個人又は法人が所有する資産については、公共事業施行者により、土地収用法(昭和26年法律第219号)等の規定に基づく収用等又は収用等を前提とした買取り(以下、これらの行為を「買取り等」という。)が行われることがある。この場合に所得税又は法人税を申告するに当たっては、個人又は法人が取得した対価等(以下「対価補償金」という。)について、租税特別措置法(昭和32年法律第26号。以下「措置法」という。)第33条又は第64条の規定に基づいて一時的にその課税を猶予して課税の延期を行う特例(以下「課税の繰延べ」という。)を適用することができることとなっている。課税の繰延べは、資産の買取り等に係る譲渡が必ずしも個人又は法人の自由な意思に基づくものではないことなどから設けられている制度である。
さらに、資産の買取り等を伴う公共事業(以下「買取り等事業」という。)を促進させる見地から、個人又は法人が、公共事業施行者から最初に買取り等の申出のあった日(以下「買取申出年月日」という。)から6か月以内にその所有する資産を譲渡したこと、当該資産について課税の繰延べの適用を受けないことなどの条件に該当する場合は、所得税又は法人税の申告に当たり、措置法第33条の4又は第65条の2の規定に基づいて5000万円を限度として所得から控除又は損金の額に算入する特別控除の特例(以下「5000万円控除」といい、課税の繰延べと合わせて「課税の特例」という。)を適用することができることとなっている。
公共事業施行者は、買取り等事業において、対価補償金のほかに、土地の買取り等に伴い移転が必要となる建物等について、その移転に要する費用の補塡に充てるための補償金(以下「建物等移転補償金」という。)等を交付することがある。このうち、建物等移転補償金には、買取り等の対象となる土地(以下「施行地」という。)の上にある建物等に対する補償金(以下「施行地内建物等移転補償金」という。)と施行地の上にない建物等に対する補償金(以下「施行地外建物等移転補償金」という。)がある。そして、国税庁は、施行地内建物等移転補償金の交付対象となっている建物等を移転に際して実際に取り壊した場合には、対価補償金に当たるものとして取り扱うこととして、課税の特例の適用対象としている(以下、対価補償金及び対価補償金に当たるものとして取り扱う補償金を合わせて「対価補償金等」という。)。
一方、施行地外建物等移転補償金については、施行地外建物等移転補償金の交付対象となっている建物が施行地の上にある建物と接続していて施行地内建物等移転補償金と同様の取扱いが認められる場合等を除き、対価補償金に当たるものとして取り扱わないことにして、課税の特例の適用対象としていない。
資産の買取り等を行った公共事業施行者は、措置法第33条の4第4項、第65条の2第4項等の規定に基づき、①買取申出年月日や買取り等の申出の対象となった資産の明細等を記載した書類(以下「買取申出証明書」という。)、②資産の買取り等の日や買取り等の対象となった資産の明細等を記載した書類(以下「買取証明書」といい、買取申出証明書と合わせて「証明書」という。)等を作成して個人又は法人に交付することとなっており、国税庁は、証明書の様式及びその記載要領を定めて、ホームページ等で公共事業施行者等に周知している。
一方、買取申出証明書に記載する買取申出年月日の判定については、法令上特段の基準が設けられておらず、国税庁は、買取申出年月日について、公共事業の一般的な用地買収において、通常、個別交渉等の場面で、公共事業施行者が買取り資産を特定し、当該資産の対価を明示してその買取り等の意思表示をしたことが具体的に「買取り等の申出」を行ったことになり、この事実がいつあったかによって、「買取り等の申出のあった日」を判定するとの取扱いをホームページ等で公共事業施行者等に周知している。そして、公共事業施行者は、上記の取扱いに基づいて、個々の事例に応じて買取申出年月日を判定し、買取申出証明書を作成している。
また、国税庁は、公共事業施行者に対して、買取証明書の記載要領において、買取証明書の摘要欄の記載方法を示している。これによれば、公共事業施行者が対価補償金以外の補償金を交付する場合は、当該補償金の内訳(以下「交付名義」という。)ごとの支払金額等を記載することとされているが、課税の特例の適用対象とならない施行地外建物等移転補償金を交付する場合、建物等移転補償金とは別の交付名義として記載することまでは明記されていない。
