【改善の処置を要求したものの全文】
ダム及び頭首工の重要設備に係る機能を大地震動後において確保するための管理施設に係る耐震性能の確認等について
(令和元年10月24日付け 農林水産大臣宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
貴省は、土地改良法(昭和24年法律第195号)に基づき、農業生産基盤の整備及び開発を図る国営土地改良事業の一環として、安定的な用水供給機能及び排水条件の確保により農業生産性の向上等を図ることを目的として、ダム、頭首工(注1)等の国が行うべき基幹的な農業水利施設(以下「国営造成土地改良施設」という。)の新設及び整備後の更新、改修等(以下「更新等」という。)を、各地方農政局等又は各地方農政局管内の調査管理事務所等(以下「農政局等」という。)において実施している。そして、これらダム、頭首工等の新設、更新等の実施に当たっては、「土地改良事業設計指針「耐震設計」」(平成27年5月農林水産省農村振興局整備部監修)等に留意して、施設の重要度等に応じた耐震対策等の推進に努めることとなっている。
ダム、頭首工等の管理施設等の建物やこれらを統括管理する中央管理所(以下、これらを「管理施設」という。)には、安全で確実かつ容易に運転操作と状態監視を遠隔で行うために、操作設備、監視操作制御設備等(以下、これらを合わせて「操作・監視設備」という。)が設置されている。そして、操作・監視設備には、これらに電気を供給し電気制御を行うための配電盤、制御盤等(以下、これらを合わせて「電気盤」という。)が含まれており、これらが破損した場合には操作・監視設備の機能が失われる。
電気盤の耐震設計に係る基本的な考え方については、地震災害時における土木・建築構造物の倒壊等により、設置されている設備本来の機能に与える影響が大きいため、貴省は、平成26年9月に「電気盤の耐震設計について」(農村振興局設計課施工企画調整室。以下「事務連絡」という。)を発出し、耐震設計の基本は設備と設備が設置される構造物自体が十分な耐震性を有しなければ、設備の耐震性は意味をもたないため、設備の耐震性能と当該設備が設置された土木・建築構造物の耐震性能との整合を図るなどして電気盤の耐震設計を行うこととしている。
事務連絡によれば、電気盤について、国営造成土地改良施設の重要度に応じて耐震強度検討のための設計用震度を示す区分(以下「耐震クラス」という。)が例示されており、「S」、「A」及び「B」の三つに分類されている(表1参照)。ダム及び頭首工の操作・監視設備については、これらが機能しないことにより水害による二次災害が発生するおそれがあることから、大地震動後においても機能が確保されるように、電気盤の耐震クラスについては、最も強固な「S」に分類されており、これを設置する管理施設の耐震クラスの組合せは「特定」とされている。そして、事務連絡の分類によると「特定」と分類されている建物は、大地震動後、構造体の大きな補修をすることなく建築物を使用できることを目標とし、人命の安全確保に加えて機能確保が図られている建物とされており、「一般」と分類される建物は、大地震動によって構造体の部分的な損傷は生じるが、建物全体の耐力の低下は著しくないことを目標とし、人命の確保が図られている建物とされている。
表1 ダム、頭首工等における電気盤の標準的な耐震クラスの分類等の例示
国営造成土地改良施設の種別 | 電気盤の耐震クラス | ||
---|---|---|---|
電気盤の用途別分類 | 管理施設の耐震クラス | ||
ダム設備 頭首工設備 |
S | 重要 | 特定 |
用排水機場設備 水管理設備 用水路付帯設備等 |
A | 一般 | |
用水路付帯設備等 | B | 一般 |
また、上記と同様に、農業用設備の用排水を管理する水管理制御システム(ただし、ダム及び頭首工を制御するダム管理システムや頭首工監視制御システム等を含むものに限る。以下同じ。)についても、これが機器障害を起こすと、水害による二次災害が発生するおそれがあるとされている(以下、ダム及び頭首工の操作・監視設備並びにダム及び頭首工を制御する水管理制御システムを合わせて「重要設備」という。図参照)。
図 管理施設及び重要設備の概念図
貴省は、ダム及び頭首工について、「土地改良事業計画設計基準 設計「ダム」」(平成15年4月農村振興局監修)、「土地改良事業計画設計基準及び運用・解説 設計「頭首工」」(平成20年3月農村振興局整備部設計課監修。以下、これらを合わせて「設計基準」という。)等に基づいて設計することとしており、これらの設計に当たっては、対象施設の構成要素ごとに設計基準に定められた耐震性能を設定し、それに応じて設計を行うこととされている。一方、管理施設については、電気盤の重要度に応じた耐震クラスは示されているものの、設計基準等において、管理施設に必要とされる設計方法等は示されておらず、これらについては、建築基準法(昭和25年法律第201号)等の関連する法令等に準じて設計することとなっている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
