【意見を表示したものの全文】
石油供給インフラ強じん化事業における大規模地震等の想定について
(令和2年10月26日付け 資源エネルギー庁長官宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり意見を表示する。
記
「強くしなやかな国民生活の実現を図るための防災・減災等に資する国土強靭化基本法」(平成25年法律第95号。以下「国土強じん化基本法」という。)によれば、我が国においては、南海トラフ沿いで大規模な地震が発生することが懸念されており、加えて、首都直下地震等が発生するおそれも指摘されていて、このような大規模自然災害等から国民の生命、身体及び財産を保護し、並びに国民生活及び国民経済を守ることは、国が果たすべき基本的な責任の一つであるとされている。
また、国土強じん化基本法に基づき定められている国土強靱化基本計画(平成26年6月閣議決定)によれば、国土強じん化は、東日本大震災等の過去の災害から得られた経験を最大限活用しつつ、いかなる災害等が発生しようとも、国家及び社会の重要な機能が致命的な障害を受けずに維持されることなどを基本目標として、ハード対策とソフト対策を適切に組み合わせて効果的に施策を推進することとされている。そして、社会経済活動やサプライチェーンの維持に必要なエネルギー供給の停止、石油・LPガスサプライチェーン等の機能の停止等の起きてはならない最悪の事態を回避するための施策の一環として、製油所の耐性評価を踏まえた設備の耐震化等や護岸の強化等の地震・津波対策等を推進することとされている。
このほか、国土強じん化基本法によれば、大規模自然災害等から国及び国民を守るためには、大規模自然災害等の発生時において、人員、物資、資金等の資源を、優先順位を付けて大規模かつ集中的に投入することができるよう、事前に備えておくことが必要であるとされている。そして、内閣府に設置された中央防災会議が作成する防災基本計画(昭和38年6月策定)においても、災害発生当初は、人命救助及び人命救助のために必要な活動に人的・物的資源を優先的に配分することとされている。
東日本大震災の発生時には、地震や津波によって太平洋側の製油所が操業を停止して、石油タンク内にある石油製品を出荷できない状況に陥るなどしたため、地方公共団体の庁舎や病院といった重要施設における非常用発電や、警察・消防・自衛隊等の救援・復旧活動に関わる組織における緊急車両に用いる燃料等の被災地における石油のニーズに対する供給不足が起こるなどの問題が生じた。一方、貴庁は、東日本大震災の発生時に、可搬性及び貯蔵性に優れていて被災地に運び届けることが可能なエネルギーである石油について、エネルギー供給に係る最後の砦(とりで)としての役割が再認識されたとして、危機時において石油供給を制約することになる可能性のある課題への対策を進めることなどにより国内エネルギー供給網の強じん化を推進することとしている。
そして、貴庁は、国土強じん化基本法等に基づき、国内エネルギー供給網の強じん化を推進するために、平成26年度以降、石油供給構造高度化事業費補助金(石油コンビナート事業再編・強じん化推進事業)交付要綱(20150202財資第1号。以下「交付要綱」という。)等に基づき、石油を精製して供給する事業者等(以下「石油会社」という。)が石油供給インフラ強じん化事業を実施する場合に、補助事業者(26、27両年度は石油連盟、28年度から令和元年度までは石油供給構造高度化事業コンソーシアム)を通じて、石油供給構造高度化事業費補助金(以下「国庫補助金」という。)を交付している。
交付要綱等によれば、石油供給インフラ強じん化事業とは、平時や災害時を問わず石油を持続的に安定供給し得る体制の整備を図ることを目的として、石油会社が、今後発生が想定される南海トラフ地震、首都直下地震等の大規模地震又はこれに伴う津波等(以下「大規模地震等」という。)のリスクに備えて、各地域の製油所等における入出荷関係設備の耐震、液状化・津波対策等や他の製油所等とのバックアップ供給(注1)に必要な入出荷設備の増強対策等(以下、これらを合わせて「耐震化対策等」という。)及び設備の安全停止対策を通じた石油供給設備の強じん化を図るための事業とされている。
そして、交付要綱等によれば、石油を持続的に安定供給し得る体制とは、各石油会社が策定している巨大地震等に備えた系列供給網の業務継続計画(以下「系列BCP」という。)において規定する最低限の入出荷機能を維持している体制とされている。系列BCPは、貴庁が、平成25年11月に、石油会社の団体である石油連盟を通じて、各石油会社に対して策定するように要請したものであり、各石油会社は、「巨大地震等に対する石油会社のBCPガイドライン」(平成25年12月石油連盟。以下「BCPガイドライン」という。)等を踏まえて系列BCPを策定している。そして、各石油会社の系列BCPにおいて、最低限の入出荷機能とは、被災した製油所が早期に出荷機能を回復してガソリン等の石油製品に係る平時の陸上出荷量の2分の1(以下「被災後出荷量」という。)をタンクローリーにより出荷できる機能等と規定されている。
