ア 砂防法等の制定
我が国では、明治30年に、砂防法(明治30年法律第29号)が制定され、土石流による土砂災害から人家、公共施設等を守ることなどを目的に、砂防指定地を指定して砂防えん堤、渓流保全工等の砂防設備を整備する砂防事業が開始された。その後、昭和32年の西九州地方における豪雨により、砂防法の適用対象とならない箇所で、土地の一部が地下水等に起因してすべる現象又はこれに伴って移動する現象(以下「地すべり」という。)による被害が生じたことを契機として、33年に、公共施設等に対する地すべり等による被害を除却し又は軽減することを目的として、地すべり等防止法(昭和33年法律第30号)が制定され、地すべり防止区域を指定して地下水の排水施設、擁壁等の地すべりを防止する施設(以下「地すべり防止施設」という。)を整備する地すべり対策事業が開始された。さらに、42年の西日本における集中豪雨により、がけ崩れによる被害が多数生じたことを契機として、44年に、傾斜度が30度以上である土地(以下「急傾斜地」という。)の崩壊による被害から国民の生命を保護することを目的として、急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(昭和44年法律第57号)が制定され、急傾斜地崩壊危険区域を指定して、急傾斜地の所有者等が崩壊防止工事を行うことが困難又は不適当と認められる場合に、擁壁工、排水工、法面工等の急傾斜地の崩壊を防止する施設(以下「急傾斜地崩壊防止施設」といい、砂防設備及び地すべり防止施設と合わせて「砂防関係施設」という。また、砂防関係施設の整備、改築等を行う土砂災害対策を「ハード対策」という。)を整備する急傾斜地崩壊対策事業(以下、砂防事業及び地すべり対策事業と合わせて「土砂災害対策事業」という。)が開始された。そして、都道府県は、土砂災害対策事業を国庫補助事業等により実施している。
イ 土砂災害危険箇所の把握
従来、砂防指定地、地すべり防止区域及び急傾斜地崩壊危険区域(以下、これらを合わせて「砂防指定地等」という。)が指定された後に、土砂災害対策事業が実施されてきたところであるが、依然として、砂防指定地等に指定された区域以外においても、土石流、地すべり及び急傾斜地の崩壊(以下、これらを合わせて「土石流等」という。)による土砂災害が全国的に多数発生し、甚大な被害を被っている状況となっていた。このようなことから、国土交通省は、土石流の発生のおそれのある渓流及び地形条件等から土石流の氾濫が予想される区域、地すべりの発生のおそれのある箇所及び地すべりによって移動した土塊による被害想定区域、並びに急傾斜地の崩壊等のおそれがある箇所及び急傾斜地が崩壊した場合等の被害想定区域(以下、これらの区域等を合わせて「土砂災害危険箇所」という。)について、それぞれ都道府県に対して通知を発するなどして、数回にわたり土砂災害危険箇所の調査を依頼している。
ウ 土砂災害防止法の制定等
(ア) 土砂災害防止法の制定
平成11年に広島県において豪雨による土砂災害が発生し多数の死者、負傷者等の人的被害が生じたことなどから、12年に、土砂災害から国民の生命及び身体を保護することを目的として、土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(平成12年法律第57号。以下「土砂災害防止法」という。)が制定された。これにより、従前から実施されてきた土砂災害危険箇所の調査とは別に、都道府県は、急傾斜地の崩壊等のおそれがある土地等の地形、地質、降水等の状況及び土砂災害の発生のおそれがある土地の利用の状況等に関する調査(以下「基礎調査」という。)を行うこととされた。そして、基礎調査の結果、土砂災害が発生した場合に、①住民等の生命又は身体に危害が生ずるおそれがあると認められる土地の区域で、当該区域における土砂災害を防止するために警戒避難体制を特に整備すべき土地の区域を土砂災害警戒区域(以下「警戒区域」という。)として、また、②建築物に損壊が生じ住民等の生命又は身体に著しい危害が生ずるおそれがあると認められる土地の区域で、一定の開発行為の制限及び居室を有する建築物の構造の規制をすべき土地の区域を土砂災害特別警戒区域(以下「特別警戒区域」といい、警戒区域と合わせて「警戒区域等」という。)として、それぞれ土石流等の災害区分別に指定し公表することとされた(以下、基礎調査を行い警戒区域等に指定したり、警戒避難体制を整備したりするなどの土砂災害対策を「ソフト対策」という。)。
(イ) 土砂災害防止法の改正等
