公庫の設立に伴い、国際協力銀行は解散して、同行が行っていた円借款業務は、独立行政法人国際協力機構が行うこととなった。)
政府開発援助の内容
円借款
橋桁の崩落事故の概要
建設中のカントー橋の橋桁(けた)の一部等が崩落する事故が発生して、死傷者が多数に上ったことのほか、建設中の橋桁、橋脚等が破損するなどの被害が発生したもの
事業名
クーロン(カントー)橋建設事業及び国道1号線バイパス道路整備事業
供与限度額
332億4000万円
貸付実行額
183億0479万余円(平成20年3月末現在)

1 検査の背景

(1) ベトナムに対する円借款の概要

ア 円借款の実績

 我が国がベトナム社会主義共和国(以下「ベトナム」という。)に対して平成4年度から19年度までに供与した円借款は、120事業、供与限度額計1兆2507億1400万円に上っており、我が国の円借款累計額(19年度末)計24兆6154億7487万余円の約5.1%を占めている。また、19年度におけるベトナムへの円借款供与限度額は計978億5300万円であり、同年度の国別の供与限度額ではインド、イラク、インドネシアに次いで4番目に多い額となっている。

イ 円借款事業の実施体制

 ベトナムにおける円借款事業の実施体制は、以下のとおりとなっている。
 計画投資省が、円借款をはじめとする我が国の政府開発援助や他国の援助等との調整等を行い、財政省が政府開発援助による資金の管理、借款契約の締結事務等を行っている。そして、各政府機関や地方自治体等が事業を実施している。
 ベトナムにおける道路行政は、中央政府と地方政府との間で役割が分担されており、中央政府がすべての国道を管轄している。そして、交通運輸省が国道の計画、建設、維持管理等の道路行政を行い、同省に国道の建設工事を実施するために事業ごとに事業管理局(Project Management Unit。PMU)が設置されている。
 クーロン(カントー)橋建設事業(以下「カントー橋建設事業」という。)及び国道1号線バイパス道路整備事業(以下「バイパス整備事業」という。)については、PMU My Thuanという名称の事業管理局(以下「PMUミトゥアン」という。)が設置されており、局長以下100名程度の組織で事業を実施していて、契約手続等の事務を担当している。

(2) 事業の概要

ア 実現可能性調査

 ベトナム政府は、8年12月に、ベトナム南部の中心都市であるホーチミン市からビンロン省を経由してメコンデルタ地域のカントー市へ通じる幹線道路である国道1号線上で唯一橋りょうが架設されていないメコン川水系のハウ川のフェリー横断箇所において、橋りょう建設の実現可能性を検討するため、調査の実施を我が国政府に要請してきた。この要請を受けて、独立行政法人国際協力機構(Japan International Cooperation Agency。以下「JICA」という。)が、開発調査の一環として実現可能性調査を実施して、現況調査、自然条件調査、交通量調査、環境影響評価、経済分析、最適架橋ルートの選定、概略設計、施工計画、概算工事費の算定等を経て、プレストレストコンクリート・鋼複合斜張橋(以下「PC鋼複合斜張橋」という。)の建設案をカントー橋建設計画調査最終報告書として10年9月に作成して、我が国外務省、ベトナム政府等に提出した。

イ 交換公文等の締結

 ベトナム政府は、我が国政府に対して、PC鋼複合斜張橋の建設一式について、12年4月に、円借款の一つの種類である、経済構造改革支援のための特別円借款(以下「特別円借款」という。)による援助を、また、同年7月に通常の円借款による援助を、それぞれ要請してきた。我が国政府は、国際協力銀行(Japan Bank for International Cooperation。以下「JBIC」という。なお、20年10月1日に、株式会社日本政策金融公庫の設立に伴い、国際協力銀行は解散して、同行が行っていた円借款業務は、JICA(以下「新JICA」という。)が行うこととなった。)と検討した結果、これをカントー橋建設事業とバイパス整備事業に区分して、カントー橋建設事業については特別円借款により支援することとして、バイパス整備事業については詳細設計、入札補助、施工監理等のコンサルタント業務(以下「コンサルタント業務」という。)にカントー橋建設事業分を含めて通常の円借款により支援することとして、13年3月30日にそれらを閣議決定した。そして、同日に、カントー橋建設事業とバイパス整備事業(以下、これら2事業を合わせて「カントー橋2事業」という。)に係る交換公文が両国政府間で締結されて、借款契約がJBICとベトナム政府との間で締結された(表1 参照)。

事業名
(円借款の種類)
交換公文締結年月日
供与限度額
(百万円)
コンサルタント契約に係る供与条件
建設工事請負契約に係る供与条件
カントー橋建設事業
(特別円借款)
平成13.3.30
24,847
なし
(コンサルタント業務は、バイパス整備事業に係るコンサルタント契約に含まれている。)
金利
0.95%
償還期限
40年
据置期間
10年
調達条件
日本タイド
バイパス整備事業
(円借款)
13.3.30
8,393
金利
0.75%
金利
1.80%
償還期限
40年
償還期限
30年
据置期間
10年
据置期間
10年
調達条件
二国間タイド
調達条件
一般アンタイド

