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  • 平成23年度|
  • 第4章 国会及び内閣に対する報告並びに国会からの検査要請事項に関する報告等|
  • 第2節 国会からの検査要請事項に関する報告

<参考:報告書はこちら>

第2大規模な治水事業(ダム、放水路・導水路等)について


第2 大規模な治水事業(ダム、放水路・導水路等)について

要請を受諾した年月日 平成23年2月15日
検査の対象 国土交通省、独立行政法人水資源機構
検査の内容 大規模な治水事業(ダム、放水路・導水路等)についての検査要請事項
報告を行った年月日 平成24年1月19日

1 検査の背景及び実施状況

(1) 検査の要請の内容

 会計検査院は、平成23年2月14日、参議院から、国会法第105条の規定に基づき下記事項について会計検査を行いその結果を報告することを求める要請を受けた。これに対し同月15日検査官会議において、会計検査院法第30条の3の規定により検査を実施してその結果を報告することを決定した。

一、会計検査及びその結果の報告を求める事項
  (一)   検査の対象
        国土交通省、独立行政法人水資源機構
  (二)   検査の内容
        大規模な治水事業(ダム、放水路・導水路等)に関する次の各事項
      〔1〕   事業の目的、必要性等についての検討の状況
      〔2〕   事業の実施状況
      〔3〕   事業費の推移及び事業計画の変更等に伴う見直し等の状況
      〔4〕   事業再評価時における投資効果等の検討の状況

(2) 事業の概要

ア 河川管理の仕組み

 国土交通省(13年1月5日以前は建設省又は総理府北海道開発庁)は、河川法(昭和39年法律第167号)に基づき、洪水等による災害発生の防止、河川の適正な利用、流水の正常な機能の維持及び河川環境の整備と保全を図るために河川を総合的に管理し、公共の安全を保持することなどを目的として、国が行う直轄事業等により、治水対策となる堤防の築造、ダム、放水路等の整備等を行う河川改修事業(以下「治水事業」という。)を実施している。
 河川のうち一級河川は、河川法第9条の規定に基づき、国土交通大臣(13年1月5日以前は建設大臣)がその管理を行うこととなっている。なお、国土交通大臣が指定する区間内の一級河川に係る国土交通大臣の権限に属する事務の一部は、当該一級河川の部分の存する都道府県等を統轄する都道府県知事等が行うことができることとなっている。
 また、独立行政法人水資源機構(15年9月30日以前は水資源開発公団。以下「水資源機構」という。)は、独立行政法人水資源機構法(平成14年法律第182号。以下「機構法」という。)第4条及び第12条の規定に基づき、水資源開発基本計画に基づいて、ダム、多目的用水路等の水資源の開発又は利用のための施設の新築等を行っている。
 そして、国土交通大臣は、自らが河川管理者として河川法に基づいて実施している治水事業のうち、水資源開発基本計画に基づき水資源機構が当該事業を引き継いで行うべきであると認めるものについては、水資源機構に対し、その実施を求めることができることとされている。

イ 河川整備基本方針及び河川整備計画

 治水事業の実施に当たっては、国土交通大臣等の河川管理者は、河川法第16条の規定に基づき、まず、その管理する河川について、水害発生の状況、水資源の利用の現況及び開発並びに河川環境の状況を考慮し、水系ごとに、その水系に係る河川の総合的管理が確保できるよう、河川整備の基本となるべき方針に関する事項(以下「河川整備基本方針」という。)を定めることとなっている。
 また、河川管理者は、河川法第16条の2の規定に基づき、河川整備基本方針に即し、当該河川の総合的な管理が確保できるよう、計画的に河川の整備を実施すべき区間について、当該河川の整備に関する計画(以下「河川整備計画」という。)を定めることとなっている。そして、河川管理者は、河川整備計画の案を作成しようとする場合には、必要に応じて学識経験者、関係住民の意見を、また、河川整備計画を定めようとする場合には、あらかじめ関係都道府県知事等の意見を聴取することとされている。
 河川整備計画には、9年の河川法改正前まで策定することとなっていた工事実施基本計画(注) では定めることとされていなかった計画の対象期間(計画策定時より20年から30年程度の間)等を定めて、その間に実施する河川の整備内容等を具体的に明らかにすることとされている。
 このように、河川整備計画は、具体的な川づくりの姿が明らかになるように工事実施基本計画よりも更に内容を具体化するとともに、新たに関係住民等の地域の意見を反映する手続を導入して策定することとされたものである。

