独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(以下「機構」という。)は、北海道新幹線(新函館北斗・札幌間)、北陸新幹線(金沢・敦賀間)及び九州新幹線(武雄温泉・長崎間)の建設に当たり、北海道新幹線建設局、大阪支社(令和3年4月以降は北陸新幹線建設局)及び九州新幹線建設局(以下「3支社局」という。)において、トンネル工事を多数実施している。
新幹線鉄道のトンネル工事の多くは、地山の持っている支持力を最大限に生かすNATM工法(New Austrian Tunneling Method)により行われている(参考図1参照)。NATM工法は次の①~③の施工手順で行われ、①の作業を繰り返すことによりその施工区間を延ばした後、②及び③の作業を順次追いかけるように施工して、施工区間を延ばしていくこととなっている。
火薬による発破又は機械を用いてトンネルを掘削する。掘削及び掘削土の搬出後速やかに、トンネル掘削面周囲の地山の変形を抑制して短期的に安定化させるために、掘削面周囲等に吹付コンクリート等を施工する。
トンネルの長期的な安定性を維持するために、トンネル底面にインバートコンクリートを打設する。その際、トンネル周囲の地山から発生する湧水を集めてトンネル坑外に排出するために、トンネル底面に中央集水管及び横断排水管を設置する。
トンネルの長期的な安定性を維持するために、トンネル周囲面に覆工コンクリートを打設する。その際、トンネル周囲の地山から発生する湧水がトンネル内へ浸入することを防ぐために、覆工コンクリートと吹付コンクリートとの間に防水シートを施工する。
トンネル完成後に発生する湧水は、③の防水シートの外側で導水されて②の横断排水管を通じて中央集水管に集められ、トンネル坑外に排出された後、基本的にそのまま河川等に放流される。
(参考図1)
トンネル施工断面図
NATM工法によるトンネル工事では、地山から発生する湧水に、掘削土砂や工事で発生する粉じんが混ざることにより、濁水となる。機構は、濁水を仮設の排水管等を通じて坑外に排出し、水質汚濁防止法(昭和45年法律第138号)等に基づく排出基準値以下となるように、濁水処理工として濁度処理及び中和処理を行ってから河川等に放流している。
上記の濁水処理工は濁水処理設備等を用いて実施される。濁水処理設備は、濁度処理のための凝集沈殿分離槽等、中和処理のための中和・計測設備から構成され、機構制定の「土木関係積算標準・積算要領」において、それぞれの設備の処理能力(30m3/h~360m3/h)の規格ごとに1日当たりの機械損料等が定められており、処理能力が高いほど機械損料等も高くなっている。
設計・積算を行うに当たっての濁水処理設備の規格の選定については、機構制定の「(山岳トンネル)濁水処理設備設計・積算マニュアル(案)」(平成8年1月制定、29年8月最終改正。以下「マニュアル」という。)によれば、当初契約時は処理能力30m3/hのものを標準とし、トンネルの掘削に比例して湧水量が増加することを前提として、湧水量が当該処理能力を超えることが見込まれた場合に増設を行うこととされている。また、その際、湧水量の実態に合わせて、機械損料と設置・撤去費の総額が経済的となるように検討することとされている。
そして、3支社局は、マニュアルに基づき、当初契約時は処理能力30m3/hの濁水処理設備で工事を実施することとした上で、現場の状況を踏まえつつ、処理すべき濁水量が処理能力の上限に達する見込みとなる都度、上記各規格の濁水処理設備を組み合わせて処理能力を高めるよう設計変更を行っている。
マニュアルによれば、トンネル周囲から発生する湧水を濁水と分離(以下「清濁分離」といい、濁水と分離された湧水を「清水」という。)することで、清水はそのまま又は中和処理を行うことのみで放流できることになり、処理すべき濁水量が減って大幅なコスト縮減になることから、湧水が多い場合(通常120m3/h超)は極力清濁分離に努めることとされている(参考図2参照)。
(参考図2)
濁水及び清水に対する処理の概念図
機構によると、清濁分離の方法には、次の二つがあるとしている。
① トンネル掘削中に掘削面周囲のボーリング孔等から発生する湧水を、掘削土砂等と触れる前に排水管に接続し、清水としてトンネル坑外に排出する方法(以下「掘削面周囲における清濁分離」という。)
② 覆工コンクリート打設区間において発生する湧水は、掘削土砂等と触れることなく防水シートの外側で導水されて横断排水管を通じて中央集水管に集まる。この湧水に、同区間外の掘削面側において発生する濁水が流入しないよう既存のためますでせき止めるなどの処置により分離した上で、上記の湧水のみを清水としてトンネル坑外に排出する方法(以下「中央集水管を用いた清濁分離」という。)
また、それぞれ実施箇所が異なるため、①又は②を選択的に実施するのではなく、両方を同時に実施することもあるとしている(参考図3参照)。
そして、いずれの方法によっても、湧水の一部を清水として処理することにより濁水量は減ることとなる。この結果、機械損料等が安価なため、より経済的となる規格の濁水処理設備をより長く使用することなどが可能となる場合は、濁水処理工費の積算額を低減することができる。
