【適宜の処置を要求し及び是正改善の処置を求めたものの全文】
国民年金法及び厚生年金保険法に基づく遺族年金の支給について
(平成29年10月26日付け 厚生労働大臣宛て)
標記について、会計検査院法第34条の規定により、下記のとおり是正の処置を要求し及び是正改善の処置を求める。
記
貴省は、平成22年1月1日に社会保険庁が廃止されたことに伴い、従来、社会保険庁が所掌していた事業に関する事務を所掌しており、国民年金法(昭和34年法律第141号)、厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)等に基づき、被保険者の老齢、障害又は死亡について、各種年金を支給している。そして、貴省は、これらの支給に係る事務の一部を日本年金機構(以下「機構」という。)に委任又は委託している。
このうち、国民年金法に基づく遺族基礎年金及び寡婦年金並びに厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金(国民年金法等の一部を改正する法律(昭和60年法律第34号)による改正前の厚生年金保険法による遺族年金を含む。以下、これらを合わせて「遺族年金」という。)は、国民年金又は厚生年金保険の被保険者又は被保険者であった者が死亡したときに、その者によって生計を維持されていた遺族に対して支給されるものである。そして、27年度末現在における遺族年金の受給権者(以下「受給権者」という。)数及び27年度における支給額は、遺族基礎年金及び寡婦年金で25万余人、966億4364万余円、遺族厚生年金で563万余人、4兆8470億5859万余円となっている。
国民年金法及び厚生年金保険法によれば、遺族年金の受給権者が死亡したとき、又は婚姻、養子縁組(事実上、婚姻又は養子縁組関係と同様の事情にある場合を含む。)、離縁等(以下、これらを合わせて「婚姻等」という。)をしたときは受給権が消滅するとされている(以下、遺族年金の受給権の消滅を「失権」といい、失権の原因となる死亡又は婚姻等の事由を「失権事由」という。)。そして、受給権者が失権事由に該当した場合には、失権事由に該当した日(以下「失権日」という。)の属する月の翌月から遺族年金を支給しないとされている。
したがって、失権日の属する月の翌月以降分として支給された遺族年金については返還を求めることとなるが、会計法(昭和22年法律第35号)の規定によれば、この返還請求権は5年間の消滅時効期間の経過により消滅するとされている。
国民年金法施行規則(昭和35年厚生省令第12号)及び厚生年金保険法施行規則(昭和29年厚生省令第37号)によれば、受給権者は、失権事由(死亡を除く。以下同じ。)に該当した場合、遺族基礎年金については14日以内に、寡婦年金については速やかに、遺族厚生年金については10日以内に、失権日、失権事由等を記載した届書(以下「失権届」という。)に遺族年金の年金証書等を添付して機構(21年12月31日以前は社会保険庁)に提出しなければならないとされている。そして、失権届の提出を受けた機構の年金事務所又は事務センター(21年12月31日以前は社会保険庁地方社会保険事務局の社会保険事務所等。以下、これらを合わせて「年金事務所等」という。)は、失権届に失権日、失権事由等が記載されているか、年金証書等が添付されているかなどについて点検した上で、年金給付システム(注1)に、失権届に基づいて失権日、失権事由等の事項を入力し、失権の処理を行うこととしている。
国民年金法施行規則及び厚生年金保険法施行規則によれば、受給権者がその氏名を変更したときは、遺族基礎年金及び寡婦年金については14日以内に、遺族厚生年金については10日以内に、変更前の氏名、変更後の氏名等を記載した届書(以下「氏名変更届」という。)を機構に提出しなければならないとされている。そして、氏名変更届には氏名を変更した理由を記載することになっており、機構は、氏名変更届に記載された氏名の変更理由が失権事由に該当する場合には、受給権者に対して失権届の提出を求めることとしており、失権届の提出を受けたときに失権の処理を行うこととしている。
貴省及び機構は、住民基本台帳法(昭和42年法律第81号)等の改正により、15年から国民年金法、厚生年金保険法等による受給権者の届出等の事務処理に関して、地方公共団体情報システム機構(26年3月31日以前は財団法人地方自治情報センター)から、住民票に記載されている受給権者の住所、氏名、性別及び生年月日、これらの変更に係る異動情報並びに受給権者の死亡等の本人確認情報(以下「住基ネット情報」という。)の提供を受けることができることとされた。そして、貴省及び機構は、23年7月以降、毎月、住基ネット情報の提供を受けている。住基ネット情報には婚姻等の情報は含まれていないが、氏名変更の情報から当該受給権者が婚姻等の失権事由に該当する可能性を把握できる状況となっている。
