【改善の処置を要求したものの全文】
(令和3年10月19日付け 農林水産大臣宛て)
標記について、会計検査院法第36条の規定により、下記のとおり改善の処置を要求する。
記
貴省は、農地の大区画化・汎用化等の基盤整備を行い、農地中間管理機構(注1)(以下「管理機構」という。)による担い手(注2)への農地集積を推進するとともに、営農定着に必要な取組を支援することにより、我が国の農業競争力を強化するとしている。そして、このために、平成27年度から、農地耕作条件改善事業実施要綱(平成27年26農振第2069号農林水産事務次官依命通知。以下「実施要綱」という。)等に基づき、管理機構、都道府県、市町村、土地改良区等の事業主体が実施する事業(以下「条件改善事業」という。)に対して農地耕作条件改善事業交付金(以下「交付金」という。)等を交付している。
条件改善事業は、農地の畦(けい)畔除去等による区画拡大、暗渠(きょ)排水整備等の基盤整備を実施するなど、きめ細かな耕作条件の改善を機動的に支援することにより、管理機構による地域内の担い手への農地集積を推進する地域内農地集積型事業(以下「集積型事業」という。)、基盤整備と共に高収益作物への転換のための計画策定から営農定着までの必要な取組を支援する高収益作物転換型事業等により構成されている。そして、平成27年度から令和元年度までの間の事業主体に対する交付金等交付額は計974億9070万余円となっているが、このうち集積型事業に係る交付金等交付額は計935億8495万余円と、交付額全体の9割超を占めている。
実施要綱等によれば、集積型事業を実施しようとする事業主体は、事業を実施する地区ごとに、事業実施期間、管理機構による地域内の担い手への農地集積の推進に向けた取組方針、農地集積に係る目標(以下「農地集積目標」という。)、事業の活用イメージ等を記載した地域内農地集積促進計画(以下「促進計画」という。)等を作成することとされている。
促進計画で定める農地集積目標には、地区内における事業実施前の担い手の集積面積と事業実施後の担い手の集積面積をそれぞれ記載することとされており、これらの差引面積が集積型事業の実施により集積が見込まれる農地(以下「集積見込農地」という。)の面積(以下「集積見込面積」という。)になる。また、事業の活用イメージには、集積見込農地を表示した平面図を用いるなどして、事業実施区域における事業実施前後の農地集積状況等を記載することになっている。
事業主体は、促進計画等を都道府県に提出し、都道府県はこれらを確認の上、事業採択申請書と共に地方農政局等に提出することなどとされており、地方農政局等は、提出された促進計画等を審査の上、適当であると認めるときは事業の採択を決定することとされている。そして、事業主体は、集積型事業の完了後、農地集積目標の達成状況等について事業達成状況報告書(以下「達成報告書」という。)に取りまとめて都道府県に報告し、都道府県はこれを確認の上、地方農政局等に提出することなどとされている。
貴省は、集積型事業について、きめ細かな基盤整備を短期間で機動的に実施することにより、農地集積に当たり課題となっている農地の耕作条件を改善する事業であることから、事業実施後においては、農地集積目標が相当程度達成されていることが見込まれるものであるとしている。
貴省は、条件改善事業における農地集積とは担い手が利用する農地を拡大することであるとしている。農地集積は、農地法(昭和27年法律第229号)又は農業経営基盤強化促進法に基づき、担い手に農地を貸し出す意思のある農地の所有者(以下「出し手」という。)が、当該農地を借り受けて耕作を行う意思のある担い手(以下「受け手」という。)に対して、利用権を設定することなどにより行われる。
また、平成26年度以降は、農地中間管理事業の推進に関する法律に基づき、管理機構が、出し手から農地を借り受けて、受け手にまとまりのある形で転貸する農地中間管理事業により農地集積を行うこともできることとなっている。貴省は、管理機構を活用して農地集積を行うことにより、面的なまとまりに配慮しながら農地を集約化することができるようになり、農地の分散・錯綜(そう)が解消され、農用地の利用の効率化及び高度化が図られることとなるとしている。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、有効性等の観点から、集積型事業の実施に当たり、事業主体において、促進計画及び達成報告書は適切に作成されているか、農地集積目標は達成されているか、農地集積目標が達成できていない場合には事業実施後においても農地集積目標の達成に向けた取組が行われているかなどに着眼して、28年度から令和元年度までの間に事業採択を受け、会計実地検査時点において地方農政局等に達成報告書を提出してから1年以上が経過している12道県(注3)に所在する330地区において事業を実施した159事業主体(事業費計138億9202万余円、交付金交付額計102億7978万余円)を対象として検査を実施した。
