【改善の処置を要求したものの全文】
ため池の防災減災事業について
(令和元年10月21日付け 農林水産大臣宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
貴省は、農業生産の維持、農業経営の安定及び地域住民の暮らしの安全を図り、もって災害に強い農村づくりを推進するために、農地防災事業等補助金交付要綱(昭和31年31農地第4122号農林事務次官依命通知)等に基づき、総合的な防災減災対策を実施する都道府県、市町村等(以下「都道府県等」という。)が実施する農村地域防災減災事業(以下「防災減災事業」という。)等に対して国庫補助金を交付している。
農村地域防災減災事業実施要綱(平成25年24農振第2114号農林水産事務次官依命通知)等によれば、防災減災事業の事業内容は調査計画事業、整備事業、体制整備事業の三つに区分されている。このうち、調査計画事業は、農業用ため池(注1)(以下「ため池」という。)等の農業用施設を対象にして、地域の防災減災対策に必要な諸条件について行う調査等を実施する事業であり、整備事業は、災害発生のおそれのある施設の整備及び防災安全度の向上を図るために行う施設の整備を実施する事業である。また、体制整備事業は、ため池における不測の事態に備えるとともに、一刻も早い整備を進めるために行う監視・管理体制の強化、権利関係の調整等を実施する事業である。
貴省の調査によれば、自然災害によるため池の被災件数は、平成20年から29年までの10年間に8,808件となっており、このうち約7割が豪雨によるもの、約3割が地震によるものとされており、8,808件のうち324件については堤体の決壊に至ったものとされている。そして、これらため池の被災形態には、豪雨による貯水位の上昇等により雨水が堤体内に浸透したり、堤体を越えて流出したりすることにより堤体が損傷するものや、地震動により堤体が沈下したり崩壊したりするものなどがある。
貴省は、豪雨、地震等により多くのため池が被災していることなどを背景にして、25年3月に、早急に対策を講ずべきため池を把握し、効果的・効率的な防災減災対策を計画的に推進することを目的として、都道府県等に対して、仮に決壊した場合に下流への影響が大きい一定規模(受益面積0.5ha)以上又は一定規模を下回っていても人家や病院、学校等の重要な公共施設へ影響を与えるおそれがあるなどのため池を対象に、構造的危険度等のため池の現状を把握するための点検(以下「一斉点検」という。)の実施を要請するなどしている。
貴省が上記の要請に併せて示した「農業用ため池一斉点検実施要領」によれば、一斉点検において実施する点検項目は、堤体諸元、堤体老朽度、洪水吐の有無及び流下能力、下流の状況(人家、公共施設等の有無等)等とされており、これらの点検結果に応じて、ため池ごとに、豪雨に対するより詳細な調査(以下「豪雨調査」という。)及び地震に対するより詳細な調査(以下「耐震調査」といい、豪雨調査又は耐震調査を行う調査を「詳細調査」という。)を実施する優先度が判定されるようになっている。
そして、貴省は、都道府県に対して、「農業用ため池の一斉点検結果を踏まえた今後の対応について」(平成26年8月29日付け26農振第1228号農村振興局整備部防災課長通知)等を発するなどして、一斉点検の結果を踏まえた詳細調査を実施することのほか、次のような対応を執るとともに、市町村等に対しても周知するよう依頼している。
そして、都道府県等は、防災減災事業のうちの調査計画事業の一環として、一斉点検や詳細調査を業務委託により実施するなどしている。
詳細調査の実施方法等について具体的に示されたものはないため、各都道府県等は、独自の判断により、貴省がため池改修の設計に関する事項を取りまとめた「土地改良事業設計指針「ため池整備」」(農林水産省農村振興局整備部監修。以下「ため池指針」という。)に示されている設計の基本事項、ため池改修の必要性を判断する事項等から照査方法を決定するなどして詳細調査を実施している。
ため池指針によれば、災害を未然に防止するためのため池改修の必要性を判断するに当たっては、堤体の漏水、クラック、変形等のほか、水理計算により、堤体の余裕高(以下「堤体余裕高」という。)が不足していないか、洪水吐の断面(以下「洪水吐断面」という。)が不足していないかなどの確認を行うこととされている。そして、これらのうち、堤体余裕高については、設計洪水流量(注2)の流水が洪水吐を流下する際の水位が、堤頂を越流することがないよう十分な高さとなっているか照査することとされており、洪水吐断面については、設計洪水流量の流水を安全に流下させることができる断面が確保され、貯水位の異常な上昇を防止する構造となっているか照査することとされている。
