本院は、検査の結果、科学研究費補助事業において研究成果報告書等が提出されず研究成果が公開されないままとなっている事態が多数見受けられたことから、研究成果報告書等の提出の徹底を図り、科研費による研究の評価の充実に資するよう、文部大臣に対して10年11月に会計検査院法第36条の規定により改善の処置を要求した。
これを受けて文部科学省は、研究成果報告書等の提出状況を調査・把握して研究成果報告書未提出課題一覧(以下「督促リスト」という。)を作成するとともに、これを研究成果報告書等が未提出となっている研究成果提出義務者(以下「未提出者」という。)の所属する研究機関に送付して督促の強化を図るよう指導し、さらに、11年度以降の科研費の交付に当たっては、科学研究費補助事業の新規採択者が未提出者である場合には、研究機関の代表者に対して速やかに研究成果報告書等を提出させるよう交付の内定通知に明示することとするなどの処置を講じたところである。
そこで、本院は、文部科学省により執られた上記の処置のフォローアップとして、貴振興会が、研究成果報告書等の提出が義務付けられている研究種目に係る科研費の交付等の業務の大半を行っていることから、合規性、有効性等の観点から、貴振興会において、研究成果報告書等の提出に係る指導の徹底が図られているか、研究成果報告書等の提出状況の調査・把握や督促が適切に行われているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、貴振興会において、貴振興会が作成している督促リストのうち研究期間終了後1年を超えて研究成果報告書等が未提出となっている研究課題(以下「長期未提出課題」という。また、長期未提出課題に係る研究成果提出義務者を「長期未提出者」という。)について、22年1月現在の督促リストに記載されている164研究機関における593人の658件を対象として、研究機関に対する督促の指導状況等を聴取するとともに、このうち長期未提出者が多い研究機関を中心として21研究機関において、長期未提出者(注1
)に対する督促の実施状況等について、督促リスト等の関係書類を確認したり、長期未提出者から事情を聴取したりするなどの方法により、それぞれ会計実地検査を行った。
また、貴振興会において、上記の長期未提出者593人を対象として、21年度の科学研究費補助事業の新規採択状況等について検査した。
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
貴振興会は、毎年1月現在の督促リストを作成して未提出者が所属する研究機関に送付して、研究機関が未提出者に対して督促を行うよう指導している。そこで、貴振興会が作成した21年1月現在と22年1月現在の督促リストを比較したところ、研究成果報告書未提出課題の件数は1,567件から1,075件へと減少している。
一方、長期未提出課題の件数は593件から658件へと増加しており、22年1月現在の長期未提出課題658件(科研費交付額計57億8253万余円)について研究期間終了年度別の内訳をみると、表2のとおりとなっている。
研究期間 終了年度 |
長期未提出課題数 | 研究科研費交付額 | |||
長期未提出者数 | 左に係る機関数 | ||||
平成11 12 13 14 15 16 17 18 19 |
件
1531 36 32 55 64 61 112 252 |
(%)
( 2)( 5) ( 5) ( 5) ( 8) (10) ( 9) (17) (38) |
人
1431 36 32 55 64 60 111 250 |
11 22 27 21 36 34 38 54 93 |
千円 68,500 102,600 220,510 231,980 407,970 369,320 499,430 1,149,654 2,732,570 |
合計 | 658 | (100) | 593 | 164 | 5,782,534 |
注(1) 長期未提出課題数欄の( )内の数値は年度別の構成割合で、四捨五入しているため、これらを合計しても100%にならない。
注(2) 長期未提出課題数と長期未提出者数とが一致しないのは、1人で複数の研究課題について科研費の交付を受けている者がいるためである。
注(3) 長期未提出者数及び研究機関数の合計欄はそれぞれ純計である。
注(4) 科研費交付額には交付年度が平成9年度及び10年度のものが含まれている。
これをみると、研究期間終了年度が18年度以前、すなわち、約2年10か月以上未提出となっている長期未提出課題数が406件(全体の62%)となっていて、中には10年近く研究成果報告書等を提出していないものも15件ある。
このような状況に対し、貴振興会は、長期未提出者が所属する研究機関に対して督促リストを送付して督促を行うよう指導しているものの、長期未提出課題を解消するための特別な指導や長期未提出者に対する未提出理由の調査等を全く行っていなかった。また、研究機関から報告された研究成果報告書等の提出情報が督促リストに誤って記載されている事態も見受けられた。
研究機関は、上記のとおり、貴振興会から毎年1月現在の督促リストの送付を受けて、未提出者に対して督促を行うよう指導を受けている。しかし、会計実地検査を行った21研究機関のうち3研究機関においては、未提出者に対する督促を全く行っ(注2
)ておらず、残りの18研究機関においては、未提出者に対して電話、文書等により、貴振興会から督促を受けていることを通知しているだけで、21研究機関で、その代表者(学長等)が責任を持って研究成果報告書等を提出させるなどの効果的な督促を実施しているものはなかった。
また、会計実地検査を行った21研究機関のうち7研究機関においては、研究機関(注3
)に研究成果報告書等が提出されているのに、研究機関でこれを貴振興会等に提出しないまま倉庫等に保管するなどしていて長期未提出者とされている者があった。
会計実地検査を行った21研究機関において、長期未提出者から未提出理由を聴取したところ、その理由は主として次のようなものとなっていた。
〔1〕 業務多忙等のため提出を失念したり、既に提出しているものと誤認したりなどしていたこと
〔2〕 科研費による研究成果について、他の研究成果を加えて取りまとめを行おうとしたり、学術雑誌への論文投稿を優先しようとしたりしたこと
しかし、長期未提出者は、平均採択率が約2割という厳しい競争の中から選ばれて国民の貴重な税金等を原資とする科研費を使用しているのであるから、上記〔1〕 のような理由を未提出の理由として挙げることは、研究成果提出義務者としての認識が十分でないと認められる。また、上記〔2〕 のような理由は、研究成果提出義務者が行わなければならないとされている研究成果報告書等の作成・提出とは別個の問題である。
貴振興会が作成した22年1月現在の督促リストに記載されている長期未提出者593人を対象として21年度の科学研究費補助事業の新規採択の状況についてみたところ、貴振興会は、長期未提出者に対する未提出理由の調査を行わないまま、長期未提出者69人が新たに応募した研究課題数72件(科研費交付額計2億8167万円)に対して、再度科研費を交付していた。
しかし、研究成果報告書等を提出させて公開することとしているのは国民の貴重な税金等を原資とする科研費による研究成果を社会に還元させるためであることにかんがみれば、貴振興会が、上記のように、研究成果報告書等の提出を怠り国民に対する説明責任を果たしていない長期未提出者に対して未提出の理由を確認しないまま科研費を新規に交付している事態は適切とは認められない。
上記のように、研究成果報告書等が長期間にわたり提出されていない事態や、長期未提出者に対して科研費を新規に交付している事態は適切とは認められず、是正及び是正改善を図る要があると認められる。
このような事態が生じているのは、長期未提出者において研究成果の公開の重要性等についての認識が欠如していることにもよるが、主として次のことなどによると認められる。
ア 長期未提出者が所属する研究機関において、研究成果報告書等の提出に関する事務を行うことが研究機関の義務であるという認識が不足しているため、長期未提出者に対する督促が十分でないこと
イ 貴振興会において、研究成果報告書等の提出状況の調査・把握や長期未提出者が所属する研究機関に対する指導が十分でないこと
ウ 貴振興会において、過去に科研費の交付を受けた研究課題に係る研究成果報告書等の提出の有無を確認することなく、科研費を新規に交付していること