(平成25年3月28日付け 防衛省海上幕僚長宛て)
標記について、会計検査院法第34条の規定により、下記のとおり是正の処置を要求し及び是正改善の処置を求める。
記
貴自衛隊が運用している18隻の潜水艦は、航行等に必要な電力を得るために、それぞれ2基の潜水艦用ディーゼル機関(以下「ディーゼル機関」という。)を装備している。ディーゼル機関には、ピストンとクランク軸を連接するための連接棒が12本あり、連接棒とクランク軸との連接箇所である連接棒大端部12か所には、軸受裏金、軸受メタル及びオーバーレイの3層から成る連接棒大端部軸受(2分割されている部品を組み合わせて、環状にして使用する部品。以下「軸受」という。)が装着されている(参考図参照)。
参考図 潜水艦用ディーゼル機関の概念図等
ディーゼル機関は、装備施設本部(平成18年7月30日以前は契約本部。以下「装本」という。)が川崎重工業株式会社(以下「川崎重工」という。)と締結した潜水艦用発電機製造請負契約(以下「製造契約」という。)により調達されている。そして、製造契約において、川崎重工は、①着工前に製造に必要な図面等の承認用図書を装本に提出して、支出負担行為担当官等の承認を受けること(以下、承認を受けた承認用図書を「承認図書」という。)、②承認済事項について変更する必要が生じたものについては、変更した承認用図書を作成して、支出負担行為担当官等の承認を受けること、③仕様書、承認図書等(以下、これらを合わせて「仕様書等」という。)に従いディーゼル機関を製造し納入することなどとされている。また、これらの承認に先立ち、貴自衛隊(海上幕僚監部)は、承認用図書の内容についての審査を行うことになっている。
貴自衛隊は、潜水艦の定期検査や年次検査等(以下「定期検査等」という。)において、軸受の状態がディーゼル機関の取扱説明書に示されている摩耗限度等に関する交換基準に達している場合等に、軸受を交換している。そして、交換用の軸受を調達するには、①艦船補給処(以下「艦補処」という。)が川崎重工と軸受製造契約を締結して官給用として調達する場合と、②横須賀、呉両地方総監部が定期検査等のために締結する艦船修理契約の中で、その契約相手方である株式会社川崎造船等3造船会社(注1)に調達させる場合とがあり、いずれの場合も、艦補処及び横須賀、呉両地方総監部(以下「艦補処等」という。)が、仕様書において、契約時における最新の承認図書に記載されている軸受を指定して契約している。
貴自衛隊は、20年6月及び7月に、潜水艦2隻のディーゼル機関において軸受及びピストンの損傷(以下「損傷事故」という。)が相次いで発生したことに伴い、潜水艦の定期検査等をそれぞれ実施した三菱重工業株式会社及び株式会社アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド(以下「両会社」という。)における作業上の瑕疵の有無等を検討するため、両会社に損傷原因の調査を行わせた。両会社は、ディーゼル機関の製造会社である川崎重工に調査を依頼して、川崎重工から、損傷原因に係る調査報告書の提出を受けた。そして、貴自衛隊は、同年10月及び12月に、両会社から調査報告書をそれぞれ受領した。
また、貴自衛隊は、21年3月に、調査報告書の内容を踏まえて軸受の信頼性及び耐久性の向上を図るための改良を行うこととする改善提案書を川崎重工から受領した。
調査報告書及び改善提案書によれば、損傷事故の主因は、川崎重工が12年に軸受の製造をそれまでとは別の下請製造会社(以下「変更後の下請製造会社」という。)に変更していたことによって、変更後の下請製造会社が製造した軸受のオーバーレイの厚さが、図面規格値内ではあったものの薄めになっていたことなどにより、軸受の耐摩耗性等が低下したためであるとされていた。
また、①変更後の下請製造会社が軸受裏金の材質を変更していたこと(以下、変更前の材質の規格を「A規格」、変更後の材質の規格を「B規格」という。)、②B規格の材質を用いた軸受(以下「B軸受」という。)はA規格の材質を用いた軸受(以下「A軸受」という。)よりも短時間で張り(注2)が減少するため、取扱説明書に示された張りがなくなった場合に軸受を交換する基準(以下「交換基準」という。)に早く達すること、③張りは損傷事故とは関連がないことなどが記載されていた。
そして、貴自衛隊は、改善提案書を受けて、当時運用中の潜水艦のうち、除籍を間近に控えた2隻を除く16隻の潜水艦のディーゼル機関計32基に装着されていたB軸受計384組について、21年8月から23年4月までの間に、貴自衛隊の費用負担によりオーバーレイの厚みを増したり、軸受裏金の材質をB規格からA規格相当(注3)に変更することにより張りの持続性を向上させたりして、下請製造会社の変更前のA軸受と同等になるよう改良した軸受(以下「改良軸受」という。)に交換していた。
なお、17年度から19年度までの間に装本が川崎重工と締結した製造契約3件により納入されたディーゼル機関の軸受については、川崎重工からの申入れにより、川崎重工の費用負担で改良軸受に交換されていた。
貴自衛隊が調達した物品等の瑕疵に係る処理は、海上自衛隊補給実施要領(平成13年補本装補第509号。以下「要領」という。)により行うこととなっており、分任物品管理官は、瑕疵に該当するものとして異常、不具合等を発見し又は報告を受けた場合には、異常の内容等について契約担当官等に通知等することとされている。
一方、装本が調達した物品等の瑕疵に係る処理は、契約事務に関する達(平成18年装備本部達第4号。以下「達」という。)等により行うこととなっており、装本は、部隊等の物品管理官等から契約物品の瑕疵修補等の処理に関する調整の申入れがあった場合には、この調整に協力することとされている。
また、契約物品に瑕疵がある場合には、軸受製造契約については契約物品の納入日から1年以内に、艦船修理契約については検査合格の日から6か月以内に、製造契約については契約物品を搭載する潜水艦の引渡しから1年以内に、それぞれ代金の減額や瑕疵によって生じた損害の賠償を請求できることなどがそれぞれの契約条項で定められている。
