科目
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経常費用
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部局等
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独立行政法人宇宙航空研究開発機構
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GXロケットの概要
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民間企業が主導して開発を始め、現在も開発中の中小型商用ロケット
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LNGエンジンの概要
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LNG(液化天然ガス)を推進薬に用いるエンジン、推進薬タンク等エンジンを作動させるために必要な機器
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平成15年度から20年度までの間のLNGエンジンの開発費
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123億4877万円(背景金額)
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(平成21年10月30日付け独立行政法人宇宙航空研究開発機構理事長あて)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり意見を表示する。
記
ア GXロケットの開発の概要
GXロケットは、平成12年度から、石川島播磨重工業株式会社(19年7月以降は株式会社IHI)等の民間企業(以下「IHI等民間企業」という。)が主導して、国際市場で競合し得る、高性能で安価な、信頼性の高い中小型商用ロケットとして、17年度の試験機第1号の打ち上げを目指して開発が進められていたものである。
GXロケットは、米国会社の既存品のロケットを活用した第1段ロケット及びLNG(液化天然ガス)を推進薬に用いるエンジン(以下、推進薬タンク等を含めた、エンジンを作動させるために必要な機器全体を「LNGエンジン」という。)を活用した第2段ロケットから構成されている。
イ LNGエンジンの開発の概要
貴機構の前身である、宇宙開発事業団(以下「旧事業団」という。)及び航空宇宙技術研究所が中心となって、昭和57年ごろから、将来のLNGエンジンにつながるメタン推進系の基礎研究を行ってきており、それまでの研究結果を基に、平成13年度までにLNGエンジンの実機大原型モデルエンジンの試作等を行っている。
上記の研究成果を踏まえ、文部科学省に設置されている宇宙開発委員会(注1)
は、LNGエンジンに用いる推進薬は次代の輸送系開発にとって有望な選択肢であり、また、複合材推進薬タンク(注2)
は機体重量の軽量化に不可欠な技術であるなどとして、15年3月に、旧事業団に対して研究段階から開発段階に移行することを承認している。そして、この承認を受けて、旧事業団では、15年度からLNGエンジンの開発を行っている。
(注1) | 宇宙開発委員会 我が国の宇宙開発の長期的かつ基本的な方向を見定めながら、その中心的な実施機関である独立行政法人宇宙航空研究開発機構の中期目標の基となる「宇宙開発に関する長期的な計画」等に関し調査審議する機関
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(注2) | 複合材推進薬タンク 軽量化のために、複合材である炭素繊維強化プラスチック等を材料に用いて製造した推進薬を貯蔵するタンク
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ウ GXロケットの開発における官民の役割分担
IHI等民間企業、経済産業省並びに文部科学省及び旧事業団は、GXロケットの開発における官民の役割分担について、〔1〕 IHI等民間企業が第1段ロケットの開発及びGXロケットの全体システムの開発を、〔2〕 経済産業省が産業化へ必要な設計基盤技術の整備を、〔3〕 文部科学省及び旧事業団がLNGエンジンの開発等を、それぞれが関係方面と調整を図ることで、15年3月に合意しており、18年8月に試験機及び射場整備の役割分担について、変更を行っている。そして、当初の合意を行った15年3月の時点では、19年度までに打ち上げによる信頼性実証を完了させて、IHI等民間企業が13年3月に設立した株式会社ギャラクシーエクスプレス(以下「ギャレックス社」という。)が20年度から商用ロケットの打ち上げ事業を行うこととしていた。
前記のLNGエンジンの開発承認に先立って、14年12月に、旧事業団は、宇宙開発委員会に対して、推進薬タンクの構造は複合材に推進薬の漏えい防止のために薄い金属製の内張(以下「金属ライナ」という。)を設けたものが最適であること、外部専門家を交えた技術評価等により設計手法及び製造工程の確立のめどを得ていることなどを説明している。
