前記のとおり、交付金の交付額は毎年度多額に上っており、今後の交付予定額も含めると交付総額は約2000億円に上る見通しとなっている。また、貴省は、地方分権の趣旨を踏まえて、移管奨学金事業の内容及び実施方法については、各都道府県の自主性・主体性を尊重するとしているものの、移管奨学金事業において、貸与水準が機構奨学金事業に比べて大幅に低下したり、生徒の奨学金に対する需要を大きく損なったりなどした場合には、各都道府県に対してその適切な運営について必要な助言等を行うとしている。
このような状況を踏まえ、本院は、有効性等の観点から、各都道府県において、貸与水準を大幅に低下させたり生徒の奨学金に対する需要を大きく損なったりなどすることなく、移管奨学金事業を将来にわたって継続かつ安定して運営していくことが可能となっているかなどに着眼して、20府県(注1)
が交付金(17年度から22年度までに交付された交付金交付額計820億5055万余円)を奨学資金の一部として運営している移管奨学金事業を対象として、貴省及び20府県において、交付金の交付に関する書類等を確認するなどして 会計実地検査を行った。
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
高校奨学金事業においては、返還金が奨学資金に充当されて次の奨学金の貸与へと循環していくことから、事業を継続かつ安定して運営していくためには、奨学金の回収を適切に行い、将来の奨学資金を確保する必要がある。
貴省は、前記の試算において、機構奨学金事業における回収率を踏まえて当年度回収率を84%、過年度回収率を13%と設定している。
これに対して、20府県が運営している移管奨学金事業における直近の回収率(21年度実績)についてみたところ、8府県(注2)
では貴省の試算における当年度回収率及び過年度回収率を下回っており、また、3県(注3)
では当年度回収率のみ、1県(注4)
では過年度回収率のみ、それぞれ下回っている状況となっていた。
(注2) | 8府県 京都府(当年度回収率81.4%、過年度回収率6.6%)、茨城(同77.9%、同2.2%)、神奈川(同75.7%、同11.7%)、長野(同69.8%、同10.9%)、静岡(同80.9%、同3.2%)、兵庫(同82.7%、同6.8%)、奈良(同83.5%、同8.3%)、福岡(同67.2%、同12.2%)各県
|
(注3) | 3県 秋田(当年度回収率73.4%)、愛知(同76.0%)、鹿児島(同81.7%)各県
|
(注4) | 1県 岐阜県(過年度回収率7.4%)
|
前記のとおり、貴省の試算において、当年度回収率は84%、過年度回収率は13%と設定されており、この場合、貴省は、都道府県が別途に資金を負担することなく、交付金及び返還金により機構奨学金事業の貸与水準を維持しつつ移管奨学金事業を運営していくことが可能であるとしている。
このため、移管奨学金事業における実際の回収率がこれらを下回っている場合等においては、各都道府県は、収支予測等を実施するなどして、事業を将来にわたって継続かつ安定して運営していくことが可能となっているかについて検証する必要がある。
そこで、移管奨学金事業における将来的な収支予測等の実施状況について確認したところ、20府県のうちの9府県(注5)
においては、将来的な収支予測等を実施しておらず、事業を将来にわたって継続かつ安定して運営していくことについての検討が十分に行われていなかった。また、収支予測等を実施していた府県(注6)
についても、その内容等については、各種指標の入手及び活用の方法、試算内容等が区々となっており、このうちの8府県(注7)
の収支予測等においては、将来、交付金及び返還金だけでは奨学資金に不足が生ずると予測されている状況であった。
このように、20府県における移管奨学金事業については、事業を将来にわたって継続かつ安定して運営していくことが可能となっているかについて不透明な状況であった。
なお、このような状況について、貴省は、十分に把握していなかった。
(注5) | 9府県 京都府、秋田、神奈川、長野、岐阜、静岡、愛知、兵庫、福岡各県
|
(注6) | 収支予測等を実施していた府県 大阪府、宮城、茨城、奈良、岡山、広島、愛媛、高知、長崎、熊本、鹿児島各県
|
(注7) | 8府県 大阪府、茨城、奈良、岡山、愛媛、高知、熊本、鹿児島各県
|
ウ 移管奨学金事業を適切に運営することの可能性に関する本院試算に基づく検証