 特別円借款は、9年7月頃に生じたアジア諸国における経済的危機からの早期回復に向けた景気刺激効果及び雇用促進効果が高い事業を推進するとともに経済構造改革を実現するために、10年12月に創設された制度である。特別円借款の供与対象は、物流の効率化、生産基盤強化及び大規模災害対策におけるインフラ整備等の事業とされており、通常の円借款に比べて金利、償還期限とも緩やかな条件が適用されている。そして、特別円借款における契約の相手方は、原則として、我が国の企業に限定(日本タイド)されている。外務省及びJBICは、カントー橋建設事業を特別円借款により支援することとした理由について、ベトナム経済への景気刺激効果、雇用促進効果及び物流の効率化等の民間投資環境の改善効果等が十分期待されること、主橋りょうのPC鋼複合斜張橋の施工において我が国の技術が活かせることなどを挙げている。

ウ 事業の実施

(ア) コンサルタントの選定

 事業実施機関であるPMUミトゥアンは、交換公文等が締結された後、JBICが策定した円借款事業のためのコンサルタント雇用ガイドライン(以下「コンサルタント雇用ガイドライン」という。)に基づき、技術提案書により能力等を評価することによって競争的に契約の相手方を選定するプロポーザル方式によってカントー橋2事業に係るコンサルタント業務の契約(以下「コンサルタント契約」という。)の相手方を選定して、契約することにした。
 そして、PMUミトゥアンは、コンサルタント契約の相手方として、技術提案書を提出した3共同企業体のうちから日本工営株式会社、株式会社長大及びベトナム企業により構成された共同企業体(以下「コンサルタント」という。)を選定した。PMUミトゥアンは、14年5月に上記の技術提案書によるプロポーザル評価結果報告書をJBICに提出して同意を得た上で、14年9月にコンサルタント契約(邦貨換算契約額17億7208万余円)を締結して、JBICに対してコンサルタント契約書を提出して、この契約についての同意を求めた。JBICは、PMUミトゥアンから提出されたこれらの書類がコンサルタント雇用ガイドラインに沿ったものとなっているかなどについて確認して、問題がなかったとして、同年10月にコンサルタント契約に同意している。

(イ) 建設業者の選定

 円借款事業に必要な資機材の調達及び役務は、JBICが策定した円借款事業のための調達ガイドライン(以下「調達ガイドライン」という。)等に基づき行われることとされている。
 カントー橋2事業は、3工区に分割されて建設工事が実施されており、第1工区がビンロン省側のバイパス道路等の建設、第2工区がカントー橋(PC鋼複合斜張橋及び両側取付橋りょう等)の建設、第3工区がカントー市側のバイパス道路等の建設となっている。
 これらの工区のうち、第2工区のカントー橋建設事業は前記のとおり、特別円借款によっていたことから、建設工事請負契約の相手方は、我が国の企業に限定されており、契約の締結は、以下のとおり行われていた。
〔1〕  PMUミトゥアンが、調達ガイドラインに従い、入札前に入札参加者事前資格審査を実施した。
〔2〕  JBICが、PMUミトゥアンから事前資格審査結果の報告を受けて、15年8月にその結果に同意した。
〔3〕  PMUミトゥアンが、各入札参加者(3者)の技術提案及び入札価格を勘案して、建設業者として大成建設株式会社、鹿島建設株式会社及び新日本製鐵株式会社(18年7月会社分割により設立された同社の子会社である新日鉄エンジニアリング株式会社が承継)により構成された共同企業体(以下「建設業者」という。)を選定して、その入札評価結果報告書をJBICに提出した。
〔4〕  JBICは、PMUミトゥアンから提出された入札評価結果報告書について、調達ガイドライン等に基づき内容を確認した上で、16年9月に同意した。
〔5〕  PMUミトゥアンは、契約条件を調整後、同月に建設業者と建設工事請負契約(邦貨換算契約額221億9543万余円)を締結して、JBICに建設工事請負契約書の写しを提出した。
〔6〕  JBICは、PMUミトゥアンから提出された契約書について、交換公文等及び調達ガイドラインに沿った内容となっているか、入札評価は適切に行われて評価順位が第1位の者が契約交渉順位第1位となっているか、契約金額は供与限度額の範囲内となっているかなどを確認した上で、同月に同意した。

(3) カントー橋2事業の工事概要

ア カントー橋建設事業

 カントー橋建設事業は、国道1号線のハウ川渡河地点において、ビンロン省とカントー市を結ぶ現行のフェリー横断箇所から3.2km下流地点に橋りょう総延長1,010mのPC鋼複合斜張橋(北側プレストレストコンクリート箱桁(けた)部400m、中央鋼製桁部210m、南側プレストレストコンクリート箱桁部400m)を建設するとともに、その北側に520mの取付橋りょう(1区間40mのT桁10本による連続桁13区間)及び南側に1,220mの取付橋りょう(1区間40mのT桁10本による連続桁22区間及びプレストレストコンクリート箱桁5区間340m)を建設するものであり、これらの総延長は2,750mである。

イ バイパス整備事業

 バイパス整備事業は、ビンロン省の国道1号線の分岐地点からカントー橋北側の取付橋りょうに接続するまでのバイパス道路(延長5,410m)及びカントー市のカントー橋南側の取付橋りょうから国道1号線の分岐地点までのバイパス道路(延長7,690m)をそれぞれ建設するものである。

ウ 工事の進ちょく状況

 JBICがPMUミトゥアンから提出を受けた19年8月末現在の報告等によると、貸付実行額は、カントー橋建設事業については16年10月に着工以来133億5218万余円、バイパス整備事業については17年2月に着工以来24億8765万余円となっている。カントー橋2事業の工事の進ちょく状況について、建設工事請負契約額に対する貸付実行額の割合でみると、カントー橋建設事業は約60%、バイパス整備事業は約38%となっている。

