警察庁は、その業務に係る防災に関して国家公安委員会・警察庁防災業務計画(昭和38年6月作成。以下「防災業務計画」という。)を作成しており、これによれば、警察庁、都道府県警察本部及び管内警察署等の警察施設は、災害時に災害警備本部等を設置するなど、災害応急対策の拠点として機能することが求められているとともに、災害発生時の電源確保のために、非常用電源設備の整備に努めることとされている。
非常用電源設備のうち、非常用発電設備は、商用電源が途絶えた場合でも警察施設の機能を維持するために、無線設備のほかに、非常用の照明及びコンセント、警察の業務システム、交通管制機器等に電力を安定して供給し、数日間稼働することが想定されている。
商用電源が途絶えた場合でも電力を安定して供給し続けるためには、非常用発電設備のほかに、非常用発電設備に燃料を供給する燃料ポンプ、受変電設備及び分電盤(以下、これらを合わせて「非常用発電設備等」という。)の全てが水害時の浸水等により損傷しない状態を保つ必要がある。非常用発電設備等は、警察施設の一部として設置され、非常用発電設備等を含む警察施設は国庫による支弁又は補助の対象となっている。
また、警察庁は、都道府県警察本部を中心に警察署、警察車両及び警察職員等の間で通信を行うことができるシステムを全国で運用しており、警察施設に無線機を設置して、事件、事故又は災害がどこで発生しても対応できるようにしている。
上記の無線機には、大別して県内系無線機と署活系無線機の2種類があり、警察施設内に固定して設置されているものがある。これらに加え、警察施設間で有線の回線を使用して通信を行うための電子交換機が設置されている(以下、警察施設内に固定して設置されている県内系無線機、署活系無線機及び電子交換機を合わせて「通信機器」という。)。そして、通信機器は、国庫によって支弁されている。
防災業務計画によれば、水害のおそれのある区域に所在する警察施設については、非常用電源設備、通信機器の設置場所を想定浸水深より高い位置とするなど、水害に対する対応力を強化することとされている。
そして、警察庁は、これまでに警察施設の建替えや耐震改修を行うなど、警察施設の耐災害性向上のための取組を進めること、警察の通信機器の機能を維持するために、機能維持に向けた耐災害性の強化に資する整備を推進することのほか、警察施設の建替えや通信機器の更新等の機会を捉え、非常用発電設備等及び通信機器の警察施設上層階への設置、移転等の浸水対策を推進するよう指導してきている。
洪水等の発生時においても建築物の機能継続を確保するため、建築物の電気設備の浸水対策を講ずる際の参考となるよう「建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン」(令和2年6月国土交通省住宅局建築指導課、経済産業省産業保安グループ電力安全課。以下「ガイドライン」という。)がまとめられている。これによれば、浸水対策を講ずる際の目標水準の設定について、地方公共団体が公表するハザードマップ等は、平均して1,000年に1度の割合で発生するような想定し得る最大規模の降雨等を前提とした想定浸水深等が提示されている。このため、これらを前提に対策を直ちに講ずることが困難なケースも想定され、そのような場合には、平均して100年から200年に1度の割合で発生する降雨を前提とした洪水浸水想定区域図や浸水実績等を調査することにより、より高い頻度で発生し得る洪水等の規模を目標水準として浸水対策を行うことも想定されている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
警察施設は、前記のとおり、災害発生時に、災害応急対策の拠点として機能することが求められる施設であり、その機能の維持には、設置されている非常用発電設備等や通信機器が重要な設備となっており、耐災害性の強化に資するための浸水対策に取り組んでいくことが重要である。
そこで、本院は、効率性、有効性等の観点から、警察施設が災害応急対策の拠点として水害時に機能を維持するために、非常用発電設備等及び通信機器の浸水対策が効率的、効果的に実施されているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、51都道府県警察等(注1)の警察施設のうち、地方公共団体が公表しているハザードマップ上において、洪水等の水害により浸水するおそれのある区域に所在し、非常用発電設備等が設置されている588施設(非常用発電設備等を含む警察施設のうち、機動隊庁舎等の国庫により支弁された25施設の令和2年度末国有財産台帳価格計72億4671万余円、警察署等の国がその一部を補助している563施設の令和2年度末資産価額計4250億6234万余円、563施設の資産価額に対する国庫補助金相当額(注2)計845億8740万余円)及び、このうち通信機器が設置されている572施設の通信機器(令和2年度末物品管理簿価格計79億9467万余円)を対象として、5県警察(注3)において、管内の浸水対策の取組状況及び図面等の関係書類により、浸水対策の実施状況を現地確認するなどして会計実地検査を行うとともに、上記の5県警察を含む51都道府県警察等から令和2年度末時点の状況について調書の提出を受けて、その内容を分析するなどの方法により検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
