農林水産省は、食料・農業・農村基本法(平成11年法律第106号)、農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律(平成26年法律第78号)等に基づき、平成12年度から5年間ごとの事業期間で中山間地域等直接支払交付金事業(以下「交付金事業」という。)を実施している。交付金事業は、中山間地域等直接支払交付金実施要領(平成12年12構改B第38号農林水産事務次官依命通知)等(以下「要領等」という。)に基づき、中山間地域等における農業の生産条件に関する不利を補正し、担い手の育成等による農業生産の維持を通じて、国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成等の多面的機能を確保する観点から、農業者等に対して中山間地域等直接支払交付金(以下「交付金」という。)を交付するものであり、交付金の負担割合は、原則として、国が2分の1、都道府県及び市町村がそれぞれ4分の1となっている。
要領等によれば、農業者等に対する毎年度の交付金の交付額は、集落協定(注1)に位置付けられている対象農用地(注2)の田、畑等の地目及び傾斜等の区分ごとの面積にそれぞれ所定の単価を乗じた金額の合計額とされている。交付金は、市町村から集落協定の代表者に対して交付され、集落協定に参加する農業者等に直接交付(以下「個人配分」という。)されたり、共同取組活動(注3)に要する経費に充てられたりすることとされている。また、交付対象となる者は、中山間地域等において、市町村長の認定を受けた集落協定に基づいて5年間以上継続して農業生産活動等(耕作や農用地、水路、農道等の適切な維持管理)を行う農業者等とされている(以下、集落協定に基づき農業生産活動等を協力して行う農業者等の集団を「集落」という。)。
そして、要領等によれば、交付金の交付は農業生産活動等の自律的かつ継続的な実施が可能となるまで実施することとされており、農業所得が同一都道府県内の都市部の勤労者一人当たりの平均所得を上回る農業者(以下「所得超過者」という。)については、交付金の交付対象から除くこととされている。ただし、当該所得超過者が水路、農道等の管理や集落内の取りまとめ等集落営農上の基幹的活動において中核的なリーダーとしての役割を果たす担い手として集落協定で指定された者(以下「中核的リーダー」という。)であって、当該所得超過者の対象農用地に対して交付される交付額を個人配分ではなく集落の共同取組活動に充てる場合は、交付金の交付対象となることとされている。
上記交付要件の趣旨について、農林水産省は、所得超過者は交付金の交付がなくても農業生産活動等の継続が可能と考えられるが、集落における農業生産活動等を継続する上で必要不可欠である場合は、集落協定で中核的リーダーに指定して交付金の交付対象とすることとしたとしている。また、交付金事業発足時は所得超過者が多数発生する状況にはなかったことや中核的リーダーの要件を上記のように規定していたことから、中核的リーダーの指定はおのずから集落協定に参加する農業者等の中で一定数にとどまるものと想定していて、中核的リーダーの指定人数や割合についての制限は設けていないとしている。
要領等によれば、交付金の使途は、集落協定に参加する農業者等の合意により決定され、地域の状況に応じた活用が可能であるとされている。このうち、共同取組活動に充てる交付金については、自律的かつ継続的な農業生産活動等の体制整備に資するものに支出することとされていて、具体的には、水路、農道等の維持、管理等集落の活動に要する経費、農用地の維持、管理活動を行う者に対する経費等とされている。
また、要領等に明記されていないが、農林水産省が作成した「中山間地域等直接支払制度(平成27~31年度)Q&A」(以下「質疑応答集」という。)によれば、交付金の使途は、集落の裁量に委ねられており、基本的にその使途は自由であるとされているものの、共同取組活動に充てる交付金については、集落の共同利益との関連性の薄い個人資産取得のために使用することなどは適切ではないとされている。なお、質疑応答集は、農林水産省が執務参考資料として作成したものであり、事業主体である市町村に送付されているものの、ホームページ等では一般に公表されていない。
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、合規性、効率性等の観点から、交付金の交付対象となる所得超過者に係る中核的リーダーの指定が適切に行われているか、共同取組活動に係る交付金が交付金事業の趣旨に沿って適切に使用されているかなどに着眼して、30、令和元両年度に10道県(注4)の256市町村に所在する4,436集落に対して交付された交付金交付額計346億2873万余円(国庫交付金計168億8239万余円)を対象として、農林水産本省及び10道県において、集落協定、集落が保管している金銭出納簿等の関係書類を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、10道県から交付金事業の取組状況に関する調書等の提出を受けて、その内容を分析するなどして検査した。
