租税特別措置(以下「特別措置」という。)は、所得税法(昭和40年法律第33号)、法人税法(昭和40年法律第34号)等で定められた税負担に対して、租税特別措置法(昭和32年法律第26号。以下「措置法」という。)に基づいて、特定の個人や企業の税負担を軽減することなどにより、国による特定の政策目的を実現するための特別な政策手段であるとされ、「公平・中立・簡素」という税制の基本原則の例外措置として設けられているものである。特別措置には、特定の政策目的のために税負担の軽減等を図るもの(政策税制)のほか、税負担を不当に減少させる行為の防止や手続の特例等に係るものがある。
平成22年度税制改正大綱(平成21年12月閣議決定)によれば、特別措置は、税負担の公平の原則の例外であり、これが正当化されるためには、その適用の実態や効果が透明で分かりやすく、納税者が納得できるものでなければならず、税制における既得権益を一掃し、納税者の視点に立って公平で分かりやすい仕組みとするためには、特別措置をゼロベースから見直して、整理合理化を進めることが必要であるとされている。そして、この見直しのため、「租税特別措置の見直しに関する基本方針」(平成22年度税制改正大綱別紙1。以下「見直し方針」という。)が定められ、特別措置のうち産業政策等の特定の政策目的を実現するために税負担の軽減等を行う政策税制措置については、全てを「ふるい」にかけて、平成22年度税制改正から始まる4年間で抜本的に見直すこととなった。また、抜本的な見直しに際しては、「政策税制措置の見直しの指針」(見直し方針の別添。以下「指針」という。)に照らして、適用実態等からみて国民の納得できる必要最小限のものとなっているかなどといった観点から実施することとなっており、存続期間が10年を超えているなどの措置については、特に厳格にその合理性等を判断することとなっている。
また、22年3月には、特別措置に関して、適用実態の調査及びその結果の国会への報告等の措置を定めることにより、適用状況の透明化を図るとともに、適宜、適切な見直しを推進し、もって国民が納得できる公平で透明性の高い税制の確立に寄与することを目的として、「租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律」(平成22年法律第8号。以下「租特透明化法」という。)が制定され、同年4月から施行された。
租特透明化法によれば、財務大臣は、税負担を軽減する法人税関係の特別措置(以下「法人税関係特別措置」という。)について、適用額明細書を利用して適用実態を調査し、その結果に関する報告書を作成することとされている。また、税負担を不当に減少させる行為の防止や手続の特例等を除いた税負担の軽減、加重等を図る所得税関係の特別措置(以下「所得税関係特別措置」という。)について、財務大臣は、適用実態を調査する必要があると認めるときは、その必要の限度において、税務署長に提出される調書等を利用すること並びに行政機関その他の関係団体に対し資料の提出及び説明を求めることができることとされている。なお、財務大臣は、これまでに所得税関係特別措置について、租特透明化法に基づく適用実態調査を実施したことはない。
一方、平成22年度税制改正大綱を踏まえて、22年5月に「行政機関が行う政策の評価に関する法律施行令」(平成13年政令第323号。以下「政策評価法施行令」という。)等が改正され、特定の行政目的の実現のために税負担の軽減又は繰延べを行う特別措置のうち、一定の要件を満たす法人税関係の特別措置(以下「法人税軽減措置」という。)については、その有効性等について国民に対する説明責任を果たすことなどを目的として、政策評価の実施が義務付けられることとなった。さらに、所得税関係特別措置のうち、特定の行政目的の実現のために税負担の軽減又は繰延べを行うもの(以下「所得税軽減措置」という。)については、積極的かつ自主的に政策評価を実施するよう努めることとされた。
納税者は、原則として、配当、不動産、事業、給与、雑等の各種所得の金額を合計した総所得金額等から基礎控除その他の控除をして計算した課税総所得金額等に、所得税法等に定められた税率を乗じて所得税の額を計算して、税務署長に確定申告書を提出して国に納税すること(以下、このような方式を「申告納税方式」という。)となっている。また、給与等の所得について、給与等の支払をする者は源泉徴収義務者となり、給与等を支払う際に納税者から所得税を徴収して、これを国に納付すること(以下、このような方式を「源泉徴収方式」という。)となっている。