上記のとおり、設計基準等においては、管理施設に必要とされる設計方法等が示されていない。しかし、ダム及び頭首工の管理施設が大地震動により倒壊等すれば、そこに設置されている重要設備が機能しないことにより水害による二次災害が発生するおそれがある。
そこで、本院は、合規性、有効性等の観点から、ダム及び頭首工の新設、更新等は、大地震動後においても重要設備の機能が確保されるよう適切に実施されているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、27年度から30年度までの間に新設、更新等を実施するなどした重要設備計44設備(工事費計52億4499万余円)及びこれらを設置するなどしている管理施設計43施設(工事費又は土地改良財産台帳価格計29億4257万余円。以下、工事費又は土地改良財産台帳価格を「工事費等」という。)を対象として、貴省本省において耐震設計等についての説明等を聴取するとともに、7農政局等(注2)において、上記の重要設備及び管理施設の設計書等の関係書類及び現地の状況を確認するなどして、また、9農政局等(注3)から上記の重要設備及び管理施設の耐震性能等に関する調書の提出を受けて、その内容を分析するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
重要設備44設備(表2参照)の耐震クラスは、全て最も強固な「S」とされていたが、これらが設置されている管理施設43施設について、設計書等により管理施設の耐震クラスを確認したところ、前記のとおり、管理施設については、電気盤の重要度に応じた耐震クラスは示されているものの、設計基準等において、管理施設に必要とされる設計方法等が示されていないことから、43施設のうち23施設の耐震クラスが機能確保が求められていない「一般」相当となっており、重要設備の耐震クラスよりも低いものとなっていた。また、設計書等が保存されていないものなど耐震クラスが確認できないものも15施設見受けられた。一方、管理施設の耐震クラスが重要設備の耐震クラスに整合する管理施設の耐震クラスである「特定」相当となっていた管理施設は、43施設のうち5施設のみとなっていた。
表2 検査の対象とした重要設備及び管理施設の内訳
重要設備 | 管理施設 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
設備数 | 工事費 | 耐震クラス | 施設数 | 工事費等 | 耐震クラス | ||
15設備 | 2,745,930 | S | 15施設 (4) 〈7〉 |
785,533 (359,390) ― |
不明 | ||
25設備 | 1,957,597 | S | 23施設 (6) |
1,597,567 (907,823) |
一般 | ||
4設備 | 541,465 | S | 5施設 (1) |
559,473 (113,865) |
特定 | ||
計 | 44設備 | 5,244,992 | 計 | 43施設 (11) 〈7〉 |
2,942,574 (1,381,078) ― |
前記のうち、管理施設の耐震クラスが「一般」相当となっていた23施設及び耐震クラスが確認できなかった15施設、計38施設について、態様別に示すと以下のとおりである。
5農政局等(注4)の15設備(工事費計11億7703万余円)、15施設(工事費等計5億8535万余円)については、重要設備及びこれらを設置する管理施設の新設、更新等を併せて実施していたが、管理施設の設計に当たり、重要設備の耐震クラスを考慮することなく、管理施設の耐震クラスを「一般」相当として耐震設計を行っていたため、大地震動後において重要設備の機能が確保できないおそれがある状況となっていた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例1>
九州農政局北部九州土地改良調査管理事務所は、平成24年度から27年度までの間に国営総合農地防災事業として、北山ダムの洪水吐ゲートの操作に係る機側操作盤等を設置するために「嘉瀬川上流農地防災事業北山ダム洪水吐ゲート製作据付建設工事(工事費8710万余円)」を、また、28年度に国営総合農地防災事業として、機側操作盤等を設置する上屋を建設するために「平成27年度嘉瀬川上流農地防災事業北山ダム洪水吐上屋建築工事(工事費4516万余円)」を、それぞれ実施している。
