厚生労働省は、平成25年に福岡県福岡市で発生した有床診療所の火災事故を踏まえて、26年度から、医療施設等施設整備費補助金交付要綱(昭和54年厚生省発医第137号。以下「交付要綱」という。)及び有床診療所等スプリンクラー等施設整備事業実施要綱(平成26年医政発0307第3号)に基づき、病床又は入所施設を有している病院、診療所及び助産所(以下、合わせて「有床診療所等」という。)が事業主体となって実施するスプリンクラー設備(注1)、自動火災報知設備及び火災通報装置を整備する有床診療所等スプリンクラー等施設整備事業(以下「スプリンクラー等整備事業」という。)に要する費用を補助するため、都道府県を通じて補助金を交付している(以下、この補助金のうち、スプリンクラー設備の整備に要する費用に係る分を「スプリンクラー補助金」という。)。
そして、上記の火災事故を契機とした28年4月の消防法施行令(昭和36年政令第37号)等の改正により、原則として、避難のために患者の介助が必要な有床診療所等については、産婦人科等の特定の診療科のみを有する有床診療所等を除き、令和7年6月末までにスプリンクラー設備を整備しなければならないこととなっている。
交付要綱によれば、有床診療所等に整備するスプリンクラー設備の対象面積(以下「補助対象面積」という。)1m2当たりの基準単価を17,500円(平成26年度は17,000円)とし、基準単価に補助対象面積を乗じて算定した基準額と対象経費の実支出額とを比較して少ない方の額をスプリンクラー補助金の交付額とするなどとされている。
厚生労働省がスプリンクラー等整備事業の創設当時に事務連絡等と併せて都道府県に送付した「有床診療所等スプリンクラー等施設整備事業のQ&A集」(以下「質疑応答集」という。)によれば、補助対象面積とは、補助対象である棟のうちスプリンクラーを設置する部分の面積であるとされている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性等の観点から、スプリンクラー補助金の交付額が適切に算定されているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、26年度から29年度までの間に13都府県(注2)の823事業主体に交付されたスプリンクラー補助金計189億7409万余円を対象として、厚生労働省及び13都府県の119事業主体において、事業計画書、事業実績報告書、契約書等の関係書類及び現地の状況を確認して会計実地検査を行うとともに、上記の823事業主体について、13都府県に調書の作成及び提出を求めて、その内容を確認するなどの方法により検査した。
(検査の結果)
質疑応答集によれば、前記のとおり、補助対象面積はスプリンクラーを設置する部分の面積とされているが、スプリンクラーを設置する部分がどの部分を指すのかについては明確に示されていなかった。そのため、厚生労働省にスプリンクラーを設置する部分が具体的にどの部分を指すのかについて確認したところ、厚生労働省は、スプリンクラーを設置する部分とは整備されたスプリンクラー設備による散水ができる居室等であるとしている。
そこで、補助対象面積が適正に算定されているか検査したところ、9都県(注3)の57事業主体では、建物の広範囲にスプリンクラー設備の配管が設置されていることなどから建物の延べ面積を補助対象面積とするなどしていた。しかし、これらの面積にはスプリンクラーヘッドが設置されていないなどしていてスプリンクラー設備による散水ができない居室等の面積が含まれている状況となっていた。
上記57事業主体の補助対象面積をスプリンクラー設備による散水ができる居室等の面積に修正してスプリンクラー補助金の額を算定すると、表のとおり、57事業主体のうち48事業主体で開差が生じており、48事業主体が交付を受けていたスプリンクラー補助金計10億4592万余円は計9億1768万円となり、1億2824万余円の開差額が生じていた。
表 補助対象面積を修正して算定したスプリンクラー補助金の額とスプリンクラー補助金の交付額との開差額
都県名 | スプリンクラー設備による散水ができない居室等の面積を補助対象面積に含めているもの | ||||
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補助対象面積を修正して算定したスプリンクラー補助金の額とスプリンクラー補助金の交付額に開差が生ずるもの | |||||
事業主体数 | 開差が生ずる事業主体数 | スプリンクラー補助金の交付額(千円) | 補助対象面積を修正して算定したスプリンクラー補助金の額(千円) | 開差額(千円) | |
栃木県 | 4 | 4 | 76,040 | 63,228 | 12,812 |
千葉県 | 5 | 5 | 64,336 | 51,331 | 13,005 |
東京都 | 6 | 5 | 143,399 | 133,313 | 10,086 |
山梨県 | 4 | 4 | 67,485 | 53,620 | 13,865 |
山口県 | 2 | 2 | 26,479 | 23,307 | 3,172 |
愛媛県 | 7 | 3 | 34,376 | 27,540 | 6,836 |
福岡県 | 19 | 15 | 309,080 | 285,797 | 23,283 |
長崎県 | 9 | 9 | 284,047 | 239,487 | 44,560 |
大分県 | 1 | 1 | 40,687 | 40,057 | 630 |
計 | 57 | 48 | 1,045,929 | 917,680 | 128,249 |
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
山梨県に所在するA有床診療所は、平成28年度に、スプリンクラー等整備事業としてスプリンクラー設備を整備し、建物の延べ面積894m2を補助対象面積としてスプリンクラー補助金1564万余円の交付を受けていた。しかし、補助対象面積とした894m2には、スプリンクラーヘッドが設置されていないなどのためスプリンクラー設備による散水ができない、エックス線室、廊下等の面積314m2が含まれていた。
したがって、補助対象面積をスプリンクラー設備による散水ができる居室等の面積580m2に修正してスプリンクラー補助金の額を算定すると1015万円となり、549万余円の開差が生じていた。
このように、有床診療所等が実施するスプリンクラー等整備事業への補助について、スプリンクラーヘッドが設置されていないなどして、スプリンクラー設備による散水ができない居室等の面積を補助対象面積に含めていた事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、厚生労働省において、都道府県及び有床診療所等に対して、補助対象面積の定義を明確に示していなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、厚生労働省は、令和元年8月に、スプリンクラー等整備事業の補助対象面積を、整備されたスプリンクラー設備による散水ができる居室等であるとの定義を明確にして、有床診療所等が作成する事業計画書の様式を補助対象面積となる居室等の面積が確認できるように改めるとともに、都道府県に対して事務連絡を発して、元年度のスプリンクラー等整備事業に係る事業計画書を提出した有床診療所等にも上記の改正を周知し、新たな様式による事業計画書の再提出を求める処置を講じた。