農林水産省は、「総合的なTPP関連政策大綱」(平成27年11月TPP総合対策本部決定。平成29年11月に改訂された「総合的なTPP等関連政策大綱」を含む。)において、畜産・酪農関係について、省力化機械の整備等による生産コストの削減や品質向上など収益力・生産基盤を強化することにより、畜産・酪農の国際競争力の強化を図るなどのため、畜産・酪農収益力強化総合プロジェクトを集中的に講ずることなどとされた。
そして、農林水産省は、畜産・酪農収益力強化総合対策基金等事業実施要綱(平成28年27生畜第1574号農林水産事務次官依命通知。以下「実施要綱」という。)等に基づき、畜産農家等の関係者が連携する畜産クラスターの仕組みの活用等により、生産コストの削減、規模拡大、外部支援組織の活用等、地域一体での取組を行う事業実施主体を支援する畜産・酪農収益力強化総合対策基金等事業等(以下「畜産クラスター事業(注1)」という。)を実施している。そして、農林水産省は、畜産クラスター事業を実施するために、都道府県を通じて、又は補助金を交付して基金を造成させた公益社団法人中央畜産会(以下「基金管理団体」という。)から都道府県を通じて、事業実施主体に補助金を交付している。
畜産クラスター事業は、複数の事業に分かれていて、そのうち、施設整備事業(26、27両年度の畜産競争力強化に資する施設の整備等を含む。以下「施設整備事業」という。)は、畜産クラスター協議会(注2)が事業実施主体となり、同協議会の構成員である畜産農家等が、地域の畜産の収益性向上に資する施設の整備等を行う取組に対して国庫補助金を交付するものである。実施要綱等によれば、施設整備事業を実施する事業実施主体は、あらかじめ事業実施計画を作成し、都道府県知事に提出し、提出を受けた都道府県知事は、事業実施計画について総合評価を行い、適当と認められる事業実施計画を取りまとめた都道府県事業実施計画を地方農政局長等に提出し、その承認を受けることとされている。
実施要綱等によると、事業実施主体は、事業実施計画の作成に当たり、「強い農業づくり交付金及び農業・食品産業競争力強化支援事業等における費用対効果分析の実施について」(平成17年16生産第8452号農林水産省総合食料局長、生産局長、経営局長通知。以下「分析指針」という。)に準じて、費用対効果分析を実施し、投資効率等を十分検討するものとされている。そして、当該施設の整備等による全ての効用によって全ての費用を償うことが見込まれること、すなわち、分析指針に定められた次の算定式により算定した投資効率が1以上であることが必要とされている。
投資効率={(年総効果額÷還元率(注3))-廃用損失額(注4)}÷総事業費
そして、上記算定式のうち、年総効果額については、事業ごとに、畜産経営体所得向上効果等の効果項目の年効果額を合算して算出するものとされている。畜産経営体所得向上効果は、施設の整備等により、畜産物生産量の増加や効率的な経営等が図られることに伴い、畜産経営体の経常所得が増加する効果であり、事業実施後年間経常所得額から事業実施前年間経常所得額を差し引いたものとなっている。また、年間経常所得額は、畜産経営体の年間における肉用牛の販売額等の収入から飼料費、燃料費、減価償却費等の費用を差し引いた額となっている。
上記の減価償却費については、取得価額から国庫補助金の範囲内で減額した固定資産額を基に算出(以下「圧縮」という。)した額を計上する方法が税法上及び企業会計上認められている。しかし、農林水産省では、施設整備事業における費用対効果分析の際には、圧縮を行うことなく、取得価額を基に償却率を乗ずるなどして減価償却費を算出することにしている。その理由について同省は、分析指針における畜産経営体所得向上効果が、施設の整備等により畜産物生産量の増加や効率的な経営等が図られることに伴う効果とされているのに、圧縮を行った場合には、圧縮を行わなかった場合と比較して減価償却費が減少することにより事業実施後年間経常所得額が増加し、国庫補助金収入という、畜産物生産量の増加等に伴うものではない副次的収入の効果を畜産経営体所得向上効果に含めることになるため、適切ではないことなどとしている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、効率性等の観点から、事業実施主体が行う費用対効果分析において、投資効率の算定が分析指針の趣旨に沿って適切に