会計検査院は、平成23年12月7日、参議院から、国会法第105条の規定に基づき下記事項について会計検査を行いその結果を報告することを求める要請を受けた。これに対し同月8日検査官会議において、会計検査院法第30条の3の規定により検査を実施してその結果を報告することを決定した。
国土交通省、農林水産省
公共土木施設等における地震・津波対策の実施状況等に関する次の各事項
本院は、上記の要請により24年次に実施した会計検査の結果について、24年10月17日に、会計検査院長から参議院議長に対して報告し(以下、この報告を「24年報告」という。)、その概要を平成23年度決算検査報告に掲記した(平成23年度決算検査報告参照)。
国の災害対策は、災害対策基本法(昭和36年法律第223号。以下「災対法」という。)に基づき内閣総理大臣を会長として内閣府に設置された中央防災会議が作成する防災基本計画(昭和38年6月策定)を基礎として行われている。そして、同計画に基づき、国の指定行政機関及び指定公共機関は防災業務計画を作成し、都道府県は都道府県地域防災計画を作成し、市町村は市町村地域防災計画を作成している。
災対法によれば、国の指定行政機関は、その責務として、都道府県及び市町村の地域防災計画の作成及び実施が円滑に行われるように、その所掌事務について、当該都道府県又は市町村に対して、勧告し、指導し、助言し、その他適切な措置をとらなければならないとされている。
国土交通省(13年1月5日以前は総理府北海道開発庁、運輸省及び建設省)及び農林水産省は、防災基本計画に基づき、それぞれ防災業務計画を作成し、公共土木施設等の地震・津波対策について重点事項等を定めている。
地域防災計画は、当該地域に係る災害対策の基本となるものであり、災害の規模、緊急性等により国及び地方公共団体が緊密に連携して災害に対応できるよう、都道府県地域防災計画においては防災業務計画に、市町村地域防災計画においては防災業務計画又は都道府県地域防災計画にそれぞれ抵触しないものとされており、防災基本計画と同様に、災害に対する予防、応急、復旧、復興対策のそれぞれの段階における体制整備の諸施策について記述されている。
国は、公共土木施設について、災害の速やかな復旧を図ることを目的として、公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法(昭和26年法律第97号。以下「負担法」という。)により、地方公共団体の財政力に適応するよう負担することとしており、その対象となる公共土木施設は、河川、海岸、砂防設備、地すべり防止施設、急傾斜地崩壊防止施設、道路、港湾、下水道、公園、林地荒廃防止施設(注1)及び漁港としている。また、特定の者に係る施設ではあるが国土保全上必要な公共的施設であることから、国は、農林水産業施設災害復旧事業費国庫補助の暫定措置に関する法律(昭和25年法律第169号)等により、かんがい排水施設(注2)、集落排水施設(注3)等の災害の復旧を図ることとしている(以下、直轄事業又は補助事業(交付金事業を含む。)により整備されているこれらの施設を合わせて「公共土木施設等」という。)。
災害復旧事業は、負担法等に基づき、異常な天然現象によって被災した公共土木施設等を迅速かつ確実に復旧することを目的として実施されるが、原形に復旧することを原則としている。ただし、海岸線の移動その他の地形地盤の変動により原形に復旧することが不可能な場合や、技術的あるいは経済的に変更した方が現実的な場合には従前の効用を復旧する範囲内で形状、工法等を変更でき、また、広範囲にわたり被災している場合や、被災程度が激甚な場合等は、原形に復旧することが不適当であるとして、必要最小限度において質的改良が認められている。
公共土木施設等に災害が生じた場合は、地方公共団体の長はその状況を主務大臣等に報告し、災害復旧事業の事業費の決定を受けようとするときは災害復旧事業の設計書等に平面図、横断面図等を添付して、主務大臣等に申請しなければならないとされている。そして、主務大臣等は、地方公共団体の長が提出する資料、実地調査の結果等に基づいて事業費を決定している。なお、応急復旧工事に係る費用は原則として公共土木施設等の管理者が負担すべきものであるが、早急に交通路を確保する必要があるなど、緊急に施行する必要がある箇所における応急復旧工事に係る費用については、災害復旧事業の事業費に含めることができることとされている。また、国が実施する公共土木施設等の災害復旧事業の取扱いは、各事業において要綱等が定められており、上記の内容とおおむね同様となっている。
