近年、大型公共事業について、計画から完成までの事業期間が長く、その間に社会経済情勢が大きく変化したり、事業費の実績が計画に比べて著しく増加したりなどしているものがあることから、厳しい財政状況の中で、事業の実施状況等に対する国民の関心が高まっている。
前記のとおり、東郷事業は、東郷ダムに安全に貯水することができない状態が続いているため、事業着手から38年を経過した現在でも完了しておらず、14年度以降は、ふらの事業で東郷ダムの改修を行うための調査、試験等に要する事業費の支出が続いており、両事業の累計事業費は多額に上っている。
そこで、本院は、経済性、効率性、有効性等の観点から、両事業に係る費用負担はどのようになっているか、かんがい用水の必要性は両事業の事業計画の策定時から大きく変化していないか、ダムの改修による所期の事業効果の発現は可能か、ダムの改修以外の水源確保の方法についてどのような検討がなされているかなどに着眼して検査した。
本院は、貴省本省及び開発局において、両事業(国営事業に係る昭和44年度から平成21年度までの支出済額計343億0973万余円)を対象として、両事業の事業計画書等の資料を確認するとともに、東郷ダム、受益地等の現地の状況を確認するなどして会計実地検査を行った。また、両事業の関係機関である北海道、富良野市、中富良野町及び富良野土地改良区(以下「土地改良区」という。)から費用負担、水利用の状況、営農状況等について聞き取り調査をするなどの方法により検査又は調査した。
東郷事業は、第3回変更計画によると、工事の完了予定時期は21年度となっているが、東郷ダム以外の各農業用用排水施設は、13年度までには既に整備が終了しており、東郷事業の13年度までの支出済額は、第3回変更計画における国営事業費の計画額300億円に対して299億1224万余円となっている。14年度以降は、東郷ダムの工事が完了していないものの、前記のとおり、ふらの事業で東郷ダムの改修等を行うこととされたため、東郷事業における事業費の支出はなく、事業に要する費用の負担額は、国257億4517万余円、北海道29億3432万余円、地元市町村等12億3274万余円とされている。
上記のうち北海道の負担分は、毎年度国が支弁して、その翌年度から北海道が支払期間13年(うち据置期間3年)の元利均等年賦支払の方法で国に対して支払うこととされており、21年度末現在の支払残額は利子を含めて1億2368万余円となっていて、26年度に支払が終了する予定である。これに対して、地元市町村等の負担分については、毎年度国が支弁して、事業完了の翌年度から地元市町村等が支払期間17年(うち据置期間2年)の元利均等年賦支払の方法で北海道を通じて国に対して支払うこととされているが、東郷事業が現在でも完了していないことから、国に対する支払は開始されていない。
ふらの事業は、東郷ダムの改修等を行うために、14年度に着手した事業であり、事業計画によると、工事の完了予定時期は20年度とされており、本幸区域での各農業用用排水施設は、20年度までに整備が終了している。しかし、東郷ダムの改修については、堤体の改修工法が確定しないなどの理由により着工に至っていないため、ふらの事業の21年度までの支出済額は、事業計画における国営事業費の計画額79億円に対して43億9749万余円にとどまっている。
上記の事業に要する費用のうち北海道の負担分は、14年度から毎年度、事業実施年度に国に対して支払われており、21年度末までの支払額は計6億6385万余円となっている。これに対して、地元市町村等の負担分については、ふらの事業が事業計画における工事の完了の予定時期を過ぎた現在でも完了していないことから、国に対する支払は開始されていない。
両事業の附帯事業について、貴省が毎年度北海道に作成を求めている事業管理調書により確認したところ、北海道が事業主体となって実施する附帯事業は、18年度までに全て完了していた。
したがって、両事業の事業計画で定められた計画用水量を確保することができれば、受益地に対してかんがい用水を安定的に供給できる体制は整っている。
両事業で整備済みの頭首工、幹線用水路等の農業用用排水施設については、開発局と土地改良区との間で国営土地改良施設の管理使用協定が締結されており、土地改良区が管理使用している。
これらの農業用用排水施設は、両事業が完了すれば、土地改良区に管理委託される予定であるが、両事業とも完了していないことから、農業用用排水施設の補修等は国が実施している状況となっている。
貴省は、前記のとおり、東郷ダムの21年度時点の支出済額と今後の所要見込額との合計は139億0300万円であると公表しているが、この金額には測量及び試験費、補償費等は含まれていない。
