労働者災害補償保険は、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)に基づき、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病等に対して療養補償給付、休業補償給付等の保険給付等を行うものである。このうち、休業補償給付は、業務上の負傷又は疾病による療養のため労働することができない労働者(以下「被災労働者」という。)に対して賃金を受けていない日について支給するものであり、その支給額は、給付基礎日額(注)の100分の60に相当する額に、賃金を受けていない日数(以下「休業日数」という。)を乗じて算定することとなっている。
そして、休業補償給付は、被災労働者が、その支給の原因となった傷病と同一の事由により、厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)の規定による障害厚生年金又は国民年金法(昭和34年法律第141号)の規定による障害基礎年金(以下、これらを合わせて「障害厚生年金等」という。)の支給を受けることができる場合は、給付基礎日額の100分の60に相当する額に、障害厚生年金等の種類の別に定められた調整率(0.73から0.89までの率)を乗じて得た額に減額して支給することとなっている(以下、調整率を乗じて減額することを「併給調整」という。)。
休業補償給付の支給を受けようとする被災労働者は、同一の事由により障害厚生年金等の支給を受ける場合は、休業補償給付に係る請求書(以下「請求書」という。)に障害厚生年金等の支給を受けることとなった年月日、支給額等を記載するなどして、この請求書を労働基準監督署長(以下「監督署長」という。)に提出することとなっている。また、休業補償給付の支給を受けている被災労働者は、療養の開始後1年6か月を経過した場合、監督署長に対して、障害厚生年金等の受給の有無等を記載した届書を提出したり、毎年1回、傷病の状態等を記載した報告書を提出したりすることとなっている。
そして、上記請求書等の書類の提出を受けた監督署長は、その内容を調査確認するなどして、同一の事由により障害厚生年金等の支給を受けている被災労働者については併給調整を行った上で、休業補償給付の支給決定を行うこととなっている。
本院は、合規性等の観点から、休業補償給付の支給を受けている被災労働者に対して同一の事由により障害厚生年金等が支給されている場合に休業補償給付の併給調整が適正に行われているかなどに着眼して、全国47都道府県労働局の321労働基準監督署のうち、6都道府県労働局管内の27労働基準監督署において、請求書、支給決定決議書、届書等の書類を確認するなどして会計実地検査を行った。
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
神奈川労働局(平成12年3月31日以前は神奈川労働基準局)管内の相模原労働基準監督署(以下「相模原署」という。)は、管内の事業場に勤務していた労働者Aから、4年8月から25年2月までの間に計216回にわたり請求書の提出を受けて、4年2月から25年1月までの間の休業日数計6,606日に係る休業補償給付計42,318,030円の支給決定を行い、これに基づいて厚生労働本省(23年4月以前は相模原署)がAに対して同額の休業補償給付を支給していた。そして、相模原署は、支給決定に当たり、Aから提出された請求書には障害厚生年金等の支給を受けることとなった旨の記載がなかったことなどから、併給調整を行っていなかった。
しかし、10年2月にAから提出されていた書類には、9年1月から障害厚生年金等の支給を受けることとなった旨の記載があったことから、相模原署を通じて、年金事務所及びAに対して障害厚生年金等の受給状況を確認したところ、Aは同月から障害厚生年金等の支給も受けていて、その支給要件は休業補償給付の支給を受ける原因となった傷病と同一の事由によるものであった。
したがって、9年1月以降の休業日数計5,661日に係る休業補償給付の支給決定に当たっては、併給調整を行う必要があったと認められ、同月から25年1月までの間に係る休業補償給付について併給調整を行ったとして適正な休業補償給付の支給額を算定すると32,403,102円となり、前記の休業補償給付42,318,030円との差額9,914,928円は支給が適正でなく、不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、相模原署において、Aから提出された書類の内容の調査確認が十分でなかったことなどによると認められる。
なお、本院の指摘により、この適正でなかった支給額のうち、時効が成立しているものを除いた3,152,688円については、返還の処置が執られた。