検査に当たっては、貴省本省及び11道県(注4)の60事業主体において、促進計画、達成報告書等を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、上記の159事業主体から調書の提出を受けてその内容を分析するなどの方法により検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
前記330地区の159事業主体のうち、9地区の7事業主体(事業費計3億8678万余円、交付金交付額計2億5848万余円)は、促進計画の作成に当たり、事業実施前後の担い手の集積面積や平面図は記載していたものの、その差引面積の内訳となる個々の集積見込農地について特定していなかったり、特定していたか不明であるとしていたりしていた。このため、どの農地が集積見込農地として位置付けられていたかを確認することができず、促進計画で定めた農地集積目標は具体性のないものとなっており、促進計画を適切に作成していない状況となっていた。
そして、これらの7事業主体は、達成報告書の作成に当たっても、事業実施後の担い手の集積面積として、促進計画に対応した農地集積の実績値を記載することができず、実績に基づかない値を記載しており、促進計画で定めた農地集積目標の達成状況を把握できていなかった。
上記の7事業主体に対して、このような促進計画及び達成報告書を作成していた理由を確認したところ、実施要綱等に促進計画及び達成報告書の具体的な作成方法が明記されていなかったため、促進計画を作成する際に必ずしも集積見込農地を特定する必要まではないと認識していたことや、達成報告書が促進計画に定めた集積見込農地に係る農地集積の状況を報告するものであるとの認識が欠けていたことなどによるものとなっていた。
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例1>
佐賀県神埼市は、神埼市第三地区において、平成28、29両年度に、集積型事業により暗渠(きょ)排水施設の整備を事業費計2億4291万余円で実施しており、これに対して交付金計1億4003万余円の交付を受けていた。
同市は、促進計画において、事業実施前の担い手の集積面積を258,300a、事業実施後の担い手の集積面積を259,200aと記載(集積見込面積900a)するとともに、事業実施前後の平面図を記載していた。
しかし、集積見込面積900aは、促進計画作成時に同市が市全域の農地集積の増加目標として定めていた数値であり、その内訳となる個々の集積見込農地は具体的に特定されておらず、上記の平面図からでも特定することができなかった。
このため、同市は、達成報告書の作成に当たり、事業実施後の担い手の集積面積として、促進計画に対応した農地集積の実績値を記載することができず、実績に基づかずに、促進計画で定めた農地集積目標と同一の値を記載しており、促進計画で定めた農地集積目標の達成状況を把握できていなかった。
前記330地区(159事業主体)のうち、(1)のとおり促進計画を適切に作成しておらず農地集積目標の達成状況を把握できていなかった9地区(7事業主体)(注5)、及び集積型事業の実施に当たり農地集積に係る権利設定等を先行して完了させていたため、促進計画において事業実施後の新規の農地集積を見込んでいないなどの40地区(28事業主体)(注5)を除いた281地区(137事業主体)(注5)について、事業主体から提出を受けた調書に基づいて、促進計画において定めた集積見込農地に係る実際の集積面積(以下「集積済面積」という。)を地区ごとに確認した。
前記のとおり、貴省は、集積型事業の実施後においては、農地集積目標が相当程度達成されていることが見込まれるものであるとしていて、表のとおり、現に上記281地区(137事業主体)の約6割に当たる164地区(93事業主体)では集積見込面積に対する集積済面積の割合(以下「目標達成率」という。)が100%となっていたのに、約2割に当たる56地区(41事業主体、事業費計21億4144万余円、交付金交付額計14億5173万余円)では目標達成率が50%未満と低調になっており、このうち26地区(18事業主体、事業費計8億6500万余円、交付金交付額計4億9561万余円)では目標達成率が10%未満となっていた。
上記の41事業主体に対して、目標達成率が低調となっている理由を確認したところ、促進計画を作成する際に、農地集積の当事者となる出し手又は受け手に対して事業実施後に農地を貸し出すこと又は借り受けて耕作を行うことについての意思の確認を十分に行わないまま集積見込農地として位置付けていて、実効性のある促進計画になっていなかったことなどによるものとなっていた。
目標達成率 | 100% (a) |
50%以上 100%未満 (b) |
50%未満 (c) |
計 (a+b+c) |
|||
うち10%以 上50%未満 |
うち 10%未満 |
||||||
地区数 (%) |
164地区 (58.3%) |
61地区 (21.7%) |
56地区 (19.9%) |
30地区 (10.6%) |
26地区 (9.2%) |
