【改善の処置を要求したものの全文】
所得税の申告における倒産防止共済特例の適用に伴う返戻金額の収入計上に係る審査体制の整備等について
(令和3年10月11日付け 国税庁長官宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
租税特別措置法(昭和32年法律第26号。以下「措置法」という。)による租税特別措置の一つに、独立行政法人中小企業基盤整備機構(以下「機構」という。)が、中小企業倒産防止共済法(昭和52年法律第84号)等に基づき実施する中小企業倒産防止共済事業に係る基金に充てるための同法第2条第2項に規定する共済契約(以下「共済契約」という。)に係る掛金を支出した場合の特例(措置法第28条第1項第2号及び第66条の11第1項第2号。以下「倒産防止共済特例」という。)がある。
所得税法(昭和40年法律第33号)及び法人税法(昭和40年法律第34号)に基づく取扱いでは、共済契約に係る掛金納付額を必要経費又は損金の額に算入すること(以下「経費計上」という。)は認められていない。ただし、倒産防止共済特例を適用した場合には、個人又は法人がそれぞれ各年又は各事業年度において支出した共済契約に係る掛金納付額を、それぞれその支出した日の属する年分の事業所得又は事業年度の所得の金額の計算において経費計上を認めることとなっている。
措置法第28条第2項及び第66条の11第2項の規定によれば、確定申告書等に措置法第28条第1項及び第66条の11第1項に規定する金額の経費計上に関する明細書の添付がない場合には、原則として倒産防止共済特例を適用しないこととされている。これは、「公平・中立・簡素」という税制の基本原則の例外措置として設けられている租税特別措置の適用は、税負担の軽減等に見合う政策効果が期待できる場合に限定する必要があるという租税特別措置の意義等を踏まえて、申告時における納税者の意思表示が必要であるという趣旨によるものとなっている。
また、個人及び法人の共済契約に係る機構の平成27事業年度から30事業年度までの間の共済事業掛金等収入は表1のとおり多額となっており、30年の個人の掛金納付者数は40,718者(掛金納付額計277億9951万円)となっている。
表1 共済事業掛金等収入及び年度末在籍件数の推移 (単位:百万円、件)
平成27事業年度 | 28事業年度 | 29事業年度 | 30事業年度 | |
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共済事業掛金等収入 | 241,619 | 268,552 | 295,935 | 314,372 |
年度末在籍件数(注) | 402,384 | 430,093 | 458,965 | 484,248 |
共済契約を解約した場合には、解約者に対して解約手当金(以下「返戻金」という。)が支給されることとなっている。そして、倒産防止共済特例を適用した場合には、返戻金の額を総収入金額又は益金の額に算入すること(以下「収入計上」という。)となっている。
また、個人及び法人の共済契約に係る機構の27事業年度から30事業年度までの間の返戻金の支給額は表2のとおり多額となっており、28年から30年までの間の個人の任意解約者(返戻金を受け取った者。以下同じ。)数は9,349者(返戻金額計204億5078万余円)となっている。
表2 返戻金の支給額及び支給件数の推移(単位:百万円、件)
平成27事業年度 | 28事業年度 | 29事業年度 | 30事業年度 | |
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返戻金の支給額 | 63,825 | 74,835 | 89,891 | 108,208 |
支給件数 | 21,273 | 22,423 | 24,236 | 26,400 |
貴庁は、所得税の申告に当たり、「国税庁の事務の実施基準及び準則に関する訓令」(平成13年財務省訓令第12号)に基づき、法令解釈通達により確定申告書の様式を定めた上で、当該様式を貴庁のウェブサイトに掲載している。これに基づき、納税者は、自己の収入及び経費並びに租税特別措置の適用の有無について、適切に申告することとなっている。そして、所得税の申告において必要となる租税特別措置に係る明細書の様式も同通達に定められているが、倒産防止共済特例の適用に関する納税者の意思表示に必要な記載項目を示した明細書の様式は、同通達や他の法令等で定められていない。一方、法人税の申告においては、倒産防止共済特例の適用に関する納税者の意思表示に必要な記載項目を示した明細書の様式が法人税法施行規則(昭和40年大蔵省令第12号)により定められている。