国民年金法施行規則及び厚生年金保険法施行規則によれば、厚生労働大臣は、住基ネット情報により必要な事項の確認を行うものとされている。そして、貴省は、住基ネット情報により受給権者が死亡したことを把握した場合には、年金給付システムにおいて年金の支払を保留する処理を機構に行わせることとしており、住基ネット情報を活用して、死亡した者に対して年金を支給しないようにする対策を講じている。
一方、貴省は、住基ネット情報において受給権者の氏名に変更があった場合については、年金給付システムに登録されている氏名を住基ネット情報により更新する処理を機構に行わせると、更新後の氏名が年金振込口座の名義と相違して年金の振込ができなくなるおそれがあるとして、受給権者から氏名変更届の提出を受けてから更新させることとしている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
遺族年金は、被保険者から徴収された保険料、一般会計からの国庫負担金等を財源として支給されるものであり、制度を適正かつ公平に運用する必要があることを踏まえると、受給権者の受給権の確認を適切に行い、遺族年金の支給を適正に行う必要がある。
そこで、本院は、合規性等の観点から、遺族年金の支給は受給権者に対して適正に行われているか、失権の処理は実際の失権日に基づいて適切に行われているかなどに着眼して、貴省本省、機構本部及び155年金事務所等において関係書類を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、上記の155年金事務所等を含む225年金事務所等から関係書類の提出を受けて、その内容を精査するなどして検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた((2)ア及びイの事態には重複しているものがある。)。
(受給権者25人、支給額計1億6019万余円)
受給権者数が多い11都道府県(注2)の139年金事務所の管轄地域内に住所登録のある受給権者のうち、27年度又は28年度に遺族年金の支給を受けていた者の中から7,101人を抽出して、機構を通じて年金給付システムに登録されている氏名と住基ネット情報の氏名とを住民票コードにより突合して確認したところ、住基ネット情報において氏名が変更されていて、両者が一致しなかったものが、48年金事務所の管轄地域内に計65人(7,101人に対する割合0.9%)見受けられた。そこで、当該65人について機構を通じて氏名変更の理由について確認したところ、25人(同0.3%)の氏名変更は婚姻によるものとなっていて、失権事由に該当していた。
しかし、年金事務所等に失権届が提出されていないことから、貴省は、上記の25人に対して失権日の属する月の翌月から29年5月までの期間に係る遺族年金計1億6019万余円を支給していた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例1>
受給権者Aについて、機構を通じて年金給付システムに登録されている氏名と住基ネット情報の氏名とを住民票コードにより突合したところ、住基ネット情報では平成23年2月に氏名が変更されていて、両者が一致しなかった。そこで、更に機構を通じて氏名変更の理由について確認したところ、Aは同月に婚姻していた。しかし、失権届が提出されていないことから、貴省は、Aに対して失権日の属する月の翌月である23年3月から29年5月までの期間に係る遺族年金計1235万余円を支給していた。
(受給権者970人、支給額計17億1327万余円)
(受給権者967人、支給額計17億0567万余円)
26年4月から29年3月までの間に223年金事務所等に失権届を提出した受給権者計2,752人について、その提出状況を確認したところ、所定の期限を経過して提出しているもの(注3)が計2,077人(2,752人に対する割合75.4%)となっていた。また、このうち1年を超えて提出しているものが計638人(同23.1%)となっていた。
そして、上記2,077人のうち計967人(同35.1%)については、遺族年金を失権日の属する月の翌月以降も支給しており、その額は計17億0567万余円となっていた。
