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国際熱帯木材機関における財務損失の発生を踏まえた国際機関等から提出される決算書の確認体制の整備等について
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり意見を表示する。
記
我が国は、国際連合に代表される国際機関、国際的な活動を行っている民間団体等(以下「国際機関等」という。)に対して、その活動に必要な経費に充てるために、国際機関等と協議の上、毎年度拠出金を拠出するなどしている。
国際熱帯木材機関(The International Tropical Timber Organization。以下「ITTO」という。)は、熱帯木材生産林の持続可能な経営の促進、熱帯木材貿易の拡大等を目的として、昭和60年に設立された国際機関であり、「2006年の国際熱帯木材協定」(平成23年条約第18号。以下「協定」という。)に基づき、森林経営、林地の復旧等の事業を行っている。
そして、平成29年3月末現在、我が国のほか71か国及び欧州連合がITTOに加盟しており、協定に基づき、全ての加盟国で構成された国際熱帯木材理事会(以下「理事会」という。)が最高機関となっている。我が国は、ITTOの設立当初からの加盟国であり、外務省及び林野庁(以下、外務省と林野庁を合わせて「貴省庁」という。)の担当者が理事会に出席している。また、理事会の下に事務局(以下「ITTO事務局」という。)が横浜市に設置されており、ITTO事務局の長である事務局長は、協定及び理事会の決定に基づいた事業等の実施について、理事会に対して責任を負うこととされている。
ITTOに対する拠出金は、協定に基づき、森林経営等の事業実施のための費用に使用されることとなっている。また、拠出金を拠出している国(以下「拠出国」という。)は、任意に決定した金額を拠出して、自己の拠出金を特定の事業に割り当てるように要請することができることとなっており(以下、拠出金により実施される事業を「拠出金事業」という。)、拠出金事業の完了後、拠出金に残額(以下「使用残額」という。)が生じている場合、その使途は、拠出国が決定することとなっている。
そして、我が国は、持続可能な森林経営促進のための支援や森林減少及び森林劣化の抑制等を目的として、ITTOに対して、23年度から27年度までに計17億2689万余円の拠出金を拠出しており、また、ITTOに対する拠出金の総拠出額における我が国の拠出割合は、23年から26年までの各会計年度(1月から12月まで。以下、「会計年度」とは、ITTOの会計年度のことをいう。)において、50%から61%までと拠出国の中で最も高くなっている。
ITTOにおける拠出金は、協定に基づき、特別勘定等において経理されることとなっており、具体的な会計に関する事項は、ITTOの財政規則において定められている。そして、これらの勘定について作成された決算書は、理事会により指名された独立監査人による会計監査を受けた上で各会計年度の終了後6か月以内に各加盟国に送付され、その後開催される最初の理事会において、承認に向けて審議されることとなっている。
ITTO事務局は、27年11月にマレーシアで開催された第51回理事会において26会計年度の決算を報告する際、24年に拠出金を財源として、財政規則に反するおそれのある投資ファンドに600万米ドルの投資を行っていたこと、当該投資ファンドが25年に清算手続に入ったことなどにより25会計年度の決算において600万米ドルの損失を計上したこと、及び25年から26年までの間に上記の投資ファンドとは別の投資ファンドに対しても拠出金を財源として財政規則に反するおそれのある1220万米ドルの投資を行っていることを報告した。
理事会は、ITTO事務局からこれらの投資に関する報告を受けて、調査監視委員会をITTO内に設置することを決定した。その後、ITTOは、28年2月に上記の1220万米ドルを投資していた投資ファンドに対して投資資金の返還を請求したものの、同年4月に当該投資ファンドから清算手続に入った旨を通知され、上記600万米ドルの損失に加えて、1220万米ドルについても資金の回収が見込めない状況となったことが判明した。
そして、同年11月に開催された第52回理事会において、理事会は、財務損失への対応指針(以下「対応指針」という。)を採択した。対応指針等によれば、29年11月に行われる第53回理事会において、対応指針等に基づく財務損失の処理状況が報告されることとなっている。