前記51都道府県警察等の588施設のうち270施設は、具体的な建替えの予定がなく、かつ、非常用発電設備等又は通信機器がハザードマップの想定浸水深より低い位置に設置されていて、水害による浸水によって影響を受ける可能性がある状況となっていた。
そこで、51都道府県警察等における浸水対策の取組状況についてみると、9都県警察(注4)では、既存の警察施設に対して、施設の重要度や浸水の影響を考慮して対策の優先順位を定めたり、ガイドラインの考え方を踏まえ、直ちにハザードマップを前提とした浸水対策が困難な場合でも、より高い頻度で発生し得る洪水等に対応するために止水板を設置したりするなど、建替えなどによらない浸水対策の計画を策定して、対策を効率的に実施していく取組が行われていた。
一方、残る42道府県警察等(注5)では、警察庁の都道府県警察等に対する前記の指導が警察施設の建替えや通信機器の更新等の機会を捉えた浸水対策にとどまっていたことから、ハザードマップによる想定浸水深への対応として、警察施設の建替えや通信機器の更新等の機会を捉えて浸水対策を実施又は検討しているものの、既存の警察施設について浸水対策の計画を策定して対策を効率的に実施していくなどの取組は行われていなかった。
上記の42道府県警察等における警察施設の浸水対策の実施状況及び水害によりハザードマップの想定浸水深まで浸水した場合の具体的な影響についてみると、40道府県警察等(注6)の218施設において、想定浸水深より低い位置に設置されている非常用発電設備等について浸水対策が実施されていなかったり、非常用発電設備は想定浸水深より高い位置に設置されているものの、燃料ポンプ、受変電設備、分電盤に対する効果的な浸水対策が実施されていなかったりしていた。このため、浸水により非常用発電設備等が損傷する可能性がある状況となっていた(非常用発電設備等を含む警察施設のうち、機動隊庁舎等の国庫により支弁された4施設の令和2年度末国有財産台帳価格計24億2503万余円、警察署等の国がその一部を補助している214施設の令和2年度末資産価額計939億6681万余円、214施設の資産価額に対する国庫補助金相当額計186億9939万余円)。
上記について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
A県警察B警察署(令和2年度末の非常用発電設備等を含む警察施設の資産価額11億7209万余円、資産価額に対する国庫補助金相当額2億3324万余円)では、非常用発電設備、受変電設備及び通信機器が想定浸水深より高い位置に設置されており、水害による浸水により損傷する可能性はないと判断していた。しかし、燃料タンクから非常用発電設備に燃料を汲み上げる燃料ポンプが地下に設置されており、これについて浸水対策が実施されていないため、浸水によって燃料ポンプが損傷する可能性がある状況となっていた。
また、前記42道府県警察等のうち、23道府県警察等(注7)の46施設において、通信機器が想定浸水深より低い位置に設置されており、浸水対策が実施されていないため、上記の非常用発電設備等と同様に浸水により通信機器が損傷する可能性がある状況となっていた(通信機器の令和2年度末物品管理簿価格計2億1190万余円)。なお、前記の非常用発電設備等が損傷する可能性がある218施設と上記の通信機器が損傷する可能性がある46施設は一部重複する(純計228施設)。
このように、道府県警察等において、既存の警察施設の浸水対策の計画を策定して対策を効率的に実施していく取組が行われていなかった事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、警察庁において、都道府県警察等に対し、警察施設の建替えや通信機器の更新等の機会に際しては浸水対策を行うよう指導してきたものの、既存の警察施設について、浸水するおそれや浸水被害等を調査し、浸水対策の計画を策定して対策を効率的に実施していく取組に関する指導が十分でなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、警察庁は、3年9月に、都道府県警察に対して通達を発するなどして、次のような処置を講じた。
ア 既存の警察施設について、浸水のおそれ及び想定される浸水被害等の的確な調査等を実施して、その結果を踏まえ、ガイドラインを参照して非常用発電設備等及び通信機器に対して講ずべき対策を検討し、浸水対策の計画を策定して対策を効率的に実施するとともに、これらの計画を最新の情報に応じて見直していくように指導した。
イ アの指導により都道府県警察が策定した浸水対策の計画等を継続的に確認するなどして適切に指導することとした。