上記イのような状況を踏まえ、20府県が運営している移管奨学金事業について、各府県における交付金の交付額、貸与額、返還金、回収率、回収期間、大学等への進学率等の実績値を使用するとともに、貴省が実施した前記試算の手法に準拠するなどして、本院において、貴省の試算における最終年度である43年度末までの将来的な収支等を府県ごとに試算して、事業を継続かつ安定して運営していくことが可能となっているかなどについて検証することにした。
20府県が運営する移管奨学金事業の将来的な収支等について本院が行った試算の結果は、表2のとおりであり、貸与水準を維持していくとした場合、京都、大阪両府、茨城、神奈川、長野、愛知、兵庫、愛媛、福岡、長崎、熊本各県の11府県では、交付金及び返還金だけでは奨学資金が不足し、各府県においてその不足分を負担する必要が生ずることになると予測される。
表2 各府県における移管奨学金事業の将来的な収支等(本院試算)
(単位:千円)
区分 | 累計額(平成17年度〜43年度) | 17年度から43年度の間に各府県において負担する必要が生ずると予測される資金の額 |
||
\ | 貸与額 | 返還金 | 交付金 | |
府県名 | A | B | C | |
宮城県 | 15,486,711 | 10,712,932 | 5,395,763 | - |
秋田県 | 5,941,627 | 5,941,627 | 2,538,930 | - |
茨城県 | 3,622,528 | 2,031,716 | 1,317,054 | 273,757 |
神奈川県 | 39,040,214 | 22,851,835 | 2,582,550 | 13,605,828 |
長野県 | 5,133,881 | 2,972,141 | 1,537,216 | 624,523 |
岐阜県 | 3,110,912 | 1,981,898 | 1,277,202 | - |
静岡県 | 3,449,597 | 2,018,376 | 1,584,306 | - |
愛知県 | 19,205,492 | 12,073,437 | 2,195,893 | 4,936,160 |
京都府 | 34,014,393 | 19,356,955 | 4,157,355 | 10,500,082 |
大阪府 | 118,751,351 | 80,119,539 | 33,502,984 | 5,128,827 |
兵庫県 | 41,561,810 | 25,017,819 | 6,903,984 | 9,640,006 |
奈良県 | 4,505,401 | 2,776,900 | 2,158,154 | - |
岡山県 | 10,993,093 | 7,449,521 | 3,623,659 | - |
広島県 | 10,323,910 | 6,858,077 | 5,882,272 | - |
愛媛県 | 14,102,846 | 9,460,177 | 3,279,873 | 1,362,794 |
高知県 | 6,021,623 | 4,115,795 | 1,936,333 | - |
福岡県 | 104,481,509 | 60,543,807 | 11,763,489 | 32,174,212 |
長崎県 | 24,185,914 | 16,981,189 | 6,934,487 | 270,236 |
熊本県 | 26,106,528 | 18,117,367 | 7,417,076 | 572,084 |
鹿児島県 | 33,495,458 | 23,278,831 | 10,263,560 | - |
なお、前記の本院の試算において、返還期日が到来しているのに未返還となっている奨学金が年度の経過に伴って累積すると予想されたことから、当該年度に回収すべき奨学金の総額(当該年度に返還期日が到来する奨学金の額と前年度末の未返還残高との合計額)に対する当該年度末の未返還残高の比率(以下「未返還残高比率」という。)についても検討したところ、8府県(注8) においては、43年度末の未返還残高比率が60%を超えていると予測される。
20府県が運営している移管奨学金事業に係る将来的な収支等に関する本院の試算により、移管奨学金事業の今後の推移を予測した結果等について事例を示すと、次のとおりである。
<事例>
福岡県は、平成17年度から、同県が従前から実施していた高校奨学金事業(16年度貸与額14億4278万余円)と機構から移管された高校奨学金事業(機構奨学金事業における同県内での16年度貸与額16億1794万余円)とを統合して移管奨学金事業を運営している。
同県の移管奨学金事業における21年度の実績は、貸与額49億9372万余円、当年度回収率67.2%、過年度回収率12.2%等となっている。
