会計検査院は、平成24年8月27日、参議院から、国会法第105条の規定に基づき下記事項について会計検査を行いその結果を報告することを求める要請を受けた。これに対し同月28日検査官会議において、会計検査院法第30条の3の規定により検査を実施してその検査の結果を報告することを決定した。
内閣府、文部科学省、経済産業省、原子力損害賠償支援機構、東京電力株式会社等
東京電力株式会社に係る原子力損害の賠償に関する国の支援等の実施状況に関する次の各事項
23年3月11日の東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)の福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)における事故(以下「23年原発事故」という。)の発生を受けて、東京電力は、原子力損害の賠償に関する法律(昭和36年法律第147号。以下「原賠法」という。)に基づき、同年5月10日に、原賠法の規定に基づく国の援助の枠組みを策定するよう政府に支援を求めた。
これを受けて政府は、同月13日の関係閣僚会合において、原賠法の枠組みの下で、国民負担の極小化を図ることを基本として東京電力に対する支援を行うことを決定し、具体的な支援の枠組みの中で、東京電力を債務超過にさせないなどとした。その後、原子力損害賠償支援機構法(平成23年法律第94号。以下「機構法」という。)に基づき、同年9月12日に原子力損害賠償支援機構(以下「機構」という。)が設立された。
機構は、原子炉の運転等をしている原子力事業者から、機構の事業年度ごとに、機構の業務に要する費用に充てるために「負担金の収納」を行うこととされている。その額は、対象となる各原子力事業者につき、機構の事業年度ごとに納付を受けるべき負担金の額の総額として機構に設置された運営委員会の議決を経て機構が定める額(以下「一般負担金年度総額」という。)に対して、各原子力事業者が納付すべき額の割合として機構が運営委員会の議決を経て定める割合を乗じて得た額(以下、一般負担金年度総額に当該割合を乗じて得た額を「一般負担金」という。)とされている。
また、機構は、原賠法の規定により原子力事業者が賠償の責任を負うべき額が原賠法に規定する賠償措置額を超えると見込まれる場合に、当該原子力事業者からの申込みを受けて「資金援助」を行うこととされている。その具体的な内容は、損害賠償の履行に充てるための資金の交付(以下「資金交付」という。)、当該原子力事業者が発行する株式の引受けなどである。機構は、資金援助に係る資金交付に要する費用に充てるために、国から国債(債券の発行による発行収入金を伴わず、国が金銭の給付に代えて交付するために予算で定める額の範囲内で発行する国債。以下「交付国債」という。)の交付を受ける必要がある場合等は、資金援助の申込みを行った原子力事業者と共同して、当該原子力事業者による損害賠償の実施その他の事業の運営等に関する計画(以下「特別事業計画」という。)を作成して、主務大臣の認定を受けなければならないこととされている。特別事業計画の認定を受けた原子力事業者が機構に納付すべき負担金の額は、一般負担金の額に追加的な負担額として機構が事業年度ごとに運営委員会の議決を経て定める額(以下、特別事業計画の認定を受けた原子力事業者が追加的に納付すべき負担金を「特別負担金」という。)を加算した額とされている。
機構は、毎事業年度、損益計算において利益を生じたときは損失を埋めた残余の額を積立金として整理しなければならないこととされているが、資金交付のために交付国債の償還を受けている場合は、当該残余の額を当該交付国債の償還を受けた額の合計額まで国庫に納付しなければならないこととされている。
本院は、正確性、合規性、経済性、効率性、有効性等の観点から、それぞれ次の着眼点により検査を実施した。
本院は、会計検査院法第23条第1項第3号及び第5号の規定に基づき、24年8月に東京電力の会計経理を検査することに決定しているが、検査に当たっては、内閣府、文部科学省、経済産業省及び機構による23年原発事故に係る原子力損害の賠償の支援並びに東京電力による特別事業計画の履行のうち、原則として24年度までに実施された支援等を対象とした。
