少子・高齢化やグローバル化が急速に進み社会保障給付等の増加や経済変動により国の財政がますます厳しくなる中で、今後の税の在り方が、その使途とともに国民にとっても一層身近で重大な問題となってきている。
このようなことを踏まえ、会計検査院は、所得税関係特別措置の適用状況、関係省庁及び財務省における所得税軽減措置に係る検証状況及び適用実績の把握状況、減収見込額が多額に上っている所得税軽減措置の適用状況及び検証状況について検査したところ、次のような状況となっていた。
26年分において適用される所得税関係特別措置は121措置となっていた。そして、121措置のうち、源泉徴収方式に係る所得税関係特別措置のように、納税者が源泉徴収義務者に対して明細書等を提出することなどにより適用を受けたり、納税者が確定申告書や明細書等を提出することなく一定の要件に該当していれば適用を受けたりしていて、会計検査院が会計実地検査等で提出を受けた確定申告書等を基に適用状況を把握することが困難な所得税関係特別措置は60措置となっていた。また、適用始期から28年4月1日までの期間が10年を超えるものは90措置、このうち適用期限の定めのないものは53措置となっていた。
所得税軽減措置109措置について、関係省庁では、政策評価や税制改正要望の際の検証は、所得税軽減措置ごとに個別に実施しているわけではなく、関係省庁が所管している政策等の単位別に実施することになっており、その件数は296件となっていた。この296件を対象として、関係省庁における政策評価の実施状況等についてみたところ、関係省庁において、政策評価の実施に努めるものとされた22年度から27年度までの間に、両検証とも行っていないものは80件、このうち法人税軽減措置と共通性のない所得税軽減措置に関するものが19件あり、これらはいずれも所得税軽減措置の適用始期から28年4月1日までの期間が10年を超えるものとなっていた。上記の両検証とも行っていない19件について、政策等の単位を措置法第2章所得税法の特例に規定されている条文に対応させると14措置となっていた。
特別措置に係る両検証においては、過去の実績を可能な限り実数で記載することとなっているが、両検証のいずれかが行われた実績のある216件のうち適用実績を把握等していなかったものは、法人税軽減措置と共通する所得税軽減措置に関するもの154件のうち63件、法人税軽減措置と共通性のない所得税軽減措置に関するもの62件のうち24件となっていた。一方、法人税軽減措置と共通性のない所得税軽減措置について適用実績を把握等していたものは27件あり、これらは、全数調査を実施したり、サンプル調査や公表資料等を基に試算して推計等を行ったりしていた。
財務省は、要望内容の審査やヒアリングを行うなどして税制改正要望事項を査定していた。そして、所得税軽減措置について税制改正の提案をしているものもあった。
27年度において減収見込額が多額に上っている所得税軽減措置について、会計実地検査等で提出を受けた確定申告書等から把握した適用状況を踏まえて、当該所得税軽減措置が指針等に照らして検証が適切に行われているかなどについてみたところ、次のような状況となっていた。
(ア) 申告不要配当特例等については、事業参加的側面が強いことから大口株主等は適用できないこととされており、大口株主等の要件は、会社法における少数株主権の制度との整合性等の観点から、上場会社の発行済株式又は出資の総数又は総額の100分の3以上の株式等を有する者と定められている。有価証券報告書から個人株主延べ525人を抽出したところ、このうち延べ340人は、当該会社の発行済株式総数の100分の3以上の株式を有していないことから申告不要配当特例等を適用して源泉徴収方式等により納税することができる者であった。しかし、このうち延べ54人は、発行済株式総数から自己株式等の数を控除するなどして議決権を有する割合を算出すると100分の3以上となり、半期前の四半期報告書によれば、6か月前においても同様な状況であったことから、この間に当該株式の保有状況が変化して、議決権を有する割合が100分の3未満となる期間があった場合を除き、3%少数株主権を行使できる者となる。したがって、上記の延べ54人は、上記のような株式保有状況の変化がない限り、3%少数株主権を行使できる者である一方で、申告不要配当特例等が定める大口株主等には該当しないことから、申告不要配当特例等を適用して納税することができる者となる。このうち、会計検査院に証拠書類として提出された確定申告書等により申告納税額を確認できた納税者延べ48人について、申告不要配当特例等の適用状況等をみたところ、適用を受けた受取配当の額は計81億余円であり、申告納税額は計1億3056万余円であった。これについて申告不要配当特例等を適用せずに、所得税法の規定に基づき総合課税により確定申告をして配当控除等を受けると仮定した場合の各人の申告納税額を試算すると、申告納税額は計21億5753万余円となり、差引き20億2696万余円の開差が生ずることになる。
