【改善の処置を要求したものの全文】
鳥獣被害防止総合対策交付金事業における侵入防止柵の設置等について
(平成29年10月27日付け 農林水産大臣宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
貴省は、鳥獣による農林水産業等に係る被害(以下「鳥獣被害」という。)の軽減に資することを目的として、平成20年度から、鳥獣被害防止総合対策交付金実施要綱(平成20年19生産第9423号農林水産事務次官依命通知。以下「要綱」という。)等に基づき、鳥獣被害防止総合対策交付金事業(以下「交付金事業」という。)を実施する市町村、農林漁業団体等から構成される協議会等の事業主体に対して鳥獣被害防止総合対策交付金(以下「交付金」という。)を交付している。
要綱等によれば、交付金事業は、被害防止計画に基づき、有害捕獲、被害防除及び生息環境管理の取組を総合的かつ計画的に実施する事業並びに鳥獣被害防止施設等の整備を行う事業等とされている。
鳥獣による農林水産業等に係る被害の防止のための特別措置に関する法律(平成19年法律第134号)等によれば、市町村は、その区域内で被害防止施策を総合的かつ効果的に実施するために、単独で又は共同して、被害防止計画を定めることができるとされている。そして、被害防止計画においては、被害金額、被害面積等に係る鳥獣被害の現状、計画期間(3年程度)の最終年度における鳥獣被害の軽減目標等を記載した鳥獣被害の防止に関する基本的な方針、鳥獣被害の原因となっている鳥獣の種類、防護柵の設置その他の対象鳥獣の捕獲等以外の被害防止施策に関する事項等を定めることとされている。
また、被害防止計画を作成した市町村は、毎年度、鳥獣被害の状況、被害防止計画に基づく鳥獣の捕獲数、被害防除等の実施状況について、都道府県知事に報告(以下「被害防止計画実施状況報告」という。)しなければならないこととされている。
交付金事業において、事業主体は、農地への鳥獣の侵入を防止するための鳥獣被害防止施設として、金網柵、電気柵等の侵入防止柵等を設置することができる。要綱等によれば、事業主体は、交付金事業により整備した施設について、常に良好な状態で管理し、必要に応じて修繕等を行い、その設置目的に即して最も効率的な運用を図ることで適正に管理運営するものとされている。この際、事業主体は、施設の管理運営を直接行い難い場合は、整備目的が確保される場合に限り、交付金事業の実施地域の団体に当該施設の管理運営を行わせることができることとされている。
そして、都道府県知事及び地方農政局長(以下「都道府県知事等」という。)は、事業主体等に対して、施設の適正な管理運営を指導するとともに、交付金事業実施後の管理運営、利用状況及び事業効果の把握に努めるものとされている。
要綱等によれば、事業主体は、交付金事業の実施に当たり、事業実施体制、事業費等を記載した事業実施計画を作成して、被害防止計画を添付した上で都道府県知事等に提出することとされている。また、各年度、上記の事業実施計画に対する交付金事業の実施状況について、侵入防止柵等の施設の概要、事業費等を記載した報告書を作成して都道府県知事等に報告(以下「事業実施状況報告」という。)することとされている。そして、都道府県知事等は、その内容を検討し、被害防止計画に定められた軽減目標の達成が見込まれないと判断したときは、事業主体に対して必要な指導を行うものとされている。
上記の指導に当たり、「鳥獣被害防止総合対策の指導の徹底について」(平成25年25生産第755号生産局農産部農業環境対策課長通知)によれば、都道府県知事等は、事業実施状況報告及び他の既存資料等を活用して、事業主体ごとの取組状況等を勘案しつつ、被害防止計画に基づく実施体制が整備されているか、事業実施計画に基づき鳥獣被害対策が適時適切に実施されているか、軽減目標の達成状況に関して受益地区に係る事業実施年度の被害軽減値を把握しているかなどについて点検することとされている。また、指導は、被害防止計画の期間内に軽減目標の達成が極力図られるよう事業主体等の関係者に対して行うこととされている。