検査の実施に当たっては、計算証明規則(昭和27年会計検査院規則第3号)に基づき提出された計算証明書類、各機関から徴した関係資料、報告等により、専門家の意見も踏まえつつ、在庁してこれらを分析するなどの書面検査を行うとともに、内閣府、文部科学省、経済産業省、機構及び東京電力のほか、財務本省、環境本省及び独立行政法人原子力安全基盤機構(以下「JNES」という。)本部において、関係書類を基に説明を受け、また、文部科学省、機構及び東京電力については福島県内に設置された事務所等にも赴き、399人日を要して、会計実地検査を行った。
国による原子力損害の賠償に関する様々な支援等は一般会計、エネルギー対策特別会計及び東日本大震災復興特別会計の負担により実施されており、23、24両年度(一部は25年9月末まで)に国が負担等をした額は、計3兆3044億余円となっている。これらのうち、「交付国債の交付」については、国が機構に償還を行うことにより国が財政上の負担をする一方で、機構の損益計算の結果生じた利益が国庫に納付されるという仕組みで、各原子力事業者が機構に納付する負担金により実質的に回収されることになっている。一方、交付国債の償還のための借入金等に係る利払費用のように、その額が今後も増こうするものがある。
このほか、23年4月に、原子力損害の賠償に関する紛争について和解の仲介を行ったり、原子力損害の範囲の判定の指針その他紛争の当事者による自主的な解決に資する一般的な指針を定めたりなどする原子力損害賠償紛争審査会(以下「審査会」という。)が文部科学省に設置され、同年9月以降、審査会に設置された原子力損害賠償紛争解決センターが和解の仲介の手続を行っている(同月から25年6月までの和解の仲介の申立件数は6,922件。同年6月末現在、2,643件が未処理)。24年7月には、経済産業省から賠償基準についての考え方が公表されている。
機構は東京電力と共同して、23年11月に主務大臣の認定を受けた特別事業計画の内容を全面的に差し替えることとして、24年4月に変更の認定を申請し、同年5月に認定を受けた(以下、この特別事業計画を「総合特別事業計画」という。)。総合特別事業計画における資金交付額(原子力損害賠償補償契約に基づき国が支払った1200億円を控除した額)は2兆4262億余円となり、要賠償額の見通しの増額等に伴う変更の認定により、25年2月に3兆1230億余円、同年6月に3兆7893億余円となった。
機構は、東京電力に対する資金援助の一環として、24年7月に、東京電力の発行する株式を1兆円で引き受けている。また、機構は、東京電力からの要望に応じて交付国債の償還請求を行い、東京電力が原子力損害の賠償に充てるための資金として交付しており、25年9月末までの交付額は計3兆0483億円となっている。
一般負担金を納付することとされている原子力事業者11社は、23年度の一般負担金については、24年12月28日までに計815億円を機構に納付しており、24年度の一般負担金については、25年6月28日までに計504億余円を機構に納付し、同年12月末までに計504億余円を機構に納付することとなっている。
東京電力は、特別負担金を納付すべき原子力事業者に該当するが、機構は、23、24両年度については、東京電力が当期純損失を計上すると見込まれたことから特別負担金を加算しないこととし、主務大臣もこれを承認している。
機構は、国から交付国債の償還を受けて東京電力に対して資金交付を行っているため、損益計算上の残余の額を国庫に納付しなければならない。機構は、23年度の当期純利益と同額の799億余円及び24年度の当期純利益の2分の1相当の486億余円、計1286億余円を25年7月末までに国庫に納付している。24年度分の残りの486億余円については、26年1月末までに国庫に納付する予定となっている。
本院において、国が機構を通じて東京電力に交付した資金が、今後、どのように実質的に国に回収されるかなどについて、一定の条件を仮定して機械的に試算した。その結果、資金交付額を3兆7893億余円(25年6月現在の総合特別事業計画における見込額)とした場合、特別負担金の納付の有無によって、回収が終わるまでの期間は、11年から23年となった。この場合、回収を終えるまでに国が支払うこととなる支払利息は、約235億円から約474億円となり、追加の財政負担が必要となる試算結果となった。
