(前掲「労働者災害補償保険の休業補償給付等の支給が適正でなかったもの」参照)
【改善の処置を要求したものの全文】
労働者災害補償保険の休業補償給付等と厚生年金保険の障害厚生年金等との併給調整について
(平成27年10月26日付け 厚生労働大臣宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
労働者災害補償保険は、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号。以下「労災保険法」という。)に基づき、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病等に対して療養補償給付、休業補償給付、休業給付、傷病補償年金、傷病年金、障害補償年金、障害年金等の保険給付等を行うものである。
このうち、休業補償給付は業務上の傷病に係る療養のため、また、休業給付は通勤による傷病に係る療養のため、それぞれ労働することができない労働者(以下「被災労働者」という。)に対して、賃金を受けていない日数(以下「休業日数」という。)について支給するものであり、その支給額は、1日につき被災労働者の平均賃金(注1)から算定した給付基礎日額(注2)の100分の60に相当する額に、休業日数を乗じて算出することとなっている(以下、休業補償給付及び休業給付を合わせて「休業補償給付等」という。)。
そして、労災保険法によれば、休業補償給付等は、その支給を受ける被災労働者が支給の原因となった傷病と同一の事由により、厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)の規定による障害厚生年金又は国民年金法(昭和34年法律第141号)の規定による障害基礎年金(以下、これらを合わせて「障害厚生年金等」という。)の支給を受ける場合には、1日につき給付基礎日額の100分の60に相当する額に、労働者災害補償保険法施行令(昭和52年政令第33号)で障害厚生年金等の種類の別に定められた調整率(0.73から0.89までの率)を乗じて得た額に減額して支給することとされている(以下、これらの取扱いを「併給調整」という。)。
なお、前記労働者災害補償保険の傷病補償年金、傷病年金(注3)、障害補償年金、障害年金(注4)等(以下、これらを合わせて「労災年金」という。)についても、その支給を受ける被災労働者が支給の原因となった傷病と同一の事由により、障害厚生年金、障害基礎年金等の支給を受ける場合には、休業補償給付等と同様に併給調整を行うこととされている。
休業補償給付等の支給を受けようとする被災労働者は、労働者災害補償保険法施行規則(昭和30年労働省令第22号。以下「規則」という。)によれば、休業の期間、療養の期間、傷病名、傷病の経過等を記載した休業補償給付等に係る請求書(以下「請求書」という。)を労働基準監督署長(以下「監督署長」という。)に提出することとされている。その際、同一の事由により障害厚生年金等の支給を受ける場合は、請求書に、その障害厚生年金等の種類及び支給額並びに支給されることとなった年月日を記載することなどとされている。
また、休業補償給付等の支給を受けている被災労働者は、療養の開始後1年6か月を経過した日において傷病が治っていないときは、監督署長に対して、傷病の名称、部位、状態等を記載した届書(以下「届書」という。)を提出することとされている。その際、同一の事由により障害厚生年金等の支給を受ける場合は、被災労働者は、上記の記載事項に加えて、その障害厚生年金等の種類及び支給額並びに支給されることとなった年月日を記載することなどとされている。その後、被災労働者は、毎年1月分の休業日数に係る休業補償給付等を請求する際には、傷病の名称、部位、状態等を記載した報告書(以下「報告書」という。)に診断書を添付して提出することなどとされている。
監督署長は、「労災保険給付業務事務取扱手引」(平成25年基発1021第1号厚生労働省労働基準局長通達)等に基づき、休業補償給付等の支給を受けようとする被災労働者から提出を受けた請求書等の内容や事実関係を調査し確認するなどして、さらに、休業補償給付等と同一の事由による障害厚生年金等の受給の有無を確認し、併給調整を行うかどうか決定した上で、休業補償給付等の支給決定を行うこととなっている。
そして、当該支給決定に基づき、平成23年4月以前は監督署長が、同年5月以降は厚生労働省労働基準局長が、それぞれ被災労働者に休業補償給付等を支給することとなっている。
