租税特別措置(以下「特別措置」という。)は、相続税法(昭和25年法律第73号)、所得税法(昭和40年法律第33号)等で定められた税負担に対して、租税特別措置法(昭和32年法律第26号。以下「措置法」という。)に基づいて、特定の個人等の税負担を軽減することなどにより、国による特定の政策目的を実現するための特別な政策手段であるとされ、「公平・中立・簡素」という税制の基本原則の例外措置として設けられているものである。
平成22年度税制改正大綱(平成21年12月閣議決定)によれば、特別措置は、税負担の公平の原則の例外であり、これが正当化されるためには、その適用の実態や効果が透明で分かりやすく、納税者が納得できるものでなければならず、特別措置をゼロベースから見直して、整理合理化を進めることが必要であるとされている。そして、この見直しのため、「租税特別措置の見直しに関する基本方針」(平成22年度税制改正大綱別紙1。以下「見直し方針」という。)が定められ、政策税制措置については抜本的に見直すこととなった。また、「政策税制措置の見直しの指針」(見直し方針の別添。以下「指針」という。)において、抜本的な見直しは、適用実態等からみて、課税の公平原則に照らして国民の納得できる必要最小限のものとなっているかなどといった観点から実施することとなっており、存続期間が10年を超えているなどの措置については、その合理性等を特に厳格に判断することとなっている。
平成22年3月に制定され、同年4月から施行された「租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律」(平成22年法律第8号。以下「租特透明化法」という。)によれば、財務大臣は、税負担の軽減等を行う相続税関係(贈与税関係を含む。以下同じ。)の特別措置(以下「相続税関係特別措置」という。)について、適用実態を調査する必要があると認めるときは、その必要の限度において、税務署長に提出される調書等を利用すること並びに行政機関その他の関係団体に対し資料の提出及び説明を求めることができることとされており、また、行政機関の長から当該調査に基づく情報の提供の求めがあったときには、これを提供することとされている。なお、財務大臣は、これまでに相続税関係特別措置について、租特透明化法に基づき適用実態の調査を実施したことはない。
相続税は、相続又は遺贈により財産を取得した相続人等に課される税である。また、贈与税は、個人から贈与により財産を取得した者に課される税である。なお、贈与税は、相続税と合わせて、相続税法において規定されており、被相続人が生前に財産を親族等に贈与することによって相続税が課されない部分を補完する機能を有しているとされる。
そして、特別措置には、納税者が特別措置の適用を受けるに当たって、所轄の税務署長に申告書、措置法等に規定された明細書等を提出することが必要なものと、一定の要件に該当していればこれらを提出する必要がないものとがある。
相続税関係特別措置には、税負担の軽減等を図る手法として、相続税等を免除し、又は軽減するもの(直接控除)、一時的にその納税を猶予するもの(納税猶予)及び贈与財産に対する軽減された贈与税相当額を相続時に精算するもの(相続時精算課税)がある。
財務省の試算によれば、28年度分において、相続税関係特別措置に係る減収額は3910億円と見込まれている。21年度以降について、相続税関係特別措置に係る減収見込額が相続税収入(贈与税収入を含む。)の当初予算額と当該減収見込額との合計額に占める割合をみると、14.8%から18.9%までの間で推移している。
税制改正要望の内容については、財務省による要望事項の検証や査定、税制調査会における議論等が行われ、税制改正の大綱が閣議決定される。そして、この大綱の内容を法案化した措置法等の改正案は、閣議決定を経て内閣から国会に提出される。国会で審議され成立した後は、措置法等の改正法が公布、施行されることになる。
相続税関係特別措置のうち特定の行政目的の実現のために税負担の軽減等を行うもの(以下「相続税軽減措置」という。)については、「政策評価に関する基本方針」(平成17年12月閣議決定)の一部変更により、積極的かつ自主的に事前評価を実施するよう努め、また、事後評価の対象とするよう努めるものとされた。
税制上の措置を特定の政策目的を実現するための手段として位置付けている行政機関(以下「関係省庁」という。)は、税制改正要望の際に提出する「税制改正要望書」(以下「要望書」という。)において、施策の必要性、手段としての有効性及び要望の措置の妥当性といった点から検証を行い、その内容を記述することとなっている。また、その際に、要望する措置に係る政策について政策評価を実施している場合には、事前評価書又は事後評価書を要望書に添付して財務省に提出することとなっている。そして、財務省は、関係省庁から提出を受けた要望書、事前評価書等に基づいて、特別措置の検証を行うことになっている。