そして、設計洪水流量については、①200年確率洪水流量(注2)、②観測又は洪水痕跡等から推定される既往最大洪水流量、③近傍流域における水象又は気象の観測結果から推定される最大洪水流量(以下、これらの洪水流量を合わせて「200年確率洪水流量等」という。)とを比較して、そのうち最も大きい洪水流量に基づくなどして決定することとされている。
また、堤体が決壊した際の下流への影響(以下「被災による影響」という。)を考慮して、ため池ごとに、耐震設計に当たって考慮すべき重要度の区分(以下「重要度区分」という。)を決定し、重要度区分に応じた耐震性能が確保されているか照査することとされている。
ため池指針によれば、ため池の重要度区分は、被災による影響に応じてAA種、A種及びB種の三つに区分されている。そして、ため池が保持すべき耐震性能の照査については、レベル1地震動(注3)に対して施設の健全性を損なわないことを確認する照査(以下「L1照査」という。)と、レベル2地震動(注3)に対して限定された損傷にとどまることを確認する照査(以下「L2照査」という。)が定められており、L1照査は全ての重要度区分において実施することとされているが、L2照査はAA種についてのみ実施することとされている。そして、L1照査については、安全率(注4)が1.2以上であることを、L2照査については、堤体の沈下量が許容される沈下量を上回らないことをそれぞれ確認することとされている。
また、ため池の重要度区分については、下流の土地利用や地形状況等を調査し、被害想定範囲や被害対象を明らかにした上で決定しなければならないとされており、各重要度区分に係る要件は表のとおり定義されている。
表 ため池の重要度区分と区分の定義
重要度区分 | 区分の定義 |
---|---|
AA種 | ① 堤体下流に主要道路や鉄道、住宅地等があり、施設周辺の人命・財産やライフラインへの影響が極めて大きい施設
② 地域防災計画によって避難路に指定されている道路に隣接するなど、避難・救護活動への影響が極めて大きい施設 |
A種 | 被災による影響が大きい施設 |
B種 | AA種、A種以外の施設 |
そして、ため池指針によれば、ため池については、地域ごとに様々な配置条件や形状等があることから、具体的な数値指標を定義することは困難であるが、貯水量が10万m3以上であること、堤高が10m以上であることなどを一つの目安(以下「規模等による目安」という。)として、これを満たすため池をAA種に設定するとされている。ただし、規模等による目安にとらわれるのではなく、被災による影響を考慮した十分な検討が必要であるとされている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、有効性等の観点から、対策工事の必要性は詳細調査により適切に判定されているか、要改修ため池は対策工事を実施するまでの間、適切にソフト対策が講じられているかなどに着眼して検査した。検査に当たっては、25年度から30年度までの間に、23府県(注5)において、防災減災事業により詳細調査が実施された10,346か所のため池(23府県、194市町村、12土地改良区等、計229事業主体、詳細調査に係る業務委託1,532契約、契約金額計185億4531万余円、国庫補助金交付額計183億7151万余円。詳細調査以外の費用を含む。)を対象として、貴省及び23府県において、業務委託成果品、設計図書等の関係書類等及び現地の状況を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、23府県から防災減災事業を実施したため池について30年度末における防災減災対策の取組状況に関する調書の提出を受け、その内容を分析するなどして検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
31年3月末現在、検査の対象とした10,346か所のうち豪雨調査が実施された7,860か所のため池が所在する7県において、豪雨調査の照査内容を検査したところ、3,936か所については要改修ため池と判定されていなかった。