 工事実施基本計画  平成9年の改正前の河川法第16条の規定に基づき河川管理者が策定することとされていたものであり、管理する河川について、計画高水流量その他当該河川の治水事業の実施についての基本となるべき事項を定めたもの


ウ 治水事業の方法

 治水事業には、河道の掘削、堤防の築造などの他に、ダム、放水路、堰(せき)、導水路、遊水地(調節池)等の河川管理施設を設置して一時的に洪水を貯えるなどの洪水調節の手法がある。また、計画規模の洪水を上回る洪水(以下「超過洪水」という。)を対象として実施する治水事業には高規格堤防がある。

エ 治水事業に係る事業計画の作成

 治水事業のうち、特定多目的ダム法(昭和32年法律第35号)に基づき、国土交通大臣が自ら多目的ダムを新築しようとする場合には、同法第4条の規定に基づいて、その建設に関する基本計画を作成しなければならないこととされている。
 また、水資源機構がダム等の施設の新築をしようとする場合には、機構法第13条の規定に基づいて、水資源開発基本計画に基づく事業実施計画を作成しなければならないこととされている。
 そして、国土交通省の地方整備局等(13年1月5日以前は建設省地方建設局等)が河川法施行令(昭和40年政令第14号)第36条の2で定める一定の規模以上の施設で費用の額が120億円を超えるなどの大規模な工事(以下「大規模改良工事」という。)を施行しようとする場合には、昭和45年に河川局治水課長通達として発出された「河川法施行令の一部改正(昭和45年政令第40号)に伴う同令の運用について」に基づいて全体計画を作成しなければならないこととされている。
 上記の基本計画、事業実施計画、全体計画等の計画(以下、これらをそれぞれ「事業計画」という。)には、個々の事業の目的、施設の概要や規模、費用や負担方法、事業期間等が記載されている。

オ 公共事業に対する再評価制度の導入

 国土交通省は、公共事業の効率性及びその実施過程の透明性の向上を図るため、平成10年以降、順次、事業評価に関する実施要領等を定めて、同省所管の公共事業について、新規事業採択時評価、事業再評価及び事業完了後の事後評価を行うこととしている。
 このうち、事業再評価は、現行の「国土交通省所管公共事業の再評価実施要領」(平成23年4月1日施行。以下「再評価実施要領」という。)によると、事業採択後3年(直轄事業等)又は5年(補助事業等)が経過した時点で未着工の事業、事業採択後5年が経過した時点で継続中の事業、事業再評価実施後3年又は5年が経過している事業等について、原則として、費用対効果分析を含めた事業評価を行い、事業の継続に当たり、必要に応じてその見直しを行うほか、事業の継続が適当と認められない場合には事業を中止するものとされている。
 そして、再評価実施要領は、10年3月の当初版策定以降、随時見直しが行われており、23年4月1日施行のものでは、事業再評価の実施主体は、事業完了後の事後評価終了の日に係る起算日以後10年まで、費用対効果分析の算定基礎となった要因の変化の分析を的確に実施するために必要となる関係資料を保存することなどとされている。