東京電力は、23年8月に、同月公表された審査会の指針で示された損害項目の一部について賠償基準を定め、同年10月に、当該基準に基づく賠償金の支払を開始した。その後も、新たな賠償基準の策定等を行うなどして、支払を進めている。
東京電力の要賠償額の見通しは、賠償基準上の項目の追加等により、23年11月時点の1兆0109億余円から25年6月時点の3兆9093億余円へと増額が続いている。
東京電力は、賠償を迅速かつ適切に進めるために、専門的な知識や大量一括処理を必要とする業務については外部に委託している。賠償対応業務を実施するに当たっては、仕様等を適時適切に見直すことなどにより、価格の競争性を求める余地のある契約にするなどして費用を低減させる必要がある。
23年4月から25年3月までの東京電力の賠償金の支払額は、2兆0427億余円である。23、24両年度を通じた本賠償金の1件当たりの平均支払額をみると、「個人」179万余円、「個人(自主的避難)」27万余円、「法人等」488万余円、「団体」3億4169万余円となっている。
賠償金の月別の支払額等をみると、24年3月に「個人(自主的避難)」に係る賠償が開始されたこともあり、23年4月から25年3月までの月別では24年4月の支払額(2561億余円)が最も多くなっていて、支払累計額も同年3月から4月にかけて5000億円台から8000億円台に急増している。そして、支払累計額は、同年7月に1兆円、25年3月に2兆円を超えている。
「個人」及び「法人等」に係る賠償金について、受付から支払まで1年以上の長期間を要した支払が見受けられたほか、「個人」に係る賠償金について、9件、計533万余円の重複払が見受けられた。東京電力は、迅速かつ適切な賠償金の支払がなされているか確認することを目的とした機構のモニタリングを受けると同時に、過誤払等を行わないよう確認を行っているなどとしているが、引き続き適切な賠償の実施に努める必要がある。
東京電力は、24年度から「10年間で3兆3650億円を超えるコスト削減を実現する」とし、機構は、これを支援しつつ、「その進捗をモニタリングする体制」を執ることとしている。24年度のコスト削減目標額3518億円に対して、東京電力が算定して公表している実績額は4969億円となっているが、この中には、東京電力の努力による削減額として算定することについて、今後留意する必要のある事態が見受けられた。
東京電力は、10年間で9349億円を超える設備投資の削減を行うこととしている。そして、24年度の投資削減目標額821億円に対して、実績額は1870億円としているが、目標を超える削減額は、同年度に計画していた設備投資の後年度への繰延べや仕様の見直しなどの更なる計画の見直しによるものである。
東京電力は、23年5月に合理化方針を策定し、電気事業の遂行に必要不可欠なものを除いてグループが保有する不動産等の資産を売却して、6000億円以上の資金確保を目指すとした。その後、売却の目標額は7074億円とされた。
不動産については、2472億円の不動産を23年度から原則として3年以内に、このうちの8割以上は24年度までに売却することとされ、25年3月末までの売却額は2136億円(進捗率86%)となっている。一方、変電所が併設されている不動産であるとして総合特別事業計画で売却の対象としていない不動産の中に、別に進入路があるなど、変電所と一体不可分とはいえず、今後の売却可能性を検討する必要がある不動産が見受けられた。
有価証券については、23年度から原則3年以内に、東京電力グループ全体で3301億円相当を売却することとされ、25年3月末までの売却額は3248億円(進捗率98%)となっている。
子会社・関連会社については、23年度から原則3年以内に45社、1301億円を売却することとされ、25年3月末までの売却額は1225億円(進捗率94%)となっている。存続・合理化とされた会社のうち新興国のIPP(自ら建設した発電設備を運営し電力会社に卸売を行う事業者)が実施する事業への出資を行っている子会社において、内部留保を有効に活用する必要がある事例が見受けられた。