本院は、特別措置に係る適用状況等について毎年検査を行っており、27年次において、法人税関係特別措置等の適用状況等に着目して検査した状況を、また、28年次において、所得税関係特別措置の適用状況等に着目して検査した状況を、会計検査院法第30条の2の規定に基づき、それぞれ27年10月及び28年12月に国会及び内閣に報告したところである。
相続税については、平成25年度税制改正により課税価格から控除される基礎控除額が27年1月1日から引き下げられて、以前より広い層に対して課税されることになったことから、国民の関心もより高くなってきている一方で、租特透明化法において適用実態の調査が義務付けられておらず、これまでに調査が実施されたことはない。
そこで、本院は、上記のことなどを踏まえて、有効性等の観点から、①相続税関係特別措置の適用状況はどのようになっているか、②相続税軽減措置に係る関係省庁及び財務省による検証状況等はどのようになっているか、③減収見込額が多額に上っている相続税軽減措置について、本院が提出を受けた申告書等から把握した適用状況等を踏まえて、指針等により検証が適切に行われているかなどに着眼して検査した。
相続税関係特別措置の適用状況については、25年から27年までの各年に相続又は贈与があり相続税又は贈与税の申告をした結果税額があった全ての者の申告書等のうち、27年4月1日現在で施行されている相続税関係特別措置の適用を受けた25年分543,530件、26年分580,174件、27年分849,429件、計1,973,133件に係る適用状況等を対象として、国税庁が集計した資料により検査した。
相続税軽減措置に係る検証状況等については、内閣府本府等11府省庁(注1)において、22年度から28年度までの間に実施した政策評価に係る関係資料や税制改正要望の際に財務省に提出した要望書等を確認するなどの方法により、また、財務省において、相続税軽減措置に係る検証状況等を確認するなどの方法により、それぞれ会計実地検査を行った。
減収見込額が多額に上っている相続税軽減措置の適用状況等については、会計実地検査を行った73税務署等(注2)において、相続税軽減措置の種類に応じて20年分から27年分までに適用のあったものを対象として、適用金額の高額な申告書等を抽出するなどにより、相続税及び贈与税の申告書等の提出を受けた納税者である相続人(受遺者を含む。以下同じ。)1,152人及び受贈者153人、計1,305人に係る適用状況等を検査した。検査に当たっては、国税庁から提出を受けた資料や、減収見込額が多額に上っている相続税軽減措置を適用している納税者の会計実地検査において提出を受けた申告書等及び計算証明規則(昭和27年会計検査院規則第3号)に基づき本院に証拠書類として提出された申告書等に係るデータを集計、分析するなどした。
27年4月1日現在で施行されている特別措置は、措置法第4章相続税法の特例に規定されている条文数を基に集計すると35措置あり、このうち、税負担の軽減等を行う特別措置は24措置となっている。そして、28年度の減収見込額が100億円以上のものは7措置となっていた。また、適用始期から29年4月1日までの期間が10年を超えるものは7措置となっていた。
上記の24措置について、11府省庁が自ら所管する政策と関係付けていることから特定の行政目的の実現のための手段とされていると認められる特別措置を特定したところ、21措置となっており、これに対応する政策等の単位(関係省庁が所管している特別措置に係る政策等の単位をいう。以下同じ。)の件数は計45件(11府省庁)となっていた。この45件を対象として、関係省庁における政策評価の実施状況等についてみたところ、関係省庁において22年度から28年度までの間に政策評価を実施した実績がない政策等は41件となっていた。また、適用始期から29年4月1日までの期間が10年を超える政策等32件のうち31件については、政策評価を実施した実績がなかった。
財務省は、要望内容の審査やヒアリングを行うなどして税制改正要望事項の検証や査定をしており、また、税制改正要望のない場合においても、必要に応じて見直しを行い、税制改正の提案をしていた。
特別措置に係る検証においては、適用実績を把握することとなっているが、22年度から28年度までの間に関係省庁において政策評価及び税制改正要望の際の検証(以下「両検証」という。)のいずれかが行われた政策等は22件あった。そこで、このうち、新設要望の際の検証であったり、適用開始年度の検証であったりしていて、当該検証の際には過去の年分の適用実績が存在しない4件を除いた18件について、両検証のいずれかが行われた際の適用実績の把握状況をみると、適用実績を把握等していなかった政策等は5件となっていた。