そして、納税者が、申告納税方式により納税する際に特別措置を適用するためには、所轄の税務署に確定申告書、措置法等に規定された明細書等を提出することとなっており、一方、源泉徴収方式による納税に際して特別措置を適用するためには、源泉徴収義務者に対して明細書等を提出することとなっている。これらのほか、特別措置の中には、納税者が確定申告書や明細書等を提出することなく、一定の要件に該当していれば適用を受けることができるものもある。
所得税関係特別措置には、特定の政策目的を実現するために税負担の軽減等を図る手段として、所得税を免除し、又は軽減するもの(以下「直接控除」という。)及び一時的にその課税を猶予し、課税の延期を行うもの(以下「課税の繰延べ」という。)の二つの方式がある。直接控除には、税額控除、所得控除、税率の軽減、非課税等の手法が用いられ、課税の繰延べには、特別償却、取得価額引継ぎなどの手法が用いられている(図表1参照)。
図表1 所得税関係特別措置の手法別区分
方式 | 手法 | 内容 |
---|---|---|
直接控除 | 税額控除 | 所得税額から一定金額を控除するもの |
所得控除 | 総所得金額等から一定金額を控除するもの | |
特別控除 | 事業所得等の金額の計算上、一定金額を控除するもの | |
概算経費控除 | 概算経費により必要経費に算入する額を算出するもの | |
損益通算 | 各種所得の金額の計算上、一定の所得の金額に損失が生じた場合、この損失額を他の黒字の各種所得の金額から控除するもの | |
税率の軽減 | 課税所得金額に乗ずる税率を軽減するもの | |
所得区分変更 | 所得区分を変更するもの | |
非課税 | 所得税が課されないもの | |
免税 | 所得税が免除されるもの | |
その他 | 上記のいずれにも当てはまらないもの | |
課税の繰延べ | 特別償却 | 減価償却費に一定額を加算できることとするもの |
必要経費算入 | その年分の必要経費に算入すべき費用以外の費用をその年分の必要経費に算入するもの | |
取得価額引継ぎ | 一定部分の譲渡所得がなかったものとして取扱い、譲渡資産の取得価額を買換資産等の取得価額として引き継ぐもの | |
準備金等 | 積み立てた額を必要経費の額に算入するもの | |
その他 | 上記のいずれにも当てはまらないもの |
財務省は、データ上の制約等から特別措置の適用による増減収額を見込むことが困難であるものや特別措置の内容から増減収額が生じないと考えられるものなどを除き、毎年度、特別措置の適用による増減収見込額を試算していて、このうち増減収見込額が10億円を超える特別措置を公表している。
27年度分において、所得税関係、相続税関係、贈与税関係等の法人税関係以外の特別措置で1兆6600億円の増収額及び6兆5450億円の減収額が見込まれており、このうち所得税関係特別措置に係る減収額は2兆0250億円と見込まれている。なお、法人税関係特別措置に係る減収額(注1)は、26年度分で2兆0587億円と見込まれている。
そして、20年度以降について、所得税関係特別措置に係る減収見込額が所得税収入の金額(当初予算額)と当該減収見込額の合計額に占める割合をみると、図表2のとおり、10%前後で推移している。
図表2 所得税関係特別措置に係る減収見込額の推移等
税制上の措置を特定の政策目的を実現するための手段として導入している行政機関(税制上の措置を特定の政策目的を実現するための手段として導入している行政機関としての財務省を含む。以下「関係省庁」という。)は、毎年度行われる税制改正に当たり、特別措置の制度ごとに、各政策の目的に基づき、税制の新設、内容の拡充、期限の延長(期限の撤廃を含む。以下同じ。)等について要望(以下、関係省庁が毎年度行う税制に関する要望のことを「税制改正要望」という。)する事項を記載した「税制改正要望書」(以下「要望書」という。)を、国税に関する制度の企画、立案等を所掌する財務省に提出している。
関係省庁における税制改正要望の事務手続の流れについて、例を示すと図表3のとおりである。