東京電力は、「事業改革」として、財務面での制約を踏まえつつ、①他の事業者との連携等を通じた燃料調達の安定・低廉化、火力電源の高効率化、②送配電部門の中立化・透明化、③小売部門における新たな事業展開、の三つの課題に取り組むとしており、上記課題への取組としては、①ビジネス・アライアンス委員会の設置、②国の指針等に基づく情報開示の徹底、③「電力デマンドサイドにおけるビジネス・シナジー・プロポーザル」の実施等が行われている。
東京電力は、24年5月に、77金融機関に対して与信維持、11金融機関に対して4999億余円の新規融資実行及び3999億余円の短期融資枠設定、30金融機関に対して1699億余円の資金供与の協力要請をそれぞれ行い、その後、融資等が実施された。これらにより、25年3月末の借入金残高は3兆4593億余円、信託スキームを利用して金融機関が実質的に引き受けた東京電力の社債(以下「私募債」という。)の発行残高は7264億余円となっている。
23年原発事故後は、金融機関からの資金調達の割合が5割以上になっており、金融機関の協力が非常に重要になってきている。私募債及び株式会社日本政策投資銀行からの借入金の一部には、24年7月の与信時に締結した契約において、東京電力及び東京電力グループの経営成績、財務状態等に係る財務制限条項が付されている。財務制限条項に抵触して資金調達が困難になった場合には、一般負担金や特別負担金の納付に影響を及ぼす事態も考えられる。
機構は、24年7月31日に議決権付種類株式16億株を3200億円(1株当たり200円)で、転換権付無議決権種類株式3億4000万株を6800億円(1株当たり2,000円)でそれぞれ引き受けている。これにより、東京電力の自己資本比率は、3.5%(24年3月末)から8.1%(同年9月末)に改善したが、25年3月末は、通年で6943億余円の当期純損失を計上したことにより5.7%となっている。
契約電力が原則として50キロワット未満の需要家である規制部門に対する電気料金については、電気事業法(昭和39年法律第170号)に基づき、いわゆる総括原価方式(注1)によって定められた規制料金が適用されている。東京電力等の一般電気事業者等に発生した費用のうち、電気料金で賄う原価に算入されない費用については、料金算定上は利潤とされていた額及び更なるコスト削減額をもって支弁されており、利潤とされていた額で支弁される場合に上記の費用は一般電気事業者等の利益を減少させる要因となる。
東京電力は、20年9月に改定した直近の電気料金の水準のままでは、円滑な賠償、着実な廃止措置及び電気の安定供給が不可能となるおそれがあるとして、24年5月11日に電気料金の値上げの申請を行った。審査を経て同年7月25日に認可された内容は、平均8.46%の値上げ(申請時は平均10.28%の値上げ)を同年9月1日に実施することなどとなった。
廃止措置終了までの費用のうち、東京電力が24年度決算までに計上しているものは総額9469億円となっている。このうち「燃料デブリ(注2)取出し費用等」2500億円は、アメリカ合衆国スリーマイル島原子力発電所2号機(以下「TMI」という。)の事故における費用実績に基づき算出したものとされているが、福島第一原発については、TMIと異なり原子炉容器の気密性が失われるなどしていることから、この金額は不確実性の高い概算額であり、今後変動する可能性がある。また、国が予算措置を講じている廃止措置に関連する研究開発のうち、経済産業省及びJNESが同一の財団法人に別々に発注した研究開発業務において、その目的は異なるものの、業務の内容が同様で、同種の作業が業務に含まれているのに、両者が互いの研究について関知していない事態等が見受けられた。
東京電力は、総合特別事業計画では前提とされていない事業環境の変化等を受けて、24年11月に「再生への経営方針」及び「改革集中実施アクション・プラン」を策定して公表している。同方針では、除染費用の増加等現行法の枠組みによる対応可能額を上回る財務リスク等について、国による新たな支援の枠組みを早急に検討することを要請している。