しかし、旧事業団が、14年11月から15年1月までに行った実機型タンクの極低温試験において、複合材推進薬タンクの複合材の材料間及び複合材と金属ライナの接着部ではく離不具合が発生した。そのため、2度にわたる設計変更を行うなど、16年4月までに、最初の極低温試験を含めて計4回の極低温試験を行ったが、複合材推進薬タンク等にはく離不具合が繰り返し発生している。そして、15年5月にLNGエンジンの質量が目標よりも大幅に超過することが、また、同年10月にLNGエンジンの推進性能が目標よりも大幅に低下することがそれぞれ判明した。
これらのはく離不具合等を踏まえ、貴機構は、複合材推進薬タンクの確実な開発のめどが得られなくなったことから、16、17両年度に、複合材推進薬タンクの代替策として、より質量の大きい金属推進薬タンクを用いたLNGエンジンのシステム設計及び燃焼試験を行っている。そして、金属推進薬タンクに変更した影響により、推進薬タンク内の推進薬を燃焼室に送り込む方式を合わせて変更している。しかし、17年8月に、実機大エンジン試験において、燃焼圧力の過大な変動と推力の低下が発生して、その対策として噴射器の設計変更を行うことになった。
上記の設計変更等の影響により、貴機構は、18年9月に、宇宙開発委員会に対して、LNGエンジンのギャレックス社への引渡し時期が22年度以降となる見込みである旨の報告を行っている。その結果、GXロケットの試験機第1号の打ち上げ時期は、23年度に延期されることになった。
そして、金属推進薬タンクを用いたLNGエンジンの現在までの開発状況は、前記の燃焼圧力の過大な変動に関する対策確認試験において、20年1月までに効果のある結果が得られ、21年9月までに計11回の実機型エンジンの燃焼試験を実施しているところである。
LNGエンジンの開発の遅延に伴って、GXロケットの試験機第1号の打ち上げ目標時期が延期されたことにより、IHI等民間企業は、当初の想定以上に負担が増大することになったため、20年1月に、第1段ロケットの開発、GXロケットの全体システムの開発等について、貴機構に対して貴機構の役割分担の拡大を要請している。そして、この要請を受けて、内閣に設置されている宇宙開発戦略本部(注3)
(以下「戦略本部」という。)及び宇宙開発委員会において、それぞれ新たにGXロケット全体の評価を行うことになった。
GXロケット全体の評価については、現時点において、戦略本部及び宇宙開発委員会で結論は出ていない。しかし、21年6月に決定した宇宙基本計画によると、開発を推進する意義があるとしながらも、考慮すべき課題が残っているため、国が主体となり、22年度予算の概算要求までに技術的見通し、需要の見通し、全体計画・所要経費の見通しを踏まえて開発着手に関して判断を行うこととしている。そして、これを受けて、内閣官房長官、宇宙開発担当大臣、文部科学大臣及び経済産業大臣が21年8月に取りまとめた「GXロケットの今後の進め方について」によると、民間のビジネス展開の意欲については理解できるものの、GXロケットの需要見通し、競争力のある打ち上げビジネスの成立性等について判断できないため、GXロケットの本格的着手を判断できる状況にないとしている。しかし、LNGエンジンについては、国際的優位性の高い日本発の技術であり、将来の他のプロジェクト等での利用が見込まれるものであることから、22年度予算の概算要求においては、LNGエンジンの地上での開発に係る経費を計上することが示されている。
なお、上記の21年8月の取りまとめによると、今後見込まれるGXロケットの開発費(試験機2機による飛行実証の費用を含む。)は、21年度中に開発に本格的着手をした場合には約1000億円とされているが、開発の本格的着手が遅延した場合にはその開発費が更に増加することが見込まれる。
そして、貴機構によると、LNGエンジンの開発費は、15年3月の開発承認時点においては、約96億円と見込まれていたが、15年度の開発着手から20年度までの間に要した費用は123億4877万円、21年度以降は前記GXロケットの開発費の内数として約132億円が見込まれている。
貴機構は、これまでLNGエンジンの開発に多額の開発費を投入しており、今後、GXロケット全体の開発主体となれば、更に多額の開発費を投入することになる。
そこで、本院は、有効性等の観点から、〔1〕 GXロケットの開発において、IHI等民間企業との役割分担が明確なものとなっているか、〔2〕 LNGエンジンの研究開発の各段階において、次の段階へ移行することの検討が適切になされているか、〔3〕 戦略本部及び宇宙開発委員会との連携が図られているかなどに着眼して、貴機構において、LNGエンジンの開発状況、GXロケットの今後の開発の見込み等を対象として、戦略本部及び宇宙開発委員会に報告・提供した資料を徴取するなどして会計実地検査を行った。
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