そこで、本院において、貸与水準が維持されることを前提に、これらの実績値等を使用するとともに、貴省の試算の手法に準拠するなどして同県の移管奨学金事業における43年度までの収支等について試算するとともに、各年度の年度末における未返還残高比率について試算したところ、現在の貸与水準と回収率を維持していくとした場合、移管奨学金事業においては交付金及び返還金の合計額が貸与額を下回り、交付金及び返還金以外に奨学資金として同県が負担する必要が生ずる資金の額は、17年度から43年度までの間の累計で321億7421万余円(交付金の交付予定総額117億6348万余円の約2.7倍)に上る。
しかし、同県は、今後各年度に同県に対して交付される交付金の交付額等が明確になっていないなどとの認識から、移管奨学金事業における将来的な収支予測等を実施しておらず、このため、現在の貸与水準を維持していくとした場合、どの程度の回収率を達成し、それと連動して同県が負担しなければならない資金がどの程度必要となるかなどについて把握していなかった。なお、試算最終年度に当たる43年度末における未返還残高比率は75.1%に上ると予想される。
そして、この試算結果からみると、同県において、移管奨学金事業を将来にわたって継続かつ安定して運営していくことについては、著しく不透明な状況となっていて、その態勢が十分に確保されているとは認められない状況である。
以上の検証結果等から、貸与水準を維持していくとした場合、収支予測等において交付金及び返還金だけでは奨学資金が不足し、その不足分を負担する必要が生ずることになると予測される前記の11府県が運営する移管奨学金事業(17年度から22年度までの交付金交付額計575億8671万余円)については、事業を継続かつ安定して運営していく態勢が十分に確保されておらず、このため、将来的に、移管奨学金事業の運営において奨学資金が不足するなどの事態が生じ、ひいては、貸与水準が大幅に低下したり、生徒の奨学金に対する需要を大きく損なったりなどするおそれがある。
したがって、移管奨学金事業について、事業を将来にわたって継続かつ安定して運営していくため、各都道府県において、定期又は随時に収支予測等を実施したり見直したりして、その結果に基づき必要な対応策等を講ずることについて、貴省において必要な助言等を行うことが重要であると認められる。
なお、本院の試算に当たり、回収率については、20府県における21年度の実績を使用しているが、移管奨学金事業の進展により、今後、返還期日が到来し、奨学金を返還する奨学生数、回収しなければならない奨学金の額等が増大していくことになり、これに伴って奨学金の回収等に係る事務量も増大していくことなどを考慮すると、現在の回収率を将来にわたり維持することには、困難が伴うことが予想される状況である。
前記のとおり、奨学金の回収は将来の奨学資金の確保に直結する問題であり、回収率の向上は、貸与水準を維持する際に都道府県が奨学資金として負担しなければならない資金の規模を抑制することなどに大きく寄与するものである。このため、交付金及び返還金だけでは奨学資金が不足し、その不足分を負担する必要が生ずることになると予測される府県はもとより、将来において未回収の奨学金が多額に上ることが予想される府県においても、回収率を向上させる施策を積極的に講ずることは、奨学資金を確保するに当たっての非常に有効な対応策となる。
機構は、各種の奨学金事業を実施するに当たり、奨学金の回収率向上のため、自動口座振替の導入、滞納者に対する適時適切な法的措置等の実施、債権回収会社(サービサー)への回収業務委託等による回収、個人信用情報機関が保有する情報の活用、在籍した学校等との連携強化等の様々な施策を講じており、一定の成果を上げている。
そこで、20府県におけるこれらの施策等の導入状況と回収率についてみると、法的措置を積極的に実施したり回収業務委託等による回収を行ったりなどしている府県においては貴省が前記の試算に用いた回収率を上回っているなど、回収率が高い傾向が見受けられる。一方、法的措置の実施や回収業務委託等による回収等を行っていない府県においては、回収率が低い傾向が見受けられる。
法的措置を積極的に実施したり回収業務委託等による回収を行ったりなどしていることにより、奨学金の回収率が比較的高い水準となっている府県における回収事務の実施体制等について参考事例を示すと、次のとおりである。
<参考事例>
広島県は、平成14年度から県の事業として高校奨学金事業を開始し、17年度からは、従前からの高校奨学金事業(16年度貸与額7972万余円)と機構から移管された高校奨学金事業(機構奨学金事業における同県内での16年度貸与額7億7535万余円)とを区分して運営している。