(参考図3)
清濁分離の概念図
(検査の観点、着眼点、対象及び方法)
本院は、経済性等の観点から、濁水処理工が濁水量に応じて経済的に設計されているかなどに着眼して、3支社局が平成25年度から令和2年度までの間に実施したNATM工法によるトンネル工事計73工事のうち、処理能力120m3/hを超える濁水処理設備が選定されている25工事(契約額計3235億3450万余円、濁水処理工費の積算額計92億6807万余円)を対象として、3支社局において、設計計算書、設計図面、施工計画書等の書類及び現地を確認するなどして会計実地検査を行った。
(検査の結果)
前記のとおり、マニュアルによれば、湧水が多い場合は極力清濁分離に努めることとされているが、清濁分離の具体的な方法や、清濁分離を実施する場合の濁水処理設備の選定方法等については記載されていない。
そして、前記清濁分離の方法のうち、掘削面周囲における清濁分離については、掘削面周囲のボーリング孔等から多量の湧水が発生する都度、掘削土砂等と触れる前に清水として排水できるかなどの施工上の可否や、追加的に必要となる排水管の費用等を踏まえた経済性を判断していく必要があり、事前の想定や検討は困難である。一方、中央集水管を用いた清濁分離については、①機構がNATM工法により行うトンネル工事全てにおいて中央集水管等が設置され、防水シートが施工されていること、②覆工コンクリート打設区間外の掘削面側において発生する濁水を既存のためますでせき止めるなどの簡易な処置により分離できること、③覆工コンクリート打設の開始以降は清水として分離可能な湧水量を実測しながら実施を検討することができることなどから、多くの工事において採用し得る方法である。
そこで、濁水処理工の設計に当たり、中央集水管を用いた清濁分離を実施しているかについてみたところ、検査の対象とした25工事から覆工コンクリート打設が開始されていない3工事を除いた22工事のうち、9工事については中央集水管を用いた清濁分離を実施して、処理すべき濁水量を抑制することにより、経済的な濁水処理設備を選定していた。
一方、残りの13工事(濁水処理工費の積算額計44億8167万余円)については、3支社局は、掘削面周囲における清濁分離について必要に応じて検討及び実施していたものの、湧水量が120m3/hを超え、かつ、覆工コンクリート打設が開始されている時点においても中央集水管を用いた清濁分離について検討せずに、覆工コンクリート打設区間において中央集水管に集まる湧水(清水)を含めて工事期間中の濁水量を想定するなどしていた。そして、現に中央集水管を用いた清濁分離を実施していなかった。
しかし、掘削面周囲における清濁分離の実施の有無にかかわらず、中央集水管を用いた清濁分離の実施は、覆工コンクリート打設区間において発生する湧水を清水として処理することにより濁水量を減少させることとなるから、より経済的な規格の濁水処理設備とすることが可能となる場合には、前記のとおり濁水処理工費の積算額を低減することができる。
したがって、現地の施工条件等により、濁水量がどの程度減少するのかを厳密に見込むことは困難であるものの、13工事について、中央集水管を用いた清濁分離を実施することでより少ない濁水量を前提とした経済的な規格の濁水処理設備とすることを検討すべきであった。そして、検討の結果、経済性が見込まれる工事については中央集水管を用いた清濁分離を実施すべきであったと認められた。
このように、濁水処理工の設計に当たり、中央集水管を用いた清濁分離を実施することでより経済的な規格の濁水処理設備とすることを検討していなかった事態は適切ではなく、改善の必要があると認められた。
(低減できた濁水処理工費の積算額)
中央集水管を用いた清濁分離を実施していなかった13工事のうち、覆工コンクリート打設が完了していた10工事について、覆工コンクリート打設が完了した時点の湧水量を用いて、清水として分離可能な湧水量が覆工コンクリート打設区間の延長と比例するなど一定の仮定を置いて試算した。この結果、濁水量が減少しても濁水処理設備の規格を下げることにはならなかったり、覆工コンクリート打設開始以降に濁水処理設備の増設がなかったりなどする6工事を除く4工事(濁水処理工費の積算額計14億0572万余円)については、中央集水管を用いた清濁分離を実施することにより、濁水処理工費の積算額を計約8330万円低減できることとなった。
(発生原因)
このような事態が生じていたのは、3支社局において、濁水処理工の設計に当たり、中央集水管を用いた清濁分離を実施してより経済的な規格の濁水処理設備とすることを検討していなかったことにもよるが、本社において、マニュアルに中央集水管を用いた清濁分離の具体的な方法や、これを実施した場合の濁水処理設備の選定方法等を記載していなかったことなどによると認められた。
上記についての本院の指摘に基づき、機構は、3年8月に、同年度中に予定するマニュアル改正に先行して支社局に事務連絡を発して、中央集水管を用いた清濁分離の具体的な方法、これを実施した場合の濁水処理設備の選定方法等について周知して、当該事務連絡発出後に行う濁水処理工の設計変更等から適用する処置を講じた。