このように、関係省庁において、政策評価を行っていなかったり、両検証を行うに当たり適用実績を十分に把握等していなかったりしていて、検証が十分に行われていないと考えられる相続税軽減措置が見受けられる状況となっている。
一方、国税庁は、前記24措置のうち22措置(相続税軽減措置21措置のうち20措置)の適用実績を把握していた。そして、関係省庁が適用実績を把握等していた13件の政策等のうち、国税庁統計年報又は報道発表資料で公表されている適用実績を既に活用していた4件を除く9件についてみると、適用実績が国税庁統計年報で公表されていた政策等は4件、公表されていないが国税庁が適用実績を把握していた政策等は5件となっていた。したがって、国税庁が把握していた適用実績を関係省庁が活用することとした場合には、当該9件について、効率的に適用実績を把握することが可能となり、両検証においてより正確性の高いデータに基づく検証が可能と考えられる。
このように、関係省庁が適用実績を必ずしも容易に活用することのできない状況となっていたが、租特透明化法に基づき、財務省により相続税軽減措置について国税庁が把握している適用実績の提出等を求める調査が行われれば、関係省庁において当該情報を活用することが可能となり、関係省庁の政策評価における客観的なデータに基づく測定及び分析に資すると思料される。
28年度において減収見込額が多額に上っていて、近年において大きな政策の転換が行われるなどした相続税軽減措置3措置等に関して、会計実地検査等で提出を受けた申告書等から把握した適用状況等を踏まえて、当該相続税軽減措置の検証が指針等により適切に行われているかなどについてみたところ、次のような状況となっていた。
「小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例」(措置法第69条の4。以下「小規模宅地等の特例」という。)は、個人が相続により取得した財産等のうち、その相続の開始直前に被相続人(遺贈者を含む。以下同じ。)又は被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等(以下「事業用又は居住用宅地等」という。)が相続人にとって生活の基盤そのものであって、事業又は居住を継続していく上で欠くことのできない資産であることから、事業用又は居住用宅地等の相続税の課税価格を軽減することで相続人の事業又は居住の継続等に配慮することを目的として創設された制度である。
相続による取得財産を相続税の申告期限(相続開始日の翌日から10か月)の翌日から3年以内に譲渡して譲渡所得を申告していた2,907人のうち243人が相続税の申告の際に小規模宅地等の特例を適用していた。そして、当該243人が譲渡した小規模宅地等の特例を適用した土地等273件について、「貸付事業用宅地等」「特定居住用宅地等」等の利用区分別にみると、貸付事業用宅地等が65%、特定居住用宅地等が31%等となっていて、小規模宅地等の特例を適用して申告期限の翌日以後3年以内に譲渡しているものは、貸付事業用宅地等が最も多い状況となっていた。
そして、上記の243人が譲渡した小規模宅地等の特例を適用した土地等を含む土地等273件に係る課税価格計165億7293万余円に対して、課税価格減少額の合計額は計63億7877万余円(小規模宅地等の特例適用後の課税価格は計101億9415万余円)となっていた。また、本院において、小規模宅地等の特例を適用しなかった場合と比較したときの相続税額の開差額を試算したところ、19億6300万余円となっていた。
さらに、前記の土地等273件について、申告期限の翌日から譲渡までの期間を確認したところ、相続人が相続税の申告期限の翌日から1年以内に譲渡していたものが163件(課税価格減少額の合計は36億4708万余円)見受けられ、このうち貸付事業用宅地等の譲渡は110件となっていた。また、相続税の申告期限の翌日から1か月以内に譲渡していたものも22件(課税価格減少額の合計は6億4627万余円)見受けられ、このうち貸付事業用宅地等の譲渡は13件となっていた。
関係省庁である経済産業省は、28年度に事後評価を実施していた。しかし、(ア)のとおり、本院において適用状況をみたところ、事業又は居住の継続への配慮という小規模宅地等の特例の政策目的に沿ったものとなっていないと思料される状況が見受けられた。この点について、同省は、このような状況も踏まえて、小規模宅地等の特例の課題の把握に努めるとともに、引き続き適用実績の把握に努めるなどして指針等により検証を行い、国民に対する説明責任を果たしていくとしている。
