【改善の処置を要求したものの全文】
企業主導型保育施設の整備における利用定員の設定等について
(平成31年4月23日付け 内閣総理大臣宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
政府は、都市部を中心に深刻な問題となっている保育所等の待機児童の解消の取組を加速化させるために、平成25年度から29年度末までの間に約40万人分の保育の受け皿を確保することを目標とした「待機児童解消加速化プラン」(以下「加速化プラン」という。)を25年4月に策定している。その後、待機児童の解消を確実なものとするために、「一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策」(平成27年11月一億総活躍国民会議決定)において、加速化プランに基づく29年度末までの保育の受け皿整備の目標を40万人分から10万人分上積みして50万人分とした。
そして、貴府は、子ども・子育て支援法(平成24年法律第65号)に基づき、多様な就労形態に対応する保育サービスの拡大を行い、待機児童の解消を図り、仕事と子育てとの両立に資することを目的として、厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)第82条第1項に規定する事業主等(以下「一般事業主」という。)から徴収する拠出金を財源として、28年度に企業主導型保育事業費補助金(以下「国庫補助金」という。)を創設するとともに、「平成28年度企業主導型保育事業費補助金の国庫補助について」(平成28年府子本第442号。以下「交付要綱」という。)等に基づき、同年度から企業主導型保育事業を実施している。
企業主導型保育事業は、上記待機児童の解消等の目的を達成するために、「平成28年度企業主導型保育事業等の実施について」(平成28年府子本第305号、雇児発0502第1号)、「平成29年度企業主導型保育事業等の実施について」(平成29年府子本第370号、雇児発0427第2号。平成30年3月一部改正)(以下、これらを合わせて「実施要綱」という。)等に基づき、一般事業主に雇用されている従業員(以下「従業員」という。)等が監護する乳児又は幼児(以下「児童」という。)の保育を行うものであり、政府は、前記の上積みした10万人分の保育の受け皿のうち約5万人分については、同事業により確保することとしている。
実施要綱によれば、一般事業主等が企業主導型保育事業を行うために設置する保育施設(以下「企業主導型保育施設」という。)について、利用定員は6名以上とし、従業員の監護する児童に係る定員(以下「従業員枠」という。)と、従業員枠以外の児童に係る定員(以下「地域枠」という。)との区分に応じて設定することとされている。地域枠は、従業員枠の対象とならない地域住民等が監護する児童のために設定されるものであり、原則として利用定員全体の50%以内とすることとされている。
貴府は、国庫補助金の交付に当たり公募により選定した団体を補助事業者とすることなどとしており、28、29両年度は公益財団法人児童育成協会(以下「協会」という。)を補助事業者として選定し、交付要綱等に基づき協会に対して国庫補助金を交付している。
協会は、実施要綱に基づき、国庫補助金を原資として、企業主導型保育事業を実施する一般事業主等に対して企業主導型保育施設の整備に要する費用(以下「整備費」という。)及び企業主導型保育施設における保育の実施に要する経費の助成を行う企業主導型保育助成事業を実施している(以下、協会が企業主導型保育助成事業により行う整備費の助成を「助成」といい、そのために交付する助成金を「助成金」という。また、助成金の交付を受けて企業主導型保育施設の整備を行う一般事業主等を「事業主体」という。)。
実施要綱によれば、協会は、貴府と協議するなどした上で企業主導型保育助成事業を実施するために必要な要領を別に定めることとされており、これを受けて協会は、同事業の適切かつ円滑な実施を図るために、「平成28年度企業主導型保育事業助成要領」(平成28年5月制定)、「平成29年度企業主導型保育事業助成要領」(平成29年4月制定)等(以下、これらを合わせて「助成要領等」という。)を制定している。
助成要領等によれば、企業主導型保育施設を利用する児童は、1月当たりの利用日数が16日以上となるなどの条件を満たしている児童(以下「定期利用児童」という。)と、1月当たりの利用日数が15日以下となる児童(以下「不定期利用児童」という。)に区分されている。また、企業主導型保育施設の設置に当たっては、建築基準法(昭和25年法律第201号)等の関係法令のほか、「家庭的保育事業等の設備及び運営に関する基準」(平成26年厚生労働省令第61号)に定められている保育に必要となる設備等に応じた各基準等(以下、これらを合わせて「設備基準等」という。)を遵守することとされている。
そして、実施要綱では、事業主体は、企業主導型保育施設の運営に当たっては、国及び協会の助言及び指導に応じなければならないこととなっている。
助成要領等によれば、助成金の交付額は、企業主導型保育施設の利用定員や整備工事の内容等に応じて定められている基準額の合計額と、整備工事に要した実支出額等を比較するなどして算定することとされており、助成の申込手続及び助成金の交付については次のとおりとされている。
