(平成25年10月22日付け 国立大学法人東北大学学長宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり意見を表示する。
記
平成23年3月11日に発生した東日本大震災は、我が国における観測史上最大の規模であるマグニチュード9.0、最大震度7を記録し、東日本の太平洋側を中心に広い範囲で震度5強以上が観測され、東北地方を中心に未曽有の被害をもたらした。貴法人においても、地震の強い揺れにより、研究棟、実験棟等の研究施設だけでなく、研究施設に設置されている研究実験機器等の研究設備(以下「研究設備」という。)も甚大な被害を受けた。貴法人が23年8月に文部科学省に提出した物品被害状況報告書によると、1件当たりの概算被害額が60万円以上の研究設備の被害件数は3,778件、概算被害額の合計額は245億3811万円に上り、貴法人は、被災した国立大学法人の中でも突出して大きな被害を受けていた。貴法人内で最も被害額が大きかった大学院工学研究科(以下「工学研究科」という。)においては、大型の研究設備が転倒や移動による被害を受けたり、机上に設置された小型の研究設備が落下による破損等の被害を受けたりしていた。そして、これらの被害により、研究分野によっては1年から2年という長期の研究実験の停止を余儀なくされていた。
貴法人は、東日本大震災により甚大な被害を受けた研究設備を復旧する災害復旧事業の財源として、平成23年度補正予算(第1号及び第3号)により、国から運営費交付金計268億6827万余円の交付を受けて、被害を受けた研究設備と同一又は同等の研究設備を新たに購入したり、故障箇所を修理したりすることにより、研究設備を逐次再整備するなどして、研究活動を再開させてきた。
貴法人は、貴法人の役員、職員、学生等の生命及び身体並びに貴法人の施設、設備等を災害から保護することを目的に国立大学法人東北大学災害対策規程(平成17年規第185号)を制定している。これによると、各研究科等の事業場の長は、当該事業場の職員のうちから担当者を定め、施設、設備等の安全対策に関する活動を実施したり、当該事業場における災害予防及び災害応急対策のために災害対策マニュアル等の業務要領を定め、職員等に周知したりすることとされている。そして、各事業場の長は、同規程に基づき災害対策マニュアル等を定めて、施設、設備等の安全対策のための一般的な注意事項を示している。
今回のような未曽有の被害からの復旧に当たっては、原状回復を行っていくことが当面の課題となるが、今後も発生し得る大規模災害に備えて、被害の軽減を図る減災の視点に立った取組を速やかに行うことが重要である。貴法人における研究設備の災害復旧事業の実施に当たっても、前記のように被災した国立大学法人の中でも被害が突出して大きいことなどを踏まえて、人的被害の抑制や物的被害の低減、地震被害による研究活動の障害の軽減を図るための取組を効率的に行うため、被害原因、費用対効果等を考慮した上で、研究設備の耐震固定等に係る地震対策(以下「地震対策」という。)を原状回復と併せて適切に講ずる必要がある。
そこで、本院は、効率性、有効性等の観点から、研究設備の災害復旧事業において地震対策が適切に講じられているかなどに着眼して、貴法人が23年4月から24年10月末までに災害復旧事業として締結した研究設備の購入等の契約(契約金額243億5465万余円)を対象として、貴法人において、研究設備が設置されている各キャンパスの研究室等における災害復旧事業の実施状況を確認するとともに、物品被害状況報告書、研究設備の購入等に係る契約書等の関係書類により会計実地検査を実施した。
(検査の結果)検査したところ、次のような事態が見受けられた。
物品被害状況報告書によると、東日本大震災による研究設備の被害の主な原因は、地震の振動による転倒・落下となっていた。しかし、24年7月の会計実地検査時点において、貴法人は、前記の災害対策マニュアル等を定めたり、東日本大震災の被害状況を踏まえた施設等の問題点を報告書にまとめたりしていたものの、研究設備の災害復旧事業の実施に当たって、上記の被害原因等を考慮して、研究設備ごとの耐震固定の方法や設置場所の決定の方法といった地震対策の具体的な実施方法等を研究室等に明示したり、研究設備の購入等の際に地震対策を講ずるよう契約書等に明記したりしておらず、地震対策の実施を全学として促進する取組を行っていなかった。
そこで、研究室等における災害復旧事業の実施状況についてみたところ、東日本大震災による被害を踏まえた地震対策を講じていない研究室等が見受けられ、減災の視点に立った地震対策が十分に実施されていない状況となっていた。
薬学研究科薬学部A棟(仙台市青葉山キャンパス所在)の2階研究室に設置されていた高精密質量分析装置(取得価格2億2499万余円)は、地震の振動により装置が転倒するなどしたため、動作不良となった。