そこで、本院が、東郷ダムに係る両事業の事業費について、開発局が設計コンサルタントに発注した報告書等を基に費目別に集計したところ、次表のとおり、21年度までに計198億余円が支出されており、そのうち最初の試験たん水を中止した6年度以降に計107億余円が支出されていた。そして、両事業全体の支出済額の合計に占める測量及び試験費の割合は、5年度までは、91億余円に対して9億余円と約10%であったものが、最初の試験たん水を中止した6年度以降では107億余円に対して47億余円と約44%を占めていた。
\ | 工事費 | 測量及び試験費 | 船舶及び機械器具費 | 補償費 | その他経費 | 計 | ||
両事業の支出済額計(a+b+c) | 11,982 | 5,746 | 40 | 200 | 1,876 | 19,847 | ||
うち平成6年度以降の計(b+c) | 5,027 | 4,794 | 10 | 1 | 872 | 10,707 | ||
東郷事業の支出済額(a+b) | 11,658 | 3,298 | 33 | 199 | 1,525 | 16,715 | ||
うち5年度以前(a) | 6,954 | 952 | 30 | 199 | 1,003 | 9,139 | ||
うち6年度以降(b) | 4,704 | 2,346 | 3 | 0 | 521 | 7,575 | ||
ふらの事業の支出済額(c) | 323 | 2,448 | 7 | 1 | 351 | 3,132 |
両事業の事業計画で定められた受益地における水需要が現時点においても適切なものであるかについて、営農状況及び水利用の状況から検証を行った。
両事業の事業計画によると、受益面積3,126haの内訳は、田が181ha、畑が2,945haとなっていて、受益面積の大半を畑が占めている。
そして、北海道農林水産統計年報等によると、両事業の受益地である富良野市及び中富良野町においては、事業計画において栽培するとしている野菜等(たまねぎ、にんじん、スイートコーン等)が実際に作付けされており、畑の面積も大きく変化していないことから、営農状況は、両事業の事業計画の策定時から大きく変化していない状況である。
現在、両事業の受益地に対しては、東郷ダムの工事が完了するまでの間の暫定的な措置として、22年6月に河川管理者から新規に許可された取水量の範囲内でかんがい用水の供給が行われている。そして、この暫定的な水利権は、最も利用水量が多い期間の取水量が最大0.51m3
/sとなっており、両事業の事業計画に定められた計画用水量1.25m3
/sに対して40.8%にとどまっている。
そこで、土地改良区等から水利用の状況について聞き取り調査をしたところ、野菜の収量の増加や品質の向上のためには適時適切な散水が有効であるが、土地改良区が河川から取水できる量が不足していて、特に渇水時は、受益地内の農家が安定的にかんがい用水を利用できない状況が発生しているとのことであった。
このように、営農状況が両事業の事業計画の策定時から大きく変化していない状況であること、農家が安定的にかんがい用水を利用できない状況が実際に発生しているとしていることなどから、両事業の事業計画で定められた受益地における計画用水量は現在も大きく変化していないものと思料される。
開発局は、6年度に、漏水原因の究明及び漏水対策工法に関する技術的諸問題について検討することを目的として、高度な専門的知識と経験を有する学識経験者等による東郷ダム技術検討委員会(以下「検討委員会」という。)を設置している。そして、開発局は、6年度から7年度にかけて、集中的に検討委員会を開催するとともに、並行して調査、試験、設計等を実施して、漏水原因を東郷ダム堤体左岸基礎岩盤の複雑な亀裂を経路とするものであると判断し、7年度から8年度にかけて漏水対策工事を実施した。そして、9年度から2回目の試験たん水を開始したが、再び漏水量が増加したため、10年度に試験たん水を中止している。
それ以降、開発局は、漏水原因の究明、堤体の改修工法の検討等を目的として、不定期に検討委員会を開催するとともに、継続的に調査や試験を実施している。そして、2回目の試験たん水における漏水経路はダム堤体左岸部であると推定しているが、基礎岩盤には複雑な亀裂が存在することから、左岸部での漏水メカニズムが解明される可能性は低く、また、解明されたとしても左岸部以外に新たな漏水経路が今後発生しないことを証明できないとして、堤体全体にわたる範囲を対象とした改修が必要であると判断している。
開発局は、12年度から13年度までに、堤体の改修工法として、堤体内に新たに遮水壁を築造する地中連続遮水壁工法(以下「地中連壁工法」という。)を選定して、これに係る事業費を60億円、工期を5年としていた。そして、農林水産大臣は、これに基づいて両事業の事業計画を策定していた。