貴省本省は、労災年金と障害厚生年金、障害基礎年金等との併給調整に係る事務を適切かつ効率的に行うために、17年10月に社会保険庁(22年1月1日以降は日本年金機構。以下同じ。)との間で協定を締結して、同庁から障害厚生年金、障害基礎年金等の受給権者情報(以下「年金等受給権者情報」という。)の提供を受けている。そして、貴省本省は、18年度以降、貴省本省が保有する労災年金の受給者データと、年金等受給権者情報とを照合して、併給調整を行う必要があるか否かなどについて確認を行うべき者(以下「併給調整の確認対象者」という。)を抽出したリスト(以下「厚年情報照合リスト」という。)を作成し、おおむね1年に1回、労働基準監督署(以下「監督署」という。)に厚年情報照合リストを配信している。配信を受けた監督署は、都道府県労働局(以下「労働局」という。)からの指導及び監督に基づき、厚年情報照合リストに表示された併給調整の確認対象者から定期的に提出される書類の審査を行い、併給調整の要否等についての確認を行っている。また、労働局は、監督署による厚年情報照合リストの活用結果を取りまとめて貴省本省に報告している。
一方、休業補償給付等と障害厚生年金等との併給調整については、労災年金のように、併給調整の確認対象者を把握するための仕組みが構築されておらず、年金等受給権者情報との照合等は行われていない。このため、監督署において、請求書又は届書に障害厚生年金等の支給を受けている旨の記載がない場合、審査担当者等は報告書に添付された診断書等の記載内容からその症状が障害厚生年金等の支給に該当するか推測するなどして、個別的な判断により併給調整の確認対象者を把握している。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、休業補償給付等について、併給調整が適正に行われていなかったため、その支給が適正に行われていなかった事態を不当事項として平成24年度決算検査報告及び平成25年度決算検査報告に掲記した。
そして、平成25年度決算における休業補償給付等の支給額は1002億余円と多額に上っており、その受給期間が1年6か月以上の長期受給者も2万余名と多数存在する状況となっている。
そこで、本院は、合規性、効率性等の観点から、休業補償給付等の併給調整に係る事務が適切かつ効率的に行われ併給調整が適正に行われているかなどに着眼して、17労働局(注5)管内の監督署が休業補償給付等の支給決定を行った被災労働者について、貴省本省から提出を受けた休業補償給付等の受給者データ(以下「休業補償給付等受給者データ」という。)と、日本年金機構から提出を受けた年金等受給権者情報とを照合して、必要な情報を抽出するとともに、上記の17労働局において、当該情報を用いて、請求書、支給決定決議書、届書等の書類を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
前記のとおり、貴省本省において、休業補償給付等と障害厚生年金等との併給調整については、併給調整の確認対象者を把握するための仕組みが構築されておらず、年金等受給権者情報との照合等は行われていない。そこで、本院において、上記17労働局管内の監督署が休業補償給付等の支給決定を行った被災労働者について、休業補償給付等受給者データと年金等受給権者情報とを照合し、カナ氏名、生年月日等が一致する者で、障害厚生年金等の受給権が発生しており、かつ、併給調整を行っていない被災労働者を抽出したところ、17労働局管内の103監督署が支給決定を行った360名がこれに該当した。
そして、これらの360名について、上記の103監督署が併給調整の確認対象者として把握しているか確認したところ、これらの被災労働者から提出を受けた請求書又は届書に障害厚生年金等の支給を受けている旨の記載がなかったことなどから、前記のとおり、審査担当者等は報告書に添付された診断書等の記載内容からその症状が障害厚生年金等の支給に該当するか推測するなど個別的に判断して、27名については併給調整の確認対象者として把握していたが、残りの333名については併給調整の確認対象者として把握していなかった。
そこで、休業補償給付等の支給決定を行った監督署を通じて、日本年金機構の年金事務所に、333名に対する障害厚生年金等の支給の状況、事由等を確認するなどしたところ、42名については、休業補償給付等の支給を受ける原因となった傷病と同一の事由により障害厚生年金等の支給を受けていたことから、これらの42名に対して休業補償給付等の支給決定を行った11労働局(注6)管内の30監督署(注7)において、併給調整が適正に行われていなかった。
