海上幕僚監部(以下「海幕」という。)は、戦術航法装置(Tactical Air NavigationSystem。以下「タカン装置」という。)から発射される不必要な電波(以下「不要電波」という。)を低減させるとともに老朽化に対応することを目的として、平成28年度から令和2年度にかけて硫黄島飛行場の既設のタカン装置(以下「既設タカン装置」という。)を新設のタカン装置(以下「新設タカン装置」といい、既設タカン装置と合わせて「本件タカン装置」という。)に換装する計画(以下「換装計画」という。)を定め、海幕を始めとする関係機関は、換装計画に基づいて本件タカン装置の換装等を実施している。タカン装置は、飛行中の航空機に対してタカン装置からの距離及び方位の情報を与える機能を備えた航空保安無線施設であり、送受信装置、空中線装置等から構成されている。そして、本件タカン装置の換装等の実施に当たっては、海幕が換装計画の管理、関係機関間の総合調整等を、現地部隊である海上自衛隊硫黄島航空基地隊(以下「基地隊」という。)が新設タカン装置の設置位置の決定、換装等に係る作業工程(以下「作業工程」という。)の調整等を、それぞれ行うなどしている。
既設タカン装置のうち、送受信装置等はタカン装置等を格納するための建物(以下「タカン局舎」という。)内に、空中線装置(以下「既設空中線」という。)はタカン局舎の横に位置する通信鉄塔(高さ9.4ⅿ。以下「既設鉄塔」という。)の上に、それぞれ設置されている。換装計画では、新設タカン装置のうち、送受信装置等を上記と同じタカン局舎内に、空中線装置(以下「新設空中線」という。)を既設鉄塔から9.7ⅿの位置に新たに建設する通信鉄塔(高さ4.0ⅿ。以下「新設鉄塔」といい、新設タカン装置と合わせて「新設タカン装置等」という。)の上に、それぞれ設置することとなっている。また、作業工程については、次のとおりとすることとなっている。
① 元年9月までに新設タカン装置等を設置する。
② 同月に新設タカン装置の運用を開始するための点検(初度飛行点検)を受ける。
③ 同年10月に新設タカン装置等の運用を開始するとともに、既設タカン装置の運用を停止する。
④ 同月以降に既設タカン装置及び既設鉄塔を撤去する。
新設鉄塔の取得に関する事務を担当する北関東防衛局は、換装計画に基づき、平成29、30両年度に新設鉄塔を建設する契約を一般競争契約により鹿島建設株式会社との間で契約額174,960,000円で締結している。また、防衛装備庁は、29年度から令和元年度までの間に新設タカン装置の送受信装置等を製造するなどの契約を随意契約により日本電気株式会社との間で契約額293,760,000円(うち新設タカン装置の送受信装置等に係る契約額146,869,200円)で締結している。さらに、海上自衛隊航空補給処(以下「空補処」という。)は、平成30、令和元両年度に新設タカン装置を設置するなどの契約を随意契約により日本電気株式会社との間で契約額22,053,600円で締結している。そして、上記の3契約により、北関東防衛局、防衛装備庁及び空補処は、平成29年度から令和元年度までの間に計490,773,600円を支払っている。
タカン装置の設置基準については、「飛行場及び航空保安施設の設置及び管理の基準に関する訓令」(昭和33年防衛庁訓令第105号)において、タカン装置の機能に及ぼす地形的影響ができるだけ少ない場所に、かつ、建造物その他の物件により機能が損なわれないように設置することなどとなっている。また、空中線装置の設置基準については、海上自衛隊の技術刊行物であるタカン装置の取扱説明書等(以下、「飛行場及び航空保安施設の設置及び管理の基準に関する訓令」と合わせて「設置基準等」という。)において、空中線装置と周辺の障害物との位置関係はタカン装置の方位精度に影響することから、空中線装置から半径300ⅿ以内に空中線装置の電波放射部の下部以上の高さの障害物が存在しないことなどとなっている。
そして、海上自衛隊の管理するタカン装置については、「航空保安無線施設等飛行点検実施規則」(平成8年航空自衛隊達第12号)等において、タカン装置を新設した場合は、その運用開始に先立ち、運用するための必要な機能等を点検するために、航空自衛隊が実施する初度飛行点検を受け、当該点検において合格又は条件付合格と判定された場合でなければタカン装置の運用を開始してはならないことなどとなっている。
したがって、換装計画の策定に当たっては、新設したタカン装置の運用に支障を生じさせないために、初度飛行点検を受ける時点においてタカン装置の運用に必要な機能が満たされるよう、空中線装置等の設置位置や作業工程を十分に検討する必要がある。