奨学金の回収等は、18年2月に定めた「広島県高等学校等奨学金債権管理事務取扱要綱」等に基づいて行われることとなっている。そして、滞納者に対しては主として納入指導等が行われており、同要綱に定められている法的措置については、従前からの高校奨学金事業において19年度に1件実施したにすぎない状況となっていた。
しかし、同県は、移管奨学金事業に係る奨学金の回収が本格的に開始されたのに合わせて、20年12月からは、徴収業務及び回収督促業務を債権回収会社に委託して回収率の向上を図っている。
また、同県は、以前は、奨学金の回収に際し、納入通知書を発出し、原則として年賦、半年賦、月賦の現金振込みにより奨学金を返還させていたが、上記の債権回収会社への業務委託に合わせて21年2月から自動口座振替による返還も開始しており、22年度末における自動口座振替の利用率は77.7%となっている。
このように、同県は、移管奨学金事業における回収率を向上させるための各種施策を講じており、21年度の当年度回収率は90.4%、過年度回収率は32.2%と高い水準となっている。
さらに、22年度には、同県の債権管理会議において、高校奨学金事業における奨学金が特に債権回収の取組を強化する必要があると認められる「特定管理債権」に指定されたことを契機として、同県は、長期滞納事案等7件(うち移管奨学金事業に係る事案2件)について法的措置の実施を決定してその旨の予告を行い、このうち返還の意思表示があった4件(同2件)を除く3件について裁判所に対して支払督促の申立てを実施しており、23年度も他の長期滞納事案等について法的措置の実施に向けた検討を行っている。
そして、同県は、23年3月に高校奨学金事業の将来的な収支等についての試算等を行っており、その中で、将来に向かって更に回収率を向上させていくとする目標を設定して、今後、目標達成に向けて種々の施策に取り組むことにしている。
また、前記のとおり、移管奨学金事業の進展により、今後、返還期日が到来し、回収しなければならない奨学金の額等が増大していくことになり、これに伴って奨学金の回収等に係る事務量も増大していくことが見込まれることなどから、事業を将来にわたって継続かつ安定して運営していくためには、回収事務の実施体制等の整備を図ることがより重要となる。
以上のことから、各都道府県、特に回収率が低調となっている都道府県においては、機構が講じている施策や高い回収率を達成している都道府県の回収事務の実施状況等を参考にするなどして、移管奨学金事業の実態に適した効率的かつ効果的な回収事務の実施体制等について十分に検討し、将来にわたって移管奨学金事業を継続かつ安定して運営することができるよう回収事務の実施体制等の整備を図る必要があり、貴省において、この点について、必要な助言等を行うことが重要であると認められる。
各府県において、移管奨学金事業の将来的な収支予測等を実施していなかったり、将来的な収支予測等の結果に基づいて必要な対応策等を講じていなかったり、回収率が低調となっているにもかかわらずその向上を図るための具体的な施策を十分に講じていなかったりなどしていて、貸与水準を維持しつつ移管奨学金事業を将来にわたって継続かつ安定して運営していく態勢が十分に確保されておらず、交付金の効果の発現が将来にわたって継続しなくなるおそれがある事態は適切ではなく、改善の要があると認められる。
このような事態が生じているのは、次のことなどによると認められる。
ア 貴省において
(ア) 高校奨学金事業の移管に伴う財源措置の内容等について、各都道府県に対して十分に周知していないこと
(イ) 地方分権の趣旨を踏まえて各都道府県の自主性・主体性を尊重するとして、各都道府県が運営している移管奨学金事業の内容、実施方法、運営状況等の実態について十分に把握していないこと
(ウ) 上記(イ)の結果、移管奨学金事業に関する将来的な収支予測等を実施すること、収支予測等の結果に基づき必要な対応策等を講ずること、特に、回収率の向上を図るための具体的な施策を十分に講ずることなどについて、各都道府県に対して必要な助言等を行っていないこと
イ 各府県において
(ア) 特殊法人の整理合理化及び地方分権を踏まえて貴省が実施するとしている高校奨学金事業の移管に伴う財源措置の内容等について、十分に理解していないこと
(イ) 移管奨学金事業を将来にわたって継続かつ安定して運営していくためには、将来的な収支予測等を適時適切に実施し、この結果等に基づいて必要な対応策等を講ずること、特に、回収率の向上を図るための具体的な施策を十分に講ずることなどが必要であるのに、その重要性を十分に認識していないこと