また、税制改正要望の際に行われる関係省庁及び財務省による検証は、関係省庁から税制改正要望に係る要望書が提出されていないため、行われていなかった。この点について、財務省は、このような状況も踏まえて、引き続き実態を把握し適切な見直しに努めるとしている。
「農地等についての相続税の納税猶予及び免除等」(措置法第70条の6。以下「農地等の相続税の納税猶予」という。)は、相続により承継した農地等(農地、採草放牧地及び準農地をいう。以下同じ。)が農地等として確実に利用されることを確保をするために、一定の要件を満たした農地等を相続により取得した相続人が、相続税の申告期限までに農業経営を開始し、その後も農業経営を行うと認められるなどの要件を満たした場合(以下、要件を満たした相続人を「農業相続人」という。)に、その取得した農地等の価格のうち、農業投資価格(注3)による価格を超える部分に対応する相続税の納税が、所定の期間、農業経営を継続している限りにおいて猶予等されるものである。
また、「相続税の納税猶予を適用している場合の特定貸付けの特例」(措置法第70条の6の2)及び「特定貸付けを行った農地又は採草放牧地についての相続税の課税の特例」(措置法第70条の6の3。以下、これらを合わせて「特定貸付特例」という。)は、政策的に推進すべき農地等の貸付けを行った場合には、一定の要件の下、農地等の相続税の納税猶予の適用を継続して受けることができるものである。
検査の対象とした農業相続人683人のうち、被相続人の所有していた農地等の面積が把握できた677人についてみたところ、相続により取得した農地等のうち、農地等の相続税の納税猶予の適用を受けていたのは72.3%となっていた。
農業相続人683人が相続により取得した農地等の相続税の納税猶予の適用の対象となった農地等(以下「特例農地等」という。)の種類別の適用状況をみたところ、市街化区域外農地に所在する農地等(以下「市街化区域外農地等」という。)に対する適用面積が51.3%と過半を占めていたが、納税猶予税額のうち三大都市圏特定市の生産緑地地区内にある農地等(以下「都市営農農地等」という。)及び三大都市圏特定市以外の市街化区域内農地等(以下「市街化区域内農地等」という。)に係るものが、全体の96.3%となっていた。そして、特例農地等1m2当たりの農業投資価格と農業投資価格超過額を特例農地等の種類別にみると、都市営農農地等では813円に対して84,447円と103.8倍となっていたのに対して、市街化区域外農地等では528円に対して2,367円と4.4倍となっていた。なお、都市農業振興基本法によると、都市農業は、農産物の供給の機能以外にも多様な機能を果たしていることに鑑み、都市における農地の有効な活用及び適正な保全が図られるよう、都市農業の振興を積極的に行わなければならないとされている。
(a) 農業相続人の農業所得の状況等
農業相続人683人のうち、27年分の所得税の確定申告書の提出のあった農業相続人589人の所得を所得区分別に合算したところ、農業所得は赤字となっていた一方で、所得合計(40億余円)の大半を不動産所得(74.0%)と給与所得(22.0%)が占めていた。そして、農業所得が赤字となっていた農業相続人316人のうち299人(農業相続人589人のうち50.7%)は、農業所得の赤字を不動産所得、給与所得等と損益通算(注4)しており、農業所得以外の所得を経営の基盤として農業経営を継続している農業相続人が相当数を占めると思料された。
(b) 特定貸付特例の適用状況
市街化区域内の特例農地等については、特定貸付特例の適用の対象外となっており、現行制度上、特例農地等の貸付けを行った場合には、農地等の相続税の納税猶予が原則として打ち切られることとなっている。都市農業振興基本計画では、この状況について、「意欲ある経営体や事業者が規模の拡大や農業への参入を考えても、農地の貸手側に大きな負担を生じさせてしまい、結果として、ふさわしい担い手による活躍の機会が失われる」としている。そこで、現行制度上、特定貸付特例が適用できる市街化区域外農地等を相続した農業相続人(以下「市街化区域外農業相続人」という。)と特定貸付特例が適用できない市街化区域内の特例農地等のみを相続した農業相続人(以下「市街化区域内農業相続人」という。)の農業経営の状況に差異があるかに着眼して、農業相続人の農業経営の状況についてみたところ、市街化区域外農業相続人は、市街化区域内農業相続人に比べて、相続により取得した特例農地等の面積がより大きい者の割合が高く、また、農業収入がより多い者の割合が高い状況が見受けられた。
