(平成25年10月24日付け 農林水産大臣宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
貴省は、「鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律」(平成19年法律第134号。以下「法」という。)等に基づき、鳥獣の生息分布域の拡大等に伴い全国的に深刻化している農林水産業等に係る被害の防止のための施策を総合的かつ効果的に推進することとしている。
そして、貴省は、平成20年度から、鳥獣被害防止総合対策交付金実施要綱(平成20年19生産第9423号農林水産事務次官依命通知。以下「要綱」という。)等に基づき、鳥獣被害防止総合支援事業(以下「支援事業」という。)について、鳥獣被害防止総合対策交付金を交付している。
要綱等によると、支援事業は、主に市町村ごとに設立され、市町村等の地方公共団体、集落の代表者等で構成される協議会等が事業主体となって、市町村等が作成する被害防止計画に基づき、鳥獣による被害の防除等の取組を総合的かつ計画的に実施する事業とされている。
貴省は、同交付金を、20、21両年度は支援事業を実施する事業主体に対して直接、22年度以降は事業主体に補助金等を交付する都道府県に対して交付している。さらに、24年度においては、支援事業に加えて、鳥獣被害防止施設緊急整備事業として鳥獣による被害の防除のため緊急に実施する事業について、支援事業と同様に「農山漁村活性化対策整備交付金(鳥獣被害防止施設緊急整備事業)」を交付している(以下、鳥獣被害防止総合対策交付金及び「農山漁村活性化対策整備交付金(鳥獣被害防止施設緊急整備事業)」を合わせて「交付金」、支援事業及び鳥獣被害防止施設緊急整備事業を合わせて「支援事業等」という。)。
要綱等によると、支援事業等には、対象鳥獣の個体数調整等を行う推進事業及び鳥獣被害防止施設、捕獲鳥獣の処理加工施設等の整備を行う整備事業(以下「整備事業」という。)があり、鳥獣被害防止施設の主なものとして侵入防止柵がある。
また、都道府県は、22年度以降、支援事業等の効果的な推進が図られるよう、事業主体に対して指導等を行うものとされている。
要綱等によると、整備事業を実施する場合には、施設の整備による全ての効用によって全ての費用を償うことが見込まれるものでなければならないとされており、このため、投資に対する効果が適正か否かを判断し、投資が過剰とならないよう、費用対効果分析を実施して投資効率等を十分に検討するものとされている。そして、事業実施計画において、計画している施設に係る投資効率の算出プロセス及び根拠が適切であること、また、投資効率が1.0以上であることが求められている。
また、要綱等によると、費用対効果分析については「鳥獣被害防止総合対策交付金における費用対効果分析の実施について」(平成20年19生産第9426号農林水産省生産局長通知。以下「費用対効果分析通知」という。)に基づき実施するものとされ、投資効率の算定式は、次のとおりとされている。
投資効率={妥当投資額(年効果額(千円)の合計÷還元率(注1))
−廃用損失額(注2)(千円)}÷総事業費(千円)
そして、整備事業における年効果額の算定の基礎となる効果の主なものとして生産減収被害防止効果がある。これは、侵入防止柵の設置等によって、受益地区での鳥獣による農作物等に係る被害(以下「被害」という。)に伴う生産量の減少が防止される効果であり、次の算定式により作物ごとに算出し合算したものとされている。
生産減収被害防止効果(千円)=受益面積(ha)×被害面積率(%)
×(平年単収(t/ha)−被害単収(注3)(t/ha))×現在単価(千円/t)
そして、年効果額の算定は、「整備事業で対象とする施設別単位で行うことを基本とする」とされており、侵入防止柵と捕獲鳥獣の処理加工施設のように異なる種類の施設については、別々に算定することになっている。さらに、算定の基礎となる数値は、農林業センサス等の基幹統計、農林水産物に関する各種の調査等であって、可能な限り公表されている数値を活用することなどとされている。
また、23年度から、侵入防止柵等を農家・地域住民等が参加して直営施工により設置するため資材費のみを交付対象経費とする場合であっても、投資効率の算定に用いる総事業費については、資材費に労務費等を加えて算出することとされている。
法第13条の規定によると、国及び地方公共団体は、被害防止施策を総合的かつ効果的に実施するため、鳥獣による農林水産業等に係る被害の状況等に関し必要な事項について調査を行うものとされており、この調査結果については、被害防止計画の作成等に活用しなければならないとされている。
そして、上記の調査については、「野生鳥獣による農作物の被害状況調査要領」(平成19年19生産第3909号)において具体的な方法等が示されていて、農業共済組合へ照会したり、農業協同組合等からの聞き取りや可能な限り現場確認を行ったりすることなどにより、各市町村全体における被害状況の把握に努めるものとされている。
整備事業による鳥獣被害防止施設の設置に係る交付金は、22年度から24年度までの間に計189億9465万余円と多額に上っており、今後も継続して交付されることが見込まれる。
そこで、本院は、有効性等の観点から、費用対効果分析は、要綱、費用対効果分析通知等(以下、これらの通知を合わせて「実施要綱等」という。)に基づき、客観的な数値を活用するなどして適切に実施されているかなどに着眼して、1県(注4)及び30道府県(注5)管内の116協議会等の計117事業主体において、22年度から24年度までの間に実施された整備事業による侵入防止柵の設置(交付対象事業費計80億0004万余円、交付金計66億0813万余円)を対象として、事業実施計画書、投資効率の算定に係る資料等を確認するなどして会計実地検査を行った。