東京電力は、前記のとおり電気料金の値上幅が圧縮されたことを踏まえて、「改革集中実施アクション・プラン」において、総合特別事業計画におけるコスト削減策を深掘りする形となる年1000億円のコスト削減策を示している。
東京電力は、柏崎刈羽原子力発電所(以下「柏崎刈羽原発」という。)の稼働に向けて、原子力規制委員会により制定された新たな規制基準に適合するための対策についての審査に係る申請を行っているが、審査後には使用前検査及び定期検査が求められていることなどから、稼働までの期間が長期化する可能性もある。
本院において、柏崎刈羽原発が稼働しない場合に25、26両年度にコストがどの程度増加するかについて、一定の条件を仮定して機械的に試算したところ、25年度は約2823億円から約4015億円、26年度は約4864億円から約6904億円コストがそれぞれ増加することになる結果となった。
廃止が決定した原子力発電施設に係る資産除去債務には、廃止措置の過程でその都度追加的に生じている廃棄物の解体に要する費用が個別には見積もられていないため、その合理的な見積方法等を更に検討する必要があると考えられる。
電気料金における事業報酬(資金調達に係る利息、配当金等を賄うために、電気料金の総原価に算入される費用)の算定式に用いられるβは、過去の電力会社の株価等のサンプルデータから算定されるものであるが、その具体的な採録の間隔及び採録期間の選択方法等までは示されていない。このため、東京電力による過去の事業報酬の算定について、例えば、採録の間隔を変えて算定したり、採録期間から23年原発事故直後の株価が乱高下した期間を除外して算定したりなどすると、事業報酬が下がることになる事例が見受けられた。このような点については、今後留意する必要がある。
23年度決算において、機構は、機構法の規定を踏まえて、23年度中に資金援助の決定を行った1兆5803億2200万円を資金援助事業費として計上し、東京電力は、資金交付に係る資金援助の申込みを行った日に収益が実現したものとして、23年度中に援助の申込みを行った累計2兆4262億7100万円を原子力損害賠償支援機構資金交付金として特別利益に計上している。東京電力は、初めて資金交付に係る資金援助の申込みを行った際に、会計監査人と協議し、申込みを行った日に収益が実現したとする会計方針を採用することとしていた。また、東京電力は、「原子力事業者を債務超過にさせない」との関係閣僚会合決定の具体的な支援の枠組みが、機構法の法的枠組みとなっているとしている。
しかし、資金交付に係る資金援助の申込みを行った日に申込額をもって収益を認識し、計上を行うことは、機構法において、機構が資金援助の決定をしようとする場合には機構と原子力事業者が共同で特別事業計画を作成し、主務大臣の認定を受けなければならないなどの手続を定めている趣旨と整合しないと考えられる。
東京電力に係る原子力損害の賠償に関する国の支援等の実施状況に関し、正確性、合規性、経済性、効率性、有効性等の観点から、原子力損害の賠償に関する国の支援等の状況、機構による資金援助業務の実施状況等、及び東京電力による特別事業計画の履行状況等について、国の支援等はどのように実施されているか、機構による東京電力への資金交付等はどのように実施されているか、東京電力による賠償は適正かつ迅速に行われているかなどに着眼して検査を実施した。
検査の結果のうち、東京電力に係る原子力損害の賠償に関する国、機構及び東京電力の主な支出等の概要は、次のとおりである。
国は一般会計、エネルギー対策特別会計等を通じた財政負担等を行っており、その額は3兆円を超える規模となっている。機構は24年7月に、東京電力が発行する株式を1兆円で引き受け、東京電力への出資を行っている。また、23年11月から25年9月までの間に、東京電力が行う賠償に充てるための資金として計3兆0483億円を東京電力に交付する一方、同年7月までに、損益計算で生じた利益、計1286億余円を国庫に納付している。東京電力は同年6月に総合特別事業計画上の要賠償額の見通しが3兆9093億余円であることを示す一方、賠償基準に基づき同年3月までに個人、法人等に対して2兆0427億余円の賠償金を支払っている。