カ 大規模な治水事業

 本件要請事項に対する報告においては、前記の大規模改良工事に該当するダム建設事業、放水路・導水路事業等に加えて、特定多目的ダム法等に基づいて事業実施中となっているダム建設事業及び高規格堤防整備事業についても、それぞれを「大規模な治水事業」として取り扱うこととする。
 なお、大規模な治水事業において、その事業費は多額に上ること、また、事業期間は長期にわたることから、国等の事業主体においては、事業の目的や必要性から始まり、事業の進捗状況、事業費の増減状況、事業計画の変更状況、事業の再評価時等における事業の見直しなどに至るまで、事業の実施や継続の妥当性を明確にするために必要なあらゆる面についての説明責任を果たすことが特に重要となっているところである。そのため、国等の事業主体がその説明責任を果たすことができるよう、根拠となる関係資料を適切に記録、整理し、保存することが必要不可欠となる。
 そこで、国土交通省及び水資源機構は、それぞれの行政文書管理規則等を改定し、23年4月以降、直轄事業等として実施される公共事業の事業計画の立案に関する検討、関係者との協議又は調整及び事業の施工その他の重要な経緯に関する資料については、これらの保存期間を、事業完了後の事後評価終了の日に係る起算日以後10年とすることとしている。

(3) これまでの会計検査の実施状況及びその結果

 本院は、毎年、大規模な治水事業の実施について検査を実施しており、意見を表示し又は処置を要求した事項として「ダム建設事業における費用対効果分析の算定方法を明確にするなどして、費用対効果分析が適切に実施されるよう意見を表示したもの」 を平成21年度決算検査報告に掲記するなどしている。

(4) 検査の観点、着眼点、対象及び方法

ア 検査の観点及び着眼点

 本院は、国土交通省及び水資源機構が整備する大規模な治水事業の実施等に関し、合規性、経済性、効率性、有効性等の観点から、事業の目的、必要性等についての検討の状況、事業の実施状況、事業費の推移及び事業計画の変更等に伴う見直し等の状況及び事業再評価時における投資効果等の検討の状況について、事業の内容、規模等が河川整備基本方針、河川整備計画等を適切に反映したものとなっているか、事業計画等の内容について現況を適切に反映した見直しなどが行われているか、事業が長期化している場合において、事業計画上の事業期間は適切に設定されているか、事業費の推移を確認し、計画の変更や事業の進捗状況等を適切に反映した事業費の見直しなどが行われているか、費用対効果分析における総費用及び総便益が再評価実施要領等に基づき適切に算定されているかなどの点に着眼して検査を実施した。

イ 検査の対象及び方法

 国土交通省及び水資源機構が22年度において事業実施中のダム(47か所)、放水路(2か所)、堰(1か所)、導水路(2か所)、遊水地・調節池(4か所)及び高規格堤防(5水系6河川)の大規模な治水事業を対象として検査を実施した。また、複数の大規模な治水事業を実施している水系のうち、代表的な水系である利根川水系と三つの大規模な治水事業が完成間近である斐伊川水系について、関連する治水事業等を含めて、複数の事業間の連携状況についても検査を実施した。
 検査の実施に当たっては、国土交通本省、水資源機構本社、9地方整備局等、河川事務所等において事業の内容、実施状況等について資料を基に説明を受けたり、調書を徴したりなどするとともに、現地の状況等を確認するなどして、319人日を要して、会計実地検査を行った。
 なお、東北地方整備局管内に位置するダム(7か所)及び遊水地(1か所)については、23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による被災の影響を踏まえ、検査対象から除外することとした。

2 検査の結果

(1) 事業の目的、必要性等についての検討の状況

ア 放水路等事業において、旭川放水路ではその流量を1,200m /sから2,000m /sに変更し、その変更に伴い水門の増築を行う計画としたり、斐伊川放水路ではその流量を2,000m /sと計画したり、大河津(おおこうづ)可動堰では老朽化等した可動堰を別の位置で新設したりなどしているが、放水路等以外の他の治水対策案との比較や放水路等の計画規模の諸元等に関して、事業計画等の策定時等にどのような検討がなされたかを裏付ける関係資料を保有していないとしているため、事業主体は、同事業が放水路等とされた経緯や必要とされる計画規模等について明確にできず、事業に対する説明責任が果たせない状況となっていた。

