租税特別措置(以下「特別措置」という。)は、所得税法(昭和40年法律第33号)、法人税法(昭和40年法律第34号)等で定められた税負担に対して、租税特別措置法(昭和32年法律第26号。以下「措置法」という。)に基づいて特定の個人や企業の税負担を軽減することなどにより、国による経済政策や社会政策等の特定の政策目的を実現するなどのための特別な政策手段であるとされ、「公平・中立・簡素」という税制の基本原則の例外措置として設けられているものである。
平成26年6月に政府税制調査会から報告された「法人税の改革について」によれば、法人税改革の具体的な改革事項として、成長志向の法人税改革を行うに当たり、課税ベースを拡大し、法人税率の引下げ等を行うこととされている。この中で、「政策税制については経済社会環境の変化に応じて必要性と効果を検証し、真に必要なものに限定する必要がある」などとされている。そして、その見直しに当たって、期限の定めのある政策税制は、原則として、期限到来時に廃止するなどといった基準に沿って、ゼロベースでの見直しを行い、その際には、租税特別措置の適用状況の透明化等に関する法律(平成22年法律第8号。以下「租特透明化法」という。)に基づき実施される特別措置の適用の実態の調査(以下「適用実態調査」という。)の結果等を踏まえることとされている。
貸倒引当金は、法人税法第52条の規定により、貸倒れ等による損失が見込まれるもののその損失の見込額として、中小企業(注1)、公益法人等、協同組合等(信用金庫等、信用組合等、農業協同組合等、漁業協同組合等の法人税法別表第3に掲げる法人)、銀行等が、損金経理により貸倒引当金勘定に繰り入れた金額のうち、政令で定めるところにより計算した金額に達するまでの金額は、所得の金額の計算上、損金の額に算入することが認められている(以下、上記の所得の金額の計算上、貸倒引当金勘定に繰り入れた金額のうち、損金の額に算入できる上限となる金額を「繰入限度額」という。)。
繰入限度額は、法人の有している金銭債権を、貸倒れ等の事由による損失が見込まれる一定の要件を満たすことにより個別に評価する金銭債権と、それ以外の一括評価金銭債権とに区分して、それぞれの金銭債権について計算することとなっている。
一括評価金銭債権には、売掛金、受取手形等(以下、これらを合わせて「売掛債権」という。)と、貸付金その他これらに準ずる金銭債権とがある。そして、一括評価金銭債権に係る繰入限度額は、期末の一括評価金銭債権の帳簿価額の合計額(以下「期末一括評価債権額」という。)を基に、次の算式により計算することとなっている。
一括評価金銭債権に係る繰入限度額=期末一括評価債権額×貸倒実績率(注2)
ただし、措置法第57条の9第1項の規定により、中小企業、公益法人等、協同組合等及び人格のない社団等(以下、これらを合わせて「中小企業等」という。)については、一括評価金銭債権に係る繰入限度額を、次の算式のとおり、貸倒実績率に代えて、法定繰入率により計算することも認められている。
一括評価金銭債権に係る繰入限度額
=(期末一括評価債権額-実質的に債権とみられないものの額)×法定繰入率
そして、法定繰入率については、昭和60年度以降(金融及び保険業(以下「金融保険業」という。)については56年度以降)、表1のとおり、事業区分ごとに1000分の3から1000分の13までの範囲で定められている。
表1 事業区分ごとの法定繰入率
事業区分 | 法定繰入率 |
---|---|
卸売及び小売業(飲食店業及び料理店業を含む。) | 10/1000 |
製造業(電気業、ガス業等を含む。) | 8/1000 |
金融保険業 | 3/1000 |
割賦販売小売業等 | 13/1000 |
その他の事業 | 6/1000 |
さらに、公益法人等及び協同組合等の一括評価金銭債権に係る繰入限度額については、措置法第57条の9第3項の規定によれば、貸倒実績率により計算した場合の繰入限度額又は法定繰入率により計算した場合の繰入限度額のいずれかの110%相当額(注3)とすることとされている(以下、これにより繰入限度額を割増しする措置を「割増特例」といい、割増特例により割増しされた率を「割増率」という。)。
法定繰入率により繰入限度額を算出する措置は、昭和25年度税制改正により事務の簡素化等を目的として創設されて以降、法人税法(注4)等で規定されていた。法定繰入率は、概算で繰入率を定めているという趣旨に鑑みて、常に貸倒実績率をしんしゃくしつつ、合理的に測定された適正なものとすることが必要であるとして、制度創設以降、随時、貸倒れの実績率とのかい離がある場合には引下げ等が行われてきた。また、昭和54年度税制改正において貸倒実績率による繰入限度額の計算が導入され、従前は法定繰入率のみが定められていたところ、貸倒実績率と法定繰入率のいずれかにより繰入限度額を計算できることとなった。