(検査及び現地調査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、有効性等の観点から、貴省庁がITTOの財務損失を未然に防止することが可能であったか、この一連の事態によりITTOにおける我が国の拠出金事業にはどのような影響があるのかなどに着眼して、ITTOに対する我が国の拠出金等を対象として、貴省庁において、ITTOの決算書等の内容の確認状況等について会計実地検査を行うとともに、外務省の職員の立会いの下にITTO事務局の協力が得られた範囲内で、現在のITTO事務局職員から財務損失に関する説明及び資料の提出を受けるなどして現地調査を実施した。
(検査及び現地調査の結果)
検査及び現地調査を実施したところ、次のような事態が見受けられた。
ITTOの財政規則によれば、全ての収入を理事会で承認を受けた金融機関に預け入れることとされており、21年の理事会において、5金融機関に対する預入れ及びこれらの金融機関における信用リスクのない(no credit risk)資金運用が承認されている。しかし、調査監視委員会の調査により、当時の事務局長、事務局次長及び財務部長(以下、これらの者を合わせて「3幹部」という。)は、財政規則に反して理事会で承認を受けていない金融機関(以下「未承認金融機関」という。)である投資ファンドに対して24年10月に600万米ドル、25年3月に620万米ドル、26年2月に600万米ドル、計1820万米ドルを投資していたことが判明した。
また、ITTOの決算書は、理事会の開催前に各加盟国に送付されていることから、貴省庁は、送付された決算書を精査することにより、財務状況を確認することができる状況にある。
そこで、ITTOが未承認金融機関に対して投資していたことについて、貴省庁が決算書により把握することが可能であったのかなどについて確認したところ、次のとおりとなっていた。
ITTOの決算書は、貸借対照表(Balance Sheets)、損益計算書(Statements of Revenues and Expenditures)等から構成されている。そして、23会計年度から26会計年度までの決算書の記載内容についてみると、表1のとおりとなっており、24会計年度の貸借対照表には満期保有債券が1506万余米ドル計上されている一方で投資有価証券は計上されていなかった。これに対して、25、26両会計年度の貸借対照表には満期保有債券が計上されておらず、投資有価証券がそれぞれ1290万余米ドル及び1220万米ドル計上されていた。また、25会計年度の損益計算書には投資有価証券の減損処理として600万米ドルが計上され、投資有価証券に関して、600万米ドルを投資した投資ファンドが清算手続に入ったため同額を減損処理する旨が注記されていた。
表1 ITTOの決算書における記載内容(平成23会計年度~26会計年度)
貸借対照表
科目 | 平成23会計年度末 | 24会計年度末 | 25会計年度末 | 26会計年度末 |
---|---|---|---|---|
Assets(資産) | 50,970,104 | 45,165,005 | 38,326,258 | 38,841,939 |
うちHeld to maturity securities(満期保有債券) | 4,969,284 | 15,061,660 | ― | ― |
うちInvestments in securities(投資有価証券) | ― | ― | 12,902,060 | 12,200,000 |
Liabilities and contributions(負債) | 6,182,089 | 3,428,490 | 5,800,715 | 4,909,424 |
Members' funds(出資) | 44,788,015 | 41,736,515 | 32,525,542 | 33,932,516 |
損益計算書
科目 | 平成23会計年度 | 24会計年度 | 25会計年度 | 26会計年度 |
---|---|---|---|---|
Revenues(収益) | 26,848,781 | 18,702,494 | 17,676,203 | 19,433,111 |
Expenditures(費用) | 20,019,931 | 21,758,946 | 25,001,823 | 18,262,059 |
うちImpairment of Investments in securities(投資有価証券の減損処理) | ― | ― | 6,000,000 | ― |
Excess of revenues over expenditures(収入超過額) | 6,828,850 | -3,056,452 | -7,325,620 | 1,171,052 |
したがって、貴省庁は、24、25両会計年度の決算書により、ITTOが25会計年度に新たな投資を行っていたことが、また、25会計年度の決算書により、理事会において資金運用の承認を受けた5金融機関ではなく信用リスクのある未承認金融機関へ投資していたことが把握可能であったと認められる。
