労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)は、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号。以下「労災保険法」という。)に基づき、業務上の事由又は通勤により負傷又は発病した労働者に対して療養補償給付、休業補償給付、休業給付等の保険給付を行うほか、社会復帰促進等事業として休業特別支給金の支給等を行うものである。
このうち、休業補償給付は業務上の負傷又は疾病による療養のため、また、休業給付は通勤による負傷又は疾病に係る療養のため、それぞれ労働することができない労働者(以下「被災労働者」という。)に対して、賃金を受けない日の第4日目から支給するものであり、その支給額は、一日につき給付基礎日額(注1)の100分の60に相当する額とすることとなっている。
また、労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和49年労働省令第30号。以下「特別支給金規則」という。)によれば、休業特別支給金は、被災労働者に対して、賃金を受けない日の第4日目から支給するものであり、その支給額は、一日につき給付基礎日額の100分の20に相当する額とすることとされている(以下、休業補償給付及び休業特別支給金を合わせて「休業補償給付等」という。)。
労災保険は、本来、労働者の業務上の事由又は通勤による負傷、疾病等に対して保険給付を行う制度であるが、労働者以外でも、業務の実情、災害の発生状況等からみて、労働者に準じて保護することが適当であると認められる者が存在するとされている。
このため、労災保険法に基づき、一定数以下の労働者を使用する事業の事業主(注2)(以下「中小事業主」という。)等が申請を行い、政府の承認があったときは、これらの者が労災保険に特別加入することが認められている(以下、労災保険に特別加入した者を「特別加入者」という。)。
「労働者災害補償保険法の一部を改正する法律第2条の規定の施行について」(昭和40年基発第1454号)によれば、特別加入者に対する休業補償給付については、所得喪失の有無にかかわらず、療養のため業務遂行性(注3)が認められる範囲の業務又は作業について全部労働不能であることがその支給事由となることとされている。
そして、全部労働不能とは、入院中、通院加療中等であって、特別加入の申請に係る事業について、業務遂行性が認められる範囲の業務又は作業ができない状態をいうとされているが、特別加入者が全部労働不能であるか否かの判断に当たっては、現に業務遂行性の認められる作業を行っているかなどの事実も考慮する取扱いとなっている。
また、特別支給金規則によれば、休業特別支給金の支給に当たっては、中小事業主等は、特別加入の申請に係る事業に使用される労働者とみなすこととされている。
休業補償給付等の支給を受けようとする被災労働者(業務上の事由又は通勤により負傷又は発病した特別加入者を含む。以下同じ。)は、休業補償給付等に係る請求書(以下「請求書」という。)に所定事項を記載し、事業主及び診療担当者の証明を受けて、労働基準監督署長に提出することとなっている。
そして、請求書の提出を受けた労働基準監督署長は、請求書に記載されている被災労働者の負傷又は発病の年月日、災害の原因及びその発生状況、休業の期間、療養の期間、傷病名及び傷病の経過、これらについての事業主又は診療担当者による証明の内容等を審査した上で支給決定を行い、これに基づいて厚生労働本省が休業補償給付等の支給を行うこととなっている。
本院は、合規性等の観点から、被災労働者に対する休業補償給付等の支給決定が適正に行われているかなどに着眼して、全国47都道府県労働局(以下、都道府県労働局を「労働局」という。)の321労働基準監督署(以下、労働基準監督署を「監督署」という。)のうち、10労働局管内の22監督署において、請求書等の書類を確認するなどして会計実地検査を行った。そして、適正でないと思われる事態があった場合には、更に監督署に調査及び報告を求めて、その報告内容を確認するなどの方法により検査した。
検査の結果、埼玉労働局管内の2監督署(注4)管内において平成28年度から30年度までの間に休業補償給付等の支給を受けた特別加入者である2中小事業主は、休業補償給付等の支給を受けていた期間内に、特別加入の申請に係る事業のために業務又は作業を行うなどしていたことから、当該業務又は作業を行うなどしていた日については、療養のため業務遂行性が認められる範囲の業務又は作業について全部労働不能であったとは認められず、これら2中小事業主に対する休業補償給付等の支給額計10,103,200円のうち計7,318,400円は支給が適正でなく、不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、特別加入者である中小事業主が制度を十分に理解していなかったことなどにもよるが、上記の2監督署において、特別加入者である中小事業主から提出を受けた請求書の内容の審査が十分でないまま支給決定を行っていたことなどによると認められる。
前記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
埼玉労働局管内の川越監督署は、特別加入者である中小事業主A(特別加入の申請に係る事業は水道設備・管工事)から、平成29年1月に水道メーター交換作業中に腰、肩、膝等を負傷したとする請求書の提出を受けて、全18回にわたり、29年1月から30年7月までの間の休業日数計555日間(休業補償給付等の支給日数計552日間)に係る休業補償給付等の額計9,715,200円(休業補償給付分7,286,400円、休業特別支給金分2,428,800円)の支給決定を行い、これに基づいて厚生労働本省は、中小事業主Aに対して同額の休業補償給付等を支給していた。
しかし、中小事業主Aは、休業補償給付等の支給を受けていた552日間のうち、29年1月から同年5月までの間における計7日間について、水道管交換工事、顧客への工事内容の説明等を行っていたり、また、同年6月20日以降の計407日間について、継続して水道メーター交換工事に従事していたりしていたことから、これらの計414日間は全部労働不能であったとは認められない状況となっていた。
したがって、中小事業主Aが休業補償給付等の支給を受けていた552日間から、上記の全部労働不能と認められない414日間を控除して適正な休業補償給付等の額を算定すると2,428,800円となり、前記の休業補償給付等の支給額9,715,200円との差額7,286,400円は支給が適正でなかったと認められる。
なお、これらの適正でなかった支給額については、本院の指摘により、全て返還の処置が執られた。