イ 導水路事業(霞ヶ浦導水)において、霞ヶ浦の水質が更に悪化する傾向にあることから、現状においては同事業により導水を実施しても、霞ヶ浦に係る湖沼水質保全計画(第5期)で目指すとされているCOD値(化学的酸素要求量。水質汚濁の一指標)5.0mg/L台前半という目標を達成するまでに相当な期間を要することが見込まれる状況となっており、また、事業参画を継続する意思がない利水者が出てくるなど事業開始当初に比べて同事業を取り巻く社会経済情勢に変化が見受けられた。しかし、現状における同事業の効果、必要性等の再検討を十分に行わないまま従前の事業計画により引き続き事業を実施している。

ウ 遊水地等事業において、次のような事態が見受けられた。

(ア) 千歳川遊水地では、石狩川水系千歳川河川整備計画において、おおむね5000万m の遊水地群を整備すると記載されているが、同河川整備計画策定時における諸元等を説明できる関係資料を保有していないとしているため、事業主体は、遊水地の計画規模、設置箇所等が同河川整備計画の記載内容と整合したものとなっているかについて明確にできず、事業に対する説明責任が果たせない状況となっていた。

(イ) 渡良瀬遊水地では総面積3,300haで総貯水容量1億7180万m を整備する計画、稲戸井調節池では面積448haで貯水容量3080万m を整備する計画、上野遊水地では総面積248haで総貯水容量900万m を整備する計画とするなどとしているが、事業計画本体も含めて関係資料を保有していないとしているため、事業主体は、事業の目的、必要性等についての検討の有無や計画が適切なものとなっているかなどについて明確にできないまま、事業を実施している。

エ 利根川水系のうち、国が管理する区間においては、河川法が改正されてから13年以上経過しているのに、まだ河川整備計画が策定されておらず、利根川水系河川整備計画の案の基礎となる原案を作成している段階であり、河川整備計画本体が策定される時期についての見通しが立っていない状況となっていた。また、県が管理する区間においても、河川整備計画が策定されていない圏域等が見受けられた。

オ 斐伊川水系のうち、国が管理する区間においては河川整備計画が策定されているものの、上流に大規模な直轄ダム、下流に大規模な直轄放水路がある県が管理する中流域では、河川整備計画が策定されていない区間が見受けられた。

(2) 事業の実施状況

ア ダム建設事業において、計画事業費や事業期間の変更は事業評価に大きな影響を与えるものであるのに、計画事業費に対する執行済事業費の割合が100%近くになってから計画事業費を見直していたり、事業が完了していないのに、事業期間の延長が行われないまま計画上の事業期間を既に過ぎていたり、また、本体工事の段階に入る前であるのに、事業期間に対する事業着手後の経過年数の割合の状況をみると事業期間の延長が必要となるおそれがあったりするものが見受けられた。

イ 放水路等事業において、次のような事態が見受けられた。

(ア) 斐伊川放水路では、同放水路の開削部に存在していた国道、県道及び市道の計11路線が6路線に集約され、これに伴い新たに道路橋が6橋新設されているが、これらについて道路を集約した経緯や道路橋設置箇所を決定した経緯等に係る関係資料を保有していないとしていることから、事業主体は、道路を集約して6橋を設置することとした理由等を明確にできず、説明責任が果たせない状況となっていた。

(イ) 大河津可動堰では、コスト縮減対策等に新技術を活用した工法を採用するなどして工事内容を変更したり、新たに設置する必要が生じた電気棟の用地の買収に当初の計画で予定していなかった新たな予算科目を設けたりなどしているが、これらは、単なる工事内容の変更や予算の流用にとどまらず、計画事業費に影響すると思料される事項であるのに、事業主体は、当初の事業計画の事業内容等を確認できる関係資料を保有していないとして現行の事業内容との比較が行えないことから、当初事業計画の内容と実施中の事業内容との整合性について明確にできず、説明責任が果たせない状況となっていた。

