会計検査院は、平成20年6月9日、参議院から、国会法第105条の規定に基づき下記事項について会計検査を行いその結果を報告することを求める要請を受けた。これに対し同月10日検査官会議において、会計検査院法第30条の3の規定により検査を実施してその検査の結果を報告することを決定した。
一、会計検査及びその結果の報告を求める事項 |
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(一) 検査の対象 |
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厚生労働省 |
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(二) 検査の内容 |
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年金記録問題についての次の各事項 |
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〔1〕 |
年金記録問題発生の経緯、現状等 |
〔2〕 |
年金記録問題への対応に係る契約の内容、予定価格の算定、履行及びその確認等の状況 |
〔3〕 |
年金記録問題の再発防止に向けた体制整備の状況 |
(2) 平成17年度決算に関する決議における内閣に対する警告の内容
参議院は、19年6月11日に決算委員会において、平成17年度決算に関して内閣に対し警告すべきものと議決し、同月13日に本会議において内閣に対し警告することに決している。
前記の検査を要請する旨の決議は、この警告決議の翌年に行われたものであり、この警告決議のうち、前記検査の要請に関連する項目の内容は、次のとおりである。
上記の警告決議に対し内閣の講じた措置は次のとおりであり、20年1月23日に参議院決算委員会において説明が行われた。
我が国における公的年金制度は、図表1のとおり、昭和15年に船員保険法が施行されて、民間の船員を対象にした「船員保険」が発足した。船員以外の一般被用者については、17年の労働者年金保険法の施行により、民間企業の現業部門の男子労働者を対象にした「労働者年金保険」が発足し、次いで19年の旧厚生年金保険法の施行により、現業部門以外の男子や女子の労働者にも対象が拡大されて「厚生年金保険」と改称された。その後、現行の厚生年金保険法が29年に施行されて現在に至っている。
公務員等については、29年の私立学校教職員共済法の施行により、私立学校の教職員が厚生年金保険から分離独立して、「私立学校教職員共済組合」となった。また、34年に改正国家公務員共済組合法が、37年に地方公務員等共済組合法が、それぞれ全面施行され、現行の「国家公務員共済組合」及び「地方公務員等共済組合」が発足した。
そして、上記の被用者年金制度の加入対象者以外の者については、36年に国民年金法が全面施行されて、自営業者等が加入できる「国民年金」が発足した。
上記のように、我が国の公的年金制度は、民間の被用者を対象とする厚生年金保険、公務員等を対象とする数種の共済年金及び自営業者等を対象とする国民年金に分立していた。
このように分立した制度体系では、就業構造・産業構造の変化によって、財政基盤が不安定になり長期的安定が図られず、また、制度により給付や負担に不公平が生じやすいなどの問題点があった。このため、図表2のとおり、60年の法改正により、61年4月から、国民年金を全国民共通の基礎年金として支給して、厚生年金保険や共済年金は報酬比例の年金を支給する「基礎年金の上乗せ」として位置付け、いわゆる二階建ての年金制度として再編成した基礎年金制度が導入された。
図表2 | 現在の公的年金制度 | |
(数値は平成20年3月末現在) |
(社会保険庁作成資料による。)
我が国の公的年金制度は、前記のとおり、厚生年金保険、国民年金等に分立していた。そして、年金を裁定(年金を受給する資格ができたときに必要となる手続をいう。以下同じ。)するために必要となる年金受給者又は被保険者の氏名、性別、生年月日、被保険者期間、保険料の納付等に関する年金記録(注1) は、平成9年1月の基礎年金番号導入前においては、厚生年金保険、国民年金等の各制度の保険者ごとに、年金手帳等の記号番号(以下「手帳番号」という。)により管理され、手帳番号は、各制度ごとに原則として一人が一つの番号を付与されることとされていた。