その後、平成10年度税制改正において、法定繰入率により繰入限度額を算出する措置は法人税法等の規定から削除されることとなった。ただし、中小企業等については、措置法において、引き続き適用が認められることとなった。
割増特例は、昭和41年度税制改正により、当時の中小企業の倒産状況から貸倒れの発生率が特に大きいと考えられた中小企業の実情に即して、中小企業等における債権回収の不安を少なくして、併せてその企業の財務基盤を強化することを目的に、2年間の時限措置として創設されたものであるが、その後も1年から3年ごとに延長されている。平成12年度税制改正により、割増特例の適用対象法人から中小企業が除外され、公益法人等及び協同組合等(以下、公益法人等と協同組合等とを合わせて「割増特例対象法人」という。)に限定された。
売掛債権の貸借対照表価額は、企業会計上、取得価額とされており、消費税法(昭和63年法律第108号)に規定する課税資産の譲渡等に該当する場合は、当該売掛債権は消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という。)を含めた価額となっている(以下、課税資産の譲渡等に該当する売掛債権を「課税売掛債権」という。)。また、措置法第57条の9第1項の規定に基づく法定繰入率により繰入限度額を算出する措置(以下「繰入率特例」という。)において期末一括評価債権額から控除される「実質的に債権とみられないものの額」の中には、課税売掛債権に係る消費税等に相当する額(以下「仮受消費税相当額」という。)は含まれていない。したがって、繰入率特例における繰入限度額は、仮受消費税相当額を含む期末一括評価債権額に基づき算出されることとなる。
一方、消費税法第39条等の規定によれば、消費税等の課税事業者が有する課税売掛債権が貸し倒れた場合には、当該課税売掛債権に係る消費税に相当する額は課税標準額に対する消費税額から控除することとされていることなどから、課税売掛債権に係る仮受消費税相当額は損失とはならないこととなっている。
租特透明化法に基づく適用実態調査のうち、適用額明細書(注5)を利用する調査については、税額又は所得の金額を減少させる法人税関係特別措置が対象となっている(以下、適用額明細書を利用する調査の対象となる特別措置を「調査対象特別措置」という。)が、繰入率特例については、財務省の説明によれば、各法人にとって法定繰入率が必ずしも貸倒実績率に比べて有利となるわけではなく税負担の軽減又は繰延べを行う措置ではないとされている。このため、繰入率特例は、調査対象特別措置として定められておらず、これまで適用実態調査は行われていない。
一方、割増特例については、平成29年2月に国会に提出された「租税特別措置の適用実態調査の結果に関する報告書」(以下「27年度適用実態報告書」という。)によると、27年4月1日から28年3月31日までの間に終了した事業年度又は連結事業年度(以下「27終了事業年度」という。)における適用法人数は8,846法人、適用総額は4577億余円となっている。そして、業種別の適用実績(単体法人に限る。)をみると、金融保険業の全体に占める割合が、適用件数では22.2%であるが、適用額では95.1%となっている。また、割増特例に係る27終了事業年度における法人税の減収額は、財務省の試算で72億円と見込まれている。
特別措置を特定の政策目的を実現するための手段として位置付けている行政機関(以下「関係省庁」という。)は、税負担の軽減又は繰延べを行う特別措置のうち、一定の要件を満たす法人税に係る特別措置の期限の延長等に係る政策を決定しようとする場合には、行政機関が行う政策の評価に関する法律(平成13年法律第86号。以下「政策評価法」という。)に基づいて政策の事前評価及び事後評価を行うことが義務付けられている。また、政策評価法によれば、政策効果は、政策の特性に応じた合理的な手法を用いて、できる限り定量的に把握することなどとされており、「租税特別措置等に係る政策評価の実施に関するガイドライン」(平成22年5月政策評価各府省連絡会議了承。以下「租特ガイドライン」という。)によれば、特別措置等による効果については、直接的効果を把握することなどとされている。