ウ 導水路事業(霞ヶ浦導水)において、次のような事態が見受けられた。

(ア) 現事業計画の事業期間は22年度までであり、19年12月に開催された事業評価監視委員会の説明資料では、27年度の事業完了を目指すとされている。しかし、事業計画における事業期間の延長は事業評価に大きな影響を与えるものであるのに、事業計画の事業期間を変更するまでには至らずに事業期間の最終年度である22年度以降も事業が継続して実施されていた。

(イ) 那珂導水路については、建設に必要な用地の区分地上権の設定を既に約138,600m 済ませたが、設定を必要とする箇所が約55,700m 残されていて、今後の区分地上権の設定にも時間を要すると、事業の効果の発現が更に遅れる状況となっていた。

(ウ) 3年に完成している利根導水路については、霞ヶ浦の水質改善という目的に関しては、利根導水路と那珂導水路を一体として運用することにより効果を発現するとしているため、霞ヶ浦導水事業として利用された実績がない状況となっていた。

エ 遊水地等事業(千歳川遊水地)において、遊水地の所在する自治体の住民への説明会を順次開催しながら、また、遊水地の完成後に生ずる周囲堤等で囲われた広大な低平地を出水時以外において有効に活用するための方法等について関係自治体と協議しながら事業を実施しているなどとしているが、住民への説明会等での議事録等や関係自治体との協議記録等を作成していないとして、同意・合意の有無や協議の経緯に関する事実について明確にできない状況となっていた。

オ 高規格堤防整備事業において、次のような事態が見受けられた。

(ア) 事業のスキーム関連

a 利根川においては、沿川に市街地整備の動きがないことなどを理由として高規格堤防等と沿川地域の市街地の整備等に関する基本構想(以下「沿川整備基本構想」という。)を策定していなかった。高規格堤防等と整合のとれた市街地整備に関する計画を策定している地区は6河川において1地区もなく、「高規格堤防整備と市街地整備の一体的推進について」(平成6年建設省都計発第146号、建設省河治発第85号)等が想定した高規格堤防等と市街地との一体的整備は実施されていない状況となっていた。また、沿川整備基本構想において整備を推進する地区等と位置付けられた地区であっても事業が行われていなかったり、沿川整備基本構想に位置付けられていなかった地区で事業が行われていたりするなど、高規格堤防と市街地の一体的な整備を推進するために策定された沿川整備基本構想は、必ずしも十分に機能していない状況となっていた。

b 利根川、江戸川、荒川及び多摩川においては、高規格堤防整備と市街地整備の円滑な推進のための事項について沿川自治体と河川管理者との間で十分な連絡調整を図るため設置するものとされている沿川整備協議会を設置していなかった。

c 国土交通省において「高規格堤防整備にかかる事業計画書の作成について(通知)」(平成6年建設省河沿発第1号。以下「作成通知」という。)等に基づく地区別事業計画書を作成していることが確認できたとしているのは、127地区中1地区のみであり、地区別事業計画書を通じて沿川自治体等から高規格堤防整備事業の目的等の理解や協力を得るという作成通知等の目的を達していない状況となっていた。

d 用地買収を伴う整備や公共公益施設の整備のみを共同事業等とする整備、市街化調整区域等での整備が多数実施されており、土地区画整理事業、市街地再開発等のまちづくり事業との連携により事業の進捗を図るという基本的な事業スキームとして一般的に示されている整備手法によって事業の進捗が図られているとはいえない状況となっていた。また、河川整備基本方針等において、高規格堤防を整備することとされている区間(以下「要整備区間」という。)のうち特に国家的な中枢機能と活動が集中している区域を防御する区間等を重点整備区間として17年3月に設定しているが、その設定後に新たに事業に着手した地区においても、重点整備区間の設定前の事業の整備手法と際立った違いは見受けられない状況となっていた。