23年原発事故は、大規模かつ長期間にわたる未曽有の災害となり、事故の発生前に我が国有数の大規模な企業であった東京電力においても、被害を受けた者に対する賠償を単独で実施することは困難な状況となった。
この支援に当たり、政府は、東京電力が、迅速かつ適切な賠償を確実に実施すること、福島第一原発の状態の安定化に全力を尽くすこと、電力の安定供給、設備等の安全性を確保するために必要な経費を確保すること、最大限の経営合理化と経費削減を行うことなどを確認している。
本院は、今回、内閣府、文部科学省、経済産業省及び機構による23年原発事故に係る原子力損害の賠償に関する支援並びに東京電力による特別事業計画の履行のうち、原則として24年度までに実施された支援等を対象に検査を実施した。
機構の出資により東京電力の財務体質は一定の改善が図られており、機構から東京電力に対しては、原子力損害の賠償に支障のないよう資金が交付されている。一方で、文部科学省に設置された審査会から既に指針等が提示されている項目であっても、東京電力において合理性をもって確実に見込まれる額の算定ができないなどとして賠償基準が定められておらず、賠償が進捗していない事態が見受けられたほか、損害の項目によっては、今後、審査会から新たな指針等が提示される可能性もあり、これを受けて賠償が行われることとなれば、機構の資金交付にも影響する。
東京電力に対する機構の出資は、東京電力が社債市場において自律的に資金調達を実施していると判断されるなどした後の早期に回収することを目指すとされている。また、国から機構を通じて東京電力に交付された資金は、東京電力を含む原子力事業者から機構に納付される一般負担金及び東京電力から機構に納付される特別負担金により、機構の損益計算の結果生じた利益が国庫に納付されるという仕組みで実質的に回収されることになっている。そして、機構法の本来の仕組み、すなわち、原子力事業者から納付される一般負担金により機構に積立てを行い、原子力事故が発生した場合の資金援助の財源にするという仕組みは、国から交付された資金の回収が完了して初めて機能することになり、機構の出資や国から交付された資金の回収が長期に及んだ場合には、国の財政負担を含めた国民負担が増こうする。このため、これらの資金等の回収は、できる限り早期に、かつ、確実に実施されることが肝要である。
したがって、今後、文部科学省は次のア(ア)の点に、経済産業省は次のア(イ)の点にそれぞれ留意して原子力損害の賠償に関する支援等を実施し、機構は次のイの点に留意して資金援助業務等を実施し、また、東京電力は、次のウの点に留意して原子力損害の賠償その他の特別事業計画を履行していく必要がある。
23年原発事故に係る原子力損害については、25年9月27日までに計2兆9100億余円の賠償金が被害者に支払われているものの、個々の事態に即して被害者との交渉を経て金額が確定するという賠償の性格上、賠償金の総額についての十分な見通しはいまだ得られておらず、今後除染に係る費用が本格的に賠償の対象として加わることになった場合には、賠償の規模は更に増大する。一方、原子力損害の賠償に関する国の支援は、今後とも継続することが見込まれ、機構を通じた資金交付の規模は更に増加することも予想される。このため、賠償の総額及び時期について確度の高い見通しをできるだけ早期に立てた上で、財政負担の規模と時期について的確な見通しを明らかにすることが、東京電力に対する国の支援について国民の理解を得る前提となる。そして、このような前提を整えることと併せて、23年原発事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の対応ばかりでなく、機構法の本来の仕組みについて関係者が十分な説明を行うことにより、東京電力に対する支援に係る国民負担について理解を得ていく必要がある。
本院としては、除染に係る費用の見通しとその負担が不透明であることや、柏崎刈羽原発が25年9月末現在稼働していないなど、東京電力の業務運営が総合特別事業計画における見込みとは異なるものとなっていることなどのために、総合特別事業計画の大幅な改定が見込まれるなどの状況を踏まえた上で、25年度以降に実施された支援等について引き続き検査を実施して、検査の結果については取りまとめが出来次第報告することとする。