国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下「機構」という。)は、文部科学省からの委託を受けて、海洋表層二酸化炭素濃度(以下「CO2濃度」という。)の観測空白域である南太平洋等で、CO2センサー(注1)搭載型漂流ブイ(以下「ブイ」という。)による観測を行う地球環境保全試験研究調査委託事業を平成28年度から令和元年度まで毎年度実施している。当該事業は、ブイを海洋に投入し、海洋表層のCO2濃度の観測を実施して、気候変動予測の確度向上に寄与するとともに、最適なブイの投入地点を決定するための観測システムを構築するものである。
機構は、上記事業の実施に当たり、平成28年度から令和元年度までの各年度に、「CO2センサー搭載型漂流ブイの製作」に係る請負契約(以下「製作契約」という。)計4契約(調達数量計25基、契約金額計70,018,020円)を、一般競争契約等により日油技研工業株式会社(以下「会社」という。)と締結している。また、各年度の製作契約の仕様書において、CO2センサーの測定精度等のブイの性能に関する要件のほか、納入時の提出書類として、会社が実施した機能試験等のデータ(以下「試験データ」という。)を記載した試験成績書、承認図一式、取扱説明書(以下「試験成績書等」という。)が定められている。
機構は、契約事務について、請負契約等監督検査規則(平16規則第53号)等(以下「監督検査規則等」という。)に基づき、監督員及び検査員を指名している。
監督検査規則等によれば、監督員は、仕様書等に基づき、当該契約の履行に必要な書類を審査するなど、契約の適正な履行を確保するために必要な監督を行い、契約の相手方に必要な指示をするものとされている。そして、仕様書等に適合しないと認めるときなどは、契約の相手方に対し、必要な指示をしなければならないこととされている。また、履行期限までに完成する見込みがないと認めるとき、その他契約の相手方が契約を適正に履行しないおそれがあると認めるときなど、契約の履行について疑義等がある場合には、意見を付して契約担当役に報告しなければならないこととされている。そして、前記の4契約に係る監督員については、研究員が指名されている。
また、監督検査規則等によれば、検査員は、契約の給付の終了を確認するため、仕様書等に基づき、当該給付の内容について検査を行わなければならないこととされている。そして、品質、性能、動作確認等により、また、仕様書に記載された提出書類の検査等により、給付の内容が仕様書等の内容に適合しているか否かの検査(以下「完了検査」という。)を行い、適合しないものであると認めたときは、その旨及び必要と認める措置についての意見を検査調書に記載して契約担当役に提出しなければならないこととされている。そして、前記の4契約に係る検査員については、平成28年度から30年度までは研究員が、令和元年度は事務職員が指名されている。
前記の4契約のうち、平成30、令和元両年度の製作契約について、元年12月に会社から機構に対して、不正な試験データをねつ造していた旨の報告があった。これを受けて、機構は、会社に詳細な調査を依頼し、その結果、会社が他の試験データを流用するなどして偽装した試験データを機構に提出していたことが判明した。そこで、本院は、合規性等の観点から、製作契約に係る監督及び完了検査は監督検査規則等に基づき適正に行われているかなどに着眼して、前記の4契約を対象として、機構本部において、契約書、仕様書、提出書類等を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、機構から資料の提出を受けてその内容を確認するなどして検査した。
検査したところ、次のとおり適正とは認められない事態が見受けられた。
監督員は、平成28、29両年度の製作契約の履行期間中において、履行期限までに、CO2センサーの測定精度等のブイの性能が仕様を満たしているか確認するため、機能試験等を実施するよう会社に対して要求し、随時、試験データ等の提出を受けて確認を行うことになっていた。