国税庁は、課税の特例等が的確に運用されるためには証明書等が適正に作成されることが重要であるとしている。このため、国税庁は、公共事業施行者が資産の買取り等に着手する前に、国税局(沖縄国税事務所を含む。)又は税務署(以下、これらを合わせて「国税局等」という。)と公共事業施行者でその買取り等事業が課税の特例等の適用対象に該当するかなどについて相互に確認する手続(以下「事前協議」という。)を行うことを関係省庁に求めている。そして、国税局等は、資産課税部門の事務処理手続について定めた資産税事務提要(以下「事務提要」という。)に基づき、公共事業施行者が事前協議の申出の際(申出後に作成する資料については当該資料の作成後。以下同じ。)に提出する買取り等の対象となる資産、建物等移転補償金の交付対象となる資産等の明細(以下「事前協議明細」という。)や図面等の関係資料を用いて、事業計画の具体性、事業の税法上の適格性、買取り等資産の適格性等について検討を行い、これらの検討結果を公共事業施行者へ通知することとなっている。このうち、買取り等資産の適格性の検討については、建物等移転補償金の交付対象となる資産が原則として買取り等事業の施行地の上に所在し、課税の特例の適用対象となる資産であるかについての検討(以下「特例対象資産の検討」という。)等を行うこととなっている。そして、公共事業施行者は、国税局等から通知を受けた事前協議における検討結果に基づいて、証明書の作成を行っている。
また、国税局等は、課税の特例等の適用について問題が生じないようにするために、事務提要に基づき、公共事業施行者が不適正な証明書を作成している疑いがあるなどした買取り等事業を選定して、公共事業施行者の関係書類等を確認するなどの方法により、公共事業施行者から提出された証明書等の監査(以下「事後監査」という。)を行うこととなっている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、有効性等の観点から、適正な証明書に基づき課税の特例が適用されているか、国税局等は、事前協議及び事後監査を適切に行い、適正な証明書が作成されるように公共事業施行者に対して適切に周知等を行っているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、毎年多額の買取り等事業を実施している35関係機関(注1)から、平成27年度から29年度までの各年度に行った買取り等のうち5000万円以上の補償金を交付するなどしたものについて、資産の買取り等に関する契約書等並びに建物等移転補償金の交付対象及び買取り資産等に係る補償金の提示に関する調書の関係資料の提出を受け、これらを基に、次の①及び②に該当する者(個人及び法人)計延べ245者(注2)を選定した。
そして、上記の延べ245者を対象として、136税務署(注3)から、27年分から30年分までの所得税の確定申告書等又は26年1月から30年12月までの間に開始した事業年度分の法人税の確定申告書等の関係資料の提出を受けるなどして検査した。
また、財務省において、課税の特例の趣旨等について説明を聴取したり、国税庁及び4国税局(注4)において、事前協議及び事後監査の実施状況や公共事業施行者への周知の状況等について、それぞれ関係資料の提出を受けて説明を聴取したりするなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
前記のとおり、買取証明書の記載要領によれば、公共事業施行者は、対価補償金以外の補償金を交付する場合、交付名義ごとの支払金額等を買取証明書の摘要欄に記載することとされているが、課税の特例の適用対象とならない施行地外建物等移転補償金を交付する場合、建物等移転補償金とは別の交付名義として記載することまでは明記されていない。そこで、前記の施行地外建物等移転補償金のうち建物に係る補償金の交付を受けた159者について、所得税又は法人税の確定申告書等、公共事業施行者から提出を受けた前記の関係資料等を確認したところ、このうちの84者(これに係る施行地外建物等移転補償金の額計22億4266万余円)については、課税の特例の適用に当たり、施行地の上にある建物と接続していないと認められる建物に係る施行地外建物等移転補償金を対価補償金等に含めて申告していて課税の特例が適正に適用されていない蓋然性が高い状況となっていた。そして、このうちの43者(これに係る施行地外建物等移転補償金の額計18億5012万余円)については、対価補償金等に施行地の上にある建物と接続していないと認められる建物に係る施行地外建物等移転補償金を含めずに計算した場合における課税の特例の適用額が減少することになり、課税の特例を適用していた年分又は事業年度の推計減税額(注5)を算出すると、計2億9134万余円となっていた。