関係省庁は、財務省に提出する「税制改正要望書」(以下「要望書」という。)において、特別措置による減収見込額や政策目標の達成状況を提示することなどにより、当該特別措置の効果等の検証を行っている。また、特別措置には、課税の公平原則に照らし、国民の納得できる必要最小限の特別措置であることが要請されていることを踏まえて、関係省庁は、要望書にこのような要請を満たしているか否かを記載することとなっている。そして、財務省は、関係省庁から提出を受けた要望書等を参考にして、特別措置の効果等の検証を行っている。
法定繰入率は、概算で繰入率を定めているという趣旨からすれば、常に貸倒実績率をしんしゃくしつつ、合理的に測定された適正なものにすることが必要であるとして、制度創設以降、随時、貸倒れの実績率とのかい離がある場合には引下げ等が行われてきたが、昭和60年度以降(金融保険業については56年度以降)、法定繰入率の見直しは行われていない。一方、平成元年4月に消費税が導入され、逐次税率が引き上げられる中で、期末一括評価債権額に含まれる損失とならない仮受消費税相当額が拡大していると思料される。
また、割増特例は、昭和41年度に2年間の時限措置として制度が創設されて以降、累次にわたる延長とともに、適用対象法人及び割増率の見直しを経て現在に至っている。そして、前記のとおり、27年度適用実態報告書において、業種別の適用実績(単体法人に限る。)をみると、金融保険業の全体に占める割合が、適用額では95.1%となっている。
そこで、本院は、有効性等の観点から、①繰入率特例における繰入限度額は、貸倒実績率等をしんしゃくしつつ、合理的に測定された適正なものとなっているか、②期末一括評価債権額の算出は合理的なものとなっているか、③割増特例は、課税の公平原則に照らして国民の納得できる必要最小限のものとなっているか、④関係省庁及び財務省における中小企業等の貸倒引当金の特例(以下「貸倒引当金の特例」という。)の検証は適切に行われているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、次の①及び②の法人に係る繰入率特例の適用状況を国税庁及び農林水産省から提出を受けた資料により検査するとともに、③の法人に係る期末一括評価債権額に含まれる仮受消費税相当額等の状況並びに④及び⑤の法人に係る割増特例の適用状況を法人税確定申告書等により検査した。
そして、関係省庁である金融庁、厚生労働省、農林水産省、経済産業省及び国土交通省(以下「5省庁」という。)において、政策評価に係る関係資料や要望書における貸倒引当金の特例の検証状況を確認するなどの方法により会計実地検査を行った。また、財務省において、貸倒引当金の特例の検証状況を確認するなどの方法により会計実地検査を行った。
23終了事業年度から27終了事業年度までにおいて会社標本調査の対象となった内国普通法人延べ7,196,895法人のうち、貸倒引当金繰入額、貸倒損失等を損金の額に算入等した全法人延べ2,048,944法人において、期末一括評価債権額に係る貸倒引当金繰入額を損金の額に算入している法人は延べ1,808,149法人(期末一括評価債権額に係る貸倒引当金繰入額の損金算入額計6兆8570億余円)となっていた。このうち、繰入率特例を適用している法人は延べ1,780,541法人(期末一括評価債権額に係る貸倒引当金繰入額の損金算入額計1兆2902億余円)であり、期末一括評価債権額に係る貸倒引当金繰入額を損金の額に算入している法人全体に占める割合は98.4%となっていた。
法人税法第52条の規定のとおり、貸倒引当金は損失の見込額という性格を有していることから、法定繰入率については、貸倒実績率や、その近似値として算出する貸倒損失発生率(注10)等を踏まえたものでなくてはならないと思料される。
そこで、会社標本調査の対象となった内国普通法人を対象として、事業区分ごとの貸倒損失発生率を算出したところ、表2のとおり、全事業区分において法定繰入率が貸倒損失発生率を大幅に上回っており、金融保険業においては、法定繰入率が貸倒損失発生率の30倍高い状況となっていた。
表2 事業区分ごとの法定繰入率及び貸倒損失発生率
事業区分 | 法定繰入率 | 貸倒損失発生率 |
---|---|---|
卸売及び小売業(飲食店業及び料理店業を含む。) | 10/1000 | 2.2/1000 |
製造業(電気業、ガス業等を含む。) | 8/1000 | 2.2/1000 |
金融保険業 | 3/1000 | 0.1/1000 |