貴法人は、23年11月にこの装置の修理に係る契約(契約金額278万余円)をB社と締結して同年12月に修理を完了していたが、主な被害原因が地震の振動による転倒であったのに、当該研究室において、当該装置の設置台を床に固定するなど転倒防止のために必要な地震対策を講じていなかった。
一方で、研究室等の自主的な取組により、地震対策が適切に講じられている状況も見受けられた。
電気通信研究所ナノ・スピン総合研究棟(仙台市片平キャンパス所在)の4階に設置されていた多機能薄膜材料評価X線回折装置(取得価格3986万余円)は、地震の振動と強い加速により、当該装置が設置されているフリーアクセスパネルが外れるなどして破損した。
貴法人は、23年8月にこの装置の修理に係る契約(契約金額343万余円)をC社と締結して、24年1月に修理を完了していたが、修理に当たっては、同研究所がC社等と相談して、フリーアクセスパネルを金具で補強したり、パネル下のコンクリートまでアンカーボルトを打込んだりする地震対策を講じていた。
貴法人は、24年7月の本院の会計実地検査を受けて、同月に貴法人本部から各部局に通知を発して、研究設備の購入等に当たり、地震対策を講ずることが安全面、費用対効果等から適切と判断される場合には、設備の形状、設置場所、使用用途等から地震対策を講ずることができない研究設備に係る契約を除き、地震対策を講ずるよう契約書等に明記した上で、契約を締結するよう指示していた。
しかし、上記の通知を踏まえた地震対策の取組状況について確認したところ、契約書等には地震対策を講ずるよう明記されていたものの、実際に講じられた地震対策の検討内容を示す記録が貴法人本部や各研究室等に残されていない状況であった。
また、多くの研究設備を保有していて、貴法人内における東日本大震災の被害が最も大きかった工学研究科は、前記の本院の会計実地検査を受けて、早急に地震対策を講ずる必要があるとして、貴法人本部に先行して24年9月に地震対策の目安を策定し、工学研究科等の各研究室等に示して、この目安に基づき地震対策を講ずるよう指示するとともに、各研究室等における地震対策の実施状況を巡視により確認することとしていた。
しかし、工学研究科が25年1月から3月までの間に確認した地震対策の実施状況について同年4月に取りまとめた調査結果によると、工学研究科等の研究室等1,284室のうち、半数の研究設備で適正な地震対策が講じられていないとされた研究室等が176室、ほとんどの研究設備で適正な地震対策が講じられていないとされた研究室等が106室に上るとされていて、地震対策が十分に講じられていない研究室等が、東日本大震災から約2年が経過した時点において見受けられる状況であった。
そして、貴法人は、上記の調査結果以外には各研究室等における地震対策の実施状況を依然として把握できていなかった。
このように、全学としての地震対策への取組が十分でない状況を踏まえると、全学における研究設備を対象として地震対策を適切に講ずるためには、前記の通知のみでは十分でなく、各研究室等が講じた地震対策の実施状況を十分に把握して分析するなどして、その結果を地震対策の具体的な実施方法等を整理した指針の策定等にいかすことが必要であると考えられる。
以上のように、貴法人において、研究設備の災害復旧事業の実施に当たって、全学における地震対策の実施状況を把握するなどした上で地震対策の具体的な実施方法等を示していないなど地震対策の実施を全学として促進する取組を十分に行っていない事態は、減災の視点からみて適切とは認められず、改善の要があると認められる。
(発生原因)このような事態が生じているのは、研究設備に係る標準的な転倒・落下防止策として一般に公表されているものがないことや被害状況が様々であることなどにもよるが、貴法人において、研究設備の災害復旧事業の実施に当たって、減災の視点から地震対策を全学として適切に講ずることの必要性及び重要性についての理解が十分でなかったことなどによると認められる。
貴法人は、東日本大震災により多くの研究施設及び研究設備が甚大な被害を受けて、その被害額は被災した国立大学法人の中でも突出して大きな額となっており、研究活動の継続にも重大な支障が生じた。しかし、日々進歩している科学技術分野においては、地震発生時等においても研究実験の停止期間ができるだけ短くなるようにリスク管理を適切に行うことが求められており、そのためにも、災害復旧に当たっては、人的被害の抑制や物的被害の低減といった減災の視点からの取組が必要となる。
したがって、今後は、東日本大震災の被災地域の中心にあって甚大な被害を受けた総合大学として、貴法人の経験と学術的知見をいかして、減災の視点から他の国立大学法人、学校法人等の教育研究機関においても参考となり得るような地震対策を全学として適切に講じていくことが肝要である。
ついては、貴法人において、減災の視点に立った上で、適切に地震対策を講ずるために、各研究室等が講じた地震対策の実施状況を十分に把握して分析するなどした上で、地震対策の具体的な実施方法等を整理した指針を策定するなど、全学として地震対策を講ずる体制を整備するよう意見を表示する。