図表3 関係省庁における税制改正要望の事務手続の流れ
税制改正要望の内容については、財務省による要望事項の検証や査定、税制調査会での議論等が行われ、その後、税制改正大綱が閣議決定される。そして、この大綱の内容を法案化した措置法等の改正案は、閣議決定を経た上で内閣から国会に提出され、国会で審議、成立後、公布、施行される(図表4参照)。
図表4 税制改正の流れ(概念図)
行政機関が行う政策評価について、客観的かつ厳格な実施を推進し、その結果の政策への適切な反映を図り、また、政策評価に関する情報を公表し、もって効果的かつ効率的な行政の推進に資するとともに、政府の有するその諸活動について国民に説明する責務が全うされることを目的として、「行政機関が行う政策の評価に関する法律」(平成13年法律第86号。以下「政策評価法」という。)が13年6月に制定された。
そして、前記のとおり、22年5月に政策評価法施行令が改正され、法人税軽減措置について、政策評価法及び「政策評価に関する基本方針」(平成17年12月閣議決定。以下「基本方針」という。)に基づき、政策評価の実施が義務付けられることとなり、関係省庁における特別措置に係る政策評価が行われることとなった。具体的には、法人税軽減措置について、新設又は内容の拡充若しくは期限の延長の際に事前評価の実施が義務付けられることとなった。また、同月に基本方針が一部変更され、法人税軽減措置については、政策評価に関する基本計画において事後評価の対象として定めるものとされた。さらに、所得税軽減措置については、政策評価法等において、事前評価及び事後評価の実施が義務付けられていないものの、基本方針において、積極的かつ自主的に事前評価を実施するよう努め、また、事後評価の対象とするよう努めるものとされた(図表5参照)。
図表5 特別措置に係る政策評価の対象
特別措置の区分 | 政策評価の義務付け又は努力義務 | ||
---|---|---|---|
事前評価 | 事後評価 | ||
特定の行政目的の実現のために税負担の軽減又は繰延べを行う特別措置 | 法人税軽減措置 | 政策評価法等に基づく事前評価の義務付け | 基本方針に基づく事後評価の義務付け |
その他の税目(所得税、相続税等)に係る特別措置 | 基本方針に基づく事前評価の努力義務 | 基本方針に基づく事後評価の努力義務 | |
上記以外の特別措置 | 政策評価の義務付けも努力義務も課されていない。 |
基本方針によれば、政策評価の結果については、各行政機関において、政策評価の結果が税制改正要望等の政策の企画立案作業における重要な情報として適時的確に活用され、当該政策に適切に反映されるようにする必要があるとされている。
そして、特別措置に係る政策評価の内容、手順等の標準的な指針を示した「租税特別措置等に係る政策評価の実施に関するガイドライン」(平成22年5月政策評価各府省連絡会議了承。以下「租特ガイドライン」という。)によれば、関係省庁は、特別措置に係る政策評価を実施する場合には、客観的なデータを可能な限り明らかにし、特別措置の適用数や適用額、減収額及び効果を予測し、又は把握するとともに、税収減が是認されるような効果が見込まれ又は確認されるかなどの観点から政策評価の実施に努めることとされ、その政策評価の単位は、税制改正要望を行う特別措置の単位に対応させることなどとされている。また、政策評価法によれば、特別措置に係る政策評価を行ったときは、政策評価の対象とした特別措置等を記載した評価書を作成することとされている。
関係省庁は、政策評価法等に基づく検証のほか、各年度の税制改正要望の際に財務省に提出する要望書において、施策の必要性、手段としての有効性及び要望の措置の妥当性といった点から検証を行うこととなっている。具体的には、特別措置に係る減収見込額や政策目標の達成状況を提示することなどにより当該特別措置の検証を行うこととなっている。また、財務省は、関係省庁から提出を受けた要望書等に基づいて、特別措置の効果等の検証を行うこととなっている(図表6参照)。
なお、関係省庁は、要望する特別措置について政策評価法等に基づく政策評価を実施している場合には、事前評価書等を当該要望書に添付することとなっている。
図表6 税制改正要望の際に行われる関係省庁及び財務省による検証