要綱等によれば、事業主体は、被害防止計画に定められた軽減目標の達成状況について、被害防止計画の最終年度の翌年度において自ら評価を行い、都道府県知事等に報告することとされている。そして、都道府県知事等は、その内容を点検評価(以下「事業評価」という。)し、事業主体に対して必要に応じて指導を行うなどとされている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、有効性等の観点から、交付金事業による侵入防止柵の設置や、設置された侵入防止柵の維持管理は適切に行われているか、これらにより鳥獣被害は軽減されているか、また、事業主体に対する指導の仕組みは交付金事業の効果的な実施に資するものとなっているかなどに着眼して、23年度から28年度までの間に908事業主体が実施した交付金事業(事業費計475億1879万余円、交付金交付額計398億5498万余円)を対象として、貴省本省において、鳥獣被害の現状等を確認するとともに、3農政局(注1)、21道府県(注2)及び上記の908事業主体から交付金事業の実施状況に関する調書を徴した上で、このうち430事業主体については、被害防止計画の内容、事業実施計画に定めた交付金事業の実施状況等を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
前記のとおり、事業主体は、交付金事業により整備した侵入防止柵等の施設について、その設置目的に即して最も効率的な運用を図ることで適正に管理運営し、道府県及び地方農政局(以下「道府県等」という。)は、適正な管理運営を指導するとともに、交付金事業実施後の管理運営、利用状況及び事業効果の把握に努めることとなっている。
また、侵入防止柵の効果的な設置方法等の具体的なポイントをまとめた「野生鳥獣被害防止マニュアル」(農林水産省生産局監修)において、設置に当たっては、鳥獣に、侵入防止柵の境目や地面との隙間から侵入されないようにしたり、侵入防止柵を飛び越えられないようにしたりすることなどが、また、維持管理に当たっては、電気柵について適正な電圧を維持するようにすることや、こまめな点検と補修が必要であることなどが、それぞれ留意点として挙げられている。
本院が現地において侵入防止柵の設置状況等を確認したところ、6事業主体に係る9地区において、侵入防止柵の設置及び維持管理が適切に行われていなかったため、ほ場に鳥獣が侵入するおそれのある状況となっていて、実際に鳥獣被害が生じているものが見受けられた。
そこで、交付金事業により整備した侵入防止柵の効果を把握するために、26、27両年度に侵入防止柵を設置した296事業主体に係る7,825地区(事業費計92億8166万余円、交付金交付額計85億9294万余円)における27、28両年度の鳥獣被害の状況を確認したところ、127事業主体に係る4,633地区(事業費計48億4746万余円、交付金交付額計45億8568万余円)において、事業主体は侵入防止柵を設置していないほ場を含めた集落全体の鳥獣被害の状況は把握していたものの、侵入防止柵を設置したほ場ごとに設置後の鳥獣被害の状況を把握していない状況となっていた。
しかし、侵入防止柵を設置したほ場ごとに設置後の鳥獣被害の状況を把握していなければ、これを設置前の状況と比較するなどして侵入防止柵の効果を適切に把握することはできず、侵入防止柵が十分に効果を上げていない場合にこれを的確に管理運営に反映することができないと認められる。
また、前記の296事業主体に係る7,825地区のうち、侵入防止柵を設置したほ場ごとに設置後の鳥獣被害の状況を把握していた184事業主体に係る3,192地区の状況を確認したところ、表1のとおり、26、27両年度に設置した侵入防止柵の設置後1年目に74事業主体に係る459地区、26年度に設置した侵入防止柵の設置後2年目に43事業主体に係る179地区で鳥獣被害がそれぞれ3億6893万余円及び1億5468万余円生じており、設置後1年目と2年目の純計では75事業主体に係る496地区、被害金額計5億2361万余円となっていた。
表1 設置後の鳥獣被害の状況をほ場ごとに把握している地区における被害金額等(平成27、28両年度)
設置年度 | 総地区数 | 設置後1年目 | 設置後2年目 | 設置年度別計 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
地区数 | 被害金額 | 事業費 | 地区数 | 被害金額 | 事業費 | 地区数 | 被害金額 | 事業費 | ||