このほか、BCPガイドラインによると、系列BCPには、被災した製油所の生産設備の停止状況や入出荷機能回復の限界を踏まえつつ、各石油会社の被災した製油所以外の製油所によるバックアップ供給等を含めて石油会社全体での業務継続目標を盛り込むこととなっており、各石油会社は、被災した製油所が早期に出荷機能を回復して被災後出荷量を出荷できるようになることを前提として、それぞれの業務継続目標を設定している。
そして、貴庁は、26年度から令和元年度までの間に、10石油会社の20製油所において南海トラフ地震又は首都直下地震に備えて実施された石油供給インフラ強じん化事業のうち耐震化対策等計430件について、国庫補助金計329億0297万余円を交付している。
「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告」(平成23年9月中央防災会議東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会。以下「中央防災会議報告」という。)によれば、東日本大震災を踏まえて、今後、地震等の想定を行うに当たっては、あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大地震等を検討していくべきであるとされており、想定地震等に基づき必要となる施設整備が現実的に困難となることが見込まれる場合であっても、ためらうことなく想定地震等を設定する必要があるとされている。
そして、南海トラフ地震及び首都直下地震に係る震度分布等の想定については、次のとおりとなっている。
南海トラフ地震については、平成24年3月に「南海トラフの巨大地震による震度分布・津波高について(第一次報告)」(南海トラフの巨大地震モデル検討会。以下「南海トラフ報告」という。)が公表されている。
南海トラフ報告では、中央防災会議報告を踏まえて、南海トラフ地震について、南海トラフで発生した過去の地震と発生場所が変わるなどの可能性が考えられることから、過去の地震とおおむね同じ場所で発生するケース(以下「基本ケース」という。)に加えて、可能性がある範囲で最も陸側で発生するケース(以下「陸側ケース」という。)等の複数のケースが示されている。
首都直下地震については、17年7月に「首都直下地震対策専門調査会報告」(中央防災会議首都直下地震対策専門調査会。以下「首都直下17年報告」という。)が公表されているが、その後、中央防災会議報告を踏まえて、あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大地震を検討の対象に加えるとともに、最新の科学的知見に基づいて見直しを行うなどの検討を行った結果として、25年12月に「首都直下のM7クラスの地震及び相模トラフ沿いのM8クラスの地震等の震源断層モデルと震度分布・津波高等に関する報告書」(首都直下地震モデル検討会。以下「首都直下25年報告」という。)が公表されている。
貴庁は、各石油会社に対して、製油所の既存の設備等に係る耐震性能及び耐津波性能(以下、これらを合わせて「耐震性能等」という。)を評価したり、これに基づき耐震化対策等に係る工事を実施したりする際に、貴庁の委託事業により25年3月に取りまとめられた「製油所等の耐震性能等評価の手引き」(以下「手引」という。)を用いるよう補助事業者を通じるなどして指導している。
手引によると、耐震性能等の評価に当たっては、中央防災会議が公表している大規模地震等に係る震度分布等について、内閣府から各製油所の所在場所の工学的基盤(注2)における地震動の加速度等のデータ(以下「地震データ」といい、地震動の加速度を「加速度」という。)を入手し、地震データに基づくなどして製油所の構内全域に係る地表面の加速度を推定することとなっており、当該加速度に基づいて地盤の液状化が発生する危険度や液状化が発生した場合の地盤の移動量及び沈下量についても推定することとなっている。そして、南海トラフ地震については、南海トラフ報告に係る地震データを用いることとなっており、また、首都直下地震については、内閣府において見直しの検討が行われているもののその結果がまだ公表されていないとして、首都直下17年報告に係る地震データを暫定的に用いることとなっている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
前記のとおり、防災基本計画では、災害発生当初は、人命救助及び人命救助のために必要な活動に人的・物的資源を優先的に配分することとされているが、そのためには、重要施設における非常用発電や救援・復旧活動に関わる組織における緊急車両に用いる燃料等として石油製品が確実に供給されることが重要である。