26年8月19日夜から20日明け方にかけて広島県において発生した集中豪雨により、土砂災害が発生し多数の死者、負傷者等の人的被害が生じた。そして、これは、基礎調査や警戒区域等の指定が完了していない地域が多くあり、住民に土砂災害の危険性が十分伝わっていなかったことなどが原因であるとされた。これを受けて、土砂災害防止法が27年1月に改正され、改正前は、基礎調査を実施した後に、警戒区域等に指定されて初めて土砂災害の危険性の高い箇所を公表することととされていたが、改正後は、基礎調査を実施して土砂災害の危険性の高い箇所が判明した場合は、警戒区域等に指定される前であっても、都道府県が、その結果を住民に公表することなどととされた。
前記のとおり広島県において発生した土砂災害について、公益社団法人土木学会及び公益社団法人地盤工学会は、26年10月に、平成26年広島豪雨災害合同緊急調査団における調査報告書(以下「調査報告書」という。)を作成しており、その中で以下の点を指摘している。
国土交通省は、砂防関係施設について長寿命化を図るなどのため、26年9月に、統一的かつ効果的に点検を実施し、客観的な基準で健全度を評価することを定めた「砂防関係施設点検要領(案)」(平成26年9月国土交通省水管理・国土保全局策定。以下「26年点検要領」という。)を策定している。
また、砂防関係施設のうち砂防えん堤には、山腹の崩壊等の発生・拡大の防止、軽減等を目的とする機能と、土砂及び流木(以下「土砂等」という。)の流出抑制・調節及び土石流の捕捉・減勢等を目的とする機能等がある(以下、後者の目的のために整備される砂防えん堤を「土石流対策砂防えん堤」という。)。そして、土石流対策砂防えん堤については、「土石流・流木対策設計技術指針」(平成19年3月国土交通省河川局策定。以下「土石流対策指針」という。)によれば、土石流・流木対策施設において、除石(捕捉あるいは堆積した土砂等を除去することをいう。以下同じ。)を前提とした施設の効果量を見込む場合は、土砂等を速やかに除石することとされており、また、堆砂後の除石のため、管理用道路を含めあらかじめ搬出方法を検討しておくものとされている。
我が国では、台風や局地的な集中豪雨が頻発するなどして土砂災害が発生し、人的被害等が生じたことなどから、これまで砂防法、土砂災害防止法等のハード対策及びソフト対策に係る法令等が整備されてきている。そして、27年1月に土砂災害防止法が改正され、基礎調査を実施して土砂災害の危険性の高い箇所が判明した場合には、都道府県がその結果を住民に公表するなどのソフト対策が強化されており、また、国土交通省は今後おおむね31年度までの5年間で基礎調査を完了するよう都道府県に要請している。
一方、土石流等が発生した際に、夜間である場合は避難に時間を要したり、高齢者や子供等は速やかに避難することが困難であったりすることなども考えられる。また、近年、市街化地域の拡大に伴い渓流下流部や急傾斜地の直下等の土砂災害の危険性の高い箇所において住宅等が立地している場合もあるため、そのような箇所で土石流等が発生した場合には、多大な被害が生ずることが想定される。
このようなことから、土砂災害の危険性の高い箇所については、ソフト対策と連携して限られた予算の中でハード対策を着実に実施していくことが重要である。
そこで、本院は、砂防関係施設について、合規性、効率性、有効性等の観点から、次の点に着眼して検査を実施した。
ア 警戒区域等における砂防関係施設の整備状況等はどのようになっているか。
イ 土砂災害対策事業が効率的に実施されているか。
ウ 砂防関係施設の定期点検等は適切に行われているか。
エ 既存の土石流対策砂防えん堤について、土石流による被害を軽減させるため、除石が適切に行われるなどしているか。
27都道府県が実施した21年度から25年度までの間のハード対策及びソフト対策に係る事業費についてみると、表1のとおり、毎年度多額に上っており、これらのうち、ハード対策に係る事業費については、砂防事業に係るものが他の事業区分のものと比べて高額になっている。
表1 土砂災害対策に係る事業費(平成21年度から25年度まで)
事業区分 | 平成21年度 | 22年度 | 23年度 | 24年度 | 25年度 | |
---|---|---|---|---|---|---|
ハード対策に係る事業費 | 砂防事業 | 71,328,918 | 68,292,790 | 62,234,593 | 65,997,882 | 46,056,634 |
36,962,538 | 36,109,260 | 33,342,863 | 34,351,423 | 24,165,327 | ||
地すべり対策事業 | 12,829,533 | 10,479,205 | 12,220,530 | 13,299,034 | 8,928,894 | |
6,614,466 | 5,445,927 | 6,662,960 | 6,997,505 | 4,653,514 | ||
急傾斜地崩壊対策事業 | 32,055,216 | 28,823,599 | 27,005,807 | 29,626,813 | 23,514,248 | |
