(平成25年3月26日付け 厚生労働大臣宛て)
標記について、下記のとおり、会計検査院法第34条の規定により是正の処置を要求し及び是正改善の処置を求め、並びに同法第36条の規定により意見を表示する。
記
貴省は、医療保障制度の一環として、健康保険法(大正11年法律第70号)、国民健康保険法(昭和33年法律第192号)、高齢者の医療の確保に関する法律(昭和57年法律第80号)等(以下、これらを「医療保険等各法」という。)に基づく医療保険制度及び原則として75歳以上の後期高齢者を対象とする後期高齢者医療制度を所管している。これらの制度においては、医療保険等各法に規定する保険者又は後期高齢者医療広域連合(以下「広域連合」といい、保険者と広域連合とを合わせて「保険者等」という。)が被保険者(被扶養者を含む。以下同じ。)に対して療養の給付等の医療給付を行っている。そして、医療給付において、医療機関又は薬局(以下、これらを「医療機関等」という。)が被保険者に診察、治療等の診療又は薬剤の支給等を行った際は、保険者等及び被保険者がこれらの費用を分担して支払うことになっており、その手続は次のとおりとなっている。
国は、医療保険等各法により、市町村(特別区、一部事務組合等を含む。以下同じ。)が行う国民健康保険については原則として医療費の額の34%を療養給付費負担金として、国民健康保険組合(以下「国保組合」という。)が行う国民健康保険については原則として医療費の額の32%を療養給付費補助金として、全国健康保険協会が行う全国健康保険協会管掌健康保険については医療費の額の16.4%(平成22年6月30日以前は13%)を全国健康保険協会保険給付費等補助金として、広域連合が行う後期高齢者医療制度については原則として医療費の額の12分の3を後期高齢者医療給付費負担金として、それぞれ各保険者等(23年度末現在で1722市区町村等、164国保組合、全国健康保険協会、47広域連合の計1934保険者等)に交付している。
また、後期高齢者が医療機関等で診療を受けるなどした際の患者負担分は、原則として診療報酬等の1割の額とされているが、診療を受けた日の属する年の前年の所得等が一定額以上の後期高齢者については、診療報酬等の3割の額とされている。そして、国は、前者の医療費については、上記のとおり、医療費の額の12分の3を後期高齢者医療給付費負担金として交付しているが、後者の医療費については、各保険者が納付する支援金等で負担することとなっていることから、同負担金の交付対象としていない。
前記の負担金又は補助金(以下、これらを「国庫負担金」という。)の交付手続については、①交付を受けようとする保険者等は都道府県に交付申請書等を提出して、②都道府県は、その内容を審査の上、貴省に提出して、③貴省はこれに基づき交付決定を行い、保険者等に国庫負担金を交付することとなっている。そして、④当該年度の終了後に、保険者等は都道府県に事業実績報告書を提出して、⑤これを受理した都道府県は、その内容を審査の上、貴省に提出して、⑥貴省はこれに基づき交付額の確定を行うこととなっている(注1)。
保険者等は、被保険者が加入していた医療保険等の被保険者資格を喪失した後にその被保険者証を提示するなどして医療機関等で診療を受けるなど、被保険者であった者(以下「資格喪失受診者」という。)の責に帰する事由により医療費の過誤払を行った場合には、資格喪失受診者に対して、不当利得による返還金として、保険者等が医療機関等に支払った医療費の額と同額を請求することとなっている。そして、資格喪失受診者は、返還金を当該保険者等に支払った後、同額を新たに加入した医療保険等の保険者等に請求して受領することになる。
このように、医療保険等の被保険者資格の喪失に伴い医療費を支払う保険者等が変更になった場合には、被保険者が当該医療費を一旦立て替えることになっている。
後期高齢者医療制度では、所得の修正申告等により患者負担分の割合が1割から3割又は3割から1割に遡って変更された場合等は、広域連合は、それに伴い発生した患者負担分の差額分について、患者である被保険者に対して返還金の支払を請求し又は還付金の支払を行うことになる。
保険者等は、これらの返還金等の発生を保険者点検等により把握するとともに、把握した返還金について、納入義務者、債権額等が確定したときには、地方自治法(昭和22年法律第67号)等に基づき、当該年度に収納されるか否かにかかわらず調査及び決定(以下「調定」という。)を行い、自らの債権として管理することとなっている。そして、資格喪失受診者等の納入義務者に対して、返還金を納付すべき旨を通知し、納付されない場合には、電話や文書による督促、戸別訪問等を実施するなどして、その回収を行うこととしている。
国民健康保険において返還金が発生した場合の国庫負担金の算定方法については、「第三者行為に伴う損害賠償金等に係る療養に要した費用の取扱いについて」(昭和40年保険発第124号厚生省保険局国民健康保険課長通知)等により、調定するなどした返還金の額は国庫負担金の対象費用から控除することとするなど具体的に示されている。
一方、全国健康保険協会管掌健康保険及び後期高齢者医療制度において返還金が発生した場合の国庫負担金の算定方法については、同様に取り扱うことになっているが、そのことが具体的に示されている通知等はない。
本院は、保険者において返還金に係る債権の管理等が適切に行われていない事態が見受けられたことから、昭和58年に厚生大臣に対して会計検査院法第34条及び第36条の規定により処置を要求し、これを受け、貴省は、都道府県等に対して通知を発するなどして改善を図ったとしている。しかし、国民の高齢化等に伴う医療保険制度の変更や財政の悪化等、その後の保険者等を取り巻く環境は大きく変化している。