(4) 事故の概要

19年9月26日午前7時55分頃、第2工区において、建設中のカントー橋の橋桁の一部(北側プレストレストコンクリート箱桁部400mのうち桁長40m、幅員26mのコンクリート製箱桁、連続する2径間、総延長80m分)等が崩落する事故(以下、この事故を「崩落事故」という。)が発生した。この崩落事故により、死傷者が多数(死者55人、負傷者79人、本院現地調査時点)に上ったほか、建設中の橋桁、橋脚等が破損するなどの被害が発生した。

(5) ベトナム国家事故調査委員会の最終報告

 ベトナム政府は、首相の指示の下、19年10月6日に建設大臣を委員長とする国家事故調査委員会を発足させた。同調査委員会は、20年6月18日までの間に8回の会合を開催して、事故原因の究明等の技術的検討を行った。我が国政府は、ベトナム政府の要請を受けて、我が国の道路橋りょうの専門家である八戸工業大学名誉教授を推薦して、同調査委員会に派遣した。
 そして、ベトナム政府は、同年7月2日に、同調査委員会の調査結果として、崩落事故の主原因は、仮設工事の支柱(以下「仮設支柱」という。)の基礎が不等沈下したことによるとした最終報告書の要旨を公表した。我が国外務省は、ベトナム政府からベトナム語で記載されたこの要旨を入手して、同国政府の了解を得てこれを仮訳して同月4日に公表した(以下、仮訳して公表されたものを「事故報告要旨」という。)。  事故報告要旨は、以下のとおりである。

(仮訳(原文はベトナム語))  
カントー橋2径間アプローチ支間
の崩壊に係る国家事故調査委員会
No:  /BC−UBNNCT
ベトナム社会主義共和国
独立・自由・幸福
ハノイ、2008年6月
要約
カントー橋2径間アプローチ支間の崩壊に係る国家事故調査委員会の活動結果
(記者会見用資料)

 2007年9月26日にカントー橋の2径間のアプローチ支間の建設現場において発生した仮設支柱システムの崩壊事故の直後、首相は、カントー橋アプローチ支間の崩壊に係る国家事故調査委員会の立ち上げを指示した。同委員会は所定の機能、役割に則し積極的かつ迅速に各種活動を行った。同委員会は技術、法律の各専門家チーム、事務局を立ち上げ、また委員会内の諮問機関を設置した。同委員会及びそれを支援するチームは現場実査、証拠の収集を行い、委員会の会合に提示された結果を得るために関係者と共に作業を行った。現場実査及び関係者との面談とは別に、委員会は8回開催された。会合では、必要に応じ、委員会から、日本のコントラクター、日本のコンサルタント、事業主である交通運輸省に対して彼ら自身で、事故原因の分析を行うよう求めた。2008年3月24日に開催された第7回会合において、議論の後、同委員会は事故の直接の主因について合意に達した。第8回会合の開催準備のために、同委員会で実施した調査結果に関する全体報告書案が各委員に対し、確認、修正、補足のために配布された。技術専門家及び法律専門家チーム、事務局、委員会内の諮問機関は公式の報告書を完成させて印刷し、第8回会合に提出した。2008年6月18日に第8回会合が開催され、各参加委員は慎重かつ的確な議論を行い、最終報告書を首相に提出することにつき合意に達した。同委員会による調査結果の最終報告書は100ページの本文に加え、1,000ページを超える添付資料からなる。同委員会による調査結果の概要は以下のとおりである。

1. 事故の概要

 カントー橋と両側のアプローチ橋への道路は全長で15.85kmあり、ハウ川をまたぎビンロン省及びカントー市を結び、国道1号線Aのバイパス道路の役割を担う橋となるものである。カントー橋は、長さ1,010mの主橋、520mのビンロン州側のアプローチ橋及び1,120mのカントー市側のアプローチ橋から成る。主橋の構造は、2面吊の斜張橋となっている。崩落事故は、ビンロン省側において、主橋を構成する各40mのアンカースパン2連となっている橋脚P13〜P15間(図1)の建設中の鉄筋コンクリート箱桁で発生した。

図1. 橋脚P13〜P15の2径間のアンカースパンで発生した事故の位置

 当該2径間のコンクリート箱桁を建設するべく、コントラクターは、鉄筋コンクリートフーチング上に固定される鋼材の仮設支柱、横トラス、縦トラスからなる仮設支保工と呼ばれる足場システムを採用していた。事故は2007年9月26日午前7時55分に発生した。仮設支保工が崩壊し、建設中のコンクリート箱桁を落下せしめた。(図2)

図2. 仮設支保工及びコンクリート箱桁橋

 a) 事故前

 b) 事故後

 事故現場の証拠や目撃証言によれば、崩壊は仮設支保工のP13から始まり、破裂音とともにP13付近から白煙が立ち上った。P13〜P14間の橋床のコンクリートが落下し、続いてP14〜P15間で仮設支保工の各部分を潰しながら落下した(図2b)。