そして、前記のとおり、各石油会社は、系列BCPにおいて、被災した製油所が早期に出荷機能を回復して被災後出荷量を出荷できるようになることを前提として、それぞれの業務継続目標を設定しており、耐震性能等の評価を行う際の大規模地震等の想定が十分なものでなかった場合、耐震化対策等に係る工事が大規模地震等に対して十分なものとなっていないことになるため、大規模地震等の発生時において被災地等に向けた石油製品の出荷に支障を来すおそれがある。
そこで、本院は、有効性等の観点から、石油供給インフラ強じん化事業の実施に当たり、手引に基づいて製油所における設備等の耐震性能等の評価を行う際の大規模地震等の想定が十分なものとなっているかなどに着眼して、26年度から令和元年度までの間に、10石油会社の20製油所において、南海トラフ地震又は首都直下地震に備えて実施された耐震化対策等計430件(補助対象事業費計507億2923万余円、国庫補助金交付額計329億0297万余円)を対象として、貴庁及び石油供給構造高度化事業コンソーシアムにおいて、実績報告書、系列BCP、耐震性能等の評価に係る資料等の関係書類を確認したり、石油会社に対する指導等の状況について聴取したりなどするとともに、3石油会社の3製油所において、現地の状況を確認するなどして会計実地検査を行った。また、石油連盟から関係書類の提出を受けるなどするとともに、9石油会社の17製油所についても、石油連盟及び石油供給構造高度化事業コンソーシアムを通じて調書の提出を受けるなどして検査した。
(検査の結果)
前記の20製油所における設備等の耐震性能等の評価を行った際の大規模地震等の想定について検査したところ、製油所によって大規模地震等の想定についての検討の方法が区々となっており、次のとおり、大規模地震等の想定が十分なものとなっていない事態が見受けられた。
前記のとおり、南海トラフ報告では、南海トラフで発生した過去の地震と発生場所が変わる可能性が考えられることから複数のケースが示されている。
そして、近畿地方等に所在する7石油会社の12製油所のうち2石油会社の2製油所について、2石油会社は、内閣府から地震データを入手することができる基本ケース及び陸側ケースの両方で工学的基盤の加速度に基づいて地表面の加速度を推定して、基本ケースより陸側ケースの方が地表面の加速度の最大値が大きいことから陸側ケースを採用したり、地表面の加速度の代わりに中央防災会議が公表している震度の最大値を比較して、基本ケースより陸側ケースの方が当該値が大きいことから陸側ケースを採用したりして耐震性能等の評価を行っていた。
一方、5石油会社の10製油所では、耐震性能等の評価を行う際の南海トラフ地震の想定が南海トラフ報告等の趣旨に照らして十分なものとなっていない事態が見受けられた。これらを態様別に示すと次のとおりである。
2石油会社は、4製油所における耐震性能等の評価に当たり、基本ケース及び陸側ケースの両方で工学的基盤の加速度に基づいて地表面の加速度を推定している。しかし、複数のケースがある場合に採用するケースをどのようにして決めるべきか貴庁から明確な指導がないことなどから、基本ケースより陸側ケースの方が地表面の加速度の最大値が大きいのに、過去に実際に発生した地震に基づき設定されている方を採用すればよいと判断するなどして、基本ケースを採用するなどしていた。
また、2石油会社は、上記の4製油所について、地表面の加速度に基づき、地盤の液状化が発生する危険度についても基本ケース及び陸側ケースの両方で検討しており、陸側ケースについては、構内のほとんどの場所において地盤の液状化が発生する危険度が高いとしていた。しかし、基本ケースについては、構内において地盤の液状化が発生する危険度が高い場所はないとされたことなどから、2石油会社は、4製油所のいずれにおいても地盤改良等の液状化対策に係る工事を実施しないことにしており、また、耐震化対策等として実施した入出荷関係設備の耐震化等に係る工事については、地盤の液状化が発生する危険度が高くないことを前提として実施していた。
4石油会社は、6製油所における耐震性能等の評価に当たり、基本ケースより陸側ケースの方が工学的基盤の加速度の最大値が大きくなっていて、かつ、中央防災会議が公表している震度の最大値も大きくなるなどしていたのに、基本ケースのみで工学的基盤の加速度に基づいて地表面の加速度を推定していた。
前記のとおり、首都直下25年報告は、あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大地震を検討の対象に加えるとともに、最新の科学的知見に基づいて見直しを行うなどの検討を行った結果として公表されているものである。
そして、関東地方に所在する6石油会社の8製油所のうち2石油会社の2製油所について、2石油会社は、首都直下17年報告と首都直下25年報告の両方で工学的基盤の加速度に基づいて地表面の加速度を推定して、首都直下17年報告より首都直下25年報告の方が地表面の加速度の最大値が大きいことから、首都直下25年報告の地震データを用いたり、地表面の加速度の代わりに中央防災会議が公表している震度の最大値を比較して、首都直下17年報告より首都直下25年報告の方が当該値が大きいことから首都直下25年報告の地震データを用いたりして耐震性能等の評価を行っていた。
