航空自衛隊は、航空機に搭乗する搭乗員等が遭難した場合に、救難信号を発信して自分の位置を知らせるとともに、捜索機と無線による送受信をするための個人携帯用救命無線機(以下「個人用無線機」という。)を座席の下にあるサバイバル・キット、救命浮舟等に収納するなどして運用している。
そして、航空自衛隊は、航空法(昭和27年法律第231号)が平成20年に改正されて遭難位置の特定が容易な406MHz発信が義務化されたことにより、これに対応していない既存の個人用無線機を更新するため、個人携帯用救命無線機(練習機等用)(以下「新無線機」という。)を調達して、T―4中等練習機(以下「T―4」という。)、T―7初等練習機(以下「T―7」という。)、U―125飛行点検機(以下「U―125」という。)等で使用することとしていた。
新無線機については、航空幕僚監部が、新無線機に要求される寸法、重量、機能、性能等を指定した調達要求事項を航空自衛隊補給本部(以下「補給本部」という。)に通知し、これを基に補給本部が調達仕様書を作成している。そして、防衛装備庁は、補給本部から調達仕様書の送付を受け、29年8月及び30年11月に、コーンズテクノロジー株式会社との間で売買契約を締結し、これにより29年度260個、30年度255個、計515個を調達して、30年4月及び31年4月にそれぞれ契約金額78,696,360円、74,528,311円、計153,224,671円を支払っている。
本院は、合規性、有効性等の観点から、新無線機の調達要求事項が実際の使用に即した機能、寸法等を考慮して定められているか、新無線機は有効に使用されているかなどに着眼して、本件契約を対象として、航空幕僚監部において、調達要求事項の内容について聴取したり、防衛装備庁、補給本部、航空自衛隊第3補給処及び6基地(注1)において、契約書、調達仕様書、物品管理簿等の関係書類及び新無線機の使用状況を確認したりするなどして会計実地検査を行うとともに、4基地(注2)については、調書等の提出を受けて、その内容を確認するなどして検査した。
検査したところ、次のとおり適切とは認められない事態が見受けられた。
T―4には、緊急時に搭乗員が機体から座席と共に射出されることにより脱出可能なシステムが搭載されており、その脱出後に陸上又は水面上で生存するために必要な個人用無線機を含む装備品等がサバイバル・キットに収納されている。そして、搭乗員が着水した場合に、サバイバル・キットに収納されている個人用無線機のアンテナが水面下に沈下して送受信できなくなることを防止するために、アンテナを水面上で常時直立に保つための浮袋が個人用無線機に装備されている(参考図1参照)。
浮袋については、既存の個人用無線機では、着水時に浮袋が膨張する作動方式となっており、膨張によって収納されていた袋から既存の個人用無線機が展開するものとなっている。
一方、新無線機の浮袋については、航空幕僚監部が調達要求事項にT―4で支障なく機能する作動方式等を明示するなどしていなかったため、補給本部が作成した調達仕様書には作動方式等が明記されていなかった。そこで、実際に納品された新無線機をみたところ、新無線機は、T―4から射出後、収納されていた袋から空中で展開するものとなっており、この展開に伴って浮袋が膨張する作動方式となっていた(参考図2参照)。
しかし、航空幕僚監部によると、上記作動方式の場合、新無線機が空中で展開することによって、他の装備品等と分岐する新無線機の係留ひもと他の装備品等が絡まることにより着水後にアンテナが水面上に出ないことなどにより、正常に送受信ができない可能性があることなどから、新無線機は、T―4において使用できないものとなっているとしている。
新無線機の寸法については、既存の個人用無線機の調達仕様書における最大寸法を考慮するなどして、調達仕様書において最大寸法を高さ165mm、幅100mm、奥行き80mmとしており、実際に納品された新無線機515個の寸法は、調達仕様書の最大寸法と同じ寸法となっていた。
しかし、既存の個人用無線機の実際の寸法は、調達仕様書における最大寸法より小さいものであった。そして、新無線機の調達に当たっては、既存の個人用無線機の調達仕様書における最大寸法を考慮するなどしていたことから、新無線機は既存の個人用無線機より大きいものとなっていた。
そして、T―4については、新無線機をサバイバル・キットに適切な形で収納することができないものとなっていた。また、T―7及びU―125については、新無線機の寸法がいずれも救命胴衣の個人用無線機の収納用ポケット又は救命浮舟の個人用無線機のアルミ製収納箱より大きくなっているなどのため、適切な形で収納することができないものとなっていた。
29年度及び30年度に調達した新無線機515個の使用状況をみたところ、T―4、T―7及びU―125以外の機種の航空機で使用されている19個を除き、上記の機種で使用することとして調達した496個については、前記のとおり、運用に支障が生ずるおそれがあることが判明したとして部隊において使用できない状況となっており、納品された30年2月23日又は31年2月15日以降、496個全てが使用されていなかった。なお、航空幕僚監部では、新無線機の使用に向けて、着水時に浮袋が膨張する作動方式とするための改修等についての検討を行っているものの、具体的な使用開始時期は明確になっていない。
したがって、新無線機のうちT―4、T―7及びU―125において使用することとして調達した496個に係る支払額相当額147,571,408円は、調達の目的を達しておらず、不当と認められる。
このような事態が生じていたのは、航空幕僚監部において、調達仕様書の基となる調達要求事項の検討に当たり、浮袋の作動方式等の重要性について理解が十分でなかったり、サバイバル・キット等に収納することを想定した確認が十分でなかったりしていたことなどによると認められる。
(参考図1)
個人用無線機の浮袋が正常に作動する際の概念図
(参考図2)
新無線機が空中で展開する際の概念図