2. 事故を引き起こした主因の調査

 コンクリート桁を建設中に発生した事故であることにより、コンクリート桁は機能していなかったため、事故を引き起こした対象はコンクリート桁建設のための仮設支保工であると特定された。事故を引き起こした主因を解明するために、委員会は設計、加工、仮設支保工の設置及び他の有害な要因について事故を引き起こした可能性を分析することに留意した。調査結果は以下のとおりである。
 仮設支保工の設計に関して:国家事故調査委員会(SCI)は、鋼製足場システムの設計のチェックを行って、以下のコメントを作成した:不均衡な基礎の沈下がない場合、仮設支保工の構造は十分な許容支持力を持っていた。実際に、この鋼製足場システムは、不均衡な基礎の沈下がない状態で主橋脚の基礎に置かれ、主橋脚を無事に建設するのに用いられた。基礎構造に関して、事故発生時の杭に伝わる荷重が杭の許容支持力より低いことにより、杭基礎は許容支持力を確保している。その結果、不等沈下を考慮しない場合、仮設支保工の設計は事故を引き起こす直接の原因にはならない。
 加工、製作、仮設支保工の設置に関する、事故後の現物の構造の試験や調査から、SCIは設計と比較して工事に幾つかの誤った細部構造を発見した。横断方向のトラスにおいて、若干の溶接線の強度には欠陥があり、1本の部材は設計と異なるサイズであった。仮設支柱においては、いくつかのボルト穴が誤ったサイズと位置で、修正する必要があった。分析、計算した結果、これらの欠陥構造は、事故の引き金となる要因ではなかった。
 その他の有害な因子で起きる事由について、SCIは、盛土の深さ、事故前の連続的降雨による地下水の変化、2007年9月24〜25日の2日間に行われた10回目と11回目のコンクリートの連続打設による急激な荷重増加、コンクリート桁上を歩く作業員やクローラークレーンの稼動によって誘発される共振など、設計で考慮されていない、有害な影響について調査、検討を行った。分析の結果、SCIは上記の効果が仮設支保工に与えた影響は微小であることを確認した。これらの効果は事故の直接の原因ではない。
 不等沈下のみの影響は、仮設支柱と本橋橋脚の間における不等沈下、二つの仮設支柱のパイルキャップ(注1) 間における不等沈下、仮設支柱の単一のパイルキャップにおける不等沈下がある。分析の結果、SCIのコメントは以下の通りである。

a) 仮設支柱と本橋橋脚の間における不等沈下

 主橋脚が深さ76mに届く場所打ち杭によって支えられているのに対して、仮設支柱は杭の断面が30x30cmで、35mの深さまでの打込み杭に支えられていることから、仮設支柱と主橋脚の間に不等沈下が起こりうる。二本のボーリング孔LK1とLK2並びに静的載荷試験を実施した第一回調査の結果、仮設支柱と主橋脚の間の不等沈下は39mmと計算された。AASHTO基準に従うと、構造物の安全性は危険指数nに基づき評価される。nが1より小さいと安全が確保される。想定される沈下が39mmの場合、仮設支柱において最も重要な垂直部材はNo.117材で、nは0.75から0.82に上昇するが、依然として安全限界内(n<1)に留まる。従って、支柱は保持され、崩壊しない。以上より、仮設支柱と本橋橋脚との間における不等沈下は事故の直接の原因ではない。

b) 二つの仮設支柱のパイルキャップ間における不等沈下

 上流側及び下流側の仮設支柱(T13UとT13D、T14UとT14D)での二組のボーリングによる第二回目の調査によると、T13UとT13Dの二つのパイルキャップ間の不等沈下は0〜6mmと小さいことが判明している。この場合、不等沈下がなかった場合との比較では、最も危険指数の大きい垂直部材(No. 46)の危険指数nは0.56から0.65に増加するものの、まだ安全な範囲にとどまる。このことは、仮設支保工システムは安全で、崩壊しないことを示している。従って、仮設支柱の二つのパイルキャップ間の不等沈下は本件事故の直接の原因ではない。

c) 仮設支柱の単一のパイルキャップにおける不等沈下

 上流側仮設支柱T13Uの基礎は最も弱い基礎であると評価される。この基礎における不等沈下を判定するために、SCIはK1及びK2の二本のボーリングによる三回目の調査を実施した。この二つのボーリングを比較することにより、SCIは、この上流側仮設支柱の両側で土質条件が著しく異なることを確認した。具体的には、P14橋脚側の杭列は緩い砂層中に打ち込まれており、P13橋脚側の杭列は密度の高い砂層に打ち込まれていた。その結果、P14橋脚側の杭列はP13橋脚側の杭列よりも沈下し、パイルキャップT13UはP14橋脚側に傾くこととなった。これら杭列間における不等沈下量は12mmもしくはそれ以上と計算される。
 単一のパイルキャップにおける不等沈下の計算によると、不等沈下が11mmに達すると、仮設支柱のいくつかの斜材は限界状態(n>1)となる。不等沈下が12mmに達すると、これらの支柱のボルトに係る危険指数は1.18〜1.44に達し、これらボルトは次々に破壊される可能性がある。これら斜材が機能しない場合、垂直部材No. 46の危険指数は0.56から1.58、すなわち2.82倍に高まる。このことが、当該垂直部材が座屈、そして崩壊し、T13Uの仮設支柱の不安定化、さらに上部構造物の崩壊に至る原因となる。
 このように、仮設支保工システムは、仮設支柱の不安定化により急速に崩壊した。この不安定化の原因は、単一のパイルキャップにおける不等沈下にあると結論づけられる
 崩壊の過程は次のようなものである:T13Uのパイルキャップにおける不等沈下が発生、斜材No. 81、64、65が次々と破壊し、垂直部材No. 46の座屈を引き起こし、仮設支保工システムの崩壊を招く。
 T13Uの仮設支柱が最初に崩壊したため、コンクリート・スラブが上流側に傾きやすくなった。それゆえに、何人かの目撃者の指摘どおり、作業員や建設資材が上流方向に位置する住宅に落下した。
 通常、不安定化及び座屈による崩壊は急速に進行するが、今回の事例では20秒間で起こった。従って、T13U仮設支柱が崩壊、座屈するなり、コンクリート・スラブが多くのセグメントになって破壊した。P13橋脚上のデスク・スラブ(注2) 重量は非常に大きく(1,000トン超)、P13橋脚上部とコンクリート・スラブの分離を引き起こした。これが、何人かの目撃者が証言しているP13橋脚上部からの破裂音と白煙の主因である。
 仮設支柱の崩壊の変形計算図は、事故後の構造物の残存状況と整合する。