一方、5石油会社は、6製油所について、耐震化対策等に係る工事を実施するに当たり、既に首都直下25年報告が公表されており、首都直下25年報告に係る地震データとして内閣府から入手することができるものがあるにもかかわらず、手引において首都直下17年報告に係る地震データを暫定的に用いることとなっていて、首都直下25年報告に係る地震データを用いることについて貴庁から明確な指導がないことなどから、首都直下17年報告に係る地震データのみを用いて耐震性能等の評価を行っていた。そして、6製油所のうち2石油会社の2製油所の所在場所においては、首都直下17年報告より首都直下25年報告の方が工学的基盤の加速度の最大値が大きくなっていて、かつ、中央防災会議が公表している震度の最大値も大きくなるなどしていた。
このように、上記の2製油所において、首都直下地震の想定が首都直下25年報告等の趣旨に照らして十分なものとなっていない事態が見受けられた。
以上のとおり、20製油所のうち6石油会社の12製油所((1)の10製油所及び(2)の2製油所)において、大規模地震等の想定が南海トラフ報告、首都直下25年報告等の趣旨に照らして十分なものとなっていない事態が見受けられた。このため、12製油所において実施された耐震化対策等249件(補助対象事業費計295億0268万余円、国庫補助金交付額計187億8031万余円)は、大規模地震等に対して十分なものとなっていないおそれがあり、大規模地震等の発生時に、被災地等に向けた石油製品の出荷に支障を来すおそれがあると認められる。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
A石油会社は、平成26、27、29各年度及び令和元年度に、B製油所において、南海トラフ地震に備えて構内の配管を耐震化するなどの耐震化対策等9件(補助対象事業費計7億9892万余円、国庫補助金交付額計5億3019万余円)を実施している。
同社は、耐震化対策等に係る工事を実施するに当たり、基本ケース及び陸側ケースの両方で工学的基盤の加速度(基本ケース90.0gal、陸側ケース171.5gal)に基づいて地表面の加速度(基本ケース150.0gal、陸側ケース310.0gal)を推定していたが、陸側ケースの方が地表面の加速度が著しく大きいものとなっているのに、過去に実際に発生した地震に基づき設定されている方を採用すればよいと判断するなどして、基本ケースを採用して耐震性能等の評価を行っていた。
また、同社は、地表面の加速度に基づき、地盤の液状化が発生する危険度についても基本ケース及び陸側ケースの両方で検討しており、陸側ケースについては、構内の約8割の場所において液状化が発生する危険度が高いとしていた。しかし、基本ケースについては、構内において地盤の液状化が発生する危険度が高い場所はないとされたことなどから、同社は、地盤改良等の液状化対策に係る工事を実施しないことにしており、また、前記の配管を耐震化するなどの工事についても地盤の液状化が発生する危険度が高くないことを前提として実施していた。
このため、同製油所においては、大規模地震等の想定が南海トラフ報告等の趣旨に照らして十分なものとなっておらず、これに基づいて実施された前記の耐震化対策等9件は、南海トラフ地震に対して十分なものとなっていないおそれがある。したがって、南海トラフ地震の発生時に、地表面の加速度及び地盤の液状化による移動量や沈下量が耐震性能等の評価を行った際に推定した値を上回ることにより、液状化対策に係る工事を実施していない構内道路の地盤が沈下するなどしてタンクローリーが通行できなくなったり、耐震化に係る工事を実施した配管が損傷して使用できなくなったりなどして、被災地等に向けた石油製品の出荷に支障を来すおそれがあると認められる。
(改善を必要とする事態)
石油供給インフラ強じん化事業の実施に当たり、耐震性能等の評価を行う際の大規模地震等の想定について、製油所によって検討方法が区々となっており、大規模地震等の想定が十分なものとなっていない事態は適切ではなく、改善の要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、貴庁において、石油供給インフラ強じん化事業の実施に当たり耐震性能等の評価を行う際の大規模地震等の想定についての検討が十分でなく、補助事業者及び石油会社に対する指導が十分でないことなどによると認められる。
我が国では、南海トラフ地震、首都直下地震等が遠くない将来に発生する可能性があると予測されており、これらの地震による被害は甚大なものとなることが想定されている。また、大規模地震等に係る震度分布等については、今後も最新の科学的知見に基づいて見直しを行うなどの検討が行われると考えられる。
ついては、貴庁において、石油供給インフラ強じん化事業として実施する耐震化対策等について、大規模地震等に備えて石油を持続的に安定供給し得る体制の整備を図るという事業の目的が十分に達成されるよう、次のとおり意見を表示する。