14,611,691 | 13,357,227 | 12,485,227 | 13,735,331 | 10,940,333 | ||
その他 | 154,399 | 152,910 | 54,546 | 534,986 | 503,350 | |
77,200 | 76,456 | 27,273 | 267,493 | 251,675 | ||
計 | 116,368,066 | 107,748,504 | 101,515,476 | 109,458,715 | 79,003,126 | |
58,265,895 | 54,988,870 | 52,518,323 | 55,351,752 | 40,010,849 | ||
ソフト対策に係る事業費計 | 8,438,544 | 8,578,199 | 7,735,537 | 10,048,121 | 9,624,097 | |
3,121,449 | 3,238,238 | 2,898,682 | 4,034,399 | 3,602,075 | ||
合計 | 124,806,610 | 116,326,703 | 109,251,013 | 119,506,836 | 88,627,223 | |
61,387,344 | 58,227,108 | 55,417,005 | 59,386,151 | 43,612,924 |
ア 警戒区域等の指定の状況
27都道府県における警戒区域の指定状況についてみると、警戒区域の指定区域数が土砂災害危険箇所数を上回っていて、指定が比較的進んでいる都府県がある一方で、土砂災害危険箇所数に対する警戒区域の指定区域数の割合が30%以下となっているなどしていて、指定が進んでいない道県もあり、都道府県によって進捗状況に大きな差が生じていた。また、特別警戒区域の指定状況について災害区分別でみると、27都道府県の警戒区域数のうち土石流では40.9%、急傾斜地の崩壊では53.8%の区域において、特別警戒区域にも指定された区域があり、警戒区域の約半数の区域に、土砂災害が発生した場合に住民等の生命又は身体に著しい危害が生ずるおそれがある区域が含まれている状況となっていた。
イ 砂防関係施設が未整備の特別警戒区域における保全対象の状況等
26年12月末現在、基礎調査が行われ特別警戒区域に指定されている区域のうち、砂防関係施設が未整備である区域についてみると、表2のとおり、土石流では26,344区域、急傾斜地の崩壊では61,657区域と多数に上っていた。
また、調査報告書によれば、人的被害が大きかった広島県の緑井、八木両地区は、市街化地域の拡大に伴い人口集中地区(注2)(以下「DID」という。)となっており、更に両地区の一部には特別警戒区域が含まれていた。そこで、砂防関係施設が未整備である特別警戒区域を含む警戒区域の一部等がDIDとなっている警戒区域についてみると、表2のとおり、土石流では692区域、急傾斜地の崩壊では6,882区域となっており、27都道府県の中にはこのような警戒区域が多く存在している都道府県も見受けられた。
表2 砂防関係施設が未整備の特別警戒区域における保全対象の状況等
都道府県名 | 土石流 | 急傾斜地の崩壊 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
特別警戒区域数 | 砂防関係施設が未整備である特別警戒区域を含む警戒区域の一部等がDIDとなっている警戒区域数 | 特別警戒区域数 | 砂防関係施設が未整備である特別警戒区域を含む警戒区域の一部等がDIDとなっている警戒区域数 | |||||||
うち砂防関係施設が未整備である区域数 | 保全対象 | うち砂防関係施設が未整備である区域数 | 保全対象 | |||||||
人家 | 公共施設 | 人家 | 公共施設 | |||||||
区域 | 区域 | 戸 | 棟 | 区域 | 区域 | 区域 | 戸 | 棟 | 区域 | |
北海道 | 196 | 187 | 104 | 13 | 34 | 1,107 | 996 | 3,499 | 142 | 401 |
秋田県 | 309 | 271 | 103 | 1 | ― | 374 | 287 | 327 | 7 | 3 |
山形県 | 1,311 | 1,237 | 352 | 4 | 5 | 1,910 | 1,496 | 1,644 | 43 | 46 |
茨城県 | 598 | 551 | 686 | 142 | ― | 1,503 | 1,158 | 3,417 | 110 | 199 |
群馬県 | 2,311 | 2,133 | 325 | 958 | ― | 5,717 | 5,101 | 3,468 | 1,248 | ― |
埼玉県 | 834 | 748 | 195 | 13 | ― | 1,698 | 1,594 | 2,588 | 133 | 14 |