(イ) 国土交通省は、完成延長、暫定完成延長及び事業中延長の計を整備延長としており、高規格堤防の整備延長及び整備率について、要整備区間においては計50,630m、5.8%、重点整備区間においては計27,740m、12.4%としていたが、高規格堤防に必要な高さ及び幅を満たした堤防の断面形状(以下「基本断面」という。)が完成していると認められる延長について改めて集計を行って高規格堤防の整備延長及び整備率を算出すると、要整備区間においては計9,463m、1.1%、重点整備区間においては計2,495m、1.1%となった。

(ウ) 高規格堤防の区域内の土地において通常の利用に供するため河川区域の規制が緩和される高規格堤防特別区域の指定等を必要とする83地区のうち、隣接地区と合わせて指定等を行うこととしていることなどを理由として指定等が行われていない地区が25地区、管理者等を定める必要がある構造物等を有することから管理協定の締結を必要とする67地区のうち、河川管理者と共同事業者との協議が整わないことなどを理由として管理協定が締結されていない地区が23地区見受けられた。

(エ) 超過洪水に対しても破堤しない堤防となるよう高規格堤防が整備されている一方、計画規模の洪水に対して越水しない堤防となるよう通常堤防が整備されているが、要整備区間における通常堤防の完成堤防の割合は64.4%となっていて、整備が完了している河川はなく、また、要整備区間における通常堤防の詳細点検の結果、堤防強化対策が必要とされた区間において堤防強化対策が完了している河川もなかった。

カ 利根川水系において、洪水調節施設、河道及び堤防の整備は密接に関係することから連携して実施されることが肝要であるが、河川法が改正されてから13年以上経過しているのに、河川整備計画が策定されていないために、20年から30年程度の間に実施する具体的な河川の整備内容等の目標が明らかにされておらず、洪水調節施設等の整備が当面の目標に向かって連携して実施されているか確認できない状況となっていた。

(3) 事業費の推移及び事業計画の変更等に伴う見直し等の状況

ア ダム建設事業において、検査対象とした47ダムのうち、24ダムで変更後の計画事業費が当初の計画事業費から増額されており、このうち9ダムについては変更後の計画事業費が当初の2倍以上と大幅に増額されているが、既存の関係資料からは、これらの要因の詳細や増額の内訳について明確にできない状況となっていた。また、33ダムで変更後の事業期間が当初の事業期間から延長されており、このうち7ダムについては変更後の事業期間が当初の2倍以上と大幅に延長されているが、既存の関係資料からは、これらの要因の詳細について明確にできない状況となっていた。さらに、延べ48回の事業期間の変更のうち23回は、従前の事業期間の期限を過ぎてから延長が行われていた。

イ 放水路等事業において、次のような事態が見受けられた。

(ア) 旭川放水路では266億円から890億円に、また、斐伊川放水路では1170億円から2500億円に計画事業費が変更されているが、計画事業費の数値が記載された大規模改良工事の申請書以外の関係資料を保有していないとしているため、事業主体は、当初計画事業費の根拠、事業計画を変更した理由、変更後の事業計画の内容や計画事業費の増額理由等について、その妥当性を明確にできず、事業に対する説明責任が果たせない状況となっていた。

(イ) 斐伊川放水路では、住民からの要望があったとする新たに流量を調節するためのゲートの築造について、事業計画の変更に関する要望書や議事録等の関係資料は行政文書に該当しないとして保有していないとしているため、事業主体は、計画規模を超える降雨に対応可能なゲートの必要性等を明確にできず、説明責任が果たせない状況となっていた。

ウ 遊水地等事業において、渡良瀬遊水地では167億円から700億円に、稲戸井調節池では53億円から438億円に計画事業費が変更されたり、また、上野遊水地では現在717億円の計画事業費が当初から変更されていないとしたりなどしているが、事業計画の内容、変更理由や計画事業費の算定根拠、増減の内訳等については、当時の文書管理規則に基づく保存期間が満了したため関係資料を廃棄したことなどにより保有していないとしているため、事業主体は、その内容を明確にできず、事業に対する説明責任が果たせない状況となっていた。