3. 事故原因に係るSCIの結論

 T13U仮設支柱の上流側パイルキャップにおける不等沈下(内陸側から川側の橋軸方向)が事故の主因であり発端である。パイルキャップにおける不等沈下は仮設支柱のいくつかの部材に対する応力を増加させ、斜材と垂直部材を結合していたボルトを切断し、この仮設支柱の垂直部材を座屈させ、仮設支保工上の構造物の崩壊に至った。
 本事業に適用されるAASHTO基準によると、設計の一義的な責任は、公共の安全の確保、すなわち仮設支保工システムの構造的安全を確保することにある。しかしながら、本件事例において構造物の不安定化をもたらした、単一のパイルキャップという小さな範囲における不等沈下は、通常の設計においては予測困難なものであると考えられる。以上

 日本側注:杭群の上に被さる鉄筋コンクリートの台座。いわゆる「支柱基礎」の一部。
 日本側注:鉄筋コンクリート床版。
(注)
 図1及び図2は省略した。

 事故報告要旨において、不等沈下が発生したとされているT13U(第13上流側)仮設支保工は下図のとおりとなっている。

図 T13U(第13上流側)仮設支保工の概略図

図T13U(第13上流側)仮設支保工の概略図

(6) カントー橋崩落事故再発防止検討会議の提言

 我が国外務省は、19年11月13日に、ベトナム側による崩落事故の原因の検証を基に、今後の円借款事業に係る案件監理の改善点や同種事故の再発防止策等を検討する上で有識者の意見を聴取することなどを目的として、カントー橋崩落事故再発防止検討会議(以下「検討会議」という。)を設置した。検討会議は、外務副大臣を議長として国土交通省大臣官房技術参事官、経済産業省大臣官房審議官、外務省国際協力局長、東京工業大学副学長、ベトナム国家事故調査委員会の委員でもある八戸工業大学名誉教授、社団法人国際建設技術協会理事長、JICA理事及びJBIC理事の計9名の委員で構成されている。19年11月13日から20年7月11日までに開催された7回の会議の内容については、外務省の公表内容に基づき、活動状況を開催日ごとに整理して示すと、表2のとおりである。

表2 検討会議の内容
開催年月日
内容
第1回
平成19.11.13
10月に現地に派遣した我が国政府調査団の報告、国家事故調査委員会での議論の状況報告等の後、コンサルタント及び建設業者の契約上の役割分担等に関する議論
第2回
19.12.03
海外で活動する建設業界関係者から円借款事業における案件監理の現状について報告を受けた後、円借款事業における安全対策等に関する議論
第3回
19.12.10
JBICから円借款事業における安全対策及び案件監理の改善等に向けた現時点での考え方についての報告後、議論
第4回
20.01.24
19年12月の外務副大臣のベトナム訪問の報告、国家事故調査委員会での議論の状況、事業実施現場における安全確保の状況及び円借款事業一般における安全対策の改善に向けた検討の報告後、議論
第5回
20.02.15
国家事故調査委員会における事故原因究明の作業状況及び工事再開の安全確保に向けたベトナム側の検討の状況についての報告後、円借款事業における安全対策の改善について議論
第6回
20.06.30
ベトナム政府が7月2日に公表した国家事故調査委員会の調査結果としての事故原因の最終報告の内容について、検討会議に対する事前報告がなされ、各委員によりこの内容は適切な調査、検討を経たものであることが確認された。また、工事再開に向けた新たな施工方法等が確認された。
第7回
20.07.11
崩落事故によって得られた教訓を踏まえて、借入国政府・事業実施機関、コンサルタント、建設業者による安全対策に係る取組の徹底、及びこれらの不足を必要に応じて支援する仕組みの強化を図ることの必要性を指摘した「円借款事業にかかる案件監理の改善点及び事故再発防止のための提言」が採択された。

 検討会議は、20年7月に「円借款事業にかかる案件監理の改善点及び事故再発防止のための提言」を取りまとめて公表した。提言の概要について、外務省の公表内容に基づき、提言の項目ごとに示すと、表3のとおりである。