23年3月11日に発生した宮城県牡鹿半島の東南東沖130㎞の海底を震源とする東北地方太平洋沖地震は、我が国における観測史上最大の規模であるマグニチュード9.0を記録し、その最大震度は7、震源域は岩手県沖から茨城県沖までの南北約500㎞、東西約200㎞の広範囲に及び、東日本の太平洋側を中心に広い範囲で震度5強以上が観測された。この地震により、場所によっては津波高10m以上の津波が発生し、太平洋沿岸の広範囲にわたって甚大な被害を受けることとなった。また、津波以外にも、地震の揺れや液状化、地盤沈下、ため池の決壊等によって被害が発生し、各種ライフラインも寸断された。
公共土木施設等に災害が生じた場合は、地方公共団体の長はその状況を主務大臣等に報告し、災害復旧事業の事業費の決定を受けようとするときは災害復旧事業の設計書等に平面図、横断面図等を添付して、主務大臣等に申請しなければならないとされている。そして、主務大臣等は、地方公共団体の長が提出する資料、実地調査の結果等に基づいて事業費を決定している。なお、応急復旧工事に係る費用は原則として公共土木施設等の管理者が負担すべきものであるが、早急に交通路を確保する必要があるなど、緊急に施行する必要がある箇所における応急復旧工事に係る費用については、災害復旧事業の事業費に含めることができることとされている。また、国が実施する公共土木施設等の災害復旧事業の取扱いは、各事業において要綱等が定められており、上記の内容とおおむね同様となっている。
本院は、24年次において、公共土木施設等における地震・津波対策の実施状況等に関する各事項について、①地震・津波に対する耐震基準等の改定状況については、東日本大震災を契機として適切に見直されているか、②地震・津波対策に係る整備、補強等の進捗状況については、公共土木施設等は地震又は津波に対して有効に機能するよう整備されているか、③東日本大震災に伴う被災等の状況については、公共土木施設等の被災内容等は適切に把握されているか、地震・津波対策として整備した公共土木施設等の効果は十分なものとなっていたかなどに着眼し検査を実施した。
そこで、25年次の検査においては、合規性、経済性、効率性、有効性等の観点から、24年次の着眼点に加えて、地震・津波に対する耐震基準等の改定状況については、各事業の耐震基準等の規定は整合がとれているか、東日本大震災に伴う被災等の状況については、災害復旧事業により整備された公共土木施設等は今後発生すると想定される地震・津波に対して有効に機能するものとなっているかなどに着眼し検査を実施した。
本院は、25年次において、国土交通省及び農林水産省が直轄事業又は補助事業で整備した河川、海岸、砂防、道路整備、港湾整備、下水道、公園、治山、漁港整備、農業農村整備、集落排水各事業の計11事業に係る公共土木施設等について、直轄事業は7地方整備局等 (注4)、5農政局(注5)及び5森林管理局(注6)を、補助事業は東日本大震災により甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島各県(以下、これらを合わせて「東北3県」という。)及び茨城、千葉両県を含んだ計33道府県(注7)を検査の対象とした。
そして、3府省(注8)、2独立行政法人(注9)及び9県(注10)において、公共土木施設等の整備事業の内容、地震・津波対策の実施状況、東日本大震災に伴う被災状況等について、資料を基に説明を受けたり、調書等を徴したりなどするとともに、現地の状況等を確認するなどして424人日を要して会計実地検査を行った。また、21道府県(注11)については、調書等を徴するなどして地震・津波対策の実施状況等の分析を行い、東北3県については、既存の関係資料を徴するなどするとともに、国土交通本省、農林水産本省等から情報を収集することなどにより被災状況等の分析を行った。
24年報告では、4地方整備局等、3農政局及び3森林管理局並びに、近年、切迫性が指摘されている東海地震又は東南海・南海地震による被災が大きいと想定されている都府県を含む15都道府県における24年3月末現在の各事業の公共土木施設等の地震・津波対策に係る整備、補強等の進捗状況について記述した。
25年次は、5地方整備局等(注13)、4農政局(注14)及び4森林管理局(注15)並びに28道府県(注16)が実施している各事業において、24年次と同様に施設の機能に留意して24年12月末現在の地震・津波対策に係る整備、補強等の進捗状況についてみたところ、主な検査の結果は、表のとおりとなっており、24年報告の検査の結果と同様に、ライフライン機能等の安全性を損なうような事態や、災害発生直後から必要な救助、救急活動等に支障が生ずるおそれのある事態が見受けられた。