同事務所は、機側操作盤等の設計に当たって、機側操作盤等がダムの洪水吐ゲートを操作する重要設備であることから、耐震クラスをSとして設計していた。しかし、機側操作盤等を設置する上屋の設計に当たっては機側操作盤等の耐震クラスと整合させることなく、耐震クラスを「一般」相当により設計していたため、大地震動により上屋が被災すれば、その影響により洪水吐ゲートの操作を行う機側操作盤等の機能を確保できなくなるおそれがある状況となっていた。
6農政局等(注5)の25設備(工事費計35億2648万余円)、23施設(工事費等計17億9774万余円)については、重要設備の新設、更新等に当たり、これらを設置する既存の管理施設の耐震性能が重要設備の耐震クラスと対応するものとなっているかを確認して耐震補強の必要性の有無の検討を行うなどしていなかった。このため、重要設備の耐震クラスよりも低い「一般」の耐震クラス相当として設計している管理施設や耐震性能が不明である管理施設において、必要な耐震性能が確保されていない場合には、大地震動後において重要設備の機能が確保できないおそれがある状況となっていた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例2>
北陸農政局関川用水農業水利事業所では、国営かんがい排水事業として、昭和52年度に整備した笹ヶ峰ダム管理棟(工事費1億7256万余円。以下「管理棟」という。)に設置している水管理制御設備を更新するため、平成30年度に「関川用水(一期)農業水利事業笹ヶ峰ダム管理設備改修建設工事(工事費6億4519万余円)」を実施している。
同事業所は、水管理制御設備の設計に当たり、同設備が笹ヶ峰ダムの取水量の管理等を遠隔で行う重要設備であることから、耐震クラスをSとして設計していた。しかし、水管理制御設備を設置する管理棟については、耐震診断を行うなどして耐震性能を確認しておらず、昭和52年に建設されて以降、建築物の機能を向上させる耐震補強等も行われていなかった。このため、重要設備である水管理制御設備の耐震クラスに応じた耐震性能を有していないおそれがあり、大地震動により管理棟が被災すれば、その影響により笹ヶ峰ダムの取水量の管理等を行う水管理制御設備の機能を確保できなくなるおそれがある状況となっていた。
ア及びイのように、管理施設の耐震クラスが重要設備の耐震クラスより低くなっていて整合が図られていなかったり、既存の管理施設の耐震性能が重要設備の耐震クラスと対応しているか確認していなかったりなどしていて、大地震動後において重要設備の機能が確保されていないおそれがあるものが、重要設備については40設備、設備工事費計47億0352万余円(管理施設38施設、工事費等計23億8310万余円)見受けられた(表3参照)。
表3 重要設備の耐震クラスと管理施設の耐震クラスとの整合が図られていないなどのもの
管理施設の区分(新設・更新等・既設の別、耐震クラス)、事態 | |||||
---|---|---|---|---|---|
新設 | 更新等 | 既設 | |||
一般 | 不明 | 一般 | |||
アの事態 | イの事態 | ||||
重要設備の区分 | 既設 | ― | 1設備(401,100) 1施設[29,970] |
― | ― |
更新 | ― | 7設備(140,183) 7施設[307,157] |
15設備(2,745,930) 15施設[785,533] |
10設備(780,559) 8施設[1,012,215] |
|
新設 | 7設備(635,754) 7施設[248,225] |
― | ― | ― | |
計 | 15設備(1,177,037) 15施設[585,352] |
25設備(3,526,489) 23施設[1,797,748] |
|||
合計 | 40設備(4,703,527) 38施設[2,383,100] |
(改善を必要とする事態)
管理施設の耐震クラスが重要設備の耐震クラスよりも低いため、大地震動後において重要設備の機能が確保できなくなるおそれがある事態、重要設備の新設、更新等に当たり、既存の管理施設の耐震性能が重要設備の耐震クラスと対応しているか確認していなかったなどの事態は適切ではなく、改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、次のことなどによると認められる。
ダム及び頭首工の重要設備又は管理施設の新設、更新等に当たっては、大地震動後における水害による二次災害の発生を可能な限り防止できるように、耐震対策を進めることが重要である。
ついては、貴省において、前記の管理施設について、大地震動後において重要設備が確実に機能するよう、次のとおり改善の処置を要求する。