① 助成を受けようとする者は、助成申込書に、企業主導型保育施設の利用定員、規模、構造、開設予定時期等についての計画等を記載し、企業主導型保育施設の整備に係る所要額調書、設計図面等を添えて協会に提出する。そして、協会は、これらの内容を審査の上、助成の可否及び助成金の交付額を決定する。
② 助成の決定を受けた者は、企業主導型保育施設の整備工事を実施し、所定の期限までに事業完了報告書に実績額調書、整備工事に係る関係書類等を添えて協会に提出する。
③ 協会は、事業完了報告書等を速やかに審査し、必要と認める場合には実地調査を行い、助成金の額を確定し、助成の決定を受けた者に助成金を交付する。
①のとおり、協会は、助成申込書等の内容を審査の上、助成の可否等を決定することとされているが、審査時に確認すべき事項等については、実施要綱等には具体的に明記されていない。
企業主導型保育事業については、昨今、一部の企業主導型保育施設において、開設後短期間で休止又は廃止となったり、利用児童数が利用定員を大幅に下回ったりするなどの事態が発生したことから、国会で取り上げられたり、新聞等で報道されたりしている。
このような状況を受けて、貴府は、企業主導型保育事業の実施状況等を検証し、より円滑な同事業の実施に向けた改善策を検討するために、30年12月に、有識者で構成する「企業主導型保育事業の円滑な実施に向けた検討委員会」(以下「検討委員会」という。)を設置するなどしている。
そして、検討委員会は、31年3月に、検討結果等についての報告を取りまとめており、企業主導型保育事業における保育の質の確保、継続性・安定性の確保、地方自治体との適切な連携等について提言を行っている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
貴府は、企業主導型保育助成事業を実施する協会に対して多額の国庫補助金を交付しており、協会が国庫補助金を原資として事業主体に対して交付した助成金の交付額は、28年度158億余円、29年度545億余円、計703億余円に上っている。
また、貴府は、検討委員会の報告等を踏まえて、企業主導型保育事業の内容についての見直しなどを行うこととしており、検討委員会による企業主導型保育事業の実施状況等の検証の過程等において、利用児童数が利用定員を大幅に下回っていたり、何らかの理由により児童の受入れができない状態となったりしている企業主導型保育施設が存在していることは公表しているものの、企業主導型保育施設の具体的な利用状況、事業主体における助成の申込時の利用定員等に関する計画の策定状況、助成の申込みに対する協会の審査の状況等は明らかになっていない。
そこで、本院は、有効性等の観点から、企業主導型保育施設における利用状況はどのようになっているか、利用定員は保育需要等を踏まえて適切に設定されているか、助成の申込時に設定した開設予定時期等に係る計画や設備基準等に基づき整備され、計画どおり児童の受入れが行われているか、助成の申込みに対する協会の審査等は適切に行われているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、28、29両年度に助成金の交付対象となった企業主導型保育施設2,322施設のうち、利用定員、利用児童数、助成金交付額等を勘案して41都道府県(注1)に所在する187事業主体の213施設(整備費計121億9032万余円、助成金交付額計84億4384万余円(国庫補助金相当額同額))を抽出して、調書の提出を受けて各施設の利用状況等を分析するなどの方法により検査するとともに、貴府、協会及び35事業主体において、助成申込書、事業完了報告書等の関係書類等を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
前記187事業主体の213施設のうち、30年10月時点で開設後1年以上経過しているのは、150事業主体の173施設となっていた。このうち、同月時点の各企業主導型保育施設における定員充足率(注2)及びその直近1年間(29年10月から30年9月まで)における各月の定員充足率の平均(以下「平均定員充足率」という。)がいずれも50%未満となっていて1年以上にわたって利用が低調な状況となっていたと認められる施設が、67事業主体の72施設(整備費計44億1167万余円、助成金交付額計31億6880万余円(国庫補助金相当額同額))見受けられた。そして、この72施設の平均定員充足率の分布を示すと図のとおりである。
図 平成29年10月から30年9月までの平均定員充足率の分布
上記の72施設を整備した67事業主体の利用定員に関する計画の策定状況について確認したところ、60事業主体(65施設)において、利用定員の設定を行うに当たり、従業員への聞き取りなどを行ったとしているもののその具体的な内容が確認できなかったり、従業員の意向等の保育需要に係る調査等を行わず、企業主導型保育施設の設置予定場所の面積に合わせて施設の規模を決定して受入れ可能な児童数を算出し、そのまま利用定員としていたり、合理的な理由等がないまま一定の割合の従業員等が監護する児童が利用すると想定していたりなどしている状況が見受けられた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例1>
