平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴い、東京電力株式会社(28年4月1日以降は東京電力ホールディングス株式会社。以下「東京電力」という。)の福島第一原子力発電所において発生した事故(以下「福島第一原発事故」という。)により、大量の放射性物質が放出された(以下、福島第一原発事故により放出された放射性物質を「事故由来放射性物質」という。)。そして、都道府県及び市町村は、事故由来放射性物質により汚染された土壌等の除染、風評被害対策、周辺地域対策、子どもの教育環境の整備等(以下、これらを合わせて「原発関係事業」という。)の様々な事業を地方単独事業として実施している。
総務省は、地方交付税法(昭和25年法律第211号。以下「交付税法」という。)に基づき、地方団体(注1)の財源の均衡化を図り、交付基準の設定を通じて地方行政の計画的な運営を保障することにより、地方団体の独立性を強化することなどを目的として、地方交付税交付金(以下「地方交付税」という。)を交付している。地方交付税には、普通交付税及び特別交付税があり、このうち、特別交付税は、普通交付税の額の算定方法によっては捕捉されなかった特別の財政需要があることなどにより、普通交付税の額が財政需要に比して過少であると認められる地方団体に交付されている。このほか、総務省は、交付税法及び「東日本大震災に対処する等のための平成二十三年度分の地方交付税の総額の特例等に関する法律」(平成23年法律第41号)に基づき、東日本大震災に係る災害復旧事業、復興事業その他の事業の実施のために特別の財政需要があることなどを考慮して地方団体に対して特別交付税を23年度から交付している(以下、この特別交付税を「震災復興特別交付税」という。)。
そして、特別交付税及び震災復興特別交付税のうち、原発関係事業を対象とするもの(以下、原発関係事業を対象とする特別交付税を「原発関係特別交付税」、同震災復興特別交付税を「原発関係震災復興特別交付税」といい、両者を合わせて「両特別交付税」という。)は、表のとおりとなっていて、算定対象や交付の対象となる地方団体が異なっている。
表 原発関係事業を対象とする特別交付税等
区分 | 根拠法令 | 算定対象 | 交付の対象となる地方団体 |
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原発関係特別交付税 | 交付税法 | 事故由来放射性物質により汚染された土壌等の除染、風評被害対策及び周辺地域対策の事業に要する経費 | 特定県注(2)、特定市町村注(3)に限定されない |
特別交付税に関する省令 (昭和51年自治省令第35号) |
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原発関係震災復興特別交付税 | 交付税法 | 事故由来放射性物質により汚染された土壌等の除染、風評被害対策、子どもの教育環境の整備等の事業に要する経費 | 特定県、特定市町村 |
東日本大震災に対処する等のための平成二十三年度分の地方交付税の総額の特例等に関する法律 | |||
地方団体に対して交付すべき平成二十三年度分の震災復興特別交付税の額の算定方法、決定時期及び決定額並びに交付時期及び交付額の特例等に関する省令(平成23年総務省令第155号)等注(1) |
総務省は、両特別交付税の算定額について、それぞれ、都道府県から総務省の定める様式によって作成された特別交付税の額の算定に用いる資料その他総務省の定める資料(以下、原発関係特別交付税に係るものを「特交算定資料等」、原発関係震災復興特別交付税に係るものを「震災特交算定資料等」といい、両者を合わせて「算定資料等」という。)の提出を受けて地方団体の負担額を調査し、これに基づき決定している(両特別交付税の交付を受ける市町村の算定資料等は都道府県に提出され、都道府県から総務省に提出されている。)。算定資料等は、両特別交付税の算定対象となる事業を実施する年度における事業の進捗状況等に応じて、実績又は予算額等に基づく見込みにより地方団体の負担額を記載するもので、地方団体は同年度中に総務省に提出することとなっている。
特別交付税に関する省令(昭和51年自治省令第35号)によれば、総務大臣は、前年度以前の特別交付税の額の算定額について、必要な経費の見込額等により算定した額が実際に要した経費を著しく上回り、又は算定の基礎に用いた数について誤りがあることなどにより特別交付税の額が過大に算定されたと認められるときは、総務大臣が調査した額を当該年度の特別交付税の額の算定額から控除(以下「減額調整」という。)することとされている。そして、総務省は、地方団体から「特別交付税の額の算定に用いた資料の誤りに関する調」(以下「算定誤り調」という。)により過大に算定された額を報告させて、これを基に前年度以前の特別交付税の額について減額調整を行っている。なお、総務省は、算定誤り調による減額調整の対象となる期間(以下「減額調査期間」という。)について、普通交付税に準じて、算定年度を含む5か年度以内としている。
また、交付税法等によれば、総務大臣は、前年度以前に算定した震災復興特別交付税の額について、必要な経費の見込額等により算定した額が実際に要した経費を上回り、又は下回ることなどにより震災復興特別交付税の額が過大又は過少に算定されたと認められるときは、当該過大算定額又は過少算定額に相当する額を当該年度の9月分又は3月分の交付額から減額又は当該額に加算(以下「過大過少算定」という。)するなどとされている。そして、総務省は、地方団体から震災特交算定資料等により前年度以前の算定額に係る過大又は過少に算定された額を報告させて、これを基に震災復興特別交付税の額について過大過少算定を行っている。
「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」(平成23年8月原子力損害賠償紛争審査会策定。以下「中間指針」という。)によれば、「本件事故と相当因果関係のある損害、すなわち社会通念上当該事故から当該損害が生じるのが合理的かつ相当であると判断される範囲のものであれば、原子力損害に含まれると考える」こととされている。
