国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(平成27年4月1日から28年3月31日までは国立研究開発法人放射線医学総合研究所。27年3月31日以前は独立行政法人放射線医学総合研究所。以下「機構」という。)は、東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の緊急事態応急対策を実施するために、当該事故の初動対応として復旧作業に従事した警察、消防、自衛隊等の職員約6万人(以下「国等の従事者」という。)と東京電力株式会社福島第一原子力発電所構内で緊急作業に従事した東京電力株式会社(28年4月1日以降は東京電力ホールディングス株式会社)及び協力会社の職員約2万人(以下「東電等の従事者」といい、国等の従事者と合わせて「復旧作業従事者」という。)に加えて、復旧作業従事者の増加分を考慮した約10万人を対象として、作業中に受けた被ばく線量やその後の健康状況等の関連解析・評価体制を整備し、復旧作業従事者の中長期にわたる健康管理に役立てることを目的としたフォローアップシステムの整備等を行う事業を、23年度から28年度までの間に、運営費交付金等を財源として実施しており、事業に係る契約等件数は78件、これらに係る支払額は427,010,771円となっている。
機構は、中長期にわたり、復旧作業従事者の各所属官署等が保有している健康診断等のデータ(以下「健診データ」という。)の提供を受けてフォローアップシステムのデータベースに登録して、この登録した健診データ等のうち被ばく及び健康に係るデータ全般を解析することにより、国等の従事者の健康の維持・増進に寄与するなどの健康管理支援を行うとともに、健康管理支援に資するための復旧作業従事者を対象とした長期的な疫学研究(注)を行うこととしていた。
そして、健康管理支援については、フォローアップシステムのデータベースに、国等の従事者がインターネットを通じて直接アクセスして自らの健診データを閲覧することができる機能を設けていた。
機構は、23年度の事業開始当初における不安定かつ予見不可能であった復旧作業の情勢を鑑みると、本件事業の実施体制を緊急に整備する必要があったとしており、警察、消防及び自衛隊の関係官署や厚生労働省に対して本件事業の概要を説明するとともに、健診データの提供を受けるための協議を23年度中に開始し、協議を継続しながら、フォローアップシステムの整備に着手することとしていた。そして、24年度以降に、上記のうち、国等の従事者の健診データについては、警察、消防及び自衛隊の関係官署と個別に協議を行い、協定等を締結した後、健診データの提供を受けて、フォローアップシステムのデータベースに登録することとしていた。また、東電等の従事者の健診データについては、厚生労働省が23年度から構築している「東電福島第一原発作業員の長期的健康管理システム」の対象者の健診データの提供を受けられると見込んでいた。
また、本件事業の計画及び実施に当たり、機構は、国内の放射線医学、公衆衛生、産業衛生等の専門家から構成される調査検討委員会(以下「調査検討委員会」という。)を設立し、適宜、助言や評価を得ることとしていた。
本院は、経済性等の観点から、フォローアップシステムの整備、保守等に係る契約等は健診データの提供の状況に見合った適切なものとなっているかなどに着眼して、フォローアップシステムの整備、保守等に係る前記の契約等78件(支払額計427,010,771円)を対象として、機構において、契約関係書類等を確認するなどして会計実地検査を行った。
検査したところ、次のとおり適切とは認められない事態が見受けられた。
機構は、本件事業の実施に当たり、前記のとおり、復旧作業従事者の健診データの提供を受けるために、関係官署等との協議を複数回にわたり行っていた。そして、協議の結果、機構が協定を締結して提供を受けることができた健診データは、警察関係官署から25年3月までに提供された復旧作業に従事した警察関係職員645人分となっていた。また、消防、自衛隊及び厚生労働省からの健診データの提供については、協議等は行ったものの合意に至らなかった。その理由について機構は、事故からの年月の経過とともに復旧作業による被ばく線量が低いことが明らかになってきたことなどとしている。その結果、26年10月までに、上記645人以外の健診データの提供を受けることができない状況となっていた。
また、26年10月時点において、健診データの提供を受けた645人が、インターネットを通じて直接アクセスして自らの健診データを閲覧した実績はなく、今後も見込めない状況となっていた。
このように、26年10月時点において、フォローアップシステムに登録されることとなった健診データは、当初見込んでいた10万人の0.6%に相当する上記の645人分のみとなることが明らかとなり、今後、機構が想定していたフォローアップシステムを利用した健康管理支援や十分な規模の健診データに基づく長期的な疫学研究を行うことは見込めないことが明らかな状況となっていた。
しかし、このような状況にもかかわらず、機構は、645人以外の健診データの提供を受けることができなくなった26年10月時点において、調査検討委員会に対して速やかに助言等を求めるなどしておらず、事業を見直していなかった。そして、機構は、26年11月以降も事業を継続することとして、26年11月から29年2月までの間に、フォローアップシステムを維持するための保守契約等27件の契約等を締結するなどしていた。
したがって、26年11月以降、健診データの提供を受けることができなくなり、想定していた健康管理支援及び疫学研究を行うことが見込めないことが明らかな状況となったにもかかわらず、事業を見直すことなく、その後もフォローアップシステムの保守契約等27件を締結するなどしていた事態は適切とは認められず、これに係る支払額計129,192,012円が不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、機構において、想定していた健康管理支援及び疫学研究を行うことが見込めないことが明らかな状況となった時点で事業を見直す必要があることについての認識が欠けていたことなどによると認められる。