したがって、昭和61年3月から平成27年5月までの間に、貴省本省(23年4月以前は30監督署)が上記の42名に対して支給した休業補償給付等の額計11億0291万余円のうち、障害厚生年金等の支給を受けている間の休業日数に係る休業補償給付等の額は計3億1814万余円となっており、42名について併給調整を行ったとして適正な休業補償給付等の額を算出すると計2億6716万余円となることから、その差額5098万余円は支給が適正でなかったと認められる。
上記の事態について、事例を示すと、次のとおりである。
<事例>
本院において、休業補償給付等受給者データと年金等受給権者情報とを照合した結果、宮崎労働基準監督署(以下「宮崎署」という。)管内の事業場に勤務していた被災労働者Aが抽出された。
そして、Aに対する休業補償給付等の支給状況について確認したところ、宮崎署は、Aから平成16年12月から26年12月までの間に計111回にわたり請求書の提出を受けて、16年11月から26年12月までの間の休業日数計3,377日分に係る休業補償給付の額計14,652,803円の支給決定を行い、これに基づいて厚生労働本省(23年4月以前は宮崎署)は、Aに対して同額の休業補償給付を支給していた。
しかし、宮崎署の審査担当者等は、Aから提出を受けた請求書及び届書には障害厚生年金等の支給を受けている旨の記載がなかったことなどから、Aの症状が障害厚生年金等の支給に該当するか推測するなど個別的に判断して、17年2月にAに対して休業補償給付等の支給を開始してから26年12月までの9年以上にわたり、Aを併給調整の確認対象者として把握しておらず、障害厚生年金等の受給状況についてその間年金事務所に確認を行っていなかった。
そこで、宮崎署を通じて年金事務所に確認するなどしたところ、Aは、休業補償給付の支給を受ける原因となった傷病と同一の事由により、12年8月分から16年9月分までは障害厚生年金、同年10月分以降は障害厚生年金等の支給を受けており、宮崎署は、同年11月以降のAの休業日数に係る休業補償給付の支給決定に当たり、併給調整を行う必要があった。
したがって、17年2月から26年12月までの間に、貴省本省(23年4月以前は宮崎署)が、Aに対して支給した16年11月から26年12月までの間の休業日数計3,377日分に係る休業補償給付の額計14,652,803円の全額について併給調整を行ったとして適正な休業補償給付の額を算出すると、計10,694,959円となり、その差額3,957,844円は支給が適正でなかった。
(改善を必要とする事態)
休業補償給付等の支給決定に当たり、監督署の審査担当者等の個別的な判断により併給調整の確認対象者を把握しているため、本院におけるデータ照合により抽出した休業補償給付等の支給を受けている被災労働者のほとんどが併給調整の確認対象者として把握されておらず、その結果、併給調整が適正に行われずにその支給が適正となっていない事態は適切ではなく、改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、貴省において、休業補償給付等の支給については、労災年金のように、併給調整の確認対象者を把握するための仕組みが構築されておらず、年金等受給権者情報との照合等が行われていないことから、障害厚生年金等の支給を受けている可能性があって、かつ、休業補償給付等の支給を受けていて併給調整を行っていない被災労働者に係る情報を監督署に配信するなどしていないこと、また、労働局において、監督署に対して併給調整の確認対象者を適切に把握することなどについての指導及び監督が十分でないことなどによると認められる。
休業補償給付等の支給額は毎年度多額に上っており、今後も同様の事態が生ずることが見込まれる。
ついては、貴省において、併給調整に係る事務を適切かつ効率的に行うために、労災年金について厚年情報照合リストを監督署に配信して併給調整に係る事務の効率化を図っているのと同様に、休業補償給付等についても、日本年金機構との間で締結している協定を改正するなどし、休業補償給付等受給者データと年金等受給権者情報とを照合し、併給調整の確認対象者を抽出するなどして、それらの者に係る情報を監督署に配信するなどするとともに、労働局に対して、監督署が上記の情報を活用するなどして併給調整の確認対象者を適切に把握することなどについて指導するよう改善の処置を要求する。