政府は、水素基本戦略(平成29年再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議決定)等において、モビリティにおける水素利用の中核として燃料電池を搭載した自動車等(以下「FCV等」という。)及びFCV等に水素を供給する水素ステーションの普及を図る施策を行うこととしている。そして、水素基本戦略によれば、水素ステーションのうち、太陽光等の再生可能エネルギーにより発電した電力を使って水等から水素を製造してFCV等に供給する再生可能エネルギー由来の水素ステーション(以下「再エネ水素ステーション」という。)は、自動車等の走行時における二酸化炭素の排出抑制に加えて、水素の製造時における二酸化炭素の排出も抑制することにより、総合的な低炭素化を図るものと位置付けられている。
環境省は、FCV等の普及促進等を図り、化石燃料の燃焼に伴い排出される二酸化炭素の排出抑制に資することを目的として、平成27年度から、再エネ水素ステーションを導入する事業(以下「地域再エネ水素ステーション導入事業」という。)を実施する地方公共団体、民間事業者等に対して、27、28両年度は同省が直接に、29年度以降は公募により決定した法人(以下「執行団体」という。)を通じて補助金を交付している。
二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金(地域再エネ水素ステーション導入事業)交付要綱(平成27年環水大自発第1504096号)等(以下「交付要綱等」という。)によれば、補助金の交付対象は、再生可能エネルギーによる発電設備(以下「再エネ発電設備」という。)及び再エネ水素ステーション(参考図1参照)に係る設備機器費、設計費、設置工事費等とされている。また、事業主体等が保有等している既設の再エネ発電設備を活用することにより事業を実施することもできることとされていて、この場合は再エネ水素ステーションに係る設備機器費等のみが補助金の交付対象となることとされている。
(参考図1)
再エネ発電設備及び再エネ水素ステーションの概念図
そして、交付要綱等によれば、再エネ水素ステーションは、水素の製造の際に必要となる電力量(以下「必要電力量」という。)の全量相当分が再エネ発電設備による発電電力量(以下「再エネ発電電力量」という。)により賄われるものであることなどが補助金の交付要件とされている。この要件について、同省は、再エネ発電電力量が再生可能エネルギーの種類によっては気象条件や時間帯等に応じて大きく変動する特性があることから、一時的な再エネ発電電力量の不足分を補完して再エネ水素ステーションを安定的に稼働させるなどのために、事業主体等が電力会社等から電力を購入することを認めている。ただし、その場合でも、再エネ発電電力量の特性を踏まえた一定の期間において、必要電力量の全量相当分が再エネ発電電力量により賄われている必要があるとしている。
また、交付要綱等によれば、事業主体は、補助金の交付申請時に、再エネ水素ステーションの規模、水素を供給するFCV等の台数及び年間予定走行距離、FCV等の走行等に伴う二酸化炭素の排出削減量の見込み等を記載した事業実施計画書を作成して、同省又は執行団体による審査を受けることとされ、事業実施後3年間にわたって、毎年度末に、二酸化炭素の排出削減量の実績値を同省へ報告することとされている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、有効性等の観点から、地域再エネ水素ステーション導入事業の実施に当たり、再エネ水素ステーションの必要電力量の全量相当分が再エネ発電電力量により賄われるものであることという交付要件に関して、環境省等は、交付申請の審査及び事業実施後の実績確認を適切に行っているか、導入された再エネ水素ステーションの必要電力量の全量相当分が実際に再エネ発電電力量により賄われる状況となっているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、気象条件等に応じて大きく変動し得る再エネ発電電力量の特性を考慮して通年の状況を分析することとし、27年度から29年度までの間に実施された地域再エネ水素ステーション導入事業のうち、30年度末において再エネ水素ステーションの運用開始後1年以上が経過している17事業主体に係る19事業(再エネ発電設備を新設していた7事業及び既設の再エネ発電設備を活用していた12事業。事業費計30億4663万余円、国庫補助金交付額計22億0428万円)を対象として、環境省及び執行団体において事業の審査状況を確認したり、11事業主体に係る13事業について現地の状況を確認したりするなどして会計実地検査を行った。また、19事業に係る再エネ水素ステーションに対する電力の供給状況等に関する調書を17事業主体から徴するなどして検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