文部科学省及び旧事業団は、前記のとおり、IHI等民間企業や経済産業省とGXロケットの開発に係る役割分担を行っているとしていた。しかし、費用負担を含む役割分担は以下のとおり、明確でないと認められる。
LNGエンジンの飛行実証に必要な試験機2機については、15年3月の合意において、官民で応分の負担をするとするにとどまっていて、具体的には定めておらず、引き続き協議することとしていた。そして、18年8月に行われた合意において、試験機2機のうち、試験機第1号の費用は貴機構が負担し、同第2号については引き続き協議することとした。また、18年8月の合意において、射場整備については、IHI等民間企業がGXロケットに固有な設備整備に係る費用を負担し、その他は貴機構が負担することを基本として、詳細は引き続き協議するとしていて、貴機構の役割分担はいまだに明確になっていない状況である。
複合材推進薬タンクの開発過程において、前記のとおり計4回すべての実機型タンクの極低温試験においてはく離不具合が発生しており、第1回目の極低温試験は、宇宙開発委員会による15年3月のLNGエンジンの開発承認前のものであった。しかし、宇宙開発委員会において、その事実は報告されなかったため、この技術的課題は考慮されることなく、承認に至った。
このことについて、旧事業団は、第1回目の極低温試験で発生したはく離不具合の原因が製造不良によるものであって設計に起因するものではなく、製造コスト、開発スケジュール等へ与える影響が大きくないと考えていたため、旧事業団の理事会に報告せず、宇宙開発委員会にも報告していなかったとしている。
しかし、複合材推進薬タンクの開発は機体重量の軽量化に不可欠な技術であることを考慮すると、研究段階の最終確認として計画されている実機型タンクの極低温試験におけるはく離不具合を宇宙開発委員会へ報告しなかったことは、LNGエンジンの開発を承認するか否かを判断するための重要な材料であるにもかかわらず、これを宇宙開発委員会に提供していなかったことになる。
なお、貴機構では、15年10月の貴機構設立と前後して起こった相次ぐ事故、トラブルを受けて、プロジェクト管理の強化を図ることなどを目的として、19年4月に、開発移行までのプロジェクトについて2度の経営審査を行うことや、開発段階のプロジェクトについてその進行状況等プロジェクト管理における重要事項を四半期ごとに理事長に報告することなどといった対応策を講じている。しかし、この対応策においては、理事長に対する報告内容を戦略本部や宇宙開発委員会等まで報告することについては、必要に応じて行っているとしているが、報告の手続は明確になっていない。
貴機構が、前記のとおり、IHI等民間企業から第1段ロケットの開発やGXロケットの全体システムの開発等について役割分担の拡大の要請を受けたことから、戦略本部及び宇宙開発委員会でGXロケット全体の評価を新たに行うこととなったにもかかわらず、商用ロケットとしての採算性等が明確でないために、戦略本部及び宇宙開発委員会では、GXロケットの開発着手の判断ができる状況にない。
しかし、前記のとおり、GXロケットの開発着手が遅延した場合は、開発費が増加していくことが見込まれ、貴機構の役割分担が拡大した場合、貴機構の負担も増加することになる。貴機構は現在LNGエンジンを開発するという役割を担っており、エンジンの完成時期がGXロケットの開発の成否に影響を与えることになることから、LNGエンジンの開発状況に関する情報を積極的に戦略本部及び宇宙開発委員会に提供しなければ、戦略本部等がGXロケットの本格的開発に着手するか否かを判断できる時期がますます遅れることが懸念される。
GXロケットの開発における貴機構の役割分担が明確となっていない事態、戦略本部や宇宙開発委員会等の適切な判断に資するため、適時適切に戦略本部等にLNGエンジンの開発状況を報告・提供する手続が明確になっていないなどの事態は適切ではなく改善を図る要があると認められる。
このような事態が生じているのは、旧事業団及び貴機構において、GXロケット開発における役割分担を明確にしておくこと、複合材推進薬タンクのはく離不具合というLNGエンジンの開発承認の適否に影響する事実を宇宙開発委員会に報告することの重要性に対する認識を欠いていたことなどによると認められる。
貴機構は、前記のとおり、これまでLNGエンジンの開発主体として多額の開発費を投入してきており、今後も更に多額の開発費を投入することになる。そして、投入する開発費のほぼすべてが国からの運営費交付金等の財政資金で賄われることから、開発費が増大すれば国民の負担は更に大きくなる。
ついては、貴機構において、宇宙開発の推進に寄与するとともに、今後の国民の負担を考慮して開発を行うよう、次のとおり意見を表示する。
ア 関係各機関と十分協議の上、GXロケットの開発における官民の役割分担、貴機構とIHI等民間企業との役割分担について、十分確認するなどして、貴機構の果たすべき役割、LNGエンジンの開発に今後必要となる開発費、GXロケット開発に伴うリスクの分担等を明確にすること
イ LNGエンジンの開発の状況と完成時期等の見通しを明らかにし、今後、他のプロジェクトも含め適時適切に戦略本部や宇宙開発委員会等に報告する手続を明確にすること