千葉県 | ― | ― | ― | ― | ― | 2,680 | 2,550 | 4,836 | 157 | 236 |
東京都 | 843 | 831 | 202 | 14 | 148 | 3,143 | 3,126 | 2,660 | 267 | 602 |
富山県 | 885 | 790 | 151 | 5 | 2 | 2,781 | 2,196 | 2,132 | 23 | 23 |
福井県 | 3,412 | 3,123 | 462 | ― | 15 | 6,072 | 5,562 | 3,614 | 24 | 131 |
愛知県 | 1,350 | 1,188 | 1,037 | 46 | 5 | 3,948 | 3,581 | 5,720 | 363 | 101 |
三重県 | 1,225 | 1,074 | 126 | 9 | 3 | 2,331 | 2,169 | 1,666 | 77 | 31 |
京都府 | 3,289 | 3,054 | 1,298 | 43 | 42 | 7,028 | 6,274 | 10,176 | 450 | 147 |
兵庫県 | 1 | 1 | ― | ― | ― | 45 | 45 | ― | ― | ― |
奈良県 | 9 | 8 | 35 | 2 | ― | 24 | 7 | 7 | ― | ― |
和歌山県 | 898 | 838 | 1,295 | 63 | 58 | 2,310 | 2,009 | 5,114 | 158 | 35 |
鳥取県 | 1,448 | 1,217 | 1,026 | 1 | ― | 2,665 | 2,366 | 5,398 | 21 | ― |
島根県 | 240 | 234 | 156 | 6 | ― | 672 | 653 | 1,272 | 29 | ― |
山口県 | 2,942 | 1,708 | 520 | 37 | 23 | 4,086 | 1,737 | 4,420 | 95 | 40 |
徳島県 | 637 | 539 | 377 | 19 | 1 | 2,032 | 1,814 | 3,502 | 197 | 15 |
香川県 | 1,325 | 1,197 | 188 | ― | 1 | 2,973 | 2,795 | 2,892 | 51 | 31 |
愛媛県 | 1,465 | 1,340 | 1,008 | 103 | 59 | 565 | 512 | 449 | 126 | 21 |
長崎県 | 1,432 | 1,361 | 1,978 | 3 | 281 | 8,233 | 7,866 | 9,738 | 437 | 4,632 |
大分県 | 1,086 | 941 | 113 | 4 | 4 | 2,647 | 2,394 | 2,999 | 172 | 103 |
宮崎県 | 379 | 344 | 120 | 13 | ― | 1,440 | 1,209 | 2,365 | 131 | 66 |
鹿児島県 | 1,706 | 1,429 | 16,598 | 15 | 11 | 3,866 | 2,160 | 8,371 | 61 | 5 |
沖縄県 | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
計 | 30,131 | 26,344 | 28,455 | 1,514 | 692 | 71,850 | 61,657 | 92,274 | 4,522 | 6,882 |
ウ 土砂災害の発生箇所におけるソフト対策及びハード対策の実施状況等
土砂災害は、同じ箇所で繰り返し発生する可能性もあることから、再び同じ被害を生じさせないためにも、土砂災害が発生した箇所においてソフト対策及びハード対策を実施することを検討したり、過去に土砂災害が発生した箇所をできるだけ把握したりしておくことが重要であると考えられる。
そして、土砂災害防止法が制定された12年から26年までの間に人的被害が生じた土砂災害の発生箇所78か所についてみると、26年12月末現在におけるソフト対策及びハード対策の実施状況は、警戒区域等に指定され、かつ、砂防関係施設等が整備されている箇所は46か所(58.9%)となっていた。また、これらの土砂災害の発生箇所の中には、過去にも土石流が発生したこん跡があるとされているものも見受けられた。
ア 事業採択後の工事の実施状況等
土砂災害対策事業について、事業採択後5年以上が経過し、26年12月末現在において工事が未着手となっている事業についてみると、8府県で砂防事業等の34事業となっており、このうち特別警戒区域において工事を実施することとしているものが15事業となっていた。また、事業採択後5年以上が経過し、工事が未着手となっている理由についてみると、地権者等の同意が得られなかったり、地権者が特定できなかったりなどしていることから、用地交渉未了のためが最も多くなっていた。