しかし、上記の3,936か所のうち5県(注6)の3,899か所のため池については、豪雨調査の実施に当たり、堤体余裕高について、水理計算による照査が実施されていなかったり、洪水吐断面について、対策工事の緊急性の高いものを把握するなどのために、10年確率洪水流量に基づくなどして決定した設計洪水流量のみにより照査され、200年確率洪水流量等に対応した断面が確保されているか照査されていなかったりなどしていた。このため、上記3,899か所のため池(これらに係る豪雨調査を含む業務委託124契約、契約金額計9億3406万余円、国庫補助金交付額計9億3271万余円)については、対策工事の必要性が適切に判定されておらず、200年確率洪水流量等に対応した堤体余裕高又は洪水吐断面が確保されていない場合に、これに応じた対策工事が実施されなかったり、対策工事までの間のソフト対策が適切に講じられなかったりするおそれがある状況となっていた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例1>
兵庫県の30市町は、防災減災事業として、平成25年度から30年度までの間に実施したため池の定期点検(業務委託112契約、契約金額計7億5195万余円、国庫補助金交付額計7億4876万余円)において、7,381か所の豪雨調査を合わせて実施している。
そして、30市町が実施した豪雨調査の照査内容を検査したところ、7,381か所のうち3,736か所については要改修ため池と判定されていなかった。しかし、30市町は、豪雨調査において、水理計算による堤体余裕高の照査を実施しておらず、さらに、洪水吐断面の照査に当たっては、対策工事の緊急性の高いものを把握するなどのために、洪水吐の能力が50年確率洪水流量を下回るため池のみを要改修ため池と判定していた。
このため、要改修ため池と判定されていない3,736か所(これらに係る豪雨調査を含む業務委託106契約、契約金額計6億9285万余円、国庫補助金交付額計6億9154万余円)については、200年確率洪水流量等に対応した堤体余裕高又は洪水吐断面が確保されていない場合に、これに応じた対策工事が実施されなかったり、対策工事までの間のソフト対策が適切に講じられなかったりするおそれがある状況となっていた。そして、業務委託の成果品を確認したところ、現に、洪水吐の能力が200年確率洪水流量を下回っているのに、50年確率洪水流量を確保していることから、要改修ため池と判定されていないものが見受けられた。
31年3月末現在、検査の対象とした10,346か所のうち耐震調査が実施された3,199か所のため池が所在する23府県において、耐震調査の照査内容を検査したところ、21府県の2,774か所については、貯水量が10万m3未満であったり、堤高が10m未満であったりするなど、規模等による目安を満たさないことなどから、被災による影響を十分に検討することなく、重要度区分がAA種に該当しないとして、L1照査のみにより耐震性能が評価されており、L2照査は実施されていなかった。しかし、規模等による目安は、AA種に設定する一つの目安にすぎないことから、耐震調査に当たっては、被災による影響を十分に検討した上で、重要度区分を決定する必要がある。
そこで、2,774か所のため池について、本院において、施設周辺の人命・財産やライフライン、避難・救護活動等への影響が特に大きいと思料される人口集中地区(注7)について、これが浸水想定区域に存在していないかという点に着目してハザードマップ等を確認したところ、浸水想定区域に人口集中地区が存在するため池が16府県(注8)で131か所見受けられた。これら131か所のため池(これらに係る耐震調査を含む業務委託93契約、契約金額計15億9423万余円、国庫補助金交付額計15億6558万余円)については、人命等に対する被災による影響が極めて大きくAA種に該当すると認められるが、L2照査が行われていないため、対策工事の必要性が適切に判定されておらず、レベル2地震動に対する耐震性能が確保されていない場合に、これに応じた対策工事が実施されなかったり、対策工事が実施されるまでの間のソフト対策が適切に講じられなかったりするおそれがある状況となっていた。
また、3県(注9)の11か所のため池(これらに係る耐震調査を含む業務委託11契約、契約金額計2億2697万余円、国庫補助金交付額計2億2616万余円)については、対策工事の緊急性が高いものを把握するなどのために、L1照査の結果、安全率が1.0を下回るため池を要改修ため池とすることとしていたことなどから、安全率が1.2を下回っているのに要改修ため池と判定されていなかった。
