海上保安庁は、海上の安全及び治安の確保を図ることを目的として、多数の巡視船を建造し、運用している。同庁は、巡視船の船体については、造船会社と契約して建造させているが、可変ピッチプロペラ(注1)、エンジン、機関砲等については、それぞれの製造会社と契約して製造させ、造船会社に支給して船体に取り付けさせている。
可変ピッチプロペラは、船体の左舷側及び右舷側に各1式、計2式が取り付けられており、その中心部の周りにプロペラ翼が放射状に取り付けられている。そして、プロペラ翼が海中の漂流物等により損傷した場合には、巡視船をドックに入れてプロペラ翼を取り外し、予備のプロペラ翼(以下「予備翼」という。)と交換できるようになっている(参考図参照)。
(参考図)
可変ピッチプロペラの概念図
海上保安庁は、可変ピッチプロペラの製造に関する契約の中で、船体に取り付けるプロペラシャフト、プロペラ翼等と合わせて、プロペラ翼が損傷した場合に速やかな交換、修理が行えるよう、予備翼も製造させており、調達した予備翼については、各巡視船別に専用の予備品として、当該巡視船の所属する海上保安部の倉庫等に保管している。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、経済性、効率性等の観点から、巡視船の予備翼の製造枚数は、プロペラ翼の互換性や交換作業の実態を踏まえた適切なものとなっているかなどに着眼して、平成26年度から30年度までの間に契約日又は検収日が含まれる可変ピッチプロペラの製造に関する契約13件、契約金額計87億3354万余円(予備翼の製造枚数122枚)を対象として、海上保安庁本庁において契約書、仕様書、図面等の関係書類を確認するとともに、3管区海上保安本部(注2)管内の5海上保安部(注3)において保管されている予備翼を確認するなどして会計実地検査を行った。また、2管区海上保安本部(注4)管内の3海上保安部(注5)については、関係書類の提出を受けるなどして検査を実施した。
(検査の結果)
前記可変ピッチプロペラの製造に関する契約13件のうち、巡視船「くにさき」を1番船とする1000トン型巡視船(以下「くにさき型」という。)に係る契約5件は、3製造会社に、同型の巡視船18隻に取り付ける可変ピッチプロペラ用として、1隻当たり8枚(左舷用及び右舷用各4枚)のプロペラ翼や、1隻ごとに4枚(左舷用及び右舷用各2枚)の計72枚の予備翼を製造させるものとなっていた。このほか、海上保安庁は、25年度以前に「くにさき型」2隻を建造した際にも予備翼を計8枚(左舷用及び右舷用各4枚)製造させていて、これらを合わせて計20隻の「くにさき型」に対して計80枚の予備翼を保管することにしていた。また、巡視船「れいめい」を1番船とする6500トン型巡視船(以下「れいめい型」という。)に係る契約3件は、1製造会社に、同型の巡視船3隻に取り付ける可変ピッチプロペラ用として、1隻当たり10枚(左舷用及び右舷用各5枚)のプロペラ翼や、1番船及び2番船について各10枚(左舷用及び右舷用各5枚)、3番船について6枚(左舷用及び右舷用各3枚)の計26枚の予備翼を製造させるものとなっていた。
一方、「くにさき型」20隻及び「れいめい型」3隻に係る予備翼の図面等を確認したところ、「くにさき型」の1隻を除いて、船型及び製造会社が同一であれば、左舷用、右舷用のそれぞれについて寸法、形状等が同一で互換性のあるものとなっており、表のとおり、予備翼を複数の巡視船で共有できるものとなっていた。
表 予備翼の互換性の状況
船型 | 製造会社 | 隻数 | 1隻当たりの予備翼枚数 | 予備翼の枚数 | 予備翼の互換性の状況 |
---|---|---|---|---|---|
くにさき型 | A社 | 7隻 | 4枚 | 28枚 | 左の7隻で共有が可能 |
B社 | 6隻 | 4枚 | 24枚 | 左の6隻で共有が可能 | |
C社 | 6隻 | 4枚 | 24枚 | 左の6隻で共有が可能 | |
C社 | 1隻 | 4枚 | 4枚 | 他の「くにさき型」19隻とは共有できない | |
れいめい型 | B社 | 3隻 | 2隻×10枚 1隻×6枚 |
26枚 | 左の3隻で共有が可能 |
また、既に海上保安部に配属されている「くにさき型」の予備翼の保管場所について確認したところ、予備翼は、各巡視船別に専用の予備品として、当該巡視船が所属する海上保安部の倉庫等に保管されていた。そして、プロペラ翼を予備翼に交換する際には、当該巡視船が入ることができるドックに予備翼を輸送して交換することにしていた。
そこで、予備翼を共有することとした場合に必要となる枚数について、過去10か年度間における巡視船に係る可変ピッチプロペラの損傷事故等の発生状況や、大規模な災害時における巡視船の活動に支障を来さないよう運用面での安全性を考慮して試算すると、互換性のある予備翼については、1隻分の取付枚数(「くにさき型」の場合8枚、「れいめい型」の場合10枚)を5隻で共有すれば足りると認められた。
これらのことから、「くにさき型」の19隻に係る76枚の予備翼は、複数の互換性のある巡視船(7隻、6隻、6隻)のグループごとに、1グループ当たり2隻分の取付枚数(16枚)計48枚で足りることとなる。また、同様に、「れいめい型」の3隻に係る26枚の予備翼は、1隻分の取付枚数(10枚)で足りることとなる。そして、これらを上回る44枚(「くにさき型」28枚、「れいめい型」16枚)の予備翼については製造しないこととしていれば、前記の契約金額との開差額は「くにさき型」が1億1988万余円、「れいめい型」が2億7567万余円、合計3億9556万余円となる。
このように、巡視船のプロペラに係る予備翼について、互換性のあるものを複数の巡視船で共有することなく各巡視船別に専用の予備品としていて、巡視船の建造ごとに製造していた事態は適切でなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、海上保安庁において、予備翼の互換性に着目して、複数の巡視船で共有することの検討や、共有する場合に必要となる予備翼の枚数の検討を行っていなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、海上保安庁は、予備翼の互換性に着目して複数の巡視船で予備翼を共有することとし、予備翼の適切な必要枚数について、大規模な災害時におけるプロペラの損傷に対しても速やかに対応できるよう、運用面での安全性を考慮して、1隻に取り付けられたプロペラ翼の枚数と同数の予備翼を5隻で共有することとした。そして、令和元年8月に、これらのことを今後の予備翼の調達等に関する方針として制定し、適切な枚数の予備翼を調達するなどの体制を整備する処置を講じた。