イ 工事が未着手の事業に要した事業費
都道府県は、事業採択後は国庫補助事業等により用地測量、詳細設計等を行うことになる。そこで、前記の工事が未着手の34事業について、21年度以前に実施した用地測量、詳細設計等の業務に要した事業費のうち、判明した事業費についてみると、計6億4991万余円(国庫補助金3億7845万余円)となっていた。
ア 砂防関係施設の定期点検の実施状況
(ア) 定期点検に関する通知等
砂防設備の定期点検については、「砂防設備の定期巡視点検の実施について」(平成16年国河保第88号。国土交通省河川局砂防部保全課長通知)において、定期巡視点検実施計画を策定し、砂防設備の本体等の漏水、ひび割れ、破損等の有無について、原則として年1回以上、出水期前に巡視点検を行うこととされている。また、地すべり防止施設の定期点検については、「「地すべり防止技術指針」の適用について」(平成20年国河砂第61号・国河保第65号。国土交通省河川局砂防部砂防計画課長・保全課長通知。以下、「砂防設備の定期巡視点検の実施について」と合わせて「定期点検通知」という。)において、地表排水路の状況、地下水排除施設の状況等について、年1回程度、視認可能な範囲を現地踏査により点検を行うこととされている。
(イ) 砂防関係施設の定期点検の実施状況
国土交通省は、砂防関係施設の機能維持を目的として、定期点検を行うよう各都道府県に対して定期点検通知を発するなどしてきたところである。そして、27都道府県における砂防関係施設の26年度(26年12月末現在)における定期点検の実施状況についてみると、北海道のように点検要領等を作成し、26年度において全ての砂防関係施設の定期点検を実施しているところがある一方で、点検割合が10%未満となっているなど定期点検を十分に実施していない県も見受けられた。また、27都道府県全体の点検割合についてみると、砂防設備では27.7%、地すべり防止施設では29.2%、急傾斜地崩壊防止施設では26.7%となっていた。
イ 砂防設備台帳の有無と定期点検等の実施
(ア) 砂防設備台帳等の作成
国土交通省は、都道府県が砂防事業を実施するに当たり、砂防指定地を指定することとされている。そして、砂防法第11条の2において、都道府県は、砂防指定地台帳及び砂防設備台帳を調製してこれを保管することとされている。また、砂防指定地台帳等整備規則(昭和36年建設省令第7号)において、砂防指定地台帳には指定年月日、砂防指定地の区域等を、砂防設備台帳には砂防設備の位置、種類等をそれぞれ記載することとされている。
(イ) 砂防設備の位置の把握と定期点検等の実施
都道府県は、定期点検等を点検要領等に従って適切に実施していくため、砂防設備の位置を把握しておく必要がある。そして、上記のとおり、砂防法等により、砂防設備の位置等を記載した砂防設備台帳を作成することとされている。そこで、会計実地検査時において、砂防設備台帳の作成状況等について確認したところ、一部の砂防設備について現地には存在していたが砂防設備台帳が作成されていないなどの事態が11都府県(注3)において見受けられた。
また、砂防設備台帳は作成され砂防設備の位置が記載されているものの、一部の砂防設備台帳に不備があり、砂防設備台帳に記載されている位置に砂防設備が確認できないため、国土交通省が25年2月に都道府県に対して発した通知に基づく点検(以下「25年緊急点検」という。)が実施できていないとしているなどの事態が、7県(注4)における計43基の砂防えん堤等において見受けられた。
ア 砂防えん堤の概要
(ア) 砂防えん堤の類型
砂防えん堤は、その背後の空間(以下「堆砂空間」という。)において、土砂等を堆積させたり、土石流を捕捉したりする構造になっていて、その型式によって不透過型、透過型及び部分透過型(以下、透過型及び部分透過型を合わせて「透過型等」という。)に分類される。また、砂防えん堤は、計画上、定期的に、又は土石流が発生した場合等に必要に応じて、堆砂空間の除石を行うこととしているもの(以下「除石管理型砂防えん堤」という。)と、除石を行わないこととしているもの(以下「非除石管理型砂防えん堤」という。)に分類される。
(イ) 砂防えん堤の型式別等の整備状況
27都道府県における砂防えん堤の型式別等の整備状況についてみると、表3のとおり、不透過型の非除石管理型砂防えん堤が9割強を占めているが、新規に整備する場合は、透過型等の除石管理型砂防えん堤も整備されるようになってきている。
表3 砂防えん堤の型式別等の整備状況
砂防えん堤数 | 除石管理型砂防えん堤 | 非除石管理型砂防えん堤 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
不透過型 | 透過型等 | 合計 | 不透過型 | 透過型 | 合計 | |||||