しかし、上記製作契約(28年度ブイ製作数7基、契約金額17,917,200円、29年度ブイ製作数6基、契約金額17,288,640円、両年度計13基、計35,205,840円)のうち、28年度のブイ4基及び29年度のブイ3基、両年度ブイ計7基について、監督員は、試験データが仕様を満たしていないことなどを履行期限前に会社からの報告等により確認し、履行期限までに仕様を満たすブイが納入されないことを認識していながら、契約担当役に報告していなかった。そして、上記のブイ7基に29年度分の残りのブイ3基を加えた計10基を、一旦納入し、回収した後、履行期限後に再校正(注2)を行った上で再納入するよう指示するなどしていた。これを受けて、会社は、上記の指示に従って履行期限から約2か月から3か月後に再納入していた。
また、検査員は、28、29両年度の製作契約に係る上記のブイ13基における完了検査において、仕様書に記載された試験成績書等の提出書類のうち、28年度は7基分の試験成績書が、29年度は承認図一式と3基分の試験成績書が実際には提出されていなかったにもかかわらず、ブイが一旦納入された際、当該提出書類の確認を全く行っていなかった。そして、検査員は、給付の内容が仕様書等の内容に適合しているか確認しないまま、検査調書を自ら作成せずに、事務支援職員に作成させた検査結果を合格とした検査調書を契約担当役へ提出させ、これに基づき、契約金額全額が支払われていた。
(1)と同様に監督員は、平成30、令和元両年度の製作契約の履行期間中において、履行期限までに、機能試験等の実施を会社に対して要求し、試験データ等の提出を受けて確認を行うことになっていた。
しかし、上記の製作契約(平成30年度ブイ製作数6基、契約金額17,382,600円、令和元年度ブイ製作数6基、契約金額17,429,580円、両年度計12基、計34,812,180円)について、監督員は、履行期限までに、30年度において全部の項目の試験データを受領していなかったり、令和元年度において新しく追加した項目の試験データを除いて従前からの継続的項目の試験データを受領していなかったりしていて、ブイの性能が仕様を満たしているか適切に確認を行っていなかった。
さらに、上記のうち平成30年度の製作契約に係るブイ6基について、監督員は、機能試験等の実施が履行期限までに間に合わないことを会社からの報告により確認し、履行期限までに機能試験等が実施されたブイが納入されないことを認識していながら、契約担当役に報告せずに、一旦納入した後に回収して、機能試験等を実施後、再納入するという会社からの申出を了承していた。これを受けて、会社は、上記申出のとおりに履行期限から約2週間から2か月後に再納入及び再々納入していた。
また、30年度の製作契約に係るブイ6基における完了検査については、(1)と同様に、検査員は、給付の内容が仕様書等の内容に適合しているか確認しないまま、検査調書を自ら作成せずに、事務支援職員に作成させた検査結果を合格とした検査調書を契約担当役へ提出させ、これに基づき、契約金額全額が支払われていた。さらに、令和元年度のブイ6基については、機構は、検査員に指名した職員にその旨の通知を行っていなかった。このため、上記の職員は、自らが検査員に指名されていることを認識せずに、提出書類の確認等を全く行っていなかった。そして、事務支援職員が作成した検査結果を合格とした検査調書が契約担当役に提出され、これに基づき、契約金額全額が支払われていた。
なお、前記試験データの偽装があった平成30、令和元両年度の製作契約で製作されたブイ12基のうち、元年12月の会計実地検査時点で海洋投入されていた計10基については、観測データの信頼性が確保されていないなどの理由により、2年9月まで研究にほとんど活用されていないままの状態であった。また、残り2基については、CO2センサーの測定精度が仕様で定める基準から大きく外れているとして、再校正を行うため会社に返送されていたが、会社が再校正を実施していた間に、上記の試験データ偽装行為が発覚したことから、同月時点においても海洋に投入されていなかった。そして、上記の事態について、機構では会社への損害賠償等の対応を検討している。
したがって、本件4契約は、監督及び完了検査が適正でなかったため、仕様を満たさないなどのブイが納入されていたにもかかわらず、契約金額全額が支払われていて、本件4契約の支払額70,018,020円は不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、会社において契約を適正に履行していなかったことにもよるが、機構において監督検査規則等を遵守することや契約の適正な履行の確保に対する認識が著しく欠けており監督及び完了検査を適正に行っていなかったこと、監督員及び検査員に対する教育や指導等が十分でなかったことなどによると認められる。