割賦販売小売業等 | 13/1000 | 0.2/1000 |
その他の事業 | 6/1000 | 3.0/1000 |
5省庁において、法定繰入率と貸倒実績率のかい離の状況等を把握しているか確認したところ、金融庁及び農林水産省は、それぞれの所管している法人である信用金庫等、信用組合等及び農業協同組合等からアンケートを徴するなどして、かい離の状況等を把握していた。一方、厚生労働省、経済産業省及び国土交通省は、それぞれの所管している消費生活協同組合等、中小企業等協同組合等におけるかい離の状況等を把握していなかった。
かい離の状況等を把握していた農林水産省から会計実地検査等で提出を受けた資料において繰入率特例を適用している農業協同組合等701法人のうち、貸倒実績率が資料に記載されていないなどの法人を除く537法人(金融保険業に限る。)の27終了事業年度における貸倒実績率をみると、272法人において0であったり、130法人において1000分の0.1であったりしており、多数の法人において金融保険業に係る法定繰入率1000分の3を大幅に下回っていた。
そこで、上記の537法人について、27終了事業年度における貸倒引当金繰入額の損金算入額及び貸倒実績率により算出した繰入限度額を基に、繰入率特例による法人税の減収額を推計したところ、計133億余円となった。
さらに、財務省から会計実地検査等で提出を受けた資料等によれば、金融庁は法定繰入率と貸倒実績率とのかい離の状況を把握した上で、繰入率特例による信用金庫及び信用組合に係る法人税等の減収額は約285億円(うち法人税の減収額は約199億円)と推計していた。そして、金融庁によれば、その内訳は、27終了事業年度に繰入率特例を適用している信用金庫173法人に係る減収額が計約278億円(うち法人税の減収額は計約191億円)、28終了事業年度に繰入率特例を適用している信用組合133法人に係る法人税の減収額が計約7億円となっていた。
このように、法定繰入率と貸倒損失発生率との間に大幅なかい離があることなどから、繰入率特例における繰入限度額は合理的に測定されるなどしたものとなっているとはいえないおそれがあると認められる。
前記のとおり、繰入率特例における貸倒引当金の繰入限度額は、仮受消費税相当額を含む期末一括評価債権額に基づき算出される。一方、消費税法第39条等の規定により、消費税等の課税事業者が有する課税売掛債権が貸し倒れた場合には、当該課税売掛債権に係る消費税等に相当する額は損失とはならないこととなっている。
法人税法第52条の規定のとおり、貸倒引当金は損失の見込額という性格を有するものとなっている。そして、繰入率特例においては、「期末一括評価債権額」から、貸倒れの際に損失とならない「実質的に債権とみられないものの額」を控除した上で、法定繰入率により計算することとなっている。しかし、消費税等の課税事業者において生ずる仮受消費税相当額は、損失とはならないのに、期末一括評価債権額に含めて繰入率特例における繰入限度額を算出しており、損金の算入額が必ずしも合理的なものとはなっていないと思料される。
そこで、56税務署において27開始事業年度に繰入率特例を適用し、100万円以上の貸倒引当金繰入額を損金の額に算入している中小企業1,618法人を抽出し、このうち免税事業者14法人、簡易課税を適用している8法人及び売掛債権の期末残高がない37法人を除く1,559法人に係る法人税及び消費税等の確定申告書により、仮受消費税相当額を試算したところ、計1221億3387万余円となっていた。
試算した仮受消費税相当額に法定繰入率を乗ずるなどして貸倒引当金繰入額のうち損金の額に算入されたと見込まれる額を集計したところ、計10億6884万余円となっていた。また、上記1,559法人のうち、所得がある1,494法人に係る貸倒引当金繰入額のうち損金の額に算入されたと見込まれる額は、計10億4100万余円であり、これを基に推計した法人税の減収額は計2億4668万余円となっていた。
このように、消費税等の課税事業者において生ずる仮受消費税相当額を期末一括評価債権額に含めて繰入限度額を算出しているため、損金の算入額が必ずしも合理的なものとはなっていないと思料される。
ア及びイのとおり、法定繰入率と貸倒損失発生率との間に大幅なかい離があること、期末一括評価債権額に損失とならない仮受消費税相当額が含まれていることなどから、繰入率特例における繰入限度額は合理的に測定されるなどしたものとなっているとはいえないおそれがあると認められる。