しかし、職業の変更等により被保険者が加入していた公的年金制度が変わったり、同じ厚生年金保険制度においても転職等により勤務する事業所が変わったときなどに被保険者が新しい事業主に従来の手帳番号を提示等しなかったりした場合は、被保険者に対して別の手帳番号が付与される状況となっていた。このため、複数の公的年金制度に加入していた者や複数の手帳番号を有する者については、年金の裁定の際に、すべての手帳番号が必要となる上、制度や手帳番号ごとに年金記録を確認する必要があり、この確認に時間を要するなどしていた。
このような問題の解消を図り、被保険者等ごとの年金記録を正確に把握して、年金事業運営の一層の適正化・効率化や被保険者等に対するサービスの向上を図るために、9年1月から各年金制度間で共通に使用する基礎年金番号が導入された。
基礎年金番号は各制度を通じて一人の被保険者、年金受給者等に一つの番号を付与するものである。そして、厚生年金保険又は国民年金の現存被保険者の場合は、9年1月時点で加入している制度の手帳番号がそのまま基礎年金番号として付番され、共済組合の現存組合員の場合は新たに基礎年金番号が付番された。また、厚生年金保険又は国民年金の受給者については、裁定の基礎となった最終加入制度の手帳番号が基礎 年金番号として付番された。
社会保険オンラインシステム(以下「オンラインシステム」という。)において磁気ディスクに管理されていた年金記録は、9年1月時点で約3億件存在していたと推定されている。このうち基礎年金番号が付番されたものは、約1億0156万件であった。 そして、上記の約3億件から基礎年金番号が付番された約1億0156万件を差し引いた約2億件は、一人の者が複数の手帳番号を保有していたことなどのため、基礎年金番号導入後においても依然として各制度ごとの手帳番号により管理されている状態となっていた。
公的年金制度のうち、社会保険庁(昭和37年6月以前は厚生省)が管掌している年金制度は、〔1〕 厚生年金保険及び〔2〕 国民年金である。
このうち、〔1〕 厚生年金保険については、61年のオンラインシステム導入以前は、適用事業所の事業主に保険料を賦課するために、地方社会保険事務局の社会保険事務所又は社会保険事務局社会保険事務室(平成17年12月以前は地方社会保険事務局の社会保険事務所又は地方社会保険事務局事務所。また、12年3月以前は社会保険事務所。 以下「社会保険事務所等」という。)において、事業主からの届出に基づき「被保険者名簿」又は「被保険者原票」により被保険者の年金記録を管理していた。この年金記録は社会保険庁に送付されて、同庁は、これを被保険者ごとに被保険者台帳(原簿)で管理していた。
そして、当初は紙台帳で管理されていた被保険者の年金記録は、図表3のとおり、昭和32年にはパンチカードによる台帳カード方式に、37年には磁気テープ収録方式にそれぞれ切り替えられ、61年からはオンラインシステム導入により社会保険庁年金部業務課(63年に社会保険業務センターに改組)で一元的に管理されることになった。
なお、社会保険庁は、オンラインシステムの導入に当たり、被保険者名簿、被保険者原票等をマイクロフィルム化して各社会保険事務所等において保存管理している。
また、〔2〕 国民年金については、市区町村が適用事務と保険料の収納事務を行っていたことから、市区町村が年金記録を市区町村の「被保険者名簿」により管理していた。社会保険事務所等は、市区町村からの報告を受けて、「被保険者台帳」により年金記録を管理していた。この年金記録は、図表4のとおり、40年には磁気テープ収録方式に切り替えられ、59年からはオンラインシステムの導入により社会保険庁年金保険部業務課で一元的に管理されることになった。
なお、社会保険庁は、オンラインシステムの導入に当たり、国民年金の被保険者台帳を特殊台帳と普通台帳とに区分している。
このうち、特殊台帳(特例として過去にさかのぼって保険料の納付を行った特例納付の記録や年度内の一部の期間のみ未納や免除となっている記録等特殊な納付記録が記載されているもの)については、マイクロフィルム化して各社会保険事務所等において保存管理している。
一方、普通台帳(特殊台帳以外の台帳。すなわち、すべての被保険者期間を通じて保険料納付が通常の納付方法により行われている記録又は保険料の免除がある場合には年度当初から年度末まで年度を通して免除が行われている記録であるものなど、特殊な納付記録が無いもの)については、オンライン化後にそのほとんどが廃棄されている。
