厚生労働省は、職業能力開発促進法(昭和44年法律第64号。以下「能開法」という。)等に基づき、職業に必要な労働者の能力を開発し、及び向上させることを促進し、もって、職業の安定と労働者の地位の向上を図ることなどを目的として、労働者を対象とした職業訓練を実施している。
能開法によれば、国及び都道府県は、労働者が段階的かつ体系的に職業に必要な技能及びこれに関する知識を習得することができるように、職業能力開発校等の施設を設置して、職業訓練を行うこととされている。また、政令指定都市等においても、職業能力開発校等の施設を設置することができるとされている(以下、国、都道府県、政令指定都市等が設置する職業能力開発校等の施設を「公共職業能力開発施設」という。)。そして、職業を転換しようとする労働者に対して迅速かつ効果的な職業訓練を実施するために必要があるなどの場合には、職業能力の開発及び向上について適切と認められる他の施設により行われる教育訓練を公共職業能力開発施設が行う職業訓練とみなすことができるとされている(以下、この方法により行われる職業訓練を「委託訓練」という。)。
厚生労働省は、国が行う委託訓練の一環として離職者等の就職促進に資する多様な教育訓練機会を確保し、これらの者の早期の就職促進を図ることを目的として、離職者等再就職訓練事業(以下「離職者事業」という。)を都道府県及び横浜市(以下「都道府県等」という。)に委託し実施している。そして、厚生労働省は、都道府県等において委託訓練が適正に行われるように、離職者等再就職訓練事業委託要綱(平成30年開発0322第3号)、委託訓練実施要領(平成13年能発第519号別添。以下「要領」という。)等(以下、これらを合わせて「要領等」という。)を定めている。
要領等によれば、都道府県等は、離職者事業の実施を専修学校等の民間教育訓練機関等(以下「委託機関」という。)に委託することができるとされている。
厚生労働本省は、要領等に基づき、離職者事業の実施に関する委託契約を都道府県等との間で締結しており、当該委託契約に基づいて、委託訓練事業費等の離職者事業に要した経費を委託費として都道府県等に支払っている。このうち委託訓練事業費は、都道府県等が委託機関に支払った委託費を合計したものであり、託児サービス経費を含んでいる。
要領によれば、託児サービスは、委託機関から委託を受けた保育所等の託児サービス提供機関が、児童福祉施設の設備及び運営に関する基準(昭和23年厚生省令第63号)等を満たす保育内容を提供するなどのものとされている。
この託児サービスの利用対象者は、就学前の児童の保護者が職業訓練を受講することによって当該児童を保育することができず、また、同居親族その他の者も当該児童を保育することができない者で、かつ、公共職業能力開発施設の長又は都道府県知事等から当該訓練受講に際し託児サービスの利用が必要であると認められた者であるとされている。そして、託児サービス経費は、これらの利用対象者が託児サービス提供機関を利用した場合に、委託機関が託児サービス提供機関に支払うなどのものであるとされている。
委託契約によれば、都道府県等は、委託事業が終了したときは、委託費精算報告書を厚生労働本省に提出し、厚生労働本省はその内容を審査して適正と認めたときは、委託事業に要した額と委託契約で定める委託費の限度額のいずれか低い額により、委託費の額を確定することとされている。
要領等によれば、都道府県等が委託機関に支払う委託費のうち託児サービス経費については、託児児童1人当たりの月額単価(以下「月額単価」といい、月額単価と利用期間が1か月間に満たない場合における日額単価を合わせて「月額単価等」という。)に、託児児童数及び利用月数を乗ずることなどにより算定することとされている。
平成29年度以前の要領によれば、月額単価等は、個々の積上げによる実費(以下「積上額」という。)とされ、児童1人1月当たりの上限単価は66,000円とされていた。その後、30年3月に要領が改正されて同年4月以降の委託契約から適用されている。
そして、改正後の要領によれば、月額単価等は、委託機関自らが受講者のみに対して託児サービスを提供する場合を除き、託児サービス提供機関における一般利用者の利用単価(以下「一般利用単価」という。)と同額とされ、児童1人1月当たりの上限単価は66,000円とされている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性等の観点から、離職者事業に係る委託費が適正に精算されているかなどに着眼して、30年度から令和2年度までの間に厚生労働本省と都道府県等との間で締結された離職者事業の実施に関する委託契約のうち44道府県(注1)との間で締結された託児サービスの提供を含む計191契約(契約金額計560億1868万余円)を対象として、岩手、長崎両県において、委託契約書、委託費精算報告書等の書類を確認するなどの方法により会計実地検査を行うとともに、厚生労働本省及び残りの42道府県から関係書類の提出を受けるなどして検査を行った。