農業経営を継続している農業相続人に猶予されている相続税が納税免除に至るまでの期間は、制度創設当初、市街化区域の内外を問わず、「終身」に相当する期間として、申告書の提出期限の翌日から20年となっていたが、その後の税制改正において市街化区域内農地等以外は20年から終身に見直された一方で、市街化区域内農地等は特段の見直しが行われておらず、農業経営を20年継続すれば、農業投資価格による価格を超える部分に対応する猶予されていた相続税が免除されることとなっている。
そこで、市街化区域内農地等のみを相続した農業相続人195人について、平成24年簡易生命表(注5)に農業相続人の年齢と性別を当てはめることにより、平均余命を機械的に試算したところ、平均余命が20年10か月を上回る年齢の者が138人(70.7%)となっていた。これらの者は、農業経営を20年継続すれば、猶予されていた相続税が免除され、相続税を納付することなく特例農地等の譲渡等が可能となることが見込まれる状況となっていた。
関係省庁である農林水産省は、税制改正要望の際に、効果等の検証を行ったとしていた。(ア)のとおり、本院において適用状況をみたところ、農業所得が赤字となっている者が相当数を占めており、農業所得以外の所得を経営の基盤として農業経営を継続している農業相続人が相当数を占めていると思料されること、市街化区域内農地等のみを相続した農業相続人について、農業経営を20年継続すれば相続税を納付することなく特例農地等の譲渡等が可能となることが見込まれる年齢の者が相当数を占めていることなど、検証の際に留意すべき点も見受けられた。そして、農地等の相続税の納税猶予はその創設から40年を超えているが、税制改正要望においては、制度の一部分に係る要望のみが行われていることから、検証が部分的なものにとどまっており、また、政策評価については、実施が義務付けられていないことから実施しておらず、両検証とも制度全体については行われていなかった。この点について、農林水産省は、今後、このような状況も踏まえて、特別措置の適用実績の把握に努めるとともに、税制改正要望の際等にはその検証を一層充実させ、政策の実効性を高める取組を続けていくとしている。また、国土交通省は、29年度税制改正要望を行っていたが、共管の立場であるため、適用状況等について特段把握をしておらず、政策評価については実施していなかった。
財務省は、税制改正要望の際に検証を行っており、また、「農地の確保」という政策目的には変更はないとしていたが、このような状況も踏まえて、引き続き実態を把握し適切な見直しに努めるとしている。
「非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除」(措置法第70条の7)及び「非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除」(措置法第70条の7の2。以下、これらを合わせて「事業承継税制」という。)は、中小企業における経営の承継に伴い、当該中小企業の株式等に係る贈与税及び相続税の納付が見込まれることなどにより事業活動の継続に支障が生じていると経済産業大臣(29年4月1日以降は都道府県知事。以下同じ。)が認定する企業(以下、贈与により承継されたものを「贈与承継会社」、また、相続により承継されたものを「承継会社」という。)の株式等を有する後継者に対して贈与税及び相続税の納税を猶予等し、中小企業の事業承継を円滑化することにより、中小企業の事業活動の継続を実現し、雇用の確保や地域経済の活力維持につなげることなどを目的とする制度である。
事業承継税制の対象となる贈与承継会社及び承継会社としての認定を受けるに当たっては、当該中小企業者の非上場株式等を贈与又は相続により取得した代表者及び当該代表者に係る同族関係者が有する議決権の数の総株主等議決権数に対する割合(以下「同族関係者割合」という。)が50%を超えていることが要件の一つとされているが、同族関係者割合が3分の2以上である場合には、代表者及び同族関係者の同意があれば、特別決議により、資本剰余金の額を増加させることなどが制度上可能な状況となっている。一方、事業承継税制の対象となる中小企業者は、資本金の額が業種別に定められた一定の金額以下であることなどが要件となっている。