前記のとおり、割増特例の目的は、割増特例対象法人について、貸倒引当金の繰入限度額を引き上げることにより財務基盤を強化することなどとされており、財務基盤を強化するためには、内部留保を充実させることが必要であるといわれている。
前記のとおり、27年度適用実態報告書において、業種別の割増特例の適用実績(単体法人に限る。)をみると、金融保険業の全体に占める割合が、適用件数では22.2%であるが、適用額では95.1%となっていた。また、租特ガイドラインによれば、特別措置等による効果については、直接的効果を把握することなどとされている。そこで、割増特例対象法人のうち、協同組合等であって金融保険業を営む法人である信用金庫等、信用組合等及び労働金庫等並びに預貯金取扱金融機関である農業協同組合等、漁業協同組合等及び農林中央金庫(以下、これらを合わせて「協同組織金融機関」という。)計1,264法人について、割増特例により財務基盤の強化が図られているかをみるために、公表資料等を基に、割増特例の適用状況、自己資本比率、利益剰余金の額等をみたところ、次のとおりとなっていた。
協同組織金融機関1,264法人について、27終了事業年度における割増特例の適用状況をみたところ、割増特例を適用している協同組織金融機関(以下「割増適用金融機関」という。)が1,084法人、割増特例を適用していない協同組織金融機関が180法人となっていた。
協同組織金融機関が預貯金取扱金融機関としての財務の健全性を判断するための基準として、金融庁等は「信用金庫法第89条第1項において準用する銀行法第14条の2の規定に基づき、信用金庫及び信用金庫連合会がその保有する資産等に照らし自己資本の充実の状況が適当であるかどうかを判断するための基準」(平成18年金融庁告示第21号)等を定めており、当該基準として自己資本比率(注11)が規定されている。そして、当該基準には国内基準と国際統一基準が定められており、国内にのみ営業拠点を置く際には国内基準により、自己資本比率4%以上が必要とされている。また、国外にも営業拠点を置く際には国際統一基準により、自己資本比率8%以上が必要とされている。そして、農林中央金庫以外の協同組織金融機関は、国内にのみ営業拠点を置く預貯金取扱金融機関である。
そこで、財務基盤の状況をみるために、割増適用金融機関1,084法人について、27終了事業年度における自己資本比率をみたところ、公表資料等による27終了事業年度における全国の銀行116法人の自己資本比率の平均値(以下「銀行平均値」という。)である10.7%以上となっている割増適用金融機関が966法人(割増適用金融機関1,084法人に占める割合89.1%)見受けられた。
利益剰余金の額は、自己資本の重要な要素となっている。そこで、割増適用金融機関1,084法人について、27終了事業年度における利益剰余金の額をみたところ、「法人企業統計調査結果(平成27年度)」(財務省)における「金融業、保険業」の平均利益剰余金の額(以下「平均利益剰余金」という。)である8億8649万円以上となっている法人が901法人(割増適用金融機関1,084法人に占める割合83.1%)見受けられた。
また、割増適用金融機関1,084法人について、27終了事業年度における当期純利益の額をみたところ、「法人企業統計調査結果(平成27年度)」(財務省)における「金融業、保険業」の平均当期純利益の額である1億4157万円以上となっている法人が639法人(割増適用金融機関1,084法人に占める割合58.9%)見受けられた。
割増特例の適用による法人税の減税額(以下「割増適用減税額」という。)等の状況をみるために、e―Taxデータから27終了事業年度に貸倒引当金繰入額を損金の額に算入している割増特例対象法人を抽出したところ、1,494法人がこれに該当した。この1,494法人について、27終了事業年度における割増特例の適用状況をみたところ、割増特例を適用している法人(以下「割増適用法人」という。)が1,285法人、割増特例を適用していない法人が209法人となっていた。
そこで、割増適用法人1,285法人について、27終了事業年度における割増適用減税額の総額をみたところ、計18億5746万余円となっていた。そして、割増適用減税額が1000万円以上の業態別法人数及び当該法人に係る割増適用減税額の総額をみると、信用金庫が32法人計10億7037万余円、信用組合が6法人計1億5913万余円、農業協同組合等が5法人計1億0155万余円、合計43法人(割増適用法人1,285法人に占める割合3.3%)13億3106万余円(同71.6%)となっていた。