本院は、合規性等の観点から、変更後の下請製造会社により製造された軸受の瑕疵、損害等の有無について、貴自衛隊が損傷事故の発生後に、迅速かつ適切に調査及び検証を行っているかなどに着眼して検査した。
軸受の下請製造会社が変更された12年以降に艦補処等及び装本が締結した契約のうち、本院が確認することができた36件の契約により納入された軸受計1,010組(代金相当額計1億7205万余円。表参照)を対象として、海上幕僚監部、艦補処等及び装本において、契約関係書類を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、川崎重工においても、調査報告書等の内容を確認するなどして検査を行った。
表 検査の対象とした軸受の調達に係る契約
契約種類 | 契約機関 | 契約年度 | 契約件数 | 契約金額 | 調達した軸受数 | 軸受に係る代金相当額 |
---|---|---|---|---|---|---|
軸受製造契約 | 艦補処 | 平成 14〜20 |
件 7 |
千円 638,754 |
組 555 |
千円 93,176 |
艦船修理契約 | 横須賀、呉両地方総監部 | 18〜20 | 25 | 20,512,864 | 356 | 66,915 |
製造契約 | 装本 | 13〜16(注) | 4 | 7,576,800 | 99 | 11,966 |
計 | 36 | 28,728,419 | 1,010 | 172,058 |
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
軸受に係る承認図書の図面の履歴をみると、昭和62年度に軸受裏金の材質にA規格を用いることが承認されてから平成20年度までの間、使用する材質の変更に係る装本の承認は行われておらず、A軸受が納入されることとなっていた。
しかし、前記のとおり、調査報告書及び改善提案書によれば、下請製造会社の変更後に、軸受裏金の材質がA規格からB規格に変更されていたことから、川崎重工は、承認が行われていないB軸受を貴自衛隊に納入していたことになる。
このことについて、貴自衛隊は、前記の軸受製造契約7件により納入された軸受計555組及び艦船修理契約25件により納入された軸受計356組、合計911組は、変更後の下請製造会社が製造した軸受であったとしている。
また、川崎重工によれば、装本と締結した製造契約において、変更後の下請製造会社が製造した軸受を初めて納入した実績は13年度に締結した契約であったとしており、装本が13年度から16年度までの間に締結した製造契約4件により納入された軸受計99組も変更後の下請製造会社が製造した軸受であったと認められる。
以上のことから、これらの軸受合計1,010組は、承認されておらず仕様書等に適合していないB軸受であった可能性が極めて高いと認められる。
調査報告書等には、前記のとおり、下請製造会社の変更後、軸受裏金の材質がA規格からB規格に変更されていたことが記載されていた。
しかし、貴自衛隊は、損傷事故の主因とされなかった軸受裏金の材質には着目していないなど、調査報告書等の内容を十分に検証しておらず、納入されたB軸受が仕様書等に適合していないという事実を看過していた。
また、調査報告書等に、B軸受はA軸受よりも短時間で張りが減少するため交換基準に早く達することが記載されていた。そこで、本院において、定期検査等の検査記録等により、18年度から22年度までの間に張りが交換基準に達していたことを理由の一つとして交換されていた軸受のうち、当該軸受の使用時間数を算定することができたB軸受計209組について確認したところ、従前のディーゼル機関の取扱説明書において損耗状態等にかかわらず無条件で軸受を交換するとされている運転時間数の10%にも満たない時間数で交換基準に達していた軸受が153組見受けられた。このことから、B軸受は、調査報告書等にあるとおり、短時間で張りが減少し、早期に交換基準に達していた可能性が高いと認められる。
以上のことから、軸受合計1,010組(代金相当額計1億7205万余円)は、その全数がB軸受であった可能性が極めて高く、そのため早期に交換基準に達していた可能性も高いと認められる。したがって、貴自衛隊は、そのことについて調査及び検証を行い、早期に交換基準に達していた場合等における損害の有無等を確認する必要があったのに、それらについて確認しておらず、契約の適正な履行を確保するための処理が適切に実施されていない事態となっていた。
上記のように、貴自衛隊において、艦補処等及び装本が締結した契約により納入された軸受が仕様書等に適合していなかったことを調査報告書等により把握することができたにもかかわらず、その事実を看過して、瑕疵の有無、B軸受において短時間で張りが減少し、早期に交換基準に達していた場合等における損害の有無等について十分に調査及び検証を行っていなかった事態は適切とは認められず、是正及び是正改善を図る要があると認められる。
このような事態が生じているのは、貴自衛隊において、契約の適正な履行の確保を図ることの重要性等に対する認識が欠けていたため、調査報告書等の内容について十分な検証を行わず、瑕疵、損害等の有無について調査及び検証を行うなどの処理を適切に実施していなかったことなどによると認められる。
潜水艦は、主要な海域の海中において隠密性を保ちながら、長期間の哨戒及び防衛に当たることを任務としており、機器の故障は、潜水艦の運用に支障を及ぼすだけでなく、乗組員の安全にも重大な影響を及ぼすことになる。
したがって、貴自衛隊において今後も多数調達されることが見込まれる潜水艦用の部品については、適正な品質を確保することが特に求められている。
ついては、海上幕僚監部において、契約の適正な履行の一層の確保を図るよう、ア及びイのとおり是正の処置を要求し並びにウのとおり是正改善の処置を求める。