表3 検討会議の提言の概要
1 円借款事業における安全重視原則の確認
円借款事業に係る安全管理のためには、円借款事業の施主である借入国政府・事業実施機関が、コンサルタントの能力を活用しつつ請負者(コントラクター)をして十分な安全対策が講じられるよう対処するのが基本。途上国政府・事業実施機関による安全意識向上等のため、日本政府及びJBICとしても、交換公文等を通じて安全確保が円借款事業の大原則であることを途上国政府に明示すべき。
2 借入国政府・事業実施機関に対する安全管理能力強化支援
円借款事業に係る安全管理のためには、施主たる借入国政府・事業実施機関が十分な安全管理能力を有していることが重要であり、JBICとしても、必要に応じて、借入国政府・事業実施機関の安全管理担当職員に対する安全管理トレーニング等を実施すべき。
3 円借款調達に係るガイドライン、標準書類等の改訂
円借款事業の安全管理のためには事業実施機関、コンサルタント、コントラクターの安全意識の向上等が重要であり、JBICとしても円借款事業の調達に係るガイドライン、標準入札書類等に「円借款事業における安全の重視」について明記する等の変更を加えるべき。
4 外部有識者、チェック・コンサルタントの必要に応じた活用
事業実施機関、コンサルタント、コントラクターによる安全管理の取組を促すためには、事業実施機関に専門的・技術的助言を行う外部有識者や、チェック・コンサルタントを大規模かつ複雑な工事を伴う案件を中心に必要に応じ適切に活用するよう、JBICとしても、相手国に働きかけるべき。
5 円借款事業の安全対策委員会の設置
円借款事業の安全管理の徹底を促進するために、JBICとしても、行内に設置された「円借款事業の安全対策委員会」を通じ、円借款事業における安全対策に係る取組状況の確認等を行なうべき。
6 円借款事業に係る事業実施機関等に対する審査・監理強化
事業実施機関、コンサルタント、コントラクターによる安全管理の取組を促すために、JBICとしても、借入国政府・事業実施機関が安全管理・品質管理に係る監督・実施能力を有しているか確認し、必要な場合に能力強化のための支援等を講ずるべき。また、大規模かつ複雑な工事を伴う案件につき、JBICが各分野の専門家から適切な技術的助言を得られるように、JBIC内に「安全対策技術諮問グループ」(仮称)を設置する。
7 円借款事業に係る事故発生時の対応マニュアルの充実
円借款の事業現場で事故が発生した場合に迅速かつ適切な初期動作を徹底するために、JBICとしてマニュアルを充実させるべき。
8 特別円借款、本邦技術活用条件対象事業における追加的安全対策
事業実施機関、コンサルタント、コントラクターによる安全管理の取組を促すためには、JBICとしても、借款対象に大規模かつ複雑な土木工事を含む特別円借款事業及び本邦技術活用条件の対象事業等については、通常の案件監理に加えて、第三者による安全対策面の確認を追加的に行うべき。
9 事故発生時における措置適用基準の明確化
円借款事業の安全管理の徹底を促進するために、JBICとしても、同行の「円借款事業等において不正行為等に関与した者に対する措置に関する規程」における事故発生時の対応を明確化するべく、当該規程の見直しを図るべき。

(外務省の公表内容による)

(7) カントー橋建設事業の工事再開

 交通運輸省は、20年6月に、工事再開に向けて安全性等を勘案した新たな施工方法等の案を作成して、我が国政府は、第6回検討会議で工事再開に向けた新たな施工方法等を確認した。ベトナム政府首相は、同年7月15日に工事再開を了承して、翌16日に交通運輸省はJBICに対して、工事再開の同意を申請した。JBICは、我が国政府の了解の下、同年8月20日に交通運輸省に対して工事再開について同意する旨を通知して、これを受けてPMUミトゥアンは、同日から工事を再開した。

2 検査の観点、着眼点、対象及び方法

(1) 検査の観点、着眼点及び対象

 本院は、崩落事故が発生したカントー橋の建設に係る建設工事請負契約及びコンサルタント契約を対象として、合規性等の観点から、外務省及びJBICが、崩落事故の発生原因を踏まえた対応を適切に行っているか、工事の再開に当たり事業変更の手続を適正に行っているか、また、ベトナム国家事故調査委員会の最終報告書はどのような内容かなどに着眼して検査した。

(2) 検査の方法

 本院は、外務本省、JBIC本店及びJICA本部において、援助の実施に関する資料等の提出又は提示を受けるなどして、会計実地検査を行った。
 また、国家事故調査委員会の最終報告書の要旨の公表後の20年8月にベトナムに職員を派遣して、計画投資省、交通運輸省及び国家事故調査委員会の政府関係機関から、協力が得られた範囲内で、崩落事故の状況や工事の再開後の事業実施状況等について、設計図書等の提出又は提示を受けるなどして説明を聴取した。
 さらに、崩落事故の発生現場において、外務省及びJBICの職員等の立会いの下に、施工時及び事故後の写真並びに目視により現場の状況を確認した。

3 検査の状況

(1) 国家事故調査委員会の最終報告書の要旨

 事故報告要旨によれば、国家事故調査委員会の最終報告書は、ベトナム語で記載された100ページの本文に加えて1,000ページを超える添付資料からなるとされているが、同調査委員会は、これらの資料はベトナム政府の内部資料であることから、外部には公表しないとのことであった。また、ベトナム政府が20年7月2日に発表した最終報告書の要旨が、対外的に公表する最終のものであるとのことであった。なお、我が国外務省及びJBICは、本院の現地調査時現在、最終報告書についてベトナム政府から提供を受けていないとのことである。
 本院は、最終報告書の要旨の内容について、同調査委員会が解散したため、同調査委員会の業務を引き継いだ建設省建設科学技術院の院長、元同委員会事務局長等から、調査時の写真、資料等の提示を受けるなどして説明を受けた。しかし、最終報告書や最終報告書に至るまでの基礎資料、設計図書等の提示が受けられなかったため、最終報告書の要旨に関して本院として、その妥当性について検証することはできなかった。