東京電力は、中間指針を踏まえて、25年7月、29年5月及び令和2年4月に作成した「地方公共団体さまへの賠償に係るご案内」(以下「賠償案内」といい、中間指針と合わせて「中間指針等」という。)において、水道・工業用水道事業、下水道・集落排水事業、廃棄物処理事業等に係る追加的費用等の賠償項目について、必要かつ合理的な範囲が賠償対象となり、賠償請求の受付は、過年度に実施した事業に係る経費を対象として行うなどとしている。そして、地方公共団体は、中間指針等を踏まえて、多くの場合、事業実施年度の翌年度以降に東京電力に対して賠償請求を行っており、東京電力は、賠償請求の内容について福島第一原発事故との相当因果関係があるなどと認められた場合には、賠償案内に基づき、地方公共団体に対して賠償に合意する旨の通知を発した上で賠償金を支払っている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
福島第一原発事故に伴い地方公共団体が実施した原発関係事業についての東京電力に対する賠償請求は、多くの場合、事業実施年度の翌年度以降に行われている。このため、両特別交付税の額の算定対象となっている原発関係事業については、都道府県及び市町村が算定資料等に記載した都道府県及び市町村の負担額が東京電力からの賠償金を見込んだ額となっていない場合に東京電力から賠償金の支払を受けると、都道府県及び市町村の実際の負担額が減少することとなり、減額調整又は過大過少算定を行う必要が生ずることが見込まれる。
そこで、本院は、合規性、経済性等の観点から、両特別交付税の額の算定対象となった経費について減額調整及び過大過少算定が適切に行われているかなどに着眼して、11県(注2)及び12都県(注3)管内の397市町村に係る平成23年度から30年度までの間に交付された原発関係特別交付税68億3831万余円及び原発関係震災復興特別交付税444億9724万余円、計513億3556万余円を対象として、調書を分析するなどの方法により検査するとともに、このうち3県(注4)及び2県(注5)管内の2市において、原発関係特別交付税計3億0796万余円を対象として、特交算定資料等を確認したり、総務省において担当者から説明を聴取したりするなどの方法により会計実地検査を行った。
(検査の結果)
令和元年度までの減額調整及び過大過少算定の状況について検査したところ、原発関係特別交付税については、3県(注6)及び7都県管内の53市町村(注7)(平成23年度から30年度までの各年度に算定した原発関係特別交付税交付額計3億5459万余円)において、また、原発関係震災復興特別交付税については、2県(注8)及び5県管内の12市町(注9)(23年度から30年度までの各年度に算定した原発関係震災復興特別交付税交付額計3088万余円)において、減額調査期間中又は原発関係震災復興特別交付税の交付後に東京電力から賠償金の支払を受けたことにより、算定額がそれぞれ過大になっていた。しかし、これらの県及び市町村が、これを算定誤り調又は震災特交算定資料等により総務省に報告していなかったため減額調整又は過大過少算定が行われておらず、原発関係特別交付税計3億1917万余円、原発関係震災復興特別交付税計3130万余円の交付が過大となっていた。
そして、上記の各県及び各市町村は、次の理由等により、減額調査期間中又は震災復興特別交付税の交付後に東京電力から賠償金の支払を受けたことにより両特別交付税の算定額が過大になったことを、算定誤り調又は震災特交算定資料等により総務省に報告していなかったとしていた。
このように、各県及び各市町村が東京電力から賠償金の支払を受けたことにより算定額が過大になっていたのに減額調整又は過大過少算定を行っておらず、両特別交付税の交付が過大となっていた事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、各県及び各市町村において、東京電力から賠償金の支払を受けたことにより両特別交付税の算定額が過大になった場合における減額調整又は過大過少算定を行うための報告の必要性についての認識が欠けていたことなどにもよるが、総務省において、次のことなどによると認められた。
ア 都道府県及び市町村に対して、原発関係特別交付税について、東京電力から賠償金の支払を受けたことにより算定額が過大になった場合に、算定誤り調により報告する必要があることを明確に示していなかったこと
イ 原発関係震災復興特別交付税について、東京電力から賠償金の支払を受けたことにより算定額が過大になった場合に、震災特交算定資料等により報告する必要があることを震災特交算定資料等の書式に注記するなどしていたものの、過大になった算定額を確認し報告する手順を示していなかったこと
上記についての本院の指摘に基づき、総務省は、次のような処置を講じた。
ア 東京電力から賠償金の支払を受けたことにより過大となっている原発関係特別交付税(減額調査期間中のものに限る。)及び原発関係震災復興特別交付税について、令和2年度に県及び市町村から報告を受けて2384万余円の減額調整及び2796万余円の過大過少算定を同年度中に行うとともに、3年9月に都道府県に対して通知を発し、両特別交付税の算定に向け3年度中に報告を受けて減額調整又は過大過少算定を行う残りの額を県及び市町村との間で確認した。
イ 3年9月に都道府県に対して通知を発するなどして、東京電力から賠償金の支払を受けたことにより両特別交付税の算定額が過大になった場合に、減額調整又は過大過少算定が適切に行われるよう、次のことなどについて都道府県及び市町村に周知徹底した。
(ア) 原発関係特別交付税について、東京電力から賠償金の支払を受けたことにより算定額が過大になった場合には算定誤り調により報告を行う必要があること
(イ) 両特別交付税について、算定対象となった原発関係事業のうち東京電力に対する賠償請求を行ったものに係る賠償金の支払状況等について交付税担当部局と事業担当部局との間で情報共有を図るとともに、新たに算定資料等の書式に設けた点検項目欄を活用するなどして、東京電力から賠償金の支払を受けたことにより過大になった算定額を適切に報告すること