また、納税者から提出された確定申告書等について、税務署において書面審査を行うなどの際に必要となる資料を関係機関等から収集するための制度として、所得税法等に基づく各種支払調書や、国税通則法(昭和37年法律第66号)第74条の12第1項に基づき官公署等に対して協力要請等を行う資料情報制度がある。税務署は、納税者から提出された確定申告書や同制度により収集した資料等に基づき、返戻金額の収入計上が適切に行われているかなどについて書面審査を行い、その結果、税務上の処理に疑義があるなど必要がある場合には、行政指導や税務調査による事実確認等を行うことになっている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
前記のとおり、共済契約に係る共済事業掛金等収入及び返戻金の支給額は多額となっている。
そこで、本院は、合規性、有効性等の観点から、所得税の申告において倒産防止共済特例の適用に係る個人の納税者の適切な申告を担保するための措置は執られているか、返戻金額の収入計上に係る審査を適切に行うことができるような審査体制が整備されているかなどに着眼して検査した。
検査に当たっては、機構から30年の個人の掛金納付者40,718者(掛金納付額計277億9951万円)及び28年から30年までの間の個人の任意解約者9,349者(返戻金額計204億5078万余円)に係る資料の提出を受けた上で、このうち34税務署(注1)が所轄する30年の個人の掛金納付者1,669者(掛金納付額計13億4089万円)及び28年から30年までの間の個人の任意解約者464者(返戻金額計12億1840万余円)を対象に、27税務署(注2)において所得税の確定申告書等を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、7税務署(注3)から上記と同様の書類の写しの提出を受けて、その内容を確認するなどして検査した。そして、貴庁において、倒産防止共済特例の適用に係る個人の納税者の適切な申告を担保するための措置の実施状況や返戻金額の収入計上に係る審査体制の整備等の状況について説明を聴取するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
前記のとおり、所得税の申告においては、倒産防止共済特例の適用に関する納税者の意思表示に必要な記載項目を示した明細書の様式が定められていない。そして、貴庁は、確定申告書及び確定申告書の添付書類において、①倒産防止共済特例に係る基金への拠出の事実が客観的に分かる記載(以下「特例適用の旨の記載」という。)及び②倒産防止共済特例に係る基金への負担金の額が他の必要経費科目に係る金額と明確に区分できる記載(以下「特例適用額の記載」という。)がある場合、明細書の添付と同様の適用の意思表示に必要な記載があるものとし、これを適用の意思表示として認めていた。
しかし、貴庁は、上記適用の意思表示に係る考え方について納税者等に対して周知するなど、個人の納税者の適切な申告を担保するための措置を執っていなかった。
そこで、前記の掛金納付者1,669者から、確定申告書及び確定申告書の添付書類において関連する必要経費科目がないなどのため倒産防止共済特例を適用していないと思料される102者を除いた1,567者(掛金納付額計12億7414万余円)について、上記の書類における特例適用額の記載の有無等を確認したところ、特例適用の旨の記載はあるが特例適用額の記載がなかったり、いずれの記載も確認できなかったりしていて、適用の意思表示が明確でないのに倒産防止共済特例を適用していると思料されるものが906者(同計5億9457万余円)見受けられた。このような倒産防止共済特例の適用は、申告時における納税者の意思表示を必要としている措置法の趣旨に照らして適切なものとなっていないと認められた。
任意解約者の中には、倒産防止共済特例を適用していない者が含まれている可能性があるものの、掛金を納付した年分の申告において倒産防止共済特例を適用した場合、掛金納付額の経費計上を行うことができることから、掛金納付者の相当数が倒産防止共済特例を適用していると思料される。そして、前記のとおり、倒産防止共済特例を適用した場合には、返戻金額の収入計上を行うこととなっているが、貴庁は、これを納税者等に対して具体的に周知していなかった。