事業主体の交付申請に対する環境省及び執行団体による審査の状況をみたところ、同省は、27、28両年度においては、事業実施計画書に必要電力量及び再エネ発電電力量のいずれも記載させることとしておらず、必要電力量の全量相当分が再エネ発電電力量により賄われるものとなっているかを確認していなかった。その後、29年度以降は、事業実施計画書に必要電力量及び再エネ発電電力量を記載させることとしていたものの、執行団体は、同省の指導の下、再エネ水素ステーションを構成する装置のうち主要な装置である水素製造装置に係る必要電力量の全量相当分が再エネ発電電力量により賄われるものとなっているかを確認するにとどめていた。さらに、このうち既設の再エネ発電設備を活用することとしていた事業の審査に当たっては、既設の再エネ発電設備が従来の供給先に対する電力供給を継続しているかを考慮せずに、単に再エネ発電電力量が必要電力量の全量相当分を上回ることのみを確認していて、再エネ水素ステーションに供給できる電力の有無を確認していなかった。
また、同省は、事業実施後の毎年度末における二酸化炭素の排出削減量の実績報告に当たり、事業主体に対してFCV等の走行等に伴う二酸化炭素の排出削減量の実績値のみを報告させていて、水素製造に係る二酸化炭素の排出削減量に関する消費電力量及び再エネ発電電力量等の実績値の報告を求めておらず、必要電力量の全量相当分が再エネ発電電力量により賄われる状況となっているかを確認していなかった。
したがって、再エネ水素ステーションの必要電力量の全量相当分が再エネ発電電力量により賄われるものであることという交付要件に関して、同省等による交付申請の審査及び事業実施後の実績確認が十分に行われているとは認められなかった。
(1)の状況を踏まえて、前記の19事業により導入された再エネ水素ステーションについて、必要電力量の全量相当分が実際に再エネ発電電力量により賄われる状況となっているかを確認したところ、次のとおりとなっていた。
再エネ発電設備を新設していた7事業(事業費計12億1938万余円、国庫補助金交付額計8億5758万余円)により導入された再エネ水素ステーションについて、30年度におけるFCV等の実際の走行等に使用された水素の製造に要した消費電力量を基に、事業実施計画書で計画されたFCV等の走行等に使用される水素に相当する必要電力量を算出して、当該必要電力量を30年度の再エネ発電電力量の実績値と比較した。その結果、上記7事業のうち5事業(事業費計8億5723万余円、国庫補助金交付額計5億8596万余円)により導入された再エネ水素ステーションにおいて、当該必要電力量に対する再エネ発電電力量の実績値の割合が20.4%から93.5%(5事業平均45.4%)となっていて、再エネ発電電力量により必要電力量の一部しか賄われていない状況となっていた。
既設の再エネ発電設備を活用していた12事業(事業費計18億2724万余円、国庫補助金交付額計13億4669万余円)により導入された再エネ水素ステーションについて、導入後における再エネ発電設備に係る従来の供給先に対する電力の供給状況を確認したところ、全ての再エネ水素ステーションにおいて、既設の再エネ発電設備が従来の供給先に対する電力供給を継続していた。そして、既設の再エネ発電設備には他の供給先に対して電力を供給する余力がなかったことから、導入後において、従来の供給先に加えて新たに設置された再エネ水素ステーションで消費する電力量に相当する電力量が不足することになり、この不足分を補うために電力会社等から購入する電力量を増加させていた。このため、再エネ水素ステーションの設置により必要となった電力量の増加分は全て購入した電力により賄われていて、再エネ発電電力量により必要電力量の全量相当分が賄われていない状況となっていた(参考図2参照)。
(参考図2)
既設の再エネ発電設備を活用していた12事業における再エネ水素ステーション導入前後の電力の供給状況の変化に係る概念図
したがって、前記19事業のうち、その大多数を占める17事業(再エネ発電設備を新設していた5事業及び既設の再エネ発電設備を活用していた12事業。事業費計26億8447万余円、国庫補助金交付額計19億3266万余円)により導入された再エネ水素ステーションは、必要電力量の全量相当分が再エネ発電電力量により賄われていない状況となっていた。
