株式会社商工組合中央金庫(以下「商工中金」という。)は、平成20年10月以降、危機対応業務に係る貸付け(以下「危機対応貸付け」という。)を行っているが、その事業規模は、21年4月の「経済危機対策」(「経済危機対策」に関する政府・与党会議、経済対策閣僚会議合同会議決定)等により、従来の1兆2000億円から4兆2000億円へと拡大された。そして、政府は、危機対応貸付けの事業規模拡大の中でその円滑な実施を図るため、商工中金の財政基盤の確保を目的として、同年7月に、21年度補正予算により1500億円を商工中金に出資し、商工中金は、同額を危機対応準備金として計上した。
危機対応準備金は、国による返還請求権が付されていないことから負債ではなく、欠損の填補を行うことが可能となっていることから、資本として位置付けられている。また、危機対応準備金の額が計上されている場合は、株式会社商工組合中央金庫法(平成19年法律第74号。以下「商工中金法」という。)附則第2条の9の規定により読み替えて適用される商工中金法第48条第1項等の規定により、商工中金は、事業年度ごとに、事業年度経過後3か月以内に危機対応準備金の額の見通し及びその根拠について経済産業大臣及び財務大臣に報告することとなっている。さらに、商工中金法附則第2条の8の規定により、商工中金が、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至ったと認める場合には、危機対応準備金の額の全部又は一部に相当する金額を国庫に納付することとなっている(危機対応業務の概要については、「危機対応業務に係る貸付けの要件を確認するために事業者から受領した試算表等を改ざんするなどして、要件を満たしていない事業者に対して貸付け及び利子補給金の支給を行っていたもの」参照)。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、経済性、有効性等の観点から、商工中金は危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至っているかについて適切に検討しているかなどに着眼して、危機対応準備金や危機対応貸付けを対象に、商工中金本店において、危機対応準備金や危機対応貸付けの実施状況等に関する書類を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、危機対応準備金に係る検討の状況を聴取するなどして検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
商工中金は、事業年度ごとに、危機対応準備金の額の見通し及びその根拠を経済産業大臣及び財務大臣に報告していたが、28年度までの報告内容は、見通しについては前年同期と比べて変わらないとしており、また、見通しが前年同期と比べて変わらない根拠については「欠損のてん補を行うこと及び国庫納付を行うことをいずれも予定していないため」としていて具体的なものとはなっていなかった。
そこで、見通しの具体的な根拠を検討しているか確認したところ、商工中金は、中期経営計画策定時に、国際的な金融規制を踏まえるなどして、安定的な経営基盤を確保するための総自己資本比率(23年度末までは自己資本比率。以下同じ。)の目標を設定したり、毎年度の事業計画策定時に、自己資本の質的向上等について設定したりしていたが、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至っているかについて具体的な検討を行っていなかった。
一方、商工中金において、危機対応業務の要件確認における不正事案が判明し、要件を充足していない危機対応貸付けが相当数あったことなどが明らかになったことから、実需を上回る危機対応貸付けが行われてきたと思料された。また、商工中金は、28年12月から、新規に行う危機対応貸付け全件の要件適合性の確認を本店で行うなどの再発防止策を講じていたことから、危機対応貸付けの新規貸付件数は大きく減少していることなどが想定された。
このような危機対応貸付けの実施状況の中で、商工中金は、29年6月に29年度の危機対応準備金の額の見通し及びその根拠を経済産業大臣及び財務大臣に報告していたが、その内容は、いずれも前年度までの報告と同様であり、29年度の事業計画策定時に、自己資本の質的向上等について設定するなどしていたが、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至っているかについて具体的な検討を行っていなかった。
そこで、27年4月から29年3月までの半期ごとの商工中金が行った危機対応貸付けの実施状況の推移をみたところ、表1のとおり、新規貸付件数及び貸付金額並びに期末貸付残高は大幅な減少傾向にあり、特に、28年11月に危機対応業務に係る不正事案の公表を行った28年度下半期は、新規貸付件数及び貸付金額は、前年同期比で共に50%以上減少していて、また、期末貸付残高は前年同期比で21.0%減少していた。
表1 危機対応貸付けの実施状況の推移
年月 | 平成27年4月 ~9月 |
27年10月 ~28年3月 |
28年4月 ~9月 |
28年10月 ~29年3月 |
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新規貸付件数 (前年同期比) |