このように、耐震調査において対策工事の必要性が適切に判定されていないため池が計142か所(これらに係る耐震調査を含む業務委託104契約、契約金額計18億2121万余円、国庫補助金交付額計17億9175万余円)となっていた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例2>
福岡市は、平成29年度に、防災減災事業として、「湯の浦下池外1箇所農業用ため池耐震調査業務委託」等2業務(契約金額計1931万余円、国庫補助金交付額計1890万円)を実施している。これらの業務は、湯の浦下池(堤高7.0m、貯水量95,000m3)、大蔵池(堤高6.9m、貯水量166,000m3)及び西ノ谷下池(堤高12.6m、貯水量30,000m3。以下、これらのため池を合わせて「3池」という。)を対象とする耐震調査を実施したものである。
同市は、耐震調査の実施に当たり、3池について、規模等による目安を満たさないことから、被災による影響を十分に考慮せずに、重要度区分をA種として、L1照査のみにより耐震性能を評価しており、L2照査は実施していなかった。
しかし、浸水想定区域図を確認したところ、3池については、堤体の直下に人口集中地区が存在しているなど、人命等に対する被災による影響が極めて大きいものとなっており、重要度区分をAA種としてL2照査を実施する必要があったと認められる。
なお、3池については、当該業務においてレベル1地震動に対する耐震性能が確保されていないことが確認されたため、耐震改修事業を実施することとして設計(地方単独事業)を行っていたが、当該設計においてもL2照査は実施されていなかった。
31年3月末現在、検査の対象とした10,346か所のため池のうち、要改修ため池は23府県の5,604か所となっており、このうち23府県の5,351か所については、対策工事に着手されていなかった。これら5,351か所の要改修ため池については、前記のとおり、対策工事の実施には所要の時間・調整を必要とすることから、対策工事が実施されるまでの間、災害を未然に防止するために、ため池管理者等による適切なソフト対策を講ずる必要がある。
このため、ため池管理者等による監視・管理体制の強化等の対策の実施状況に着目して、23府県を通じて、上記5,351か所の要改修ため池が所在する市町村に、詳細調査の結果に応じたソフト対策の実施状況を確認したところ、22府県(注10)の276市町村の1,554か所については、特段のソフト対策が講じられていなかった。
そこで、上記1,554か所の要改修ため池について、前記の調書により、22府県を通じて276市町村に、ソフト対策の実施に係る調整等をため池管理者等と行っているか確認したところ、1,554か所のうち1,342か所(これらに係る詳細調査を含む業務委託775契約、契約金額計87億5255万余円、国庫補助金交付額計86億8037万余円)については、詳細調査の結果を踏まえて実施するソフト対策の具体的な内容が分からないこと、ソフト対策に係る調整等の必要性を十分に認識していないことなどの理由から、ソフト対策の実施に係る特段の調整等は行っていなかった。
(1)のア及びイの事態並びに(2)の事態には重複しているものがあることから、これらの重複を除いた5,298か所のため池に係る詳細調査を含む業務委託は937契約、契約金額計104億4935万余円、国庫補助金交付額計103億5202万余円となる。
(改善を必要とする事態)
豪雨調査又は耐震調査が実施されたため池について対策工事の必要性が適切に判定されていない事態、要改修ため池について対策工事が実施されるまでの間に適切なソフト対策が実施されていない事態は適切ではなく、改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、都道府県等において、詳細調査により対策工事の必要性を適切に判定することや、要改修ため池について対策工事が実施されるまでの間に適切にソフト対策を講ずることの重要性についての理解が十分でなかったことにもよるが、次のことなどによると認められる。
貴省は、近年の豪雨や地震等の自然災害による被害を踏まえて、ため池の防災減災対策を一層推進していくこととしている。
ついては、貴省において、ため池の防災減災事業が適切に実施されるよう、次のとおり改善の処置を要求する。