しかし、開発局が地中連壁工法の試験施工を実施したところ、事業費が当初予定の約4倍の250億円に増加して、工期が14年に大幅に延伸することが判明したとして堤体の改修工法の再検討を行った。そして、他工法との比較における経済性や工期の有利性から、15年度以降はアスファルト表面遮水壁工法(以下「アスファルト工法」という。)による改修について技術的な検討を続けていた。アスファルト工法による改修は、堤体の上流側表層部を掘削して除去して、良質材料に置き換えた上で、厚さ35cmのアスファルトを敷設して遮水壁を設けるなどするもので、開発局は、この工事を実施するために必要となるその他の工事も合わせて、事業費を154億円(うち工事費128億円)、工期を9年と見込んでいた。
東郷ダムでは、過去2回にわたり試験たん水中に想定を上回る漏水が確認され、その後の調査等で基礎岩盤に複雑な亀裂が存在するなどの技術的な課題が判明してい る。開発局は、アスファルト工法で東郷ダムの改修を行えば、漏水量が設計基準値以内に抑えられ、ダムに安全に貯水してかんがい用水を安定的に供給することができるようになるとしている。
しかし、アスファルト工法による改修は、前記のとおり工事費128億円を要するとされており、この工事費は、東郷ダムの安全性の確保上最も確実とされる再築造(堤体を一旦撤去して、基礎処理から築堤までをやり直す方法)に要する工事費142億円に匹敵するものとなっている。また、その工期も再築造する場合に比べても1年長くなるとされている。
したがって、前記の本院の集計で既に事業費が198億余円支出され、特に、6年度以降には測量及び試験費が47億余円支出されたにもかかわらず、現在も漏水メカニ ズムが解明されていない東郷ダムについて、今後更に事業費を154億円(うち工事費128億円)投下してダムの改修を行うことについては、それ以外の水源確保の方法と比較した上での慎重な判断が求められる。
前記のとおり、貴省は、21年12月に公表した総点検結果において、ようやく今後の対応の方向性として、かんがい用水確保のために、東郷ダムの改修やそれ以外の水源確保の方法について、関係機関との調整を開始するとしている。
そこで、貴省本省及び開発局において、東郷ダムの改修以外の水源確保の方法に関する検討内容等について説明を求めたところ、現在においても、事業施行区域内の既存の水源や河川からの取水状況等の調査を行って確保可能な水量の検討を行っているとしていて、具体的な方法は決まっていなかった。このため、本院は、従来どおり東郷ダムの改修を行って水源を確保する方法、ダム以外の水源を確保して、それでも不足する水量について東郷ダムの一部改修を行って水源を確保する方法、東郷ダムの改修以外で水源を確保する方法等、現在考えられる複数の方法の実現可能性等について確認するまでには至らなかった。
前記のとおり、貴省は、基本計画及び実施計画に基づき事後評価を行うこととしているが、両事業については、事後評価の実施時期の変更があったことなどを理由にして、政策評価法が施行された14年度以降、実施計画において事後評価の対象として定めておらず、事後評価を全く行っていない状況である。これについて、貴省は、ふらの事業の事後評価において両事業について、事業全体として評価することが適切であるとしている。
しかし、事後評価は事業採択後、当該事業を取り巻く諸情勢の変化を踏まえた事業の評価を行い、必要に応じ事業の見直しなどの検討を行うことを目的とするものであり、政策評価法等で義務付けられている事後評価の実施時期を待つことなく、貴省の判断で行うことができるものである。そして、東郷事業は、昭和47年度に着手して以来38年という長期間が経過して、両事業は既に343億0973万余円が支出されているのに現在もかんがい用水の安定的な供給という所期の事業効果が発現しておらず、平成15年度以降、東郷ダムの堤体の改修工法の再検討が必要となっていて、事業費の増加や工期の延伸が見込まれることから、費用対効果分析にも多大な影響があると認められる。
したがって、東郷事業については、政策評価法の施行日(14年4月1日)前に事業採択から既に10年が経過していて、政策評価法等により事後評価が義務付けられている事業の要件を満たしていないものの、両事業については、ふらの事業の事業採択から10年を経過する24年度を待つことなく、実施計画において事後評価の対象として定めて費用対効果分析を含む事後評価を行い、その結果を両事業に適切に反映することが必要であったと認められる。
昭和47年度に着手して以来38年という長期間にわたって国から多額の事業費が支出されている両事業について、かんがい用水の水源が確保できていないため、現在も両事業の受益地において安定的にかんがい用水を利用できない状況が発生しているのに、適時適切に両事業の事後評価を行わないまま現在まで事業効果が発現していない事態は適切ではなく、改善の要があると認められる。
このような事態が生じているのは、貴省において、長期間にわたって事業を完了することができず、事業効果が発現していない状況が続いているのに、適時適切に両事業の事後評価を行わないまま総点検結果の公表までかんがい用水の水源確保の方法を東郷ダムの改修に絞って検討していたため、それ以外の方法の検討が十分でなかったことなどによると認められる。