エ 高規格堤防整備事業において、共同事業の将来計画が把握できないとして、同事業の全体事業計画や河川ごとの事業計画を策定しておらず、地区別事業計画書は、作成通知等において計画事業費を記載することとはされていなかった。このため、事業計画に基づく計画事業費の執行状況の把握や、事業計画の変更に伴う計画事業費の見直しは行われていない状況となっていた。

(4) 事業再評価時における投資効果等の検討の状況

ア 放水路等事業(旭川放水路及び斐伊川放水路)、導水路事業(霞ヶ浦導水)及び斐伊川水系の治水事業において、10年度以降事業再評価等が複数回実施されているが、事業再評価等が実施された年代が古いものについては、総費用及び総便益の算定根拠、算定に使用したデータ等の関係資料を保有していないとしているため、事業主体は、過去の事業再評価における総費用及び総便益の算定過程等の妥当性を明確にできず、説明責任が果たせない状況となっていた。

イ 遊水地等事業(渡良瀬遊水地、稲戸井調節池及び上野遊水地)において、10年度以降事業再評価が複数回実施されているが、事業再評価における費用便益比の算出根拠等の関係資料を保有していないとしているため、事業主体は、過去の事業再評価における総費用及び総便益の算定の妥当性を明確にできず、説明責任が果たせない状況となっていた。また、大規模改良工事については事業費も多額で事業期間も長期にわたるのに、各事業の直近の事業再評価は、各事業を実施する河川等における治水事業を対象として実施されており、事業単体としての費用便益比を算出していない状況となっていた。

ウ 高規格堤防整備事業において、事業中の地区のうち、中止した場合に土地所有者や住民等の社会経済活動に重大な支障を及ぼす地区で実施した23年度予算措置に向けた地区別の事業再評価における費用便益比のうち便益である被害軽減期待額の算定式及びその考え方は、破堤の危険性が減少する効果を必ずしも適切に反映するものとはなっていなかった。

3 検査の結果に対する所見

 大規模な治水事業は、これまでに幾度となく見直しや事業の再評価等が行われた上で実施されてきている。しかし、我が国の財政は引き続き厳しい状況にあることから、国土交通省は次の各点に、また、水資源機構は次の(2)ア 及び(3)ア の点に留意して、大規模な治水事業について、適切かつ効率的、効果的に実施するよう努める必要がある。

(1) 事業の目的、必要性等についての検討の状況

ア 放水路等事業及び遊水地等事業において、説明責任を果たせるよう事業計画等を変更するなどの際には関係資料を整備するとともに、事業の目的、必要性等についての再検討に活用できるようにすること

イ 導水路事業において、継続して事業を実施する場合には、関係者等と十分調整を行うとともに、霞ヶ浦の水質改善対策の代替案に比べて費用対効果の面で有利であるなど、同事業の効果、必要性等を再度明確にした上で事業に取り組むこと

ウ 利根川水系において、河川整備計画(国管理区間)が策定されていない河川については、河川整備計画の策定に向けて、関係自治体等と連絡及び調整を十分行うなどの取組をより促進させること。また、利根川、斐伊川両水系に関係する県管理区間において河川整備計画が策定されていない場合には、河川整備計画の策定に向けて、県との情報共有及び連携をより一層図ること。その上で、一級河川(国管理区間等)において河川整備計画が策定されていない河川についても同様の取組を行うこと

(2) 事業の実施状況

 ダム建設事業及び導水路事業において、今後のダム建設事業等及び検証対象のダム建設事業等のうち検証の結果継続すると判断したダム建設事業等について、計画事業費や事業期間が事業の実施状況を反映したものとなるよう、適時適切に事業計画の見直しを行うこと