A基 | B基 | 割合B/A% | C基 | 割合C/A% | B+C基 | D基 | 割合D/A% | E基 | 割合E/A% | D+E基 |
29,122 | 117 | 0.4 | 1,216 | 4.1 | 1,333 | 27,584 | 94.7 | 205 | 0.7 | 27,789 |
(ウ) 土石流対策砂防えん堤の設計等
a 土石流対策砂防えん堤の設計
砂防えん堤の設計に当たっては、「砂防基本計画策定指針(土石流・流木対策編)」(平成19年3月国土交通省河川局策定。以下「砂防計画策定指針」という。)によれば、土石流が発生した場合等に渓流から流出することが想定される土砂量(以下「計画流出土砂量」という。)について、現地調査を行った上で、地形図、過去の土石流の記録等により総合的に決定することとされている。そして、除石管理型砂防えん堤については、堆砂空間に土砂等が堆積していないとして土石流を捕捉するための容量(以下「捕捉容量」という。)を確保することとされており、また、非除石管理型砂防えん堤については、満砂状態になっているとして、捕捉容量を確保することとされている。
b 特別警戒区域の範囲の決定方法
特別警戒区域の指定に当たり、都道府県は、おおむね、除石管理型砂防えん堤については、堆砂空間に土砂等が堆積していない状態になっていることを前提に、捕捉容量の土石流を捕捉した上で、土石流が捕捉容量を超えた場合に土砂等が流出するとして特別警戒区域の範囲を決定しているのに対して、非除石管理型砂防えん堤については、堆砂空間が満砂状態になっていることを前提に、土石流が捕捉容量を超えた場合に土砂等が流出するとして特別警戒区域の範囲を決定している。
イ 土石流対策砂防えん堤について
近年の地球温暖化に伴い各地で大雨が多発しており、土石流の発生により多大な人的被害が生じていることから、土石流が発生した場合には、既存の砂防えん堤が有効に機能することが重要である。そこで、27都道府県が管理している砂防えん堤29,122基(除石管理型砂防えん堤1,333基、非除石管理型砂防えん堤27,789基)のうち、土石流対策砂防えん堤として整備された除石管理型砂防えん堤1,157基、土石流対策砂防えん堤として整備され満砂状態となっている非除石管理型砂防えん堤4,114基についてみると、以下のとおりとなっていた。
(ア) 砂防えん堤の整備箇所における特別警戒区域の指定状況
特別警戒区域は、砂防えん堤が整備されている箇所であっても、指定される場合がある。これは、砂防えん堤を整備する際の全体計画において複数の砂防えん堤等を整備するとしていたものの、その全ての整備が完了していない場合は、一部の砂防えん堤では、計画流出土砂量の全量を捕捉することができないことなどによるものである。そこで、砂防えん堤の下流における特別警戒区域の指定状況についてみると、除石管理型砂防えん堤では基礎調査が実施済みの615基のうち155基、非除石管理型砂防えん堤では基礎調査が実施済みの1,683基のうち764基、計919基(基礎調査が実施済みの砂防えん堤2,298基の39.9%)で特別警戒区域が指定されていた。
(イ) 砂防えん堤における保全対象等
上記のとおり、全体計画において計画されている複数の砂防えん堤等が現時点では一部整備されていないことなどにより、特別警戒区域が指定されている場合もあるが、計画されている全ての砂防えん堤等を整備するには相当の時間と費用を要する。このため、土石流による被害を軽減させるためには、保全対象を考慮するなどして、既存の砂防えん堤が有効に機能するよう除石を行ったり、計画されている砂防えん堤を効率的に整備したりする必要がある。
a 除石管理型砂防えん堤について
(a) 除石を行う際の土砂等の搬出方法等
前記のとおり、土石流対策指針によれば、土石流・流木対策施設において、除石を前提とした施設の効果量を見込む場合は、捕捉あるいは堆積した土砂等を速やかに除石することとされており、また、堆砂後の除石のため、管理用道路を含めあらかじめ搬出方法を検討しておくものとされている。さらに、砂防計画策定指針の解説によれば、土砂等の搬出方法や搬出土砂等の受入先、除石の実施頻度等の除石計画を検討する必要があるとされている。そこで、除石管理型砂防えん堤のうち土石流対策砂防えん堤として整備された1,157基について、管理用道路の整備状況についてみると、533基(46.0%)においては整備されていなかった。また、管理用道路が整備されていない砂防えん堤533基について、除石計画における搬出方法の記載の有無についてみると、約6割が記載されていなかった。
(b) 保全対象と土砂等の搬出方法