本院は、有効性等の観点から、換装計画の策定及び実施が適切に行われ、新設タカン装置等が計画どおりに運用されているかなどに着眼して、前記の3契約を対象として、海幕、空補処及び防衛装備庁において、契約書、仕様書、初度飛行点検に係る報告書等の関係書類を確認するなどして会計実地検査を行うとともに、基地隊及び北関東防衛局から資料の提出を受けてその内容を確認するなどして検査した。
検査したところ、次のとおり適切とは認められない事態が見受けられた。
前記のとおり、換装計画では、元年10月に新設タカン装置等の運用を開始することとなっていた。しかし、新設タカン装置等は、同年9月に設置が完了していたものの、同月に実施された初度飛行点検において電波障害が発生して不合格と判定されたことから、運用が開始されていなかった。そのため、海幕は、新設タカン装置等の運用が可能となるまで既設タカン装置の運用を継続することとしていた。
上記電波障害の原因及び対策について海幕等が調査したところ、その原因は、新設空中線から発射された電波が既設空中線及び既設鉄塔に当たって反射してしまうことなどであり、その対策としては、既設空中線及び既設鉄塔を撤去することなどが必要であると判明した。すなわち、初度飛行点検を受ける時点において既設空中線及び既設鉄塔が新設空中線の障害物となる形で存在していたことなどが電波障害の要因となっていた。
そこで、本院が、換装計画において、新設空中線の設置位置や、既設空中線及び既設鉄塔の撤去時期を定めた作業工程は適切なものとなっていたかなどについて確認したところ、次のとおりとなっていた。
新設空中線の設置位置については、基地隊において、ケーブルの伝送損失を考慮したタカン局舎から新設空中線までの距離の制限、航空機の離着陸を考慮した新設空中線の高さの制限、地形的な制限等の諸条件を満たす場所は限定されるとして、前記のように、既設鉄塔から9.7ⅿの位置に新設鉄塔を建設し、その上に新設空中線を設置することに決定していた。一方、作業工程については、海幕において、既設タカン装置の運用を継続しつつ換装を進めることで航空機の継続的な任務遂行態勢を確保するという方針を決定し、その方針に基づいて、基地隊が作業工程を調整し、前記のように、新設タカン装置等を設置して初度飛行点検を受けた後に既設タカン装置及び既設鉄塔を撤去するという順序の工程を決定していた。
そして、上記の新設空中線の設置位置と作業工程の両方が換装計画に反映された結果、既設空中線及び既設鉄塔の上部までの高さ12.4ⅿに対して新設空中線の電波放射部の下部の高さは5.0ⅿとなり、初度飛行点検を受ける時点において、設置基準等に照らして既設空中線及び既設鉄塔が新設空中線の障害物となる形で存在する状況となっていた(参考図参照)。また、海幕及び基地隊は、上記の状況となった場合における電波障害の影響は限定的であると判断して、換装計画を見直すなどの措置を講じていなかった。
しかし、前記のとおり、換装計画の策定に当たっては、初度飛行点検を受ける時点においてタカン装置の運用に必要な機能が満たされるよう、空中線装置等の設置位置や作業工程を十分に検討する必要がある。すなわち、本件タカン装置の換装等に当たっては、初度飛行点検を受ける時点において既設空中線及び既設鉄塔が新設空中線の障害物となる形で存在する状況とならないよう、他の航空保安無線施設等を利用したり、訓練等の時期を踏まえて調整したりなどして航空機の継続的な任務遂行態勢の確保に留意しつつ既設空中線及び既設鉄塔を初度飛行点検を受けるより前に撤去することとするなど作業工程等を十分に検討する必要があった。
したがって、新設タカン装置等は、換装計画に係る検討が十分でなかったため、初度飛行点検において電波障害が発生して不合格と判定され、設置が完了した元年9月以降、運用されておらず、また、既設空中線及び既設鉄塔を撤去するなどの対策を講じなければ運用を開始することができない状況となっていたことから、不要電波を低減させるとともに老朽化に対応するという所期の目的を達しておらず、前記の3契約に係る支払額のうち新設タカン装置等に係る支払額計343,882,800円が不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、基地隊において作業工程の検討が十分でなかったことなどにもよるが、海幕において電波障害が発生する可能性を適時適切に把握して換装計画を策定することなどの重要性についての理解が十分でなかったことなどによると認められる。
(参 考 図)
本件タカン装置等の状況(概念図)