行われているかなどに着眼して、12県(注5)管内の44事業実施主体において、26年度から令和元年度までの間に費用対効果分析を行い施設整備事業を実施した118事業(補助対象事業費計240億6864万余円、国庫補助金計103億1621万余円)を対象として、事業実施計画書、投資効率の算定に係る資料等を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、検査の対象とした12県管内の44事業実施主体が実施した118事業のうち、農林水産省から11県(注6)を通じて、又は基金管理団体から9県(注7)を通じて補助金の交付を受けて、29事業実施主体が実施した57事業(補助対象事業費相当額計189億8872万余円、国庫補助金相当額計82億8684万余円)において、次のような事態が見受けられた。
上記の29事業実施主体は、費用対効果分析の実施に当たり、施設整備事業で整備した施設等の減価償却費について、圧縮を行わず、取得価額を基に償却率を乗ずるなどして算出すべきであったのに、51事業(補助対象事業費相当額178億7093万余円、国庫補助金相当額77億9526万余円)については圧縮を行うなどしていたり、6事業(補助対象事業費相当額11億1778万余円、国庫補助金相当額4億9157万余円)については減価償却費を計上していなかったりしていた。その結果、いずれも減価償却費を過小に計上していたため、投資効率が過大に算定されていた。そして、過小に計上していたこれらの施設等に係る減価償却費について、圧縮を行わないこととするなどして投資効率を試算すると31事業で1を下回る結果となっていた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
事業実施主体Aの構成員であるB社は、ブランド豚の飼養規模の拡大等を目的として、平成28年度に、家畜飼養管理施設(ビニールハウス豚舎)12棟等を施設整備事業により事業費7020万円(国庫補助金相当額3250万円)で整備していた。そして、この事業に係る費用対効果分析において、B社の年間経常所得額が事業実施前の1880万余円から事業実施後には3116万余円に増加するとして畜産経営体所得向上効果を1236万円とするなどして、投資効率を1.19と算定していた。
しかし、事業実施主体Aは、事業実施後年間経常所得額の算出において、上記豚舎の減価償却費については、圧縮を行って計上していた。そこで、この事業で整備する施設等に係る減価償却費について、圧縮を行わないこととして計上するなどして投資効率を試算すると、事業実施後年間経常所得額は2504万余円に、畜産経営体所得向上効果は623万余円になり、その結果投資効率は0.60となり1を下回ることになる。
このように、29事業実施主体において、費用対効果分析に当たり、畜産経営体所得向上効果の年間経常所得額を算出する際の費用の一部である減価償却費について、圧縮を行って計上するなどした結果、投資効率が過大に算定されていた事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、事業実施主体において、費用対効果分析の適切な実施に対する理解が十分でなかったことや、都道府県等において、分析指針等の趣旨に対する理解が十分でなく、費用対効果分析の内容を十分に精査していなかったことにもよるが、農林水産省において、都道府県等に対して、畜産経営体所得向上効果の年間経常所得額を算出する際の費用の一部である減価償却費について、圧縮を行わないこととして計上する旨を明示していなかったなど減価償却費の計上方法についての周知が十分でなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、農林水産省は、2年9月に、都道府県に通知を発するなどして、施設整備事業の費用対効果分析における畜産経営体所得向上効果の年間経常所得額を算出する際の費用の一部である減価償却費について、国庫補助金の範囲内で固定資産額を減額して算出する圧縮を行わず、施設等の取得価額に償却率を乗ずるなどして算出し計上するよう、畜産クラスター関連事業Q&Aにおいて明示するなどするとともに、費用対効果分析における減価償却費の計上方法等について周知徹底を図るよう指導したり、費用対効果分析の内容の精査等、本事業の適切な実施について指導したりするなどの処置を講じた。