表 地震・津波対策に係る整備、補強等の進捗状況の主な検査の結果
事業名 | 主な検査の結果 |
河川事業 |
① 直轄事業においては、耐震性能照査により耐震対策工事が必要とされたランクAの河川堤防について、工事が完了している河川堤防はほとんどなかった。また、補助事業においては、河川堤防の照査等は、ほとんど実施されていないなどの状況となっていた。 ② 河川津波遡上範囲に設置されている水門等の中に耐震性能照査等が実施されていない施設や自動化等されていない施設等があった。 ③ 直轄事業におけるランクAの水門等において、耐震性能照査等が完了していない水門等が見受けられた。 |
海岸事業 |
① 海岸堤防の天端高等は東日本大震災以前の想定津波高と一概に比較できないが、想定津波高より低くなっている地区海岸が見受けられた。 ② 耐震点検や耐震対策工事が実施されていない海岸堤防が見受けられた。 ③ 要求される耐震性能が確保されていない又は確保されているか不明な海岸堤防が見受けられた。 ④ 耐震化が図られていない閉鎖施設が見受けられた。 ⑤ 津波到達時間内に閉鎖作業が完了できない又は津波到達時間内に閉鎖操作者が閉鎖作業を完了してから避難できない閉鎖施設が見受けられた。 ⑥ 海岸堤防の施設整備の内容や閉鎖施設の実態に合っていない施設条件等を用いて設定している津波浸水予測区域が見受けられた。 ⑦ 津波ハザードマップを作成していない市町村が見受けられた。 ⑧ 津波ハザードマップを作成しているものの必要な情報を記載していない市町村が見受けられた。 |
砂防事業 | 避難場所が所在する土砂災害危険箇所における土砂災害防止施設の整備率は、約2割となっており、また、同土砂災害危険箇所における基礎調査は完了していないなどの状況となっていた。 |
道路整備事業 |
① 昭和55年の道路橋示方書より古い基準が適用されている橋りょうで耐震対策工事が実施されていない橋りょうのある緊急輸送道路及び避難路の路線等が見受けられた。 ② 地震発生時に被災のおそれのある道路盛土並びに切土法面及び斜面のある緊急輸送道路の路線が見受けられた。 |
港湾整備事業 |
① 防災拠点港湾として一体となって機能する耐震強化岸壁、広場及び臨港道路の所要の整備等が完了していないなどしていて受け持つべき緊急物資量に対して取扱能力が不足している港湾が見受けられた。 ② 想定される最大規模の地震直後から緊急物資輸送が可能な耐震強化岸壁が整備されていないなどの港湾が見受けられた。 ③ 津波による被害が想定される港湾について、津波ハザードマップ等が作成されていない港湾が見受けられるなどした。 |
下水道事業 |
① 耐震化が図られていない重要な管路及び終末処理場の消毒施設等が見受けられた。 ② 管路工事の液状化対策について、密度試験や所要の強度試験を行っておらず、施工管理が十分でない工事が見受けられた。 |
公園事業 |
① 防災公園について、避難が可能な面積を算定し公表していなかった公園事業主体が見受けられた。 ② 防災公園について、1人当たりの面積が基準の2㎡を下回っている公園事業主体が見受けられた。 ③ 防災公園について、災害発生時における運営方法等を明確にしていない公園事業主体が見受けられるなどした。 |
治山事業 |
① 山地災害危険地区における治山施設の整備は進捗しておらず、同危険地区の被害想定区域には人家、公共施設等の保全対象施設が多数存在していた。 ② 危険度の判定の際に重要となる避難場所等の保全対象施設が一部の地区で把握されていなかった。 ③ 山地災害危険地区の地域防災計画への情報の記載やハザードマップの作成等による住民への必要な情報を周知している市町村は全体の一部となっていた。 |
漁港整備事業 |
① 耐震強化岸壁の整備が未着手となっていたり、同岸壁背後にある漁港施設用地等の液状化対策の検討が実施されていなかったりしている防災拠点漁港が見受けられた。 ② 緊急物資の仕分等のため必要とされる面積が不足している防災拠点漁港が見受けられた。 ③ 漁港背後集落等の避難場所が津波等の浸水予測区域内に立地している集落が見受けられた。 |
農業農村整備事業 |
① 耐震点検が実施されていないため池等の施設が多数見受けられた。 ② 決壊による下流への影響度が大きいため池が多数あり、また、ハザードマップが作成されているため池は全体の一部となっていた。 |
集落排水事業 | 緊急輸送道路に埋設されるなど重要な管路の中には、液状化のおそれのある地盤等に敷設されている管路が見受けられるなどした。 |