交付金 交付額 |
交付金 交付額 |
交付金 交付額 |
||||||||
平成26 年度 |
1,878 | 318 | 24,475 | 96,963 | 179 | 15,468 | 49,276 | 355 | 39,943 | 102,631 |
78,857 | 37,275 | 84,156 | ||||||||
27年度 | 1,314 | 141 | 12,418 | 39,129 | ― | ― | ― | 141 | 12,418 | 39,129 |
30,139 | 30,139 | |||||||||
合計 | 3,192 | 459 | 36,893 | 136,092 | 179 | 15,468 | 49,276 | 496 | 52,361 | 141,760 |
108,997 | 37,275 | 114,296 |
そして、上記の75事業主体に係る496地区において鳥獣被害が生じている主な理由を確認したところ、42事業主体に係る242地区については、道路や河川の管理者の許可が得られず侵入防止柵を設置できない箇所があるなどのやむを得ない事情が存在していた。一方で、38事業主体に係る254地区(設置後1年目及び2年目の被害金額計3億7541万余円、事業費計8億4259万余円、交付金交付額計6億8267万余円)については、設置に当たり、侵入防止柵が住宅地と接する箇所に隙間が生じていたり、斜面の下方に設置されたことで鳥獣が飛び越えられる状態となっていたりしており、また、維持管理に当たり、倒木や鳥獣によると思われる損壊が修繕されずに放置されていたり、電気柵の電源を入れ忘れたため柵に電気が流れていなかったりなどしていて、事業主体において設置及び維持管理に改善の余地がある状況となっていた。
このように、侵入防止柵の設置及び維持管理が適切に行われておらず、侵入防止柵が効果を十分発揮していなかったり、その効果が持続していなかったりしている事態は適切とは認められない。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例1>
福知山市有害鳥獣対策協議会(事業主体)は、平成26年度に、シカやイノシシがほ場に侵入することを防ぐために、侵入防止柵を設置し(事業費355万余円、交付金交付額同額)、年1回の点検を実施している。
しかし、現地を確認したところ、侵入防止柵の設置や維持管理が適切に行われていなかったため、侵入防止柵が住宅地のフェンスと接するつなぎ目の箇所や用水路の開口部に、シカ、イノシシなどが通り抜けられる大きさの隙間が設置当初から生じていたり、倒木や鳥獣によると思われる損壊が修繕されずに放置されていたりなどしていて、27、28両年度に計106万余円の農作物の鳥獣被害が生じていた。
23年度から27年度までの間に被害防止計画(計画期間:3年)に基づく交付金事業を実施して、26年度から28年度までの間に事業評価を実施した534件(事業費計251億6710万余円、交付金交付額計207億8419万余円)について、軽減目標の達成状況をみたところ、表2のとおり、軽減目標を達成していないものが221件となっていた。
軽減目標の指標となる被害金額又は被害面積の増減には、気象条件等による鳥獣の個体数の増減といった外的要因の影響も考えられることから、鳥獣被害が減少していないことをもって必ずしも有害捕獲、侵入防止柵の設置による被害防除等の交付金事業の効果が十分でないとはいえない面もあるが、上記221件のうちには、交付金事業を実施したにもかかわらず、鳥獣被害が減少せずむしろ増加しているものが94件(534件の17.6%)見受けられた。
表2 軽減目標の達成状況(平成26年度~28年度)
評価年度 | ||||
---|---|---|---|---|
評価総件数(A) | 軽減目標を達成している件数(B) | 軽減目標を達成していない件数(C) | ||
うち鳥獣被害が増加している件数(D) | ||||
平成26年度 | 244 | 140(57.3%) | 104(42.6%) | 50(20.4%) |
27年度 | 107 | 56(52.3%) | 51(47.6%) | 25(23.3%) |
28年度 | 183 | 117(63.9%) | 66(36.0%) | 19(10.3%) |