そこで、前記の任意解約者464者(返戻金額計12億1840万余円)について、返戻金額の収入計上の有無等を確認したところ、464者のうち40.7%である189者(同計3億2640万余円)について、税務署に確定申告書等が提出されていなかったり、確定申告書等において返戻金額の収入計上が確認できなかったりしていて、相当数の任意解約者の返戻金額の収入計上が適切に行われていないなどの疑義が認められる状況となっていた。
また、書面審査の状況についてみたところ、貴庁は、税務署の書面審査の際に必要となる情報を入手するための資料情報制度を活用した資料の収集等の検討を行うなど、返戻金額の収入計上に係る審査体制を整備していなかった。このため、税務署は、納税者が共済契約の解約者であることなどを判断するために必要となる情報を利用することができず、返戻金額の収入計上に係る審査を適切に行うことができない状況となっていた。
上記について事例を示すと次のとおりである。
<事例>
個人の納税者Aは、共済契約を平成29年1月に任意解約し、返戻金800万円を受け取っていた。Aは、前年の28年分の申告において倒産防止共済特例を適用し、掛金納付額の経費計上を行っていたことから、返戻金額の収入計上を行う必要があるにもかかわらず、29年分の確定申告書等において返戻金額の収入計上が確認できず、返戻金額の収入計上が適切に行われていないなどの疑義が認められる状況となっていた。
しかし、貴庁において資料情報制度を活用した資料の収集等の検討を行っていなかったことから、税務署はAが共済契約の解約者であることなどを判断するために必要となる情報を利用することができず、返戻金額の収入計上に係る審査を適切に行うことができない状況となっていた。
(改善を必要とする事態)
措置法の趣旨に照らして倒産防止共済特例の適用が適切なものとなっていないと認められるのに、個人の納税者の適切な申告を担保するための措置を執っていない事態、相当数の任意解約者の返戻金額の収入計上が適切に行われていないなどの疑義が認められる状況となっているのに、返戻金額の収入計上を行う必要があることを納税者等に対して具体的に周知していなかったり、返戻金額の収入計上に係る審査体制を整備しておらず税務署において審査を適切に行うことができない状況となっていたりする事態は適切ではなく、改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、貴庁において、次のことなどによると認められる。
ア 倒産防止共済特例の適用に係る個人の納税者の適切な申告を担保するための措置を執る必要性についての認識が欠けていること
イ 返戻金額の収入計上を行う必要があることを納税者等に対して周知することについての認識が欠けていること
ウ 返戻金額の収入計上に係る審査体制を整備することについての認識が欠けていること
共済契約に係る共済事業掛金等収入及び返戻金の支給額は多額となっていることなどから、貴庁において、倒産防止共済特例の適用に係る個人の納税者の適切な申告を担保するために必要となる措置を執ること、及び返戻金額の収入計上に係る審査体制を整備するなどして審査を適切に行うことが重要である。
貴庁は、これらの事態に係る本院の指摘を受けて、個人の納税者の適切な申告を担保するために必要となる措置として、令和3年6月に法令解釈通達を改正し、納税者の意思表示に必要な記載項目を示した明細書の様式を定めるとともに、定めた様式及び記載要領を貴庁のウェブサイトに掲載して納税者等に周知した。
ついては、貴庁において、上記に加えて、今後、返戻金額の収入計上が適切に行われていない申告の発生を可能な限り防止するとともに、税務署の書面審査において納税者が共済契約の解約者であるかどうかなどを確認した上で、返戻金額が適切に収入計上されているかなどの審査を行うことができるよう、次のとおり改善の処置を要求する。
ア 返戻金額の収入計上を行う必要があることについて手引等を作成するなどして納税者等に周知すること
イ 返戻金額の収入計上について、書面審査において納税者が共済契約の解約者であることなどを判断するために必要となる情報を入手するための資料情報制度を活用した資料の収集等の検討を行ったり、返戻金額の収入計上に係る取扱いについて各税務署に示したりするなど、返戻金額の収入計上に係る審査体制を整備すること