株式会社かんぽ生命保険(以下「かんぽ生命」という。)は、保険業法(平成7年法律第105号)等に基づき行う生命保険業務の一環として、がん保険を新商品として販売することとした。そして、かんぽ生命は、がん保険に係る新規契約の受付、保険金の支払等を管理するシステム(以下「契約管理システム」という。)を開発するため、平成20年5月に、ニッセイ情報テクノロジー株式会社(以下「ニッセイIT」という。)と、21年3月を納期とする開発契約を締結し、その後4回の契約変更を経て、22年3月に成果物としてソフトウェア一式等の納品を受けた。
かんぽ生命は、契約管理システムを稼働させるサーバ等については、日本電気株式会社(以下「NEC」という。)のデータセンター内にあるニッセイITのデータセンターのサーバ等を借りて使用するサービス(以下「ホスティングサービス」という。)を利用することにした。
そして、かんぽ生命は、21年10月からがん保険を販売することを想定して、20年11月に、ニッセイITと同月から26年9月までの5年11か月にわたりホスティングサービスを利用する契約(以下「ホスティングサービス契約」という。)を11,608,065,000円で締結した。
かんぽ生命は、ホスティングサービス契約において、20年11月から21年9月までの間は、サーバ等の稼働、オペレーターによる監視、障害対応等を平日の日中に限るとともに、契約管理システムの開発に対応する態勢を整えた状態のサービスを利用することとした(以下、このサービスを利用する期間を「テスト期間」という。)。また、21年10月からは、契約管理システムの開発が完了して、それに対応する態勢を整える必要がなくなる一方、がん保険の販売の開始に伴いサーバ等を利用して夜間にも処理を行うことになるため、サービスを1日24時間受けることとし、22年4月からは、更にサーバ等の99.5%以上の稼働率を保証するサービス品質保証(注)を適用する状態のサービス(以下「本番稼働」という。)を利用することとした。さらに、ホスティングサービス契約の契約書においては、本番稼働の開始時期について、状況に応じて遅らせるなどの条件を付すことなく、22年4月で確定していた。そして、かんぽ生命は、ホスティングサービス契約に係る料金をサービスの状態に応じて支払っている。
かんぽ生命が販売する保険については、郵政民営化法(平成17年法律第97号。以下「民営化法」という。)及び郵政民営化法施行令(平成17年政令第342号。以下「政令」という。)に基づき、被保険者1人について基本契約の保険金額の限度(以下「加入限度額」という。)は1000万円までとすることとされている。
一方、他の保険会社が販売するがん保険の多くは、被保険者に支払われる保険金の総額に上限が設けられていないことから、かんぽ生命は、加入限度額があれば他の保険会社のがん保険に対する競争力を確保できないとの理由から、がん保険を販売するためには、政令の改正がなされて加入限度額に係る規定が変更されることが必要であるとしている。
また、かんぽ生命が新たな種類の保険を販売するに当たっては、民営化法に基づく金融庁長官及び総務大臣の認可並びに保険業法に基づく金融庁長官の認可をそれぞれ得ることとされていることから、がん保険の販売に当たってもこれらの認可が必要となる。
本院は、経済性等の観点から、契約管理システムのホスティングサービス契約のサービス料金は適切なものになっているかなどに着眼して、ホスティングサービス契約を対象として、かんぽ生命本社においてホスティングサービスに関する資料、契約関係書類等により会計実地検査を行った。
検査したところ、かんぽ生命は、ホスティングサービス契約を締結した20年11月時点ではがん保険の販売の条件としている政令の改正が行われていなかったことから、21年3月に金融庁及び総務省に対して政令改正を行うよう要望書を提出したが、25年9月時点においても政令改正は行われていない状況となっている。また、かんぽ生命は、政令改正が行われていないことから、22年2月の経営会議において販売計画を一時中断することとし、がん保険を販売する際に必要となる金融庁及び総務省への認可申請は行っていない。
かんぽ生命は上記の経緯を受けてニッセイITと協議を行い、テスト期間の22年3月末までの延長やサービス内容の縮小等の契約変更を行った。また、かんぽ生命は、NECの支援を受けて契約管理システム以外のシステムを開発するためホスティングサービスを利用することとし、24年10月に、ニッセイITがホスティングサービス契約における契約上の地位をデータセンターの所有者のNECに譲渡することを承諾するとともに、NECが再委託したニッセイITから契約管理システムに係るサービスの提供を受けるとする覚書を3社間で取り交わした。なお、契約管理システム以外のシステムの開発はホスティングサービスのサーバ等を利用して平日の日中のみに行われている。そして、これらの契約変更等により、契約金額を10,960,635,000円とした。しかし、本番稼働の開始時期については、契約書において状況に応じて遅らせるなどの条件を付すことなく22年4月で確定していたため、ニッセイITにおいても同月からの履行のために業務の実施体制を整備したことなどから、本番稼働の開始時期を遅らせる契約変更を行うことができなくなり、かんぽ生命は22年4月から本番稼働の提供を受けていて、24年10月まではニッセイITに、同年11月から25年3月まではNECに計7,336,098,000円を支払っていた。
このように、かんぽ生命は、ホスティングサービスをがん保険の販売に使用していないのに、ホスティングサービス契約に基づき、本番稼働の提供を受けていた。
しかし、ホスティングサービス契約の締結時は、本番稼働の予定時期とした22年4月までに政令改正等の販売の条件が整うことが確実になっていなかったのであるから、政令改正が行われて金融庁及び総務省にがん保険の販売について認可申請したときなどに本番稼働へ移行するように契約内容を取り決めておくべきであったと認められた。
したがって、本番稼働の開始はがん保険の販売の見通しが立つまで行わないこととして22年4月以降もサービスの利用を平日の日中に限ることとした場合の25年3月までのサービス料金は計7,227,471,996円となることから、前記の支払額7,336,098,000円との差額計108,626,004円が過大に支払われていて、不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、かんぽ生命において、ホスティングサービス契約を締結するに当たって、がん保険の販売の条件等が本番稼動の開始時期までに整うことの確実性がなかったのに、整わなかった場合等に備えて対応策を検討していなかったことなどによると認められる。