(2) 崩落事故発生前の施工状況及び崩落事故発生時の状況

 崩落事故発生前及び崩落事故発生時の状況についてのPMUミトゥアンの説明内容は、以下のとおりである。

ア 崩落事故発生前の施工状況

 崩落事故発生現場であるPC鋼複合斜張橋北側第13、第14及び第15各橋脚については、18年10月から施工が開始されて崩落事故発生時には既に完成していた。
 これら各橋脚の間の橋桁については、橋桁を施工するための仮設工事の一環として仮設支保工の基礎杭14本の打設を19年4月から開始して、基礎杭を一体化する仮設支柱の基礎(国家事故調査委員会の最終報告では、パイルキャップと表現されている。)を基礎杭上部に施工した後、施工中の橋桁を支えるための仮設支柱を設置していた。そして、同年8月から橋桁になるプレストレストコンクリート箱桁のコンクリートを打設していた。崩落事故発生時の施工状況は、橋桁の下部の床版についてコンクリートの打設が終了して、上部の床版について約80%までコンクリートを打設していた。

イ 崩落事故発生時の状況

 崩落事故は、19年9月26日午前7時55分頃に発生したが、事故発生時は、コンクリートの打設等の準備作業をしている段階であった。 この崩落事故により、施工中である北側第13、第14及び第15の各橋脚の間の橋桁がすべて崩落して、第14、第15両橋脚も損壊した。そして、その崩落の衝撃により、仮設支保工は、仮設支柱がすべて座屈したため、仮設支柱の基礎が大幅に変形して、基礎上部のコンクリートが破壊されて、内部の鉄筋も破断された。
 事故現場においては、現状を保存することが必要とされているが、多数の人命にかかわる事故であったため、人命救助を最優先にして大きい部材等を取り除くなどの処置が執られた。その後、救助活動は同年10月21日まで約1か月間続けられて、事故現場は、同年12月末頃までには崩落の状況を確認できる部材等の残存物が撤去されて、本院現地調査時と同様の状態になったとのことであった。
 なお、救出作業に伴う費用については、ベトナム政府が負担している。

(3) 崩落事故の責任に関する当局の調査状況、被害者への補償状況等

 工事現場の事故による労務災害、物損、工事の遅延等についての責任は、建設工事請負契約書によると、原則、請負者である建設業者が負うものとされている。その内容は、被害者への補償について、下請業者が雇用していた被害者の分も含めて建設業者が責任を負うことと規定されており、補償に備えて保険への加入も義務付けられている。本院は、これらの補償状況等について、ベトナム政府関係機関、PMUミトゥアン等から説明を聴取した。
 交通運輸省等の説明によれば、補償状況については、司法捜査の結果により責任の有無等が決定されて、これに基づき補償が行われるとのことであるが、公安省等による司法捜査が継続しており、20年9月30日現在、捜査状況やその結果は公表されておらず、今後いつ公表されるかも含めてその状況は全く不明とのことであった。
 また、交通運輸省及びPMUミトゥアンの説明によれば、司法捜査の結果のいかんを問わず、建設工事請負契約等を解除せず現行の建設業者のまま工事を継続して、再開後の工事の進ちょくを早めることにより21年末までに工事を完成させて、カントー橋の供用を開始したいとのことであった。
 なお、国家事故調査委員会の最終報告書の要旨では、司法捜査の結果が公表されていないこともあり、被害者への補償状況について報告されていないが、我が国の建設業者等は、被害者に対して見舞金及び遺児基金を拠出している。

(4) 検討会議の提言に対する外務省及びJBICの対応状況

 外務省は、検討会議の提言9項目のうち、「1 円借款事業における安全重視原則の確認」に対応するため、円借款の新規供与の際に相手国政府と取り交わす交換公文に、相手国政府が建設工事、施設使用等に関して安全を確保するなどの適切な措置を講ずる旨明記する方向で検討を進めて、20年10月以降に相手国政府との間で最終的に同意が得られた交換公文から明記することとした。
 JBICは、検討会議の提言9項目のうち、「5 円借款事業の安全対策委員会の設置」、「6 円借款事業に係る事業実施機関等に対する審査・監理強化」及び「7 円借款事業に係る事故発生時の対応マニュアルの充実」の3項目については対策を講じたとしている。
 これらのうち、安全対策委員会は、理事を委員長として関係部門の部長で構成されたもので、〔1〕 円借款事業における安全対策に係る取組状況の確認、〔2〕 安全対策強化に向けた改善策の検討、〔3〕 事故が発生した円借款事業の対応策の検討及び〔4〕 安全対策情報や事故情報の蓄積を目的として19年12月に設置されて、20年1月からこれまでに4回開催されている。
 また、JBICは、大規模かつ複雑な工事を伴う案件に対しては、各分野の専門家から適切な技術的助言が得られるよう安全対策技術諮問グループを20年7月に設置している。
 さらに、JBICは、事故発生時の迅速かつ適切な初期動作を徹底するため、事故発生時の対応マニュアルについて検討を行い、既に活用しているとのことである。
 これら3項目以外の6項目については、検討中とのことであり、20年10月にJBIC(海外経済協力業務部門)とJICAが統合して発足した新JICAにおいても引き続き取り組んでいくとしている。
 本件崩落事故について、JBICは、検討会議の提言を受けて、工事再開に向けて次のような検討を行ったとしている。
 工事の再開に当たっては、PMUミトゥアンが安全対策に係るモニタリングを行い、定期的にJBICに報告することにした。具体的には、PMUミトゥアン、コンサルタント及び建設業者が安全委員会を設置して、工事現場において、共同パトロールを実施して、構造物の沈下等のデータチェックを行い、その結果を交通運輸省がJBICに報告することにした。

