農林水産省は、農地防災事業等補助金交付要綱(昭和31年31農地第4122号農林事務次官依命通知。以下「交付要綱」という。)等に基づき、地震等による災害を防止し、農村地域の防災力の向上を図るために、総合的な防災・減災対策を実施することにより、農業生産の維持、農業経営の安定及び地域住民の暮らしの安全の確保を図り、もって災害に強い農村づくりを推進することを目的として、都道府県、市町村等(以下「事業主体」という。)が実施する農村地域防災減災事業(以下「防災減災事業」という。)等に対して、国庫補助金を交付している。
農村地域防災減災事業実施要綱(平成25年24農振第2114号農林水産事務次官依命通知。以下「実施要綱」という。)等によれば、防災減災事業の事業内容は、地域の防災・減災対策に必要な調査計画事業、整備事業等とされ、このうち調査計画事業において、大規模地震発生のおそれのある地域における農業水利施設、農業用道路(以下「農道」という。)等の土地改良施設について、耐震性点検を実施することなどとされていて、耐震性点検として実施すべき項目は、土地改良施設の耐震性の調査とされている。
土地改良施設の耐震設計に関する一般的な内容を定めた「土地改良事業設計指針「耐震設計」」(農林水産省農村振興局整備部監修。以下「指針」という。)によれば、現状の構造物は建設当時における耐震性能は確保していても、現時点の指針に照らして耐震性能が確保されていない可能性があるため、既設構造物が要求される耐震性能を確保しているか評価するために必要に応じて耐震診断を行うとされている。
耐震性点検は、東日本大震災において農業水利施設に甚大な被害が発生したことを受けて、平成23年11月に創設された震災対策農業水利施設整備事業(以下「震災対策事業」という。)において農業水利施設を対象として実施されていたが、農道の耐震対策が進んでおらず、これを推進させる必要があるとして、25年2月に、農業水利施設のほかに農道を含めた土地改良施設を対象として実施されることとなった。その後、震災対策事業が防災減災事業に統合されて、耐震性点検は防災減災事業において実施されることとなった(以下、防災減災事業と震災対策事業とを合わせて「防災減災事業等」という。)。
交付要綱等によれば、防災減災事業における耐震性点検に係る調査計画事業については、原則、国は地域の防災減災対策に必要な調査等に要する費用の100分の50を補助することとされているが、30年度までに採択される場合にあっては、東日本大震災の被害状況等を踏まえて土地改良施設の耐震対策を集中的に推進する必要があることから、その費用の全額を補助することになっている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
前記のとおり、耐震性点検は、東日本大震災による被害状況を踏まえて、農業水利施設を対象として実施されていたが、25年2月に、農道についても、耐震対策を推進させるためにその対象とされた。
そこで、本院は、合規性、有効性等の観点から、防災減災事業等により実施された農道の耐震性点検が、防災・減災対策を実施するという事業の目的に沿って適切に実施されているかなどに着眼して、25年度から28年度までの間に18道県(注1)管内の75事業主体が耐震性点検として防災減災事業等により実施した業務委託契約219件(契約金額計15億2259万余円、国庫補助金額計15億0422万余円)を対象として、農林水産省及び上記の18道県において、特記仕様書、委託業務の成果品、契約書等の関係書類等及び現地の状況を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
前記の業務委託契約について、受託者から提出を受けた成果品を確認したところ、18道県管内の75事業主体が実施した219件のうち、17道県(注2)管内の44事業主体が実施した141件においては、耐震性点検として、農道を構成する橋りょう、トンネル等の構造物(以下「橋りょう等」という。)の耐震性能を評価するために必要な耐震診断を実施していた。
しかし、13県(注3)管内の40事業主体が実施した78件においては、橋りょう等の全部又は一部について、構造物の劣化、損傷等の状況の点検、把握等(以下「現況調査」という。)を実施したのみであり、耐震性能を評価するために必要な耐震診断は実施していなかった。そして、上記の78件に係る特記仕様書を確認したところ、委託により実施する業務の目的として、橋りょう等の劣化、損傷等の情報を収集、記録等することなどと記載されており、耐震性能の評価を求める内容となっていなかった。
そこで、防災減災事業等において現況調査のみを実施した理由について事業主体等から聴取したところ、その理由は、実施要綱等においては、前記のとおり、実施すべき項目が示されているのみで、農道の耐震性点検として実施すべき内容が示されていなかったことから、耐震性能を評価しなくても、橋りょう等の現況調査を実施すれば、防災減災事業等の対象となると判断したものなどであった。
しかし、農林水産省によると、耐震性点検は土地改良施設の耐震性を調査することを目的としており、橋りょう等の現況調査のみを実施するものではないとしている。したがって、橋りょう等の耐震性能を評価せず、現況調査のみを実施している業務委託契約については、防災・減災対策を実施するという事業の目的に沿ったものとは認められない。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
宮崎県は、平成25年度に、震災対策事業により、農道の耐震性点検として業務委託契約8件(契約金額計6773万余円、国庫補助金同額)を実施している。
上記8件の契約に係る特記仕様書、成果品等を確認したところ、同県は、実施要綱等において農道の耐震性点検として実施すべき内容が示されていなかったことなどから、橋りょう等の現況調査のみを実施する場合であっても震災対策事業の補助対象となると判断して、受託者に対して、橋りょう等の現況調査の実施を求めたのみであり、8件全てにおいて、橋りょう等の耐震性能を評価するために必要な耐震診断を実施していなかった。
このように、前記の業務委託契約78件(契約金額相当額計4億5600万余円、国庫補助金相当額計4億5230万余円)について、橋りょう等の現況調査を実施したのみで、耐震性点検を実施していなかった事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、事業主体において防災減災事業等における農道の耐震性点検の目的についての理解が十分でなかったことにもよるが、農林水産省において、防災減災事業等で実施すべき農道の耐震性点検の内容を明確にしていなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、農林水産省は、29年8月に地方農政局等に対して通知を発して、防災減災事業は土地改良施設の耐震性を調査することを目的としており、施設の現況調査のみを実施するものではないことを明確にした上で、防災減災事業の実施に当たっては、必要に応じて指針に記載されている考え方を参照するなどして耐震性点検として実施する内容を把握することにより、耐震性点検が、事業の目的に沿って適切に実施されるよう、また、防災減災事業等により現況調査のみを実施した成果品が、今後の施設の耐震性能を評価するための基礎資料として活用されるよう、事業主体に対して指導、助言等を行うことを周知徹底し、さらに、地方農政局等を通じるなどして、都道府県等に対しても同様の内容を周知徹底する処置を講じた。