市区町村における事務処理は、平成12年4月に、地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律(平成11年法律第87号)の施行により地方事務官制度が廃止されたことに伴い、地方社会保険事務局の出先機関である社会保険事務所等に移管され、さらに、市区町村が実施していた国民年金保険料収納事務は14年4月から国に移管された。
社会保険庁における厚生年金保険、国民年金等の被保険者等の年金記録の管理状況等については、18年以降の国会審議等において、次の〔1〕 から〔5〕 などが取り上げられて、大きな社会問題となった。
〔1〕 社会保険庁のオンラインシステム上の年金記録には、基礎年金番号に統合されていないものが約5095万件あること
〔2〕 マイクロフィルムで管理されている厚生年金保険の旧台帳の約1430万件及び船員保険の旧台帳の約36万件の計約1466万件の中には、オンラインシステムに収録されていない記録があること
〔3〕 オンラインシステム上の年金記録には、被保険者台帳や被保険者名簿から、その内容が正確に入力されていないものがあること
〔4〕 保険料を納付した旨の年金受給者又は被保険者等本人の申立てがあるにもかかわらず、保険料納付の記録が台帳等に記録されていないものがあること
〔5〕 標準報酬月額等の不適正なそ及訂正処理
これらの問題に対応して年金記録に関する国民の信頼の回復を図るなどのために、厚生労働省は、19年8月に「年金記録適正化実施工程表」(内容については後掲
参照。以下「工程表」という。)を作成して、これらの問題に対する取組の内容、実施時期等を公表するなどしている。
国は、こうした厚生労働省及び社会保険庁における各種取組のほか、同年6月に総務大臣の下に年金記録問題検証委員会(以下「検証委員会」という。)を設置している。検証委員会は、年金記録問題発生の経緯、原因、責任の所在等について調査・検証を行い、その結果を同年10月に年金記録問題検証委員会報告書(以下「検証委員会報告書」という。)として公表している。
会計検査院は、参議院から検査要請のあった前記1(1)「検査の要請の内容」の各事項について、合規性、経済性、効率性、有効性等の観点から、次の点に着眼して検査を実施した。
ア 年金記録問題発生の経緯、現状等
年金記録問題が発生した経緯はどのようなものか。9年1月以降の基礎年金番号への統合及び統合後の事務処理等は、適正かつ迅速に実施されているか。特に、工程表において取り組むこととされた〔1〕 約5095万件の基礎年金番号未統合記録と基礎年金番号が付番されているオンラインシステム上の約1億件の記録との名寄せの実施、〔2〕 年金記録が基礎年金番号に結び付く可能性のある者に対して、その旨と加入履歴を確認してもらうための「ねんきん特別便」の発送、〔3〕 マイクロフィルムで管理されている約1466万件の年金記録の磁気ファイル化及びオンラインシステム上のすべての年金記録との名寄せの実施、〔4〕 オンラインシステム上の年金記録と厚生年金保険の被保険者名簿等の記録との計画的な突合せ、〔5〕 年金記録に係る相談体制の拡充等は適切に行われているか。
イ 年金記録問題への対応に係る契約の内容、予定価格の算定、履行及びその確認等の状況
年金記録問題への対応に係る契約について、その内容、予定価格の算定、履行及び確認等が会計法令等に基づき適切に実施されているか、また、経済的、効率的なものとなっているか。
ウ 年金記録問題の再発防止に向けた体制整備の状況
年金記録問題の再発防止に向けた体制は適切に整備されているか。特に、〔1〕 不適正な事務処理等の防止に係る取組、〔2〕 内部監査の実施等による不適正な事務処理等の再発防止に係る取組、〔3〕 社会保険庁の基本的姿勢や組織上の問題に対応するための組織改革等は、それぞれ適切なものとなっているか。
年金記録問題発生の経緯を踏まえて、18年度から20年度までの間において、社会保険庁が年金記録問題に対処するため実施した各種取組の状況、締結した契約の内容等、再発防止に向けた体制整備の状況等について、厚生労働本省、社会保険庁、社会保険業務センター及び43社会保険事務局(管内の社会保険事務所等を含む。)において、計420.4人日を要して会計実地検査を行った。
検査に当たっては、各種帳票等関係書類の内容を精査するとともに、担当者から説明を聴取した。また、社会保険庁に対して事業実績等に係る調書の作成を依頼し、在庁してその内容を分析するとともに、同庁から証拠書類として提出されている契約書等関係書類を検査した。