11,664 (△ 7.7%) |
11,759 (△ 7.6%) |
7,387 (△ 36.6%) |
4,085 (△ 65.2%) |
新規貸付金額 (前年同期比) |
5460 (△ 13.5%) |
5314 (△ 12.4%) |
3296 (△ 39.6%) |
2182 (△ 58.9%) |
期末貸付残高 (前年同期比) |
3兆5294 (△ 7.7%) |
3兆3829 (△ 8.2%) |
3兆0700 (△ 13.0%) |
2兆6700 (△ 21.0%) |
また、総自己資本比率の目標とその達成状況をみたところ、表2のとおり、第一次及び第二次中期経営計画については当該目標は達成され、第三次中期経営計画についても、28年度末時点では当該目標を上回る状況となっていた。
表2 総自己資本比率の目標とその達成状況
第一次中期経営計画 (平成20年10月~24年3月) |
第二次中期経営計画 (24年4月~27年3月) |
第三次中期経営計画 (27年4月~30年3月) |
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目標 (23年度末) |
実績 | 目標 (26年度末) |
実績 | 目標 (29年度末) |
実績 | ||||||
20年度末 | 21年度末 | 22年度末 | 23年度末 | 24年度末 | 25年度末 | 26年度末 | 27年度末 | 28年度末 | |||
9%台半ば | 8.92% | 11.40% | 12.37% | 13.09% | 11.6%程度 | 13.51% | 13.73% | 13.59% | 11.4%程度 | 13.41% | 13.16% |
(注) 表中の計数は、平成20年度末から23年度末までについては当時の国際的な金融規制(バーゼルII)の枠組みによる自己資本比率であり、24年度末以降については現行の国際的な金融規制(バーゼルIII)の枠組みによる総自己資本比率である。
そして、28年度末時点までの総自己資本の額の主な内訳の推移をみたところ、表3のとおり、利益剰余金が継続して増加していることから、欠損の填補が行われるような状況とはなっていなかった。
表3 総自己資本の額の主な内訳の推移
区分 | 平成24年度末 | 25年度末 | 26年度末 | 27年度末 | 28年度末 | |
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総自己資本の額 | 962,489 | 970,106 | 970,087 | 980,522 | 996,434 | |
うち資本金及び資本剰余金の額 | 218,653 | 218,653 | 218,653 | 218,653 | 218,653 | |
うち利益剰余金の額 | 94,128 | 102,149 | 111,905 | 118,975 | 145,796 | |
うち危機対応準備金の額 | 150,000 | 150,000 | 150,000 | 150,000 | 150,000 | |
うち特別準備金の額 | 400,811 | 400,811 | 400,811 | 400,811 | 400,811 |
このように、危機対応準備金について、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至ったと認める場合には、その額の全部又は一部に相当する金額を国庫に納付することとなっているのに、商工中金が、危機対応貸付けの実施状況等を踏まえて、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至っているかについて具体的な検討を行っていない事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、商工中金において、危機対応貸付けの実施状況等を踏まえて、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至っているかについて具体的な検討を行うことについての認識が欠けていたことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、商工中金は、危機対応準備金について、次のような処置を講じた。
ア 30年5月に商工中金法第59条及び株式会社日本政策金融公庫法(平成19年法律第57号)第24条の規定による命令に基づき主務大臣等(財務大臣、農林水産大臣、経済産業大臣及び金融庁長官)に提出した「ビジネスモデル等に係る業務の改善計画」において、今後の危機対応貸付けの残高の減少等を踏まえて、危機対応業務の円滑な実施のために必要な財政基盤が十分に確保されるに至ったかどうかの観点から、危機対応準備金の額の適正な水準を事業年度ごとに検討していくこととした。
イ アの検討の結果、30年度における危機対応準備金の所要額を1350億円と算定して、29年度末の危機対応準備金の額1500億円との差額150億円を国庫納付することが可能であると判断した上で、31年3月に同額を国庫納付することを30年6月の株主総会に付議して可決された。そして、同月、30年度における危機対応準備金の額の見通しを1350億円として、150億円を国庫納付することを予定していることを経済産業大臣及び財務大臣に報告した。