検査の対象とした贈与承継会社153件及び承継会社237件について、貸借対照表に記載されている資本金の額及び資本剰余金の額に着眼して分析を行ったところ、資本金の額に対する資本剰余金の額の割合が1.53倍(注6)を超えているものが、贈与承継会社13件(納税猶予税額64億0907万余円)及び承継会社5件(同72億5431万余円)、計18件(同136億6338万余円)見受けられた。そして、計上されていた資本剰余金の額についてみると、贈与承継会社13件においては3093万余円から111億7502万余円まで、承継会社5件においては9200万円から18億1638万余円までとそれぞれ多額となっており、資本金の額に対して最大で約885倍の資本剰余金の額が計上されているものも見受けられた。なお、上記18件の贈与又は相続開始の時における同族関係者割合についてみると、18件のうち17件は3分の2以上(66.7%から100.0%)となっていた。
贈与承継会社153件及び承継会社237件について、課税所得金額をみたところ、課税所得金額が10億円を超えているものが、贈与承継会社3件及び承継会社3件、計6件、また、前3事業年度の平均課税所得金額が年15億円を超えているものが、贈与承継会社1件(納税猶予税額53億2251万余円)及び承継会社4件(同55億7481万余円)、計5件(同108億9733万余円)、それぞれ見受けられた。
贈与承継会社及び承継会社としての認定を受けるに当たっては、事業実態がなく単に資産を管理している会社を認定の対象外とするなどのために、原則として特定資産割合(注7)が70%以上である資産保有型会社及び特定収入割合(注8)が75%以上である資産運用型会社に該当しないことが要件となっている一方、事業承継税制の適用に当たっては、資産保有型会社等であっても、常時使用する従業員の数が5人以上であることなどの要件を満たす場合には、事業実態がある資産保有型会社等として事業承継税制の対象とされることとなっている。
そこで、贈与承継会社153件及び承継会社237件について、特定資産割合及び特定収入割合の状況をみると、贈与承継会社24件(納税猶予税額57億8937万余円)及び承継会社42件(同95億8213万余円)、計66件(同153億7150万余円)については、特定資産割合が70%以上となっており、贈与承継会社3件(同24億5079万余円)及び承継会社9件(同13億5221万余円)、計12件(同38億0300万余円)については、特定収入割合が75%以上となっていた。これらの会社は、資産保有型会社等に該当するものとして事業承継税制の対象とはならないものであるが、上記の要件を満たすことから、事業実態がある資産保有型会社等として、事業実態に係る資産のみでなく、特定資産も含めた全ての資産の価額を対象として納税猶予税額を計算し、事業承継税制が適用されていた。
多額の資本剰余金を有していたり、平均課税所得金額が高額となっていたりする贈与承継会社14件及び承継会社8件並びに事業実態がある資産保有型会社とされた贈与承継会社24件及び承継会社42件、延べ88件について、会社の資産総額及び特定資産の状況をみると、有価証券、現金預貯金等の特定資産合計額が50億円以上となっているものは、贈与承継会社7件及び承継会社15件、計22件となっており、特定資産合計額は、最大で386億4224万余円(納税猶予税額10億2353万余円)となっていた。
関係省庁である経済産業省は、23年度に事後評価を実施していた。また、同省は、25年度税制改正要望及び29年度税制改正要望の際に要望書及び事前評価書を作成していた。しかし、(ア)のとおり、本院において適用状況をみたところ、多額の資本剰余金を有している会社等が事業承継税制の対象となっていたり、特定資産割合が70%以上となっている会社等が要件を満たすことにより事業実態がある資産保有型会社等として、特定資産を含めた全ての資産の価額が納税猶予税額の計算の対象となっていたりしていて、事業承継税制の政策目的に照らして、必ずしも必要最小限のものとなっていないと考えられる状況が見受けられた。この点について、同省は、このような状況も踏まえて、事業承継税制における課題や円滑化法の認定を受けようとする者の実態把握に努めるとともに、引き続き適用実態の把握に努めるなどして指針等により検証を行い、国民に対する説明責任を果たしていくとしている。
財務省は、税制改正要望の際の要望書等において検証を行っていた。この点について、同省は、これまでも、企業が保有する資産に着目した見直しを行ってきているところであるが、このような状況も踏まえて、引き続き実態を把握し適切な見直しに努めるとしている。
このように、小規模宅地等の特例、農地等の相続税の納税猶予等及び事業承継税制について、減収見込額が多額に上るなどしている一方で、本院が会計実地検査等で提出を受けた申告書等から把握した適用状況等を踏まえると、関係省庁において、検証が指針等により必ずしも十分になされていないと考えられる状況となっていた。
27年4月1日現在で施行されている相続税関係特別措置は24措置あり、28年度の減収見込額が100億円以上のものは7措置、適用始期から29年4月1日までの期間が10年を超えるものは7措置となっていた。