101事業主体(交付対象事業費計72億2081万余円、交付金計59億7702万余円)
年効果額の算定の基礎となる効果の主なものである生産減収被害防止効果について、算定するための被害面積率、被害単収等の数値を得るためには、侵入防止柵の設置により効果を受ける受益面積における被害状況の調査が必要となる。
しかし、その方法については、前記のとおり、費用対効果分析通知において、年効果額の算定の基礎となる数値は可能な限り公表された数値を活用することなどが規定されているのみで、法第13条に基づく被害状況の調査のようには具体的に調査方法が規定されていない。
そこで、事業主体において被害状況の調査をどのように実施しているかについてみたところ、検査の対象とした117事業主体のうち16事業主体においては、ほ場単位又は農家単位で被害状況を把握し、被害箇所を全て現地確認したり、被害に対して農業共済組合が支払った共済金に関する資料や農業協同組合への出荷量に関する資料を活用したりしていて、被害状況を示す根拠が明確になっていた。
しかし、残りの101事業主体においては被害状況を示す根拠が明確になっておらず、費用対効果分析の適否が確認できない状況となっていた。これらのうち、主な態様を示すと次のとおりである。
36事業主体においては、農家等に対する聞き取りは行っていたものの、現地確認、農業共済組合及び農業協同組合への照会等の調査を全く行っていなかったり、農業共済組合等から被害状況に関する情報提供を受けたものの、これらを活用していなかったりしていた。
34事業主体においては、被害状況はほ場ごとに異なるのに、集落等の地区の代表者に調査を行って地区全体の被害状況を把握することしか行っておらず、ほ場単位等では被害状況を把握していなかった。
12事業主体においては、被害状況はほ場ごとに異なるのに、明確な根拠に基づくことなく、協議会の管内の全ての集落等の地区に対して一律の被害面積率又は被害単収を適用していた。
<事例1>
小林市有害鳥獣連絡協議会(宮崎県小林市所在。平成23年度の交付対象事業費6,902,930円、交付金同額)は、被害状況を把握するに当たり、集落等の地区の代表者が集まった総会において話合いにより被害面積率を一律2割と議決するなどして、生産減収被害防止効果を算出し、投資効率(3.31)を算定していた。
7事業主体においては、被害状況の調査結果や被害面積率、被害単収等の算出過程の資料等が保存されていなかったため、被害状況に係る数値等を客観的に検証できなくなっていた。
26事業主体(投資効率が1.0を下回っている地区に係る交付対象事業費相当額計7億4968万余円、交付金相当額計6億8062万余円)
年効果額の算定は、実施要綱等において、「整備事業で対象とする施設別単位で行うことを基本とする」と規定されているのみで、同種の施設を複数の箇所において整備する場合に、事業主体全体を一つの単位として費用対効果分析を実施するのか、又は整備する個々の箇所ごとに実施するのかなどについて明確に規定されていない。
一方、侵入防止柵は、ほとんどの場合、一つの事業主体が、広範囲にわたって分散した集落等の地区ごとにそれぞれ設置しており、その場合、侵入防止柵の設置に係る効果及び費用は当該地区等ごとに生じることとなる。
そこで、事業主体において侵入防止柵の設置に係る費用対効果分析をどのような単位で実施しているかについてみたところ、検査の対象とした117事業主体のうち86事業主体においては、集落等の地区ごとに農作物、対象鳥獣の出没状況、被害状況等が異なるとの理由から、地区ごとに費用対効果分析を実施し、それぞれの地区において投資効率が1.0を上回るとしていた。
しかし、残りの31事業主体においては、費用対効果分析を事業主体全体又は市町村全体を一つの単位として実施して投資効率が1.0を上回るとしており、集落等の地区を単位として投資効率を試算するなどしたところ、26事業主体の延べ1,330地区のうち延べ322地区で投資効率が1.0を下回っていた。
<事例2>
朝倉市鳥獣被害防止対策協議会(福岡県朝倉市所在。平成23、24両年度の交付対象事業費計32,894,912円、交付金計同額)は、協議会の管内全体を一つの単位として費用対効果分析を実施して、投資効率を23年度1.42、24年度2.49としていた。しかし、集落等の地区を単位として投資効率を試算したところ、23年度において35地区のうち25地区(投資効率は0.93から0.05)、24年度において42地区のうち5地区(投資効率は0.92から0.46)において、投資効率が1.0を下回っていた。
32事業主体(交付対象事業費計20億9995万余円、交付金計19億1860万余円)
23年度以降に、侵入防止柵を直営施工により設置して、資材費のみを交付金の交付対象経費とした事業において、労務費等を加えないで資材費のみを総事業費として、投資効率を過大に算定しているものが、32事業主体において見受けられた。
前記のとおり、整備事業による侵入防止柵の設置に係る費用対効果分析を実施するに当たり、被害状況を示す根拠が明確でなかったり、事業主体全体又は市町村全体を一つの単位として投資効率を算定しているものについて、地区単位で投資効率を試算すると1.0を下回る地区が多数あったり、総事業費に労務費等を加えないで投資効率を算定したりしている事態は適切とは認められず、改善を図る要があると認められる。
このような事態が生じているのは、次のことなどによると認められる。
貴省は、25年度以降も引き続き支援事業について交付金を交付することとしている。
ついては、貴省において、鳥獣による農林水産業に係る被害の防止のための施策を総合的かつ効果的に推進するため、投資効率を十分に検討することの重要性を踏まえ、費用対効果分析が適切に実施されるよう、次のとおり改善の処置を要求する。