除石管理型砂防えん堤のうち土石流対策砂防えん堤として整備された1,157基において、基礎調査が実施されている615基(53.1%)の保全対象についてみると、表4のとおり、人家が10戸以上所在していたり、公共施設等が所在していたりするものが見受けられた。そして、これらのうち、管理用道路が整備されておらず、かつ、除石計画において搬出方法が記載されていない除石管理型砂防えん堤は、人家が10戸以上所在しているもので71基、公共施設が所在しているもので62基となっていた。
表4 除石管理型砂防えん堤における保全対象の状況等
都道府県名 | 基礎調査済の砂防えん堤数 | 保全対象 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
人家 | 公共施設 | 緊急輸送道路等 | DID | |||||
0戸 | 1~9戸 | 10~49戸 | 50戸~ | |||||
北海道 | 26 | 3 | 9 | 13 | 1 | 16 | ― | ― |
秋田県 | 3 | 2 | ― | 1 | ― | 2 | ― | ― |
山形県 | 44 | 3[3] | 13[13] | 26[26] | 2[2] | 18[18] | 10[10] | ― |
茨城県 | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
群馬県 | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
埼玉県 | 7 | 2[2] | 1[1] | 4[3] | ― | 2[1] | 1 | ― |
千葉県 | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
東京都 | 1 | 1 | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
富山県 | 21 | 3 | 10 | 8 | ― | 7 | 9 | ― |
福井県 | 65 | 15 | 20[8] | 18[4] | 12[3] | 31[10] | 5 | ― |
愛知県 | 14 | 4[4] | 7[5] | 3[3] | ― | 6[6] | 3[3] | ― |
三重県 | 10 | ― | 7[7] | 3[3] | ― | 2[2] | 3[3] | ― |
京都府 | 28 | ― | 12 | 12 | 4 | 13 | 3 | 2 |
兵庫県 | 88 | 3 | 28 | 53 | 4 | 13 | 10 | 1 |
奈良県 | 24 | 5[1] | 12[9] | 4[2] | 3[3] | 8[7] | 8[4] | ― |
和歌山県 | 6 | ― | 3 | 3 | ― | ― | 1 | ― |
鳥取県 | 30 | 4 | 14 | 11 | 1 | 7 | 6 | ― |
島根県 | 30 | 6 | 13 | 9 | 2 | 7 | ― | ― |
山口県 | 17 | 4 | 9 | 4 | ― | 1 | 1 | ― |
徳島県 | 22 | 3[2] | 9[6] | 10[6] | ― | 10[7] | 11[8] | ― |
香川県 | 24 | 2[2] | 6[2] | 15[2] | 1 | 12[2] | 3 | ― |
愛媛県 | 42 | 1[1] | 11[1] | 16[8] | 14[5] | 24[6] | 25[9] | 2 |
長崎県 | 2 | ― | ― | ― | 2 | 2 | ― | ― |
大分県 | 8 | 1 | 4[3] | 2 | 1[1] | 5[2] | 1 | ― |
宮崎県 | 5 | 1[1] | 4[3] | ― | ― | 3[1] | 1 | ― |
鹿児島県 | 96 | 41[1] | 24 | 22 | 9 | 27 | 32[1] | ― |
沖縄県 | 2 | ― | ― | 1 | 1 | ― | 1 | ― |
計 | 615 | 104[17] | 216[58] | 238[57] | 57[14] | 216[62] | 134[38] | 5 |
b 非除石管理型砂防えん堤について
非除石管理型砂防えん堤の中には、渓流の最下流に整備されており、その直下に人家や公共施設等が所在している場合がある。そこで、満砂状態となっている非除石管理型砂防えん堤4,114基のうち渓流の最下流に整備されている1,608基についてみると、基礎調査が実施されているのは906基(56.3%)となっていた。そして、当該砂防えん堤の保全対象についてみると、人家が50戸以上所在していたり、警戒区域の一部等がDIDとなっていたりなどしていた。さらに、この1,608基の砂防えん堤のうち、保全対象に人家が10戸以上所在し、かつ、特別警戒区域が指定されているものについてみると、特別警戒区域の中に人家が10戸以上所在しているものが17基となっていた。