国土交通省は、同省所管の河川、海岸、砂防、道路整備、港湾整備、下水道、公園各事業において、東日本大震災を踏まえて、①設計に用いる地震動の見直し、②設計津波の水位の設定の見直し、③津波の影響を考慮した設計方法の導入、④液状化対策の導入、⑤施設の管理体制の構築等を行い各種耐震基準等を改定するなどしているところである。
そして、24年報告の趣旨に沿い、河川事業においては耐震性能照査等における優先度の考え方、海岸事業においては津波発生時における閉鎖施設の管理体制の構築、道路整備事業においては緊急輸送道路ネットワークの適時適切な見直し、港湾整備事業においては耐震強化岸壁等の防災拠点港湾における施設の整備等の促進、下水道事業においては液状化対策工事の適切な施工管理等に関して地方公共団体等に通知を発し、また、各地方ブロック会議等において助言するなどして周知徹底を図っている。
農林水産省は、同省所管の治山、漁港整備、農業農村整備、集落排水各事業において、東日本大震災を踏まえて、防災上特に重要な施設等においては、①設計に用いる地震動の見直し、②施設の重要度を考慮した津波外力の見直し、③津波の影響を考慮した施設の耐水化対策等を行い各種耐震基準等を改定するなどしているところである。
そして、24年報告の趣旨に沿い、治山事業においては山地災害危険地区のデータの更新、被害想定区域内にある保全対象施設の再調査、山地災害危険地区の標識の設置等、漁港整備事業においては耐震強化岸壁等の防災拠点漁港における施設の整備等、農業農村整備、集落排水両事業においては施設の重要度の判定を行った上で特に重要度の高い農業用施設及び集落排水施設に対する耐震点検及び耐震整備の促進、ため池のハザードマップの作成、管路の液状化対策の徹底等に関して地方公共団体等に通知を発し、また、各地方ブロック会議等において助言するなどして周知徹底を図っている。
なお、海岸事業については、農林水産省及び水産庁においても国土交通省と連携し同様な取組を行っている。
河川、海岸、砂防、道路整備、港湾整備、下水道、公園、治山、漁港整備、農業農村整備、集落排水各事業における、被災状況及び復旧状況については、特定の範囲に絞った状況について検査を実施したが、一定の状況が把握できたところであり、これらの状況について、各事業ごとに整理すると次のとおりである。
国は、阪神・淡路大震災以降、公共土木施設等の地震・津波対策を耐震基準の見直しを行いつつ実施してきた。実施に当たっては、必要な箇所の公共土木施設等の整備のほか、最新の耐震基準に基づき、耐震対策工事を行うなど既設の公共土木施設等の耐震化を図ってきた。また、近年、大規模地震の発生の切迫性が指摘されていることから、公共土木施設等の整備内容が地域の実情に応じた適切な段階に達するよう、地震防災に関する特別の措置を定めた法令等を整備するなどして、地震・津波対策を推進してきた。
このような中、東日本大震災において、津波により太平洋沿岸部に多大な津波被害がもたらされ、津波以外にも、地震の揺れや液状化、地盤沈下、ため池の決壊等によって、広範囲で被災し、各種ライフラインも寸断された。
そして、25年次に、公共土木施設等の地震・津波対策の実施状況等について検査した結果、東日本大震災を踏まえて、今後、地震・津波対策を実施していくに当たり、留意しなければならない状況が見受けられた。
したがって、我が国の厳しい財政状況の下で、国土交通省及び農林水産省は次の点に留意して、自ら又は地方公共団体等に助言するなどして地震・津波対策を適切かつ計画的、効率的に実施するよう努める必要がある。
国土交通省及び農林水産省において、東日本大震災を踏まえて、必要に応じて、施設における耐震基準等の見直しなどを着実に実施するとともに、準用している規定の元となっている他事業の耐震基準の規定の改定状況等に留意した見直しを行う。
国土交通省及び農林水産省において、24年報告の検査の結果に対する所見に留意しつつ、震災後に取り組んでいる地震・津波対策を引き続き推進し、災害予防対策に資する施設、あるいは災害に対する応急復旧活動に資する施設として、それぞれの施設が有効に機能するようにする。
以上のとおり報告する。
本院としては、24年次に、主に地震・津波対策に係る公共土木施設等の整備、補強等の進捗状況について、近年、大規模地震の発生の切迫性が指摘されている太平洋沿岸の地域を中心に検査を実施した。
そして、25年次に、主に東日本大震災に伴う被災等の状況について、被災地域を中心に検査を実施して、被災状況、復旧状況等について、報告しているところである。今後とも、公共土木施設等における地震・津波対策が適切かつ計画的、効率的に実施されているかについて、多角的な観点から引き続き検査していくこととする。