貴省庁は、ITTOが未承認金融機関に投資していたことが上記のとおり把握可能であった25会計年度の決算書を26年6月30日に受領しており、理事会が開催される同年11月3日までのおおむね4か月の間決算書を確認することが可能であった。しかし、貴省庁は、前記の600万米ドルに及ぶ減損処理に関する注記等について、ITTO事務局に対して疑義を呈したり、理事会において質問したりするなどの対応を行っておらず、決算書の確認を十分に行わないまま、25会計年度の決算書を承認する旨を表明していた。
前記のとおり、25年及び26年に投資ファンドに投資した計1220万米ドルについて、28年4月に当該投資ファンドから清算手続に入った旨が通知され、回収が見込めない状況となっていることが判明している。そこで、信用リスクのある未承認金融機関である投資ファンドへの投資を貴省庁が把握可能であったと認められる26年6月以降に、投資資金の払戻しを受けることができたのかをみるために、当該投資ファンドからITTO事務局に送付されていた書類を確認したところ、当該投資ファンドは、26年12月末現在において、ITTO事務局が投資した1220万米ドルに見合う資産を保有していることなどが記述されていた。したがって、貴省庁が25会計年度の決算書を受け取った26年6月に適切に事態を把握して、当該事態を問題視するとともに、信用リスクのある未承認金融機関である投資ファンドに投資されていた上記の1220万米ドルについて、解約する手続をとるようITTOに要求していれば、投資した資金の全部又は一部が払い戻された可能性があると認められる。
貴省庁では、我が国が国際機関等の加盟国として決算書の承認等を行う必要がある場合、各国際機関等を担当する担当者が決算書を確認することになっている。
そこで、貴省庁において、国際機関等から送付されてくる決算書に関する確認方法について検査したところ、どのような点に注意して確認するのか、疑義があった場合にどのような対応をとるのかなどの具体的な手続等は定められていなかった。また、各担当者に対する貸借対照表、損益計算書等に関する研修も実施されていなかった。これらのことから、貴省庁においては、国際機関等の決算書を確認することの重要性に対する意識が低いと認められる。
ITTO事務局は、一連の事態が生ずる原因には、ITTOにおける次のような財務会計事務処理上の問題点があったとしている。
ア ITTOにおける支払の意思決定の手続は、投資に関与した3幹部のみの決裁により可能な体制となっていた。そして、一部の一般職員は、未承認金融機関である投資ファンドへの投資の安全性に疑義を抱いていたが、ITTOの内部告発制度は、事務局長に告発するものであることから、事務局長が主導していた本件事態については、有効に機能するものとはなっていなかった。
イ 25会計年度の決算の会計監査を実施した監査法人(本邦法人)は、監査報告書において、決算書は全ての重要な点において会計方針に従って作成されているとの適正意見を表明する一方で、投資有価証券に係る600万米ドルの減損処理に至った経緯等について、理事会に報告したいと主張した。しかし、3幹部の反対により、この報告は実現しなかった。
これらのことから、ITTOにおいては事務局職員による財政規則に反した投資を防止したり、早期に発見したりするための体制が有効に機能していなかったと認められる。
前記のとおり、未承認金融機関である投資ファンドに投資された計1820万米ドルについては、その全額について回収が見込めない状況となっている。そこで、この状況が我が国の拠出した拠出金にどのような影響を与えているかをみるために、ITTOに対する拠出額における我が国の拠出割合等を用いて財務損失に係る我が国の拠出金相当額を試算したところ、その額は、表2のとおり811,567,120円となっている。
表2 財務損失に係る我が国の拠出金相当額
ITTOの財務損失 (A) |
我が国の拠出割合 (B) |
財務損失に係る我が国の拠出金相当額
(C)=(A)×(B) |
うち外務省分 | うち林野庁分 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
支払割合 | 拠出金相当額 | 支払割合 | 拠出金相当額 | |||
18,200,000米ドル | 54.38% | 9,897,160米ドル (811,567,120円) |
69.05% | 6,833,989米ドル (560,387,097円) |
30.95% | 3,063,171米ドル (251,180,023円) |