上記の24措置について、11府省庁が自らが所管する政策と関係付けていることから特定の行政目的の実現のための手段とされていると認められる特別措置を特定したところ、21措置となっており、これに対応する政策等の単位の件数は計45件(11府省庁)となっていた。この45件を対象として、関係省庁における政策評価の実施状況等についてみたところ、22年度から28年度までの間に政策評価を実施した実績がない政策等は41件となっていた。
国税庁は、前記24措置のうち22措置の適用実績を把握しているが、関係省庁が当該適用実績を必ずしも容易に活用することのできない状況となっていた。
相続による取得財産を相続税の申告期限の翌日から3年以内に譲渡して譲渡所得を申告していた2,907人についてみたところ、このうち243人が相続税の申告の際に小規模宅地等の特例を適用していた。そして、当該243人が譲渡した土地等273件の申告期限の翌日から譲渡までの期間を確認したところ、相続税の申告期限の翌日から1年以内に譲渡していたものが163件(うち貸付事業用宅地等の譲渡は110件)見受けられ、また、相続税の申告期限の翌日から1か月以内に譲渡していたものも22件(うち貸付事業用宅地等の譲渡は13件)見受けられた。
関係省庁は28年度に事後評価を実施していたが、このように、事業又は居住の継続への配慮という政策目的に沿ったものとなっていないと思料される状況となっていた。
農業所得が赤字となっている農業相続人が相当数を占めており、農業所得以外の所得を経営の基盤として農業経営を継続している農業相続人が相当数を占めると思料された。また、市街化区域内農地等のみを相続した農業相続人について、農業経営を20年継続すれば相続税を納付することなく特例農地等の譲渡等が可能となることが見込まれる年齢の者が相当数を占めている状況となっていた。
関係省庁は、税制改正要望の際に効果等の検証を行ったとしていたが、このように、検証の際に留意すべき点も見受けられた。また、制度全体についての検証は行われていなかった。
贈与承継会社153件及び承継会社237件について適用状況をみたところ、事業承継税制の対象となる中小企業者は資本金の額が一定の金額以下であることなどが要件となっているが、資本金の額に対して多額の資本剰余金の額を計上している会社等が見受けられ、最大で資本金の額の約885倍の資本剰余金の額が計上されているものも見受けられた。また、会社の認定を受けるに当たっては、事業実態がなく単に資産を管理している会社を認定の対象外とするなどのために、原則として資産保有型会社等に該当しないことが要件となっている一方、66件の会社については、常時使用する従業員の数が5人以上であることなどの要件を満たすことから、事業実態がある資産保有型会社として、事業実態に係る資産のみでなく、特定資産も含めた全ての資産の価額を対象として納税猶予税額を計算し、事業承継税制が適用されていた。
関係省庁は、23年度に事後評価、25年度税制改正要望及び29年度税制改正要望の際に事前評価を実施するなどしていたが、このように、事業承継税制の政策目的に照らして、必ずしも必要最小限のものとなっていないと考えられる状況が見受けられた。
このように、小規模宅地等の特例、農地等の相続税の納税猶予等及び事業承継税制について、減収見込額が多額に上るなどしている一方で、関係省庁において、検証が指針等により必ずしも十分になされていないと考えられる状況となっていた。
特別措置は、「公平・中立・簡素」という税制の基本原則の例外措置として設けられているものであり、その効果を不断に検証して真に必要なものに限定すべきであるとされている。
相続税関係特別措置について、政策評価や適用実態の調査の実施が義務付けられておらず、また、適用実績の把握が困難な場合もあるものの、相続税軽減措置に係る減収見込額が多額に上っていることを踏まえて、前記のような小規模宅地等の特例、農地等の相続税の納税猶予等及び事業承継税制についての検証の状況を念頭に置きつつ、関係省庁において、相続税軽減措置について、引き続きその検証等の基礎となる適用実績の把握等に努めるなどして、適用実態等からみて国民の納得できる必要最小限のものとなっているかなどの指針等により政策評価や税制改正要望の際の検証を行い、政策の企画立案作業に活用するとともに、相続税軽減措置の透明性を向上させ、その適用に当たって国民に対する説明責任を果たしていくことが望まれる。
また、財務省において、相続税軽減措置について、今後とも十分に検証していくことが望まれる。
本院としては、今後とも相続税関係特別措置の適用状況並びに関係省庁及び財務省による検証状況について、引き続き注視していくこととする。