281地区 (100%) |
上記の事態について、事例を示すと次のとおりである。
<事例2>
石川県七尾市は、川尻第2地区において、平成30年度に、集積型事業により農業用用排水施設の整備を事業費2300万円で実施しており、これに対して交付金1265万円の交付を受けていた。
同市は、促進計画において、事業実施前の担い手の集積面積を160a、事業実施後の担い手の集積面積を260aと記載(集積見込面積100a)していた。
しかし、農地集積目標の達成状況をみたところ、目標達成率は0%となっていた。
このような状況となっている理由について確認したところ、次のとおりとなっていた。すなわち、同市は、促進計画を作成する際に集積見込農地として位置付けていた農地に関して、当該農地の出し手2名から得たとする当該農地を貸し出すことの同意については、当該地区の代表者からの口頭での報告のみにより確認したものであり、出し手2名に対する意思の確認を十分に行わないまま当該農地を集積見込農地として位置付けていた。その結果、事業実施後も当該出し手が継続して耕作している状況となっていた。
前記のとおり、貴省は、集積型事業の実施後においては、農地集積目標が相当程度達成されていることが見込まれるものであるとしていることから、目標達成率が50%未満と低調になっていた前記56地区の41事業主体において、事業主体が事業実施後に農地集積を促進させるための取組を行っているかについて確認した。その結果、24地区の19事業主体(注6)では、集積が完了していない農地の出し手又は受け手に対して農地集積を促進させるための継続的かつ個別的な働きかけを行っていた一方で、残りの32地区の23事業主体(注6)(事業費計12億6036万余円、交付金交付額計8億5604万余円)では、農地集積を促進させるための継続的かつ個別的な働きかけを行っていなかった。
上記の23事業主体に対して、事業実施後に農地集積を促進させるための継続的かつ個別的な働きかけを行わなかった理由を確認したところ、事業実施後の農地集積を促進させるための取組を行うことについて実施要綱等に明記されていないこと、農地集積は出し手と受け手との間の契約により行われるものであり、事業主体が事業実施後の農地集積を促進させるための取組まで行う必要はなく、当事者間の調整に任せておけばよいと認識していたことなどによるものとなっていた。
(1)及び(2)の事態が見受けられた地区及び事業主体は、重複分を除くと、9県(注7)に所在する65地区、47事業主体(事業費計25億2823万余円、交付金交付額計17億1022万余円)となる。
(改善を必要とする事態)
事業主体が促進計画を適切に作成しておらず農地集積目標の達成状況を把握できていない事態並びに事業主体が促進計画を作成する際に農地集積に係る各当事者の意思の確認を十分に行わなかったことなどのため農地集積目標の達成状況が低調となっている事態及び農地集積目標が達成できていないにもかかわらず事業主体が事業実施後に農地集積を促進させるための取組を行っていない事態は適切ではなく、改善を図る要があると認められる。
(発生原因)
このような事態が生じているのは、促進計画及び達成報告書についての県の確認及び地方農政局の審査が十分でなかったことにもよるが、次のことなどによると認められる。
ア 貴省において、促進計画に集積見込農地を具体的に特定した上で農地集積目標を記載する必要があること及び促進計画に定めた集積見込農地に係る農地集積の実績を達成報告書に記載する必要があることを実施要綱等に明記していないこと
イ 事業主体において、促進計画を作成する際に、事業実施後には農地を貸し出すこと又は借り受けて耕作を行うことについて、農地集積の当事者となる出し手及び受け手の意思の確認を十分に行っていないこと
ウ 事業主体において、事業実施後であっても、農地集積目標が達成できていない場合には、農地集積目標の達成に向けた取組を行うことについての認識が欠けていたこと
貴省は、農地の大区画化・汎用化等の基盤整備を行い、管理機構による担い手への農地集積を推進するとともに、営農定着に必要な取組を支援することにより、我が国の農業競争力を強化するために、集積型事業等の条件改善事業を今後も引き続き実施していくこととしている。
ついては、貴省において、集積型事業の事業効果が十分に発現するよう、次のとおり改善の処置を要求する。
ア 促進計画の作成に当たっては、事業主体が集積見込農地を具体的に特定した上で農地集積目標を記載するとともに、達成報告書の作成に当たっては、事業主体が促進計画に定めた集積見込農地に係る農地集積の実績を記載するよう、実施要綱等に明記すること
イ 事業主体に対して、促進計画を作成する際に、事業実施後には農地を貸し出すこと又は借り受けて耕作を行うことについて、農地集積の当事者となる出し手及び受け手の意思の確認を十分に行うよう、都道府県を通じるなどして指導すること
ウ 事業主体に対して、事業実施後であっても、農地集積目標が達成できていない場合には、農地集積目標の達成に向けた取組を行うよう、都道府県を通じるなどして指導すること