ITTOの理事会は、対応指針に基づき、各拠出金事業の期待される結果又は成果に重大な影響を及ぼすことなく、可能な限り多くの実施中の拠出金事業を継続させるために、特別勘定等において経理されている積立金から最大で1090万米ドルを実施中の拠出金事業の資金に充当した上で拠出金事業の進捗に応じて、次の①から③までの対応をとることにしている。
① 完了している拠出金事業に使用残額が生じている場合には、当該使用残額を実施中の他の拠出金事業の資金に充当する。
② 少なくとも2年間にわたり開始されていない拠出金事業や十分な資金が拠出されていない拠出金事業については、中止、縮小等を検討して、当該未執行額を実施中の他の拠出金事業の資金に充当する。
③ 実施中の拠出金事業については、①及び②による資金を充当してもなお資金の不足が想定されることから、各拠出金事業に係る事業費について、未執行額の1割から2割を削減する。
そこで、ITTOにおいて①から③までの対応がとられた場合に、我が国の拠出金事業にどのような影響があるかについて、ITTOが公表している資金及び拠出金事業の進捗状況等を基に本院において試算したところ、表3のとおり、新規の拠出金事業等に使用残額を充当できなくなったり、実施中の拠出金事業の事業費が削減されたりなどして、我が国の拠出金事業のうち最大3億6061万余円相当分の事業が影響を受けるおそれがあると認められる。
表3 財務損失により我が国の拠出金事業が受ける影響
拠出金事業の進捗状況 | 所管別 | 拠出金事業数 | 影響額 | 我が国の拠出金事業が受ける影響 |
---|---|---|---|---|
①完了 | 外務省 | 61事業 | 1,307,664.53米ドル (117,208,735円) |
新規の拠出金事業等に使用残額の充当ができなくなる。 |
林野庁 | 32事業 | 439,451.32米ドル (38,030,880円) |
||
計 | 93事業 | 1,747,115.85米ドル (155,239,615円) |
||
②未開始等 | 外務省 | 3事業 | 845,826.03米ドル (86,305,963円) |
予定していた拠出金事業が中止等される。 |
③実施中 | 外務省 | 19事業 | 995,929.88米ドル (95,543,060円) |
現在実施中の拠出金事業の事業費が削減される。 |
林野庁 | 10事業 | 266,984.93米ドル (23,523,998円) |
||
計 | 29事業 | 1,262,914.82米ドル (119,067,058円) |
||
合計 | 外務省 | 83事業 | 3,149,420.44米ドル (299,057,758円) |
/ |
林野庁 | 42事業 | 706,436.25米ドル (61,554,878円) |
||
計 | 125事業 | 3,855,856.70米ドル (360,612,636円) |
ITTO事務局は、開発途上国等の実施機関に対して各加盟国からの拠出金を交付することなどにより拠出金事業を実施しているが、必要に応じて拠出金事業が適切に行われているかを確認するなど拠出金事業の管理を行っている。そして、前記③の対応により、実施中の拠出金事業については、事業の規模、内容、進捗等の面において一定程度の影響が生ずることが見込まれる。また、ITTOにおいては、対応指針に基づき積立金を使用することとなっているが、この中には、拠出金事業の管理等を行うための事業支援資金が81万米ドル、事後評価を行うための資金が80万米ドル含まれている。
このように、拠出金事業の事業費を削減したり、事業支援資金や事後評価を行うための資金を使用したりすることから、今後、ITTOにおいては、各拠出金事業の目的が達成されるよう、より適切に事業の管理等を行う必要が生ずることとなる。
(改善を必要とする事態)
貴省庁においてITTOの決算書の確認を十分に行っていない事態、及び財政規則に反した投資により発生した財務損失が我が国を含む加盟国の拠出金により実施しているITTOの拠出金事業に影響を及ぼす状況となっている事態は適切ではなく、改善の要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、ITTO事務局職員の問題等によるところもあるが、貴省庁において、次のことなどによると認められる。
貴省庁は、国際的な貢献を行うことを目的とする事業を実施するために、今後も国際機関等に対して多額の拠出金等を拠出することが見込まれる。また、我が国は、ITTOの最大の拠出国であることなどから、貴省庁は、引き続きITTO事務局及び各加盟国と連携するなどして、今回の一連の事態の解決に努める必要がある。
ついては、貴省庁において、今後、ITTO及び他の国際機関等において今回の一連の事態と同様の事態が生じないよう、また、ITTOの財務損失により資金が不足することとなる実施中の拠出金事業が適切に実施されるよう、次のとおり意見を表示する。