キャリアアップ助成金(以下「助成金」という。)は、雇用保険で行う事業である雇用安定事業及び能力開発事業の一環として、雇用保険法(昭和49年法律第116号)等に基づき、期間の定めがある労働契約を締結する者(以下「有期契約労働者」という。)等の企業内でのキャリアアップ(注)を支援するために、キャリアアップに向けた取組を実施した事業主に対して国が経費等を助成するものである。助成金の対象となる取組には、人材育成コース(同コースは、平成30年度に人材開発支援助成金に統合された。)、正社員化コース(27年度以前は正規雇用等転換コース)等がある。
助成金の支給を受けようとする事業主は、対象者、目標、計画期間等が記載されたキャリアアップ計画書を管轄の都道府県労働局(以下「労働局」という。)に提出して受給資格の認定を受けることとなっている。また、助成金の対象となる取組のうち、人材育成コースについては、上記キャリアアップ計画書のほか、実施する職業訓練(以下「訓練」という。)の内容等が記載された訓練計画届を労働局に提出して受給資格の認定を受けることとなっている。
人材育成コースの支給要件は、事業主が、受給資格認定に係る訓練計画に基づき訓練を実施すること、訓練期間中の訓練受講者に対する賃金を適正に支払うことなどとなっている。また、正社員化コースの支給要件は、上記のキャリアアップ計画書に記載された計画期間内に労働協約又は就業規則等に基づき、有期契約労働者を正規雇用労働者に転換すること、転換後6か月以上の期間継続して雇用し、転換後6か月分の賃金を支給することなどとなっている。
助成金の支給を受けようとする事業主は、人材育成コースについては、訓練計画実施期間の終了した日の翌日から起算して2か月以内に、支給申請書に、出勤簿、賃金台帳、訓練に係る経費の領収書等の関係書類のほか、訓練の実施内容等を記載した実施状況報告書を添えて、労働局に提出することとなっている。また、正社員化コースについては、有期契約労働者を正規雇用労働者に転換等した後、6か月分の賃金を支給した日の翌日から起算して2か月以内に、支給申請書に雇用契約書等の関係書類を添えて、労働局に提出することとなっている。
支給申請書等の提出を受けた労働局は、訓練受講者に対する訓練の実施状況、賃金の支払状況、正規雇用労働者への転換等の状況等を関係書類等に基づいて、事業主やその申請内容が助成金の支給要件を満たしているかなどについて審査した上で支給決定を行い、これに基づいて厚生労働本省又は労働局は、助成金の支給を行うこととなっている。
また、労働局は、偽りその他不正の行為により本来受けることのできない支給を受けようとした事業主に対して不支給とすること、偽りその他不正の行為により本来受けることのできない支給を受けた事業主に対して、支給した助成金の全部又は一部の支給決定を取り消して返還の手続を行うことなどとなっている。
本院は、合規性等の観点から、事業主に対する助成金の支給決定が適正に行われているかに着眼して、26年度から令和元年度までの間に助成金の支給を受けた事業主から100事業主を選定して、助成金の支給の適否について、全国47労働局のうち、10労働局において会計実地検査を行った。
検査に当たっては、事業主から提出された支給申請書等の書類により会計実地検査を行い、適正でないと思われる事態があった場合には、更に当該労働局に調査及び報告を求めて、その報告内容を確認するなどの方法により検査した。
検査の結果、5労働局管内において平成28年度から30年度までの間に助成金の支給を受けた8事業主は、人材育成コースにおいて、訓練計画に基づく訓練を実施していないのに実施したと偽ったり、訓練の実施状況を適切に管理していなかったため訓練受講者が不在である時間帯に訓練計画に基づく訓練を実施したとしていたり、正社員化コースにおいて、有期契約労働者を正規雇用労働者に転換した日を偽ったりするなどして、助成金の支給を申請しており、これら8事業主に対する助成金の支給額計27,453,140円のうち計22,798,580円は支給の要件を満たしていなかったもので支給が適正でなく、不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、事業主が誠実でなかったり、制度を十分に理解していなかったりしていたため、支給申請書等の記載内容が事実と相違するなどしていたのに、上記の5労働局において、これに対する審査が十分でないまま支給決定を行っていたことなどによると認められる。
前記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
岡山労働局は、事業主Aから、平成27年6月に、同年7月13日から32年6月30日までを計画期間とする人材育成コースに係るキャリアアップ計画書及び訓練計画届の提出を受けて、助成金の受給資格を認定していた。そして、当該訓練計画に基づき27年7月から同年10月まで訓練を実施したとして、同年11月に、支給申請書及び実施状況報告書、訓練に係る経費の領収書等の添付書類の提出を受けて、これらの書類に基づき、助成金4,900,960円の支給決定を行っていた。
しかし、実際には、事業主Aは、訓練計画に基づく訓練を実施しておらず、また、訓練に係る経費を支払っていなかったのに、訓練計画に基づき訓練を実施したとする虚偽の内容の実施状況報告書、訓練に係る経費を支払ったとする虚偽の領収書等の関係書類を支給申請書に添付して同労働局に提出していたことから、事業主Aに対する助成金4,900,960円の全額が支給の要件を満たしていなかった。
なお、これらの適正でなかった支給額については、本院の指摘により、全て返還の処置が執られた。
これらの適正でなかった支給額を労働局ごとに示すと次のとおりである。
労働局名 |
本院の調査に係る事業主数 | 不適正受給事業主数 | 左の事業主に支給した助成金 | 左のうち不当と認める助成金 |
---|---|---|---|---|
千円 | 千円 | |||
北海道 |
16 | 3 | 9,458 | 8,783 |
神奈川 |
12 | 1 | 1,140 | 1,140 |
京都 |
2 | 1 | 4,390 | 4,390 |
岡山 |
11 | 2 | 9,070 | 5,090 |
広島 |
13 | 1 | 3,393 | 3,393 |
計 |
54 | 8 | 27,453 | 22,798 |