(検査の結果)
検査したところ、次のような事態が見受けられた。
前記のとおり、農林水産省は、交付金事業発足時は所得超過者が多数発生する状況にはなかったことなどから、中核的リーダーの指定はおのずから集落協定に参加する農業者等の中で一定数にとどまるものと想定していたとしている。
そこで、10道県の256市町村に所在する4,436集落における所得超過者に係る中核的リーダーの指定状況等について検査したところ、表1のとおり、所得超過者は、平成30、令和元両年度において、6道県の61市町村に所在する130集落の延べ2,218人となっていて、このうち99.8%に当たる6道県の60市町村に所在する129集落の延べ2,215人が中核的リーダーに指定されており、所得超過者延べ2,215人を対象として、計23億2055万余円(国庫交付金相当額計11億1352万余円)の交付金が集落に交付されていた。
表1 所得超過者に係る中核的リーダーの指定状況等
年度 | 道県名 | 所得超過者 | 中核的リーダーに指定された所得超過者 | 中核的リーダーに指定された所得超過者を対象として集落に交付された交付金交付額(千円) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
市町村数 | 集落数 | 所得超過者数(人)(A) | 市町村数 | 集落数 | 中核的リーダーに指定された所得超過者数(人)(B) | 国庫交付金相当額(千円) | ||||
所得超過者数(A)に対する割合(B/A) | ||||||||||
平成30年度 |
北海道 | 44 | 70 | 1,059 | 44 | 70 | 1,059 | 100.0% | 1,150,229 | 552,248 |
青森県 | 3 | 17 | 18 | 3 | 17 | 17 | 94.4% | 4,190 | 2,095 | |
茨城県 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 100.0% | 11 | 5 | |
新潟県 | 1 | 2 | 2 | 1 | 2 | 2 | 100.0% | 92 | 30 | |
愛媛県 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 1 | 100.0% | 172 | 86 | |
佐賀県 | 6 | 21 | 25 | 6 | 21 | 25 | 100.0% | 4,866 | 2,414 | |
計 | 56 | 112 | 1,106 | 56 | 112 | 1,105 | 99.9% | 1,159,562 | 556,881 | |
令和元年度 |
北海道 | 45 | 68 | 1,079 | 44 | 67 | 1,078 | 99.9% | 1,154,960 | 553,673 |
青森県 | 3 | 5 | 6 | 3 | 5 | 5 | 83.3% | 542 | 229 | |
愛媛県 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 2 | 100.0% | 202 | 101 | |
佐賀県 | 4 | 21 | 25 | 4 | 21 | 25 | 100.0% | 5,287 | 2,643 | |
計 | 54 | 96 | 1,112 | 53 | 95 | 1,110 | 99.8% | 1,160,992 | 556,647 | |
合計 | 61 | 130 | 2,218 | 60 | 129 | 2,215 | 99.8% | 2,320,555 | 1,113,528 |
さらに、上記4,436集落のうち所得超過者が中核的リーダーに指定されていた上記の129集落について、平成27年度から令和元年度までの事業期間における所得超過者に係る中核的リーダー等の人数の推移をみると、表2のとおり、集落協定に参加する農業者等は平成27年度の9,931人から漸減して令和元年度の9,771人と160人減少しているのに、所得超過者が497人から1,111人に614人増加するにつれて中核的リーダーも1,237人(うち所得超過者497人)から1,862人(同1,110人)に625人(同613人)増加していて、中核的リーダーの数が一定数にとどまるという農林水産省の想定とはかい離している状況となっていた。
表2 129集落における所得超過者に係る中核的リーダー等の人数の推移
区分 年度 |
平成27年度 | 28年度 | 29年度 | 30年度 | 令和元年度 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
129集落の計 | 集落協定に参加する農業者等(人) | 9,931 | 9,906 | 9,868 | 9,828 | 9,771 | |