砂防関係施設について、合規性、効率性、有効性等の観点から、警戒区域等における砂防関係施設の整備状況等はどのようになっているか、土砂災害対策事業が効率的に実施されているか、砂防関係施設の定期点検等は適切に行われているか、既存の土石流対策砂防えん堤について、土石流による被害を軽減させるため、除石が適切に行われるなどしているかなどに着眼して検査を行ったところ、次のような状況となっていた。
ア 砂防関係施設が未整備である特別警戒区域を含む警戒区域の一部等がDIDとなっている警戒区域については、土石流では692区域、急傾斜地の崩壊では6,882区域となっており、また、12年から26年までの間に人的被害が生じた土砂災害発生箇所78か所の中には、過去に土石流が発生したこん跡があるとされているものも見受けられた。
イ 土砂災害対策事業を実施するに当たり、事業採択後に、用地測量や設計業務等を行っているが、砂防関係施設を整備する箇所の用地交渉が未了であるなどの理由で、工事が5年以上未着手となっている事業が砂防事業等の34事業となっていた。また、このうち、特別警戒区域において工事を実施することとしていた事業が15事業となっていた。
ウ 26年度における定期点検の実施状況は、砂防設備では27.7%、地すべり防止施設では29.2%、急傾斜地崩壊防止施設では26.7%となっていた。そして、砂防設備台帳に一部不備があり、砂防設備の位置が確認できないため定期点検又は25年緊急点検が実施されていない事態が見受けられた。
エ 除石管理型砂防えん堤1,157基については、基礎調査が実施済みの615基のうち155基において、非除石管理型砂防えん堤4,114基については、基礎調査が実施済みの1,683基のうち764基において、特別警戒区域が指定されていた。そして、除石管理型砂防えん堤については、警戒区域に多数の人家等が所在しているものもあるが、除石を行う際に必要な管理用道路が整備されておらず、かつ、除石計画において搬出方法が記載されていないものが見受けられた。また、渓流の最下流に整備されている非除石管理型砂防えん堤については、特別警戒区域に多数の人家が所在していたり、警戒区域の一部等がDIDとなっていたりしているものも見受けられた。
土砂災害対策に係る事業については、明治30年に砂防法が制定されるなどして現在に至るまで実施されてきているが、市街化地域の拡大に伴い、渓流下流部や急傾斜地の直下等、従来人が住んでいなかった地域にも住宅等が立地してきていることなどから、土砂災害が発生した場合には人的被害に結びつく可能性が大きい。
そして、平成26年8月の広島県における土砂災害を契機として、土砂災害防止法の改正が行われ、都道府県は基礎調査をおおむね31年度までの5年間に完了することとされている。
一方、我が国の財政状況は引き続き厳しい状況にあることなどから、警戒区域等において砂防関係施設が整備されていない区域が多数に上っている。
そこで、国土交通省においては、今後、基礎調査が確実に実施されるよう努めるとともに、以下の点について都道府県に助言するなどして、砂防関係施設を効率的に整備し、また、施設が有効に機能するよう維持管理を適切に行い、もって土砂災害が発生した場合に人的被害が軽減等されるよう努める必要がある。
ア 広島県の土砂災害を教訓に、砂防関係施設の整備に当たっては、保全対象に人家が密集している区域があることを十分認識したり、過去に土砂災害が発生した箇所についてできるだけ把握したりした上で、優先順位を検討し、限られた予算の中で効率的に実施すること
イ 土砂災害対策事業を実施するに当たり、砂防関係施設を整備する箇所の地権者等に対して、土砂災害の危険性や事業の重要性等を十分説明し理解を求めることなどにより、事業採択後は速やかに工事に着手し、より効率的に事業を実施すること
ウ 砂防関係施設については、土砂災害を防止又は軽減する機能が長期にわたり維持されるよう26年点検要領等により適切に定期点検を実施すること。また、砂防設備台帳の不備を改善するとともに、一部の砂防設備については、位置を確認して速やかに点検を実施すること
エ 除石管理型砂防えん堤については、必要に応じて除石を行うこととなっていることから、除石が必要となった場合に速やかに除石が行えるよう、管理用道路を含めあらかじめ土砂等の搬出方法を検討しておくこと。また、非除石管理型砂防えん堤も含め、既存の土石流対策砂防えん堤については、警戒区域等の土砂災害のおそれのある地域の安全性向上に効果を発揮しているものの、引き続き全体計画において計画されている砂防えん堤の整備を効率的に進めるなど、土砂災害対策を推進していくこと
本院としては、都道府県がおおむね31年度までの5年間で基礎調査を完了し土砂災害の危険性の高い箇所を把握することとされていることから、基礎調査が適切に実施されて危険性の高い箇所が住民に周知されているか、当該箇所における砂防関係施設の整備や維持管理等が適切に行われているかなどについて引き続き注視していくこととする。