(検査の結果)
検査したところ、14道県(注2)は、平成30年度から令和2年度までの計42契約において、委託機関に支払う委託費の算定に当たり、託児サービス経費について、積上額に基づいて月額単価等を算定して、これにより託児サービス経費の額が計9812万余円であると算定していた。そして、14道県は、上記のように算定した託児サービス経費を含めて、委託事業に要した額が計134億8593万余円であるとする委託費精算報告書を作成して厚生労働本省に提出し、厚生労働本省は、それらの内容を審査して委託費の額を確定し、同額を14道県に支払っていた。
しかし、前記のとおり、平成30年4月以降の委託契約から改正後の要領が適用されていて、託児サービス経費の月額単価等は、積上額に基づいて算定するのではなく、一般利用単価を用いて算定することとされているのに、14道県は、要領の改正内容を十分に確認しておらず、上記の42契約について、一般利用単価を用いることなく、29年度以前と同様の方法により託児サービス経費の月額単価等を算定していた。
そこで、改正後の要領に基づき改めて月額単価等を算定して、これにより託児サービス経費の額を算定したところ、前記の42契約については、積上額に基づいて算定した月額単価が5,846円から66,000円までなどとなっていたのに対して、一般利用単価を用いて算定した月額単価は3,600円から66,000円までなどとなっていて、一般利用単価を用いて算定した月額単価を最大で54,148円上回っていた。
したがって、一般利用単価を用いて算定した月額単価等により託児サービス経費を算定するなどして適正な委託費の額を算定すると計134億6505万余円となり、前記委託費の支払額134億8593万余円との差額2087万余円が過大に支払われていた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例>
厚生労働本省は、平成30年度に、岩手県との間で離職者事業の実施に関する委託契約(委託契約で定める委託費の限度額74,147,400円)を締結していた。そして、同県は、委託契約に基づき離職者事業を実施して、このうち託児サービス経費の算定に当たり、要領の改正内容を十分に確認しておらず、29年度以前と同様に、公的統計から得られる賃金額や託児サービス提供場所の平均的な利用料金を用いるなどして積上額を算定して、その額が上限単価66,000円と同額であるとして、66,000円を月額単価としていた。その結果、同年度における託児サービス経費は計965,998円であったとするなどの委託費精算報告書を厚生労働本省に提出していた。そして、厚生労働本省は、委託費精算報告書等を審査して委託費の額を確定し、委託費計51,296,911円を支払っていた。
しかし、本件委託契約は30年4月に締結されたものであり、改正後の要領が適用されることから、託児サービス経費の月額単価については、積上額ではなく、一般利用単価を用いて算定する必要がある。このため、改正後の要領に基づいて、一般利用単価を用いて月額単価を改めて算定したところ、その額は36,852円から49,000円までとなっていた。したがって、これらの月額単価により託児サービス経費を算定するなどして適正な委託費の額を算定すると計50,935,296円となり、上記の委託費との差額361,615円が過大に支払われていた。
このように、厚生労働本省が離職者事業を委託している14道県において、託児サービス経費の算定に当たり、要領で定められた一般利用単価を用いて月額単価等を算定しておらず、委託費が過大に支払われていた事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、14道県において、託児サービス経費の月額単価等を一般利用単価と同額に改めたことなどの要領の改正内容を十分に確認していなかったことにもよるが、厚生労働省において、要領の改正内容について、都道府県等に対する周知徹底が十分でなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、厚生労働省は、14道県に対して過大に支払われていた委託費の返還を求めるとともに、令和3年9月に都道府県等に通知を発して、平成30年3月に要領を改正して託児サービス経費の月額単価等を一般利用単価と同額に改めたことなどの要領の改正内容を都道府県等に対して周知徹底するなどの処置を講じた。