(2)のとおり、導入された再エネ水素ステーションの大多数において必要電力量の全量相当分が再エネ発電電力量により賄われるものであるという交付要件を満たしていなかったが、環境省は、このような状況及び原因を把握していなかった。そこで、本院が必要電力量の全量相当分が再エネ発電電力量により賄われていなかった原因を確認するために、前記の19事業により導入された再エネ水素ステーションの実績値を用いて、再エネ水素ステーションの必要電力量を算出する前提となる水素製造量と消費電力量との関係等を分析したところ、次のとおりとなっていた。
前記の19事業により導入された再エネ水素ステーションの30年度における水素製造量及び消費電力量の実績値を基に、水素の製造1㎏当たりの消費電力量を算出したところ、平均で191kWhとなっていたが、最小で90kWh、最大で541kWhと約6倍の開差があり区々となっていた。
(1)のとおり、事業実施計画書の審査に当たって、執行団体は、環境省の指導の下、再エネ水素ステーションを構成する装置のうち主要な装置である水素製造装置に係る必要電力量の全量相当分が再エネ発電電力量により賄われるものとなっているかを確認するにとどめていた。そこで、前記19事業のうち、30年度における水素製造装置のみに係る消費電力量を把握することができた16事業について、再エネ水素ステーションを構成する装置全体の消費電力量と水素製造装置のみに係る消費電力量とを比較したところ、全ての再エネ水素ステーションにおいて、水素製造装置以外の装置においても相当量の電力が消費されており、装置全体の消費電力量は水素製造装置のみに係る消費電力量の1.5倍から6.1倍と区々となっていた。
上記のとおり、19事業により導入された再エネ水素ステーションについて、水素の製造1㎏当たりの消費電力量や、装置全体の消費電力量と水素製造装置のみに係る消費電力量の割合が事業ごとに区々となっており、確認した範囲でこれらの状況に規則性は認められなかった。これらの状況について、同省は、再エネ水素ステーションの消費電力量が設置場所の地理的条件、利用状況等に応じて大きく変動することが一因と考えられるが、現状では、特定の条件下での水素製造量と消費電力量との関係に係る十分な実証データの蓄積がないため、必要電力量を明確に把握できていないなどとしている。
したがって、地域再エネ水素ステーション導入事業は、交付申請の審査に当たり、必要電力量を明確に把握できないことから、事業を適切に実施していく上で解決すべき技術的な課題があると認められた。
以上のとおり、地域再エネ水素ステーション導入事業の実施に当たり、環境省等において交付申請の審査及び事業実施後の実績確認が十分に行われておらず、導入された再エネ水素ステーションの大多数において必要電力量の全量相当分が再エネ発電電力量により賄われていないまま事業が実施されていた事態は適切ではなく、再エネ水素ステーションの必要電力量を明確に把握できていないという技術的な課題があることも踏まえると、事業の継続の可否を含めた抜本的な見直しを行うなどの改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、環境省において、地域再エネ水素ステーション導入事業の実施に当たり、交付申請の審査及び事業実施後の実績確認を的確に行うことや、その前提として、水素製造量と消費電力量に関する実証データに基づき必要電力量を把握することの重要性についての認識が欠けていたことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、環境省は、地域再エネ水素ステーション導入事業について、事業の継続の可否を含めた抜本的な見直しを行うこととし、専門家の見解を聴取して技術情報を収集するなどして検討を行った。その結果、現状の技術的な知見では、必要電力量を適切に把握し、最適な再エネ発電設備の規模を想定することが困難であるなどの結論に至ったことから、地域再エネ水素ステーション導入事業を令和2年度から廃止するとともに、再エネ水素ステーションによる総合的な低炭素化が適切に図られるよう、2年8月から、将来の同種事業の効果的な実施に資するために、地域再エネ水素ステーション導入事業により導入された再エネ水素ステーションを活用するなどして必要電力量を適切に把握するための技術的な検証を行うこととする処置を講じた。なお、同省は、元年10月及び2年5月に、必要電力量の全量相当分が再エネ発電電力量により賄われていなかった再エネ水素ステーションについて、再エネ発電電力量の不足により削減できなかった二酸化炭素の排出量に相当するJ―クレジットの購入(注)等を事業主体に対して要請した。