A株式会社は、平成28年度に、東京都杉並区に所在する自社建物内に利用定員30名(全て従業員枠)の企業主導型保育施設を整備費7951万余円で整備することとして助成の決定を受けて、29年3月に企業主導型保育施設の整備を完了し、助成金5521万余円(国庫補助金相当額同額)の交付を受け、同年4月から開設していた。
しかし、30年10月時点において上記の企業主導型保育施設を利用している児童は4名となっており、定員充足率は13.3%、29年10月から30年9月までの平均定員充足率は24.1%となっていて利用が低調となっていた。
そして、同社の助成の申込時における利用定員の設定方法について確認したところ、同社は、従業員の意向調査を行わないまま、一定の割合の従業員が監護する児童が企業主導型保育施設を利用するという想定に基づき利用定員を設定しており、その想定に係る合理的な理由を確認することができなかった。
アの事態が見受けられたことから、前記の67事業主体が助成の申込時に申込書に記載していた利用定員に関する計画に対する協会の審査等の状況について確認したところ、協会は、利用定員の妥当性等について審査等を行わないまま助成の決定を行っていた。また、協会は、事業主体が企業主導型保育施設の利用定員の設定を行うに当たり、従業員の意向調査や、地域の保育需要、待機児童の発生状況等の確認を行う必要性等について事業主体に周知していなかった。
さらに、協会は、企業主導型保育施設の利用状況について十分に把握しておらず、利用が低調となっている場合の対応等について具体的に検討していなかった。
前記187事業主体の213施設のうち、17事業主体の17施設は、28、29の2か年度の間に企業主導型保育施設の整備を実施して、29年度中に整備を完了させて30年4月までに開設する計画となっていたが、その計画よりも開設が遅延し、同月時点で開設に至っていなかった。
そこで、その原因等について確認したところ、9事業主体の9施設(整備費計9億5668万余円、助成金交付額計6億9198万余円(国庫補助金相当額同額))については、事業主体が、整備予定の企業主導型保育施設は設備基準等に適合した設計となっているかなどについて十分に確認しないまま整備を実施していたため、整備途中で生じた設計の変更等により開設が遅延していた。このうち6事業主体の6施設については、30年10月時点においても開設に至っておらず、同月時点において助成の申込時の計画に対して約1年3か月から1年4か月開設が遅延していて児童を受け入れられていなかった。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例2>
B株式会社は、平成28、29両年度に、東京都板橋区に建設予定の4階建ての自社建物内に利用定員101名(従業員枠51名、地域枠50名)の企業主導型保育施設を整備費計2億1737万余円で整備することとして助成の決定を受けて、各年度に実施した整備工事等の出来高に応じて、助成金計1億4508万余円(国庫補助金相当額同額)の交付を受けていた。
しかし、当該建物の整備途中において、設計図面どおりの建物を整備しても当該建物内の企業主導型保育施設が設備基準等に適合しないことなどが判明し、建物全体の設計を見直すこととなったなどのため、企業主導型保育施設については、30年10月の会計実地検査時点においても開設に至っておらず、児童を受け入れられていない状況となっていた。
アの事態が見受けられたことから、前記の9事業主体が助成の申込時に提出した書類等に対する協会の審査等の状況について確認したところ、協会は、事業主体から所要額調書、設備基準等に適合しているか確認するための設計図面等の関係書類を提出させるなどしており、これらの各書類に記載されている計数の整合性等に係る形式的な確認を行っていたものの、整備する企業主導型保育施設の設計が設備基準等に適合しているかなどについて、十分に審査等を行わないまま助成の決定を行っていた。
(改善を必要とする事態)
助成金の交付を受けて整備された企業主導型保育施設の利用が低調となっていたり、開設が助成の申込時の計画よりも遅延して児童を受け入れられていなかったりなどしている事態は、企業主導型保育助成事業の効果が十分に発現していないことから適切ではなく、改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、企業主導型保育施設の整備に当たり、事業主体において、利用定員の設定等を適切に行うことの必要性についての理解が十分でないこと、補助事業者である協会において、利用定員の設定等に係る審査の必要性の認識が欠けていること、利用が低調となっている事業主体への指導等の必要性についての理解が十分でないことなどにもよるが、貴府において、次のことなどによると認められる。
企業主導型保育事業は、待機児童の解消等を図るための重要な施策であり、今後も多額の国庫補助金が交付されることが見込まれている。
ついては、貴府において、企業主導型保育施設の利用定員の設定等が適切に行われ、整備された企業主導型保育施設が有効に利用され、もって企業主導型保育事業の効果的な実施が図られるよう、次のとおり改善の処置を要求する。