また、上記967人のうち、失権日の属する月の翌月以降に支給した遺族年金に係る返納金債権の全部又は一部について5年間の消滅時効期間が経過して、返還請求を行うことができない状況となっているものが、計165人、8億6602万余円見受けられた。
そこで、前記の受給権者2,077人について、機構を通じて住基ネット情報における氏名の変更状況を確認したところ、このうち908人については、失権届に記載された失権日に住基ネット情報において氏名が変更されており、住基ネット情報を活用すれば、氏名変更を適時に把握できることから、当該受給権者が失権事由に該当しているかどうかについて確認することが可能であったと認められる。そして、当該908人のうち実際に遺族年金を失権日の属する月の翌月以降も支給していたものが、計406人、2億1081万余円見受けられ、このうち計3人、275万余円については、既に消滅時効期間が経過していた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例2>
西宮年金事務所は、平成28年11月に、受給権者Bが23年1月に婚姻したとする失権届の提出を受けていた。貴省がBに対して支給した失権日の属する月の翌月である23年2月から28年11月までの期間に係る遺族年金の額は、計1076万余円となっており、このうち23年2月から24年1月までの期間に係る計192万余円については、既に消滅時効期間が経過していた。しかし、機構を通じて住基ネット情報におけるBの氏名の変更状況を確認したところ、Bの氏名は失権届に記載された失権日に変更されており、住基ネット情報を活用すれば氏名変更を適時に把握することが可能であったと認められる。
(受給権者7人、支給額計760万余円)
前記の受給権者2,752人について、機構を通じて住基ネット情報における氏名の変更状況を確認したところ、失権届に記載された失権日よりも前に受給権者の氏名が変更されていて、遺族年金の過払いが生じている可能性があるものが計32人(2,752人に対する割合1.1%)見受けられた。
上記の32人について、機構を通じて実際の失権日及び失権事由を確認できた8人についてみると、8人全員が婚姻により失権しており、このうち7人(同0.2%)については、実際の失権日の属する月が失権届に記載された失権日の属する月よりも前となっていた。
しかし、機構は、失権届に記載された失権日に基づき失権の処理を行っていることから、貴省は、上記の7人に対して実際の失権日の属する月の翌月から失権届に記載された失権日の属する月までの期間に係る遺族年金計760万余円を支給していた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例3>
中野年金事務所は、平成29年2月に受給権者Cから同月に婚姻したとする失権届の提出を受けていた。一方、住基ネット情報においてCの氏名は22年11月に変更されており、機構を通じて実際の失権日及び失権事由を確認したところ、Cは実際には同月に婚姻していた。しかし、機構は、失権届に記載された失権日に基づき失権の処理を行っていることから、貴省は、Cに対して実際の失権日の属する月の翌月である22年12月から29年2月までの期間に係る遺族年金計706万余円を支給していた。
(是正及び是正改善を必要とする事態)
失権事由に該当しているのに、失権届を提出していなかった受給権者や失権届を遅れて提出していた受給権者に対して遺族年金を支給したり、事実と相違する失権日に基づいて失権の処理を行って、失権事由に該当している受給権者に対して遺族年金を支給したりしている事態は適切ではなく、是正及び是正改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、受給権者が遺族年金の失権事由を十分に理解しておらず所定の期限までに失権届を提出していないことなどにもよるが、貴省において次のことなどによると認められる。
前記のとおり、遺族年金は、被保険者から徴収された保険料、一般会計からの国庫負担金等を財源として支給されるものであり、適正かつ公平に制度を運用する必要がある。
ついては、貴省において、失権事由に該当している受給権者を特定した上で、失権事由に該当しているのに失権届を提出していなかった受給権者に対して支給された遺族年金や、失権届に事実と相違する失権日を記載していた受給権者に対して支給された遺族年金について、既に消滅時効が成立しているものなどを除き、機構に対して返還の手続を行わせるよう是正の処置を要求するとともに、住基ネット情報を受給権者の受給権の確認に一層活用するなどして、国民年金法、厚生年金保険法等に基づく遺族年金の支給を適正に行うことができるよう、次のとおり、是正改善の処置を求める。