(5) 事業変更等の手続

ア 工事再開後の施工方法

 本件崩落事故は、前記の最終報告書の要旨のとおり、仮設支柱の上流側の基礎が不等沈下したことが事故の主因であり発端である(参考図参照 )として、この不等沈下については予測困難であったとの国家事故調査委員会の結論が出ているが、交通運輸省及びPMUミトゥアンは、同種事態が二度と生じないように、以下のように様々な処置を講じた上で再施工することとしていた。
 第14、第15両橋脚の再施工に当たっては、既設の基礎杭12本を地中に残置したまま新たに径1.2m、長さ75mの場所打ち杭14本を施工することとして、これにより橋脚の基礎部の橋軸直角方向の長さを、当初設計の17.5mから22.5mに変更していた。
 橋桁を施工するための仮設支保工の工事再開後の施工方法は、事故原因となった不等沈下が発生した箇所であることから、特に安全性を考慮して大幅に変更していた。
 主な変更点は、以下のとおりである
〔1〕  仮設支保工は、当初設計で1径間当たり1か所としていたものを再施工時には2か所に倍増して、2径間合計で4か所とした。
〔2〕  仮設支保工の基礎杭は、当初設計で鉄筋コンクリート杭(縦、横ともに0.3m、長さ36m又は37.5m)を周面摩擦で支持する摩擦杭としていたが、再施工時には橋脚の基礎杭と同等の径1.2m、長さ75mとして支持層まで達する場所打ち杭とした。
〔3〕  上流側仮設支柱の基礎と下流側仮設支柱の基礎は、当初の施工方法は別々に施工されて一体化していない状態であったが、再施工時には上下流側それぞれの仮設支柱の基礎を鉄筋コンクリートで一体化することとした。
 交通運輸省は、これらの工事再開に向けた施工方法について、事故原因である不等沈下に対処できる安全性等を勘案した施工方法であるとしてJBICに同意申請を提出してきた。JBICは、我が国政府の了解の下、8月20日に交通運輸省に対して工事再開について同意する旨を通知したが、具体的な建設費、完成時期等については現在交通運輸省において検討中であるとのことである。

イ 建設工事請負契約等の変更

 カントー橋の建設に係る建設工事請負契約の工期は20年12月末日となっていて、崩落事故に伴う工期の延長は必至な状況であり、また、新たな施工方法についても建設工事請負契約等の内容の変更を伴うものである。
 工事再開後の新たな施工体制は、昼夜二交代制による作業となっており、労務費等の増額が見込まれている。また、前記のとおり、仮設支柱を、当初設計で1径間当たり1か所としていたものを、再施工時には2か所に倍増するなどしていて、調達資材の変更による増額が見込まれている。さらに、工事休止期間の休業補償等に係る追加経費も見込まれている。
 PMUミトゥアンは、これらの施工方法等の変更に伴う経費の増額分について現在積算作業中であり、経費負担の割合等についても、今後、建設業者及びコンサルタントと調整していくとしている。

ウ 事業変更等の手続

 PMUミトゥアンと建設業者及びコンサルタントとの間における経費負担の割合やコスト削減努力等に関する調整の結果、建設工事請負契約及びコンサルタント契約の契約額が増額となる場合には、交通運輸省の要請を受けて、JBICは供与限度額の範囲内で増額したり、事業実施期間を延長したりするなどの内容の変更契約に同意できることとなっており、また、上記調整の結果、今後事業費が供与限度額を上回る場合には、ベトナム政府からの要請を受けて、我が国政府は円借款の追加の供与や事業実施期間の延長等に関する交換公文の締結を検討して、新JICAは借款契約の締結を検討することができることとなっている。

4 本院の所見

 我が国政府開発援助(円借款)による事業において道路建設中に橋桁の崩落事故が発生して、死傷者が多数に上ったことのほか、建設中の橋桁、橋脚等が破損するなどの被害が発生したことは、誠に遺憾である。
 本院は、外務本省、JBIC本店及びJICA本部において、援助の実施に関する資料等の提出又は提示を受けるなどして、会計実地検査を行うとともに、ベトナムに職員を派遣して、国家事故調査委員会の最終報告書の要旨について、調査時の写真、資料等の提示を受けるなどして説明を受けた。しかし、最終報告書や最終報告書に至るまでの基礎資料、設計図書等の提示が受けられなかったため、最終報告書の要旨に関して本院として、その妥当性について検証することはできなかった。
 新JICAは、ベトナム国家事故調査委員会が最終報告した崩落事故の発生原因を踏まえた検討会議の提言に対して、本件事業において構造物の沈下等のデータチェックを行うなど実行が可能な安全対策等の項目が確実に実施されていることを、相手国事業実施機関からその報告を受けることにより確認する必要がある。そして、20年8月20日に再開した工事に関して、相手国事業実施機関、建設業者及びコンサルタントが安全の管理に万全を期すよう引き続き注視していく必要がある。
 本院は、本件事業において、工事の再開に伴う工事費の増額、工期の延長等の建設工事請負契約等の契約変更や事業実施期間の延長等の事業変更の手続が速やかに行われているか、工事再開後は崩落事故を教訓にして安全体制に最大限配慮するよう相手国事業実施機関に対して働きかけが行われているかなどについて、外務省及び新JICAに対して引き続き検査していくこととする。
 本院は、交換公文等、コンサルタント雇用ガイドライン、調達ガイドライン等に安全性についての具体的条項を設けるなどの検討が行われているか、安全対策等の項目が確実に実施されているかなどについて確認するなどして、安全性を一層確保するための方策が執られて事業が適切に実施されているか、外務省及び新JICAに対して引き続き検査していくこととする。

(参考図)

崩壊過程の発端のイメージ図(本院作成)