そこで、上記の施行地外建物等移転補償金のうち建物に係る補償金の交付を受けた159者に係る買取り等事業のうち、4国税局管内で行われた計45者に係る買取り等事業について、事前協議の実施状況をみたところ、このうちの41者に係る買取り等事業については、公共事業施行者から提出を受けた事前協議明細や図面等に施行地外建物等移転補償金の交付対象となる建物の存在が明記されていなかった。また、国税局等においても、当該建物の存在の有無を公共事業施行者に確かめることなく特例対象資産の検討を行っていたため、当該検討においては特段の指摘がないとして事前協議における検討結果を公共事業施行者に通知していた。
前記の初回提示年月日から当該資産の買取り等の日までの期間が6か月を超えている86者のうち、所得税又は法人税の確定申告書等で5000万円控除が適用されていた者は49者(これに係る対価補償金等の額計38億2861万余円)となっていた。そして、この49者全ては、5000万円控除の適用に当たり、買取申出年月日として初回提示年月日ではなく、補償金の額を最後に提示等した日が記載された買取申出証明書に基づいて申告していて、初回提示年月日を買取申出年月日とした場合、買取申出年月日から6か月以内にその所有する資産を譲渡するという条件に該当せず、課税上の取扱いに疑義が認められる状況となっていた。一方、前記のとおり、国税局等は、事務提要に基づき、公共事業施行者が不適正な証明書を作成している疑いがあるなどした買取り等事業を選定して、事後監査を行うこととなっている。そこで、国税局等における27事務年度(当該年の7月から翌年6月までをいう。)から30事務年度までの間の事後監査の実施状況についてみたところ、国税局等において、事後監査の対象事業として買取申出年月日に着目して不適正な買取申出証明書を作成している疑いがある買取り等事業を選定するに当たり、事前協議の申出の際に公共事業施行者から提出された前記の関係資料等を確認するだけでは、その選定に資する情報が十分でないこともあり、上記の86者に係る買取り等事業の全てについて、買取申出年月日に関する事後監査が行われていなかった。
また、上記の86者に係る買取り等事業のうち4国税局管内で行われた計15者に係る買取り等事業について、事前協議の実施状況をみたところ、15者に係る買取り等事業の全てについて、国税局等は、公共事業施行者から関係資料の提出を受けて事前協議を行っていたものの、その際に、公共事業施行者に対して、買取申出証明書に記載する買取申出年月日の取扱いに関する周知を行っていなかった。
このように、施行地の上にある建物と接続していないと認められる建物に係る施行地外建物等移転補償金を対価補償金等に含めて申告していて課税の特例が適正に適用されていない蓋然性が高い状況となっていたり、買取申出年月日に関する課税上の取扱いに疑義が認められる状況となっている者について国税局等が事後監査を行っていなかったり、事前協議の際に、公共事業施行者に対して、買取申出証明書に記載する買取申出年月日の取扱いに関する周知を行っていなかったりしていた事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、次のことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、国税庁は、令和2年5月に国税局等に対して通達を発するとともに同年6月に事務提要を改正するなどして、次のような処置を講じた。
ア 国税局等に対して、事前協議の際に施行地外建物等移転補償金の交付予定の有無を公共事業施行者から聴取し、交付予定がある場合には、交付対象となる資産の所在地等を表示する事前協議明細や図面等の提出を求めたり、施行地外建物等移転補償金を交付する旨を買取証明書の摘要欄に記載することなどを説明したリーフレットを事前協議の際に公共事業施行者に送付したりなどするよう指導した。
イ 国税局等に対して、買取申出証明書に記載する買取申出年月日の判定基準について参考事例を用いるなどして説明したリーフレットを事前協議の際に公共事業施行者に送付したり、実際の買取申出年月日の把握に資するものとして国税庁が定めた様式の提出を公共事業施行者に求めたりなどするよう指導した。また、事後監査の対象事業の選定に当たり買取申出年月日に着目した留意すべき例を示した上で、これを踏まえるなどして事後監査を適切に実施するよう指導した。
ウ 同年5月に、ア及びイのリーフレットの内容をホームページに掲載して、公共事業施行者等に対して周知した。