うち中核的リーダー(人) | 1,237 | 1,362 | 1,569 | 1,777 | 1,862 | ||
所得超過者(人) | 497 | 609 | 857 | 1,106 | 1,111 | ||
うち中核的リーダー(人) | 497 | 607 | 856 | 1,105 | 1,110 |
また、前記のとおり、所得超過者のほとんどが中核的リーダーに指定されていることから、前記の129集落が所在する60市町村において、集落協定に記載されている中核的リーダーについて、その役割をどのように確認していたかみたところ、市町村が中核的リーダーの氏名及びその役割を示す資料を徴して確認していたのは129集落のうち3集落が所在する1道の2町にとどまっていた。そして、残りの126集落が所在する6道県の58市町村は、中核的リーダーの氏名は把握していたものの、それぞれが担う役割を示す資料は徴しておらず、中核的リーダーに指定された所得超過者が中核的リーダーとしてどのような役割を担っているかの確認を行っていなかった。
10道県の256市町村に所在する4,436集落のうち、平成30、令和元両年度の共同取組活動に係る交付金計193億2234万余円(平成30年度88億2121万余円、令和元年度105億0112万余円。前年度からの繰越額等を含む。以下同じ。)が支出されていた4,323集落の共同取組活動に係る交付金の使用状況についてみると、表3のとおり、5道県の60市町村に所在する127集落において、農業者等個人が使用する農業用機械、農業用施設等の個人資産の取得や農業者等個人が使用する種子、肥料等の農業生産資材の購入経費等への助成として交付金計35億6451万余円(国庫交付金相当額計16億6581万余円)が使用されていた。
しかし、これらの助成は、個人資産の取得への助成や共同作業を伴わず通常の営農活動として農業者等が個々に負担すべき経費への助成(以下、農業者等個人を対象とするこれらの助成を「個人助成」という。)であり、質疑応答集において適切でないとされている集落の共同利益との関連性の薄い個人資産取得のために使用されたものなどとなっていた。
表3 個人助成に対する交付金の使用状況(平成30、令和元両年度)(単位:千円)
道県名 | 市町村数 | 集落数 | 個人助成に対する交付金の使用額 | |
---|---|---|---|---|
国庫交付金相当額 | ||||
北海道 | 47 | 89 | 3,535,061 | 1,651,452 |
青森県 | 4 | 8 | 5,530 | 2,396 |
秋田県 | 1 | 7 | 10,753 | 5,376 |
埼玉県 | 2 | 4 | 1,101 | 550 |
佐賀県 | 6 | 19 | 12,067 | 6,033 |
計 | 60 | 127 | 3,564,513 | 1,665,810 |
このように、原則として所得超過者については交付金の交付対象から除くこととされている制度の下、ほとんどの市町村において中核的リーダーの役割の確認が行われないままほとんどの所得超過者が中核的リーダーに指定されていてこれらを対象として交付金が集落に交付されていた事態、及び共同取組活動に係る交付金が個人助成に使用されていた事態は、交付金事業の趣旨に照らして適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、農林水産省において、次のことなどによると認められた。
ア 所得超過者を中核的リーダーに指定して交付金の交付対象とするに当たり、所得超過者が増加している状況が見受けられるのに、集落における農業生産活動等を継続する上で必要な中核的リーダーの数が適切な範囲内となるような検討を行っておらず、中核的リーダーが適切に指定される仕組みを構築していなかったこと
イ 共同取組活動に係る交付金の使用について、質疑応答集においては集落の共同利益との関連性の薄い個人資産取得のために使用することなどは適切でないとしているものの、ホームページで公表している要領等に明記しておらず、市町村等に対する周知が十分でなかったこと
上記についての本院の指摘に基づき、農林水産省は、3年4月に要領等を改正するとともに、同月に地方農政局等を通じるなどして、事業主体である市町村に対して通知を発するなどして、次のような処置を講じた。
ア 所得超過者を中核的リーダーに指定して交付金の交付対象とするに当たっては、集落における農業生産活動等を継続する上で必要な中核的リーダーの数が適切な範囲内となるよう、中核的リーダーの担う役割を明確化したり、中核的リーダーの人数制限や割合を設定したり、市町村において集落協定の認定を行う際にこれらの要件を満たしているか確認することとしたりするなどして、中核的リーダーが適切に指定される仕組みを構築するとともに、市町村等において当該仕組みに基づいて中核的リーダーに指定された所得超過者の役割が果たされたことを確認するよう周知した。
イ 共同取組活動に係る交付金を個人助成に使用できないことを要領等に明記するとともに、市町村等に対して周知徹底を図った。