申告不要配当特例等について、関係省庁は、22年度から27年度までの間の税制改正要望の際に検証を行ったとしていた。また、実施が義務付けられていないことなどを理由に、政策評価を実施していなかった。しかし、今後、関係省庁は、申告不要配当特例等について、上記のような状況も踏まえ、必要に応じて検証を行うことを検討していくとしている。
財務省は、申告不要配当特例等に係る23年度税制改正要望の際に、会社法の制度に合わせて大口株主等の基準を100分の1以上又は100分の3以上とするよう提案しており、平成23年度税制改正において、大口株主等の要件は、上場会社の発行済株式総数等の100分の3以上の株式等を有する者に引き下げられた。
(イ) 年金控除特例を適用している65歳以上の納税者に係る適用状況等についてみたところ、年金控除特例の適用による控除額の平均値は23万余円となっていた。年金控除特例の適用による控除額の平均値はいずれの階層区分においても大きな差異はないものの、課税総所得金額の階層別の当該控除額の平均値を基に年金控除特例を適用した控除額の部分に対応する所得税額を試算すると、課税総所得金額が1800万円を超える階層区分では税率が40%となることから1人当たり93,000円となるのに対して、195万円以下の階層区分では税率が5%となることから1人当たり12,200円となっていた。また、課税総所得金額が低額な階層区分の納税者は、公的年金等の割合が高くなっていた。一方、課税総所得金額が高額な階層区分の納税者は、給与所得、不動産所得等の金額が多額に上っていることから、高額な階層区分になるほど公的年金等の割合が低くなる傾向となっているが、他の階層区分の納税者と同様に年金控除特例を適用している状況となっていた。
このような状況の中、関係省庁は、制度が創設された16年度税制改正要望の際に、新設に係る要望書を提出して検証を行ったとしているが、適用期限の定めのないものであることなどから、その後は要望書を提出していなかった。また、実施が義務付けられておらず、対象の把握が困難であることなどもあり、年金控除特例に係る政策評価を実施していなかった。なお、関係省庁は、年金控除特例を含む公的年金等控除については、個人所得課税全体の中で検討されるものであり、高所得者の年金給付の在り方を含めた年金制度の所得再分配機能の在り方及び公的年金等控除を含めた年金課税の在り方について、「経済財政運営と改革の基本方針2015」に基づいて作成された「経済・財政再生計画改革工程表」により、今後、検討を進めていくこととしている。
財務省は、制度の創設以後、関係省庁から税制改正要望に係る要望書が提出されていないため、税制改正要望の際の検証を行っていなかった。
以上のように、申告不要配当特例等及び年金控除特例について、減収見込額が多額に上っている一方で、会計検査院が会計実地検査等で提出を受けた確定申告書等から把握した適用状況等を踏まえると、関係省庁において、国民の納得できる必要最小限のものとなっているかなどの指針等に照らして検証が必ずしも十分になされていないと思料される状況となっていた。
特別措置は、「公平・中立・簡素」という税制の基本原則の例外措置として設けられているものであり、その効果を不断に検証して真に必要なものに限定すべきであるとされている。
所得税関係特別措置について、政策評価や適用実態調査の実施は義務付けられておらず、適用実績の把握が困難な場合もあるものの、所得税軽減措置に係る減収見込額が多額に上っていることを踏まえて、前記のような申告不要配当特例等及び年金控除特例についての検証の状況を念頭に置きつつ、関係省庁において、所得税軽減措置について、引き続きその検証等の基礎となる適用実績の把握等に努めるなどして、適用実態等からみて国民の納得できる必要最小限のものとなっているかなどの指針等に照らして政策評価や税制改正要望の際の検証を行い、政策の企画立案作業に活用するとともに、所得税軽減措置の透明性を向上させ、その適用に当たって国民に対する説明責任を果たしていくことが望まれる。
また、財務省において、所得税軽減措置について、今後とも十分に検証していくことが望まれる。
会計検査院としては、今後とも所得税関係特別措置の適用状況並びに関係省庁及び財務省による検証状況について、引き続き注視していくこととする。