平成29年度税制改正において、財務基盤の弱い中小企業を支援するという本来の趣旨を踏まえて、法人税関係の中小企業向けの各特別措置については、31年4月1日以後に開始する事業年度から、前3事業年度の平均所得金額が年15億円を超える事業年度の適用を停止する措置が講じられている。
これを踏まえて、割増適用法人1,285法人のうち、e―Taxデータにより、25終了事業年度、26終了事業年度及び27終了事業年度の3か年度における所得金額が把握できる928法人の3か年度平均所得金額をみたところ、平均所得金額が15億円を超える法人が20法人見受けられた。そして、この20法人に係る27終了事業年度における割増適用減税額は計7億4339万余円(割増適用法人1,285法人に係る割増適用減税額の40.0%)となっていた。
前記27終了事業年度のe―Taxデータから抽出した割増特例対象法人1,494法人のうち、協同組織金融機関は325法人であった。これら協同組織金融機関325法人について、27終了事業年度における割増特例の適用状況をみたところ、割増適用金融機関が277法人、割増特例を適用していない協同組織金融機関が48法人となっていた。
割増適用金融機関277法人について、27終了事業年度における割増適用減税額の総額をみたところ、計18億1472万余円となっており、割増適用法人1,285法人に係る割増適用減税額の97.6%を占めていた。
そして、割増適用金融機関277法人の自己資本比率をみたところ、銀行平均値である10.7%以上となっている法人が229法人見受けられた。この229法人に係る割増適用減税額は計11億4669万余円となっており、割増適用法人1,285法人に係る割増適用減税額の61.7%を占めていた。
また、割増適用金融機関277法人の利益剰余金の額についてみたところ、平均利益剰余金である8億8649万円以上となっている法人が219法人見受けられた。この219法人に係る割増適用減税額は計17億8151万余円となっており、割増適用法人1,285法人に係る割増適用減税額の95.9%を占めていた。
自己資本の主なものは、出資金及び利益剰余金の額である。そこで、割増適用金融機関277法人の出資金及び利益剰余金の額の合計額についてみたところ、100億円以上となっている法人が99法人見受けられた。この99法人に係る割増適用減税額は計15億7194万余円となっており、割増適用法人1,285法人に係る割増適用減税額の84.6%を占めていた。
ア及びイのとおり、e―Taxデータを基に分析した割増適用金融機関277法人における割増適用減税額は計18億1472万余円となっていたが、割増適用金融機関の多くについて、自己資本比率が銀行平均値である10.7%以上となっていたり、利益剰余金の額が平均利益剰余金である8億8649万円以上となっていたりなどしていて、その財務基盤は充実していると思料された。このように、財務基盤の強化を図るという割増特例の目的に照らして、割増特例の対象が必要最小限のものとなっているとはいえないおそれがあると認められる。
繰入率特例については、政策評価法等において、政策評価の義務付け対象とはなっていないため、5省庁は事前評価及び事後評価を行っていなかった。
一方、割増特例については、5省庁全てが政策評価法等に基づく検証を行っていた。前記のとおり、租特ガイドラインによれば、特別措置による効果については、直接的効果を把握することなどとされている。5省庁が作成した事前評価書等をみると、効果の測定に用いられた指標は、融資先への貸出残高や中小企業の資金繰りDI(注12)等となっており、割増特例が割増特例対象法人の財務基盤の強化に及ぼす効果を直接示すと思料される指標は含まれていなかった。
繰入率特例については、税制改正の要望を行っていないため、5省庁は要望の際の検証を行っていなかった。一方、財務省は、貸倒損失発生率を把握していた。
割増特例については、5省庁は1年から3年ごとに期限の延長の要望書を提出しており、税制改正要望の際の検証を行っていた。しかし、要望書の内容をみると、割増特例の目的は割増特例対象法人における財務基盤の強化であるとしているにもかかわらず、割増特例の適用による効果としては、地域金融システムの安定化に寄与していること、融資余力が生まれること、地域経済への悪影響を回避することなどとしており、割増特例により割増特例対象法人における財務基盤の強化が図られているかについての分析は行われていなかった。また、課税の公平原則に照らして、国民の納得できる必要最小限の特別措置となっているか否かについての検証を行っていなかった。一方、財務省は、5省庁から提出を受けた要望書等を参考にして、割増特例の効果の検証等を行っていた。