イ 放水路等事業において、事業執行の際には、説明責任を果たせるよう関係機関との協議に係る関係資料を整備するとともに、計画規模の再確認や再検討に活用できるようにすること。また、事業内容に変更が生じた場合には、適時適切に事業計画を見直すよう検討すること

ウ 導水路事業において、区分地上権の設定については、事業の効果が早期に発現するよう、計画的に実施し、事業期間を延長することがないようにすること。また、完成している利根導水路については、投資効果が少しでも発現されるよう、利根導水路を単体で有効に活用することについて検討すること

エ 遊水地等事業において、説明責任を果たせるよう、住民への説明会や関係自治体との協議等の際には、議事録や協議記録等を適宜作成し、適切に保存すること

オ 高規格堤防整備事業において、

(ア) 当初想定していた、沿川整備基本構想に基づく河川と都市との連携や、まちづくり事業との共同事業により実施するという事業スキームは十分に機能していない状況が見受けられることから、今後、同事業を廃止しない場合には、実現可能性のある事業スキームを構築すること

(イ) 破堤しないという高規格堤防の効果は基本断面が完成した場合において初めて発現することから、高規格堤防の整備延長及び整備率については、高規格堤防整備の目的、効果等を考慮した算出方法を確立すること

(ウ) 高規格堤防特別区域の指定等及び管理協定の締結を適切に行うこと。また、今後、同事業を廃止する場合等において、点在している盛土等については、その周辺において高規格堤防の整備が実施されないことにより、土地利用が進んだ場合には、高規格堤防整備事業によって盛土等が行われたことが認識されずに掘削等が行われるなどのおそれがあることなどから、高規格堤防特別区域の指定等及び管理協定の締結を行うことなどによって、より適切に管理すること

(エ) 高規格堤防整備事業が、その整備に相当程度の期間と費用を要する事業である一方で、通常堤防の整備や堤防強化対策は、治水上、早期の完成が望まれることから、通常堤防の整備や堤防強化対策の優先的な実施を検討すること

カ 利根川水系における治水事業において、20年から30年程度の間の整備の目標である河川整備計画を早期に策定して、その河川整備計画に基づき洪水調節施設、河道及び堤防の整備を連携して、計画的に行うこと

(3) 事業費の推移及び事業計画の変更等に伴う見直し等の状況

 ダム建設事業、放水路等事業及び遊水地等事業において、計画事業費や事業期間が当初の見込みより大幅に増額されたり、延長されたりしているものがあることなどから、今後は計画事業費の増減の詳細な要因と内訳、事業期間の変更の詳細な要因等を調査・分析して、事業の実施や計画変更について、事業実施の可否も含めて、適時適切に検討すること

イ 放水路等事業において、説明責任を果たせるよう、住民等からの要望等についても、事業の実施等に役立てるため、要望書や議事録等の関係書類を適切に保存すること

ウ 高規格堤防整備事業において、計画事業費を明記した地区別事業計画書を作成し、事業計画の変更時には、計画事業費についても適切に見直すこと

(4) 事業再評価時における投資効果等の検討の状況

ア 放水路等事業、導水路事業、遊水地等事業及び斐伊川水系における治水事業において、事業再評価に当たっては、説明責任を果たせるよう総費用及び総便益の算定根拠等の関係資料を整備するとともに、費用対効果分析の算定基礎となった要因の変化の分析を的確に行えるようにすること

イ 遊水地等事業において、同事業を実施する河川等における治水事業全体を対象とした評価を行うだけでなく、事業単体でも事業再評価等を行うこと

ウ 高規格堤防整備事業において、地区別の事業再評価等を実施するために、高規格堤防の目的、効果等を考慮した評価手法について、更なる検討を行い、早急に確立すること

 本院としては、今後とも、大規模な治水事業の実施において、事業の必要性等の検討や進捗状況等について、多角的な観点から引き続き検査していくこととする。