計 | 534 | 313(58.6%) | 221(41.3%) | 94(17.6%) |
前記のとおり、道府県等は、各年度行われる事業実施状況報告の内容について検討した上で必要な指導(以下「事業実施状況報告に基づく指導」という。)を行うこととなっており、また、被害防止計画の最終年度の翌年度に行われる評価の内容について点検評価した上で必要に応じて指導(以下「事業評価に基づく指導」という。)を行うこととなっている。
そこで、鳥獣被害が増加している前記の94件に特に着目して、道府県等による指導の実施状況をみたところ、3年ごとの事業評価に基づく指導は94件全てについて行われていた一方、各年度の事業実施状況報告に基づく指導は全く行われていなかった。
そして、この94件について、被害金額等の鳥獣被害の状況が記載された被害防止計画実施状況報告等により、被害防止計画期間中の1年目及び2年目における鳥獣被害の状況を確認したところ、1年目及び2年目に鳥獣被害が増加していたものが72件(94件の76.5%。事業費計22億5211万余円、交付金交付額計20億6191万余円)見受けられた。
前記のとおり、道府県等は、事業実施状況報告に基づく指導を、軽減目標の達成が見込まれないと判断した際に行うものとされており、また、軽減目標の達成が極力図られるよう行うこととされている。したがって、道府県等は、軽減目標の達成を図るために、被害防止計画実施状況報告等の資料を活用することにより鳥獣被害の状況を的確に把握して、被害防止計画期間中の1年目及び2年目に鳥獣被害が増加しているような場合は、軽減目標の達成が見込まれないとして、侵入防止柵が効果を十分発揮していないなどの原因を究明した上で速やかな事態の改善のために事業実施状況報告に基づく指導を行う必要があったと認められる。
他方、上記の72件について、鳥獣被害が増加しているにもかかわらず道府県等が事業実施状況報告に基づく指導を行わなかった理由を確認したところ、軽減目標の達成が見込まれないと判断する基準が明確に示されていないことや、道府県等において具体的な判断基準を設定していなかったことなどとなっていた。
なお、72件の中には、(1)において記述した侵入防止柵を設置したほ場ごとに設置後の鳥獣被害の状況を把握していなかったり、侵入防止柵の設置及び維持管理が適切に行われていなかったりしているものが8件(72件の11.1%)含まれている。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例2>
千葉県は、交付金事業について、平成26年度から28年度までの間に事業評価を19件実施している。
上記の19件に係る軽減目標の達成状況についてみたところ、7件において軽減目標が達成されておらず、また、鳥獣被害が減少せずむしろ増加していた。
そこで、上記の7件に係る7事業主体に対する被害防止計画期間中における同県の事業実施状況報告に基づく指導の実施状況についてみたところ、被害防止計画の軽減目標の達成が見込まれないと判断する基準が明確でなく、また、軽減目標の達成が見込まれないと判断することも困難であるため、同県として具体的な判断基準を設定することができていないとして、1年目及び2年目に鳥獣被害が増加していたのに、いずれも指導を行っていなかった。
(1)及び(2)の事態について、重複分を除くと、事業費計77億0158万余円、交付金交付額計71億2080万余円となる。
(改善を必要とする事態)
交付金事業について、侵入防止柵を設置したほ場ごとに設置後の鳥獣被害の状況を把握していなかったり、侵入防止柵の設置及び維持管理が適切に行われていなかったりしている事態及び道府県等による事業実施状況報告に基づく指導の仕組みが効果的に活用されていない事態は適切ではなく、改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、次のことなどによると認められる。
近年、全国の鳥獣被害額は減少傾向にあるものの、27年度においては176億円と多額に上っているなど鳥獣被害がいまだ深刻な状況下にある。また、貴省は、29年度においては95億円の予算を計上するなど、今後も鳥獣被害防止対策を講ずることとしている。
ついては、貴省において、交付金事業が適切かつ効果的に実施されるよう、次のとおり改善の処置を要求する。