会社標本調査の対象となった内国普通法人における事業区分ごとの貸倒損失発生率を算出したところ、全事業区分において法定繰入率が貸倒損失発生率を大幅に上回っていた。そして、5省庁において、法定繰入率と貸倒実績率とのかい離の状況等を把握しているか確認したところ、金融庁及び農林水産省は、それぞれの所管している法人からアンケートを徴するなどして、かい離の状況等を把握していた。一方、厚生労働省、経済産業省及び国土交通省は、それぞれの所管している法人におけるかい離の状況等を把握していなかった。かい離の状況等を把握していた農林水産省から会計実地検査等で提出を受けた資料により、農業協同組合等537法人の27終了事業年度における繰入率特例による法人税の減収額を推計したところ、計133億余円となった。さらに、財務省から会計実地検査等で提出を受けた資料等によれば、金融庁は信用金庫及び信用組合に係る法人税等の減収額を約285億円(うち法人税の減収額は約199億円)と推計していた。
このように、法定繰入率と貸倒損失発生率との間に大幅なかい離があることなどから、繰入率特例における繰入限度額は合理的に測定されるなどしたものとなっているとはいえないおそれがあると認められる。
56税務署における消費税等の課税事業者で所得がある1,494法人について、消費税等の課税事業者において損失とはならない仮受消費税相当額に係る貸倒引当金繰入額のうち損金の額に算入されたと見込まれる額は、計10億4100万余円であり、これを基に推計した法人税の減収額は計2億4668万余円となっていた。
このように、消費税等の課税事業者において生ずる仮受消費税相当額を期末一括評価債権額に含めて繰入限度額を算出しているため、損金の算入額が必ずしも合理的なものとはなっていないと思料される。
e―Taxデータを基に分析した割増適用金融機関277法人における割増適用減税額は計18億1472万余円となっていた。一方、割増適用金融機関の多くについて、自己資本比率が銀行平均値である10.7%以上となっていたり、利益剰余金の額が平均利益剰余金である8億8649万円以上となっていたりなどしていて、その財務基盤は充実していると思料された。このように、財務基盤の強化を図るという割増特例の目的に照らして、割増特例の対象が必要最小限のものとなっているとはいえないおそれがあると認められる。
繰入率特例については、政策評価法等において、政策評価の義務付け対象とはなっていないため、5省庁は事前評価及び事後評価を行っていなかった。また、5省庁は税制改正の要望を行っていないため、要望の際の検証を行っていなかった。
一方、割増特例については、5省庁は政策評価法等に基づく検証を行っており、また、1年から3年ごとに税制改正要望の際の検証を行っていた。しかし、政策評価の内容をみると、効果の測定に用いられた指標は、融資先への貸出残高や中小企業の資金繰りDI等となっており、割増特例が割増特例対象法人の財務基盤の強化に及ぼす効果を直接示すと思料される指標は含まれていなかった。また、5省庁は、税制改正要望の際に、課税の公平原則に照らして、国民の納得できる必要最小限の特別措置となっているか否かについての検証を行っていなかった。
特別措置は、「公平・中立・簡素」という税制の基本原則の例外措置として設けられているものであり、その効果を不断に検証して真に必要なものに限定すべきであるとされている。
貸倒引当金の特例について、繰入率特例に係る適用実態調査が実施されていないため適用実績の把握が困難な場合もあるものの、繰入率特例においては、繰入限度額が合理的に測定されるなどしたものとなっているとはいえないおそれがあること、割増特例においては、その対象が必要最小限のものとなっているとはいえないおそれがあることを踏まえ、5省庁は、引き続きその検証等の基礎となる適用実績の把握等に努めるなどして、適用実態等からみて国民の納得できる必要最小限のものとなっているかなどの観点により検証を行い、国民に対する説明責任を的確に果たしていくことが望まれる。
また、財務省においても、貸倒引当金の特例について今後とも十分に検証していくことが望まれる。
本院としては、今後とも貸倒引当金の特例の適用状況並びに関係省庁及び財務省による検証状況について、引き続き注視していくこととする。