そこで、本院は、合規性、効率性等の観点から、保険者等において、被保険者資格の喪失等に伴い発生した返還金に係る債権の把握、管理及び回収が適切に行われているか、また、返還金が発生した場合、国庫負担金の算定及び交付が適正に行われているかなどに着眼して、貴省本省において会計実地検査を行うとともに、26都道府県(注2)管内の154市区町、3国保組合及び26広域連合並びに全国健康保険協会(12支部)、計184保険者等において、平成21年度から23年度までの間に発生した返還金について、債権管理簿、事業実績報告書等の関係書類により会計実地検査を行った。
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
返還金に係る債権の把握、管理及び国庫負担金の算定等の状況についてみると、138保険者等(114市区町(注3)、1国保組合(注4)及び23広域連合(注5))においては、次のア及びイのとおり、返還金に係る債権の把握及び管理が適切に行われていなかったことなどから、国庫負担金の算定が適正に行われておらず、24年3月末時点で国庫負担金計15億6888万余円が過大に交付されていた(20広域連合についてはアとイの両方の事態に該当していた。)。
114市区町、1国保組合及び20広域連合においては、返還金を把握していなかったり、把握していたものの、前記のとおり調定した返還金の額は国庫負担金の対象費用から控除しなければならないことなどから、債権額等の確定時ではなく現金の収納後に調定するいわゆる「事後調定」を行うこととしており、調定を速やかに行っていなかったりしていた。また、調定を行っていたのに、当該調定額の一部を国庫負担金の対象費用から控除していないものもあった。
これらの結果、国庫負担金計3億3459万余円が過大に算定され、交付されていた。上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
川崎市の国民健康保険の被保険者であったAは、平成23年1月1日に遡ってB健康保険組合に加入したとして、同年5月30日に、同市に国民健康保険の被保険者資格喪失届を提出していた。一方、Aは、国民健康保険の被保険者資格を喪失した日である同年1月2日以後に、国民健康保険の被保険者証を提示して医療機関等で診療を受けるなどしていた。そこで、同市はAに対して返還金として計32,375円を納付期限までに納付するよう納入通知書を送付したが、当該返還金は納付期限までに収納されなかった。そして、同市は、返還金について現金の収納後に調定する取扱いをしていたことから、当該返還金について調定を行っておらず、これを国庫負担金の対象費用から控除していなかった。この結果、当該返還金に係る国庫負担金計11,007円が過大に算定され、交付されていた。
そして、同市において上記と同様な事態がほかにも多数見受けられ、21年度から23年度までの間に発生し、同市が金額が確定した時点で調定を行っていなかった返還金(上記の返還金計32,375円を含む。)は、23年度末までに収納され事後調定が行われたものを除き、計69,757,607円に上っており、この結果、これらの返還金に係る国庫負担金計23,717,585円が過大に算定され、交付されていた。
23広域連合においては、後期高齢者である被保険者の所得の修正申告等に伴い患者負担分の割合が遡って変更されたことなどにより発生した返還金又は還付金を把握していなかったり、返還金等を把握していたものの、被保険者に対して返還金等の請求等しか行わず、当該医療費を国庫負担金の対象費用に含めたままにしたりしていた。
これらの結果、還付金に係る国庫負担金の過小分を差し引いても、国庫負担金計12億3429万余円が過大に算定され、交付されていた。
また、返還金に係る債権の回収状況についてみると、検査した184保険者等において21年度から23年度までの間に発生していた返還金は、本院の検査により保険者等が把握したものや保険者等が既に把握していたが調定を行っていなかったものを含めて、計110億4857万余円となっていた。
しかし、このうち発生年度内に回収されていた額は計62億5029万余円(保険者等の平均回収率66.1%)であり、残りの計47億9828万余円は、163保険者等(135市区町、1国保組合、26広域連合及び全国健康保険協会)において、各年度末時点でそれぞれ未回収となっており、債権の回収が速やかに行われていなかった。
上記のように、返還金に係る債権の把握及び管理が適切に行われていないことから国庫負担金が過大に算定され、交付されている事態は適切とは認められず、是正及び是正改善を図る要があると認められる。また、保険者等において、返還金に係る債権の回収が速やかに行われていない事態は適切とは認められず、改善を図る要があると認められる。
このような事態が生じているのは、次のようなことなどによると認められる。
医療保険制度及び後期高齢者医療制度は、我が国の社会保障の中核を成す医療保障制度であり、国民の高齢化等に伴い国民医療費が増加の一途をたどっていることなどから、医療保障制度の適正な運用や健全な運営がこれまで以上に強く求められている。
ついては、貴省において、国庫負担金の算定及び交付が適正でなかったものについて、保険者等に対して速やかに適正な額による算定を行わせるなどして、過大となっていた国庫負担金を返納するよう是正の処置を要求する。あわせて、国庫負担金の算定及び交付が適正に行われることとなるようアのとおり是正改善の処